2012年5月23日 (水)

居安思危

2012_0501blog30002 2012_0507blog30007 居安思危(こあんしき);

韓国ドラマでこの言葉が出てきました。大企業のオーナーの跡継ぎ息子が結婚を許してもらたい一心で、彼女と結託して「妊娠した」と嘘を言います。しぶしぶ結婚を許す母(将来の姑さん)が、未熟な彼女をいびるシーンです。
「居安思危」の意味を言ってご覧と試します。勿論答えられません。私も、勿論知りませんでした。その読み方さえも。

「平穏無事なときでも、危機に備えること。備えあれば憂いなし・・・」でした。
手持ちのちゃちな「慣用ことわざ辞典」で探しましたが載っていません。こうなれば頼みは神様、ネット様。ありました、沢山の記事が。

居安思危ーやすきにおりてあやうきをおもう。意味ー平安無事の時にも、危機
       に備え、用心を怠らないこと。

思則有備ーおもえばすなわちそなえあり。意味ー心配りをするということが既
       に備えなる。

有備無患ーそなえあればうれいなし。意味ー準備を怠らなければいざという
       時に慌てずにすむ。

中国の孔子が編集した史書「春秋」と言う書の注釈書「春秋左氏伝」にある句だそうです。
韓ドラといい、ネットと言い、いいことを教えてくれます。韓ドラは大変勉強になるんですよ。でも、すぐに忘れてしまう欠点が、私にはあります。忘れないためにはどんな備えをすればいいのでしょうか。多分覚えようと欲張らない心の備えでしょうね。備えあれば憂いなし・・・か!!!

2012年5月21日 (月)

ホウセンカ/爪紅

2012_0521blog30007 2012_0521blog30015 2012_0521blog30014 2012_0521blog30011 2012_0521blog30016 ヌード・クロッキーデッサン会、昨年の東日本大震災以来参加者が急減し、今も少ない参加者でなんとなく元気がありません。

今日のモデルさん、足腰がしっかりしていて堂々たる姿勢でした。「何をしてる人ですか?」と聞いたら「マラソンを・・・」と。でも、プロのように早い人だとは思いませんでした。なぜならおっぱいも大きかったから。「164くらいあるでしょう?」「よく言われますが、実は161cmなんです」。大きく見えました。この絵からもそう見えるでしょう。自分は腰、お尻、足と下半身が細いので羨ましいです。

*ホウセンカ:
子供の頃ホウセンカの花を潰して手や爪に塗ったりしてませんでしたか?韓ドラでおじいちゃんが孫(女の子)に悪戯され手にマニキュアをされてしまいます。「手にマニキュアすると手術の時麻酔が効かないい」と驚かされます。昔は手術をする前に爪を見て健康状態を判断してたようです。その時、マニキュアの原料ホウセンカは麻酔に良くないといわれてたようです。

マニキュアは日本では平安時代に既にあり、江戸時代は「爪紅」(つまべに)と言われホウセンカが使われていた。
韓国では「爪にホウセンカの汁を塗り、初雪まで色が残っていたら恋が実る」と言う伝承があったとか。こんな伝承いいですね。今は恋を実らせるにはどんなお呪いがあるんでしょうかね?

2012年5月19日 (土)

黄金と糞

2012_0514blog30002 2012_0517blog30006 甲斐先生の教室が続いてありました。ヌードの女性は9日の夜の「特別デッサン会」(年に4回新宿の教室)で描いた作品。上半身裸の男性は16日の町田版画美術館であった「 新芽会教室」で描きました。

2枚とも、どこかが変なような気がして仕方がありません。

*黄金
韓ドラで「黄金を見たら、糞だと思って遠ざけよ」と言う台詞を小母さんが笑いながら言ってました。(笑いながら言うべきシーンではなかったようなんですが) こっちまで笑ってしまいました。

一方、「美の方程式」(芸大准教授 布施秀利著)と言う本を読んでいたら、美しい曲線の一つにラセンがあり、ウンチも螺旋形で形作られますとあり、笑ってしまったのですよ。昔はこの螺旋状に落ちていたウンチを道端でよく見ましたが、今の水洗トイレになってからはトンと見かけません。若い人にウンチは螺旋形と言っても皆目分からないでしょう。

美の世界では黄金は「金」ではなく「黄金分割」なんです。黄金比1.6180339887、これはなんだ?ですよね。黄金比は、φ(ファイ)とも書きますが、古代ギリシャの彫刻家、パルテノン神殿の設計にも参加、フィディアスの名前の頭文字だそうです。

絵を描く、建築を建てる人にとってはファイは避けて通れません。

2012年5月17日 (木)

XIVホテル/箱根宮之下

2012_0515blog30002 この絵はどこの庭園でしょうか?分かりませんよね。箱根富士屋ホテルの庭園「幸福の丘」です。昼食をホテルで摂り庭を散策して1時間ばかりスケッチしました。
5月13,14日は絵の仲間で箱根スケッチの旅でした。二日とも快晴で新緑の箱根はどこも緑一色で魅せられました。つつじ、さつきで賑わってました。

富士屋ホテルは創業130年以上の伝統あるホテルで、「外国人を対象とした本格的なリゾートホテル」を目指して創業してきたのです。唐破風を取り入れた和洋折衷の木造建設。国道1号線に面し年始の箱根駅伝中継でも名を知られ、今では観光バスがひっきりなしに来てるようです。タイの国王・国妃、チャップリン、へレン・ケラー、昭和天皇、ジョ・ンレノンとオノ・ヨウコが宿泊したなどで有名。

この日の宿泊は「XIV(エキシブ)箱根離宮」と言うオーナー制の馬鹿でかいホテルでした。先生がXIVのメンバーでしたから手配していただきました。XIVとはローマ数字の14のこと。14人で一部屋を所有すると言う形の個人所有の別荘の代わりに持つホテルなんです。XIVは全国に24箇所にもあり、会員となればどのホテルにも泊まれると言うのがいいですね。

翌日バスで元箱根へ。成川美術館のコーヒーハウスのテラスから見た富士山は、芦ノ湖を前面に、真っ白い雪の頂を見せて見事でしたよ。ホテル、富士山、成川美術館とすべてが初めてで大変有意義な旅でした。富士山は写真だけで終わりましたので、「これを描く」が今後の教室の課題となりました。上手くかけますかね?2012_0514blog30052

*「第3回気楽にスケッチ合同展」を紹介します。

サブタイトルが”畑野先生、高尾先生と仲間たち”と言う7つの絵と書のグループが合同で開く展覧会です。私が代表を務める「気楽にスケッチ」が幹事グループです。
町田版画美術館市民展示室、5月22日午後~27日(日)16:00まで。

総勢68名、作品数174点。油、水彩、パステル、日本画、木炭、コンテ、版画、人物画、書、自画像コーナー、趣味のコーナーと飾り付けにも工夫を凝らします。私も5点出品します。是非ご来場下さい。お待ちしております。
美術館がある「芹が谷公園」も緑がいっぱいで散策にもってこいです。

2012年5月10日 (木)

江ノ島 しらす丼

2012_0510blog30022 「お昼頃から雨になり、集中豪雨、雷も」と危険な天気予報ながら、朝は快晴。思い切って片瀬江ノ島へ出かけました。物好き8名がスケッチに集まりました。片瀬漁港にある広場に陣取り、網の横に何気なく置いてある場違いな自転車に興味を惹かれ描きました。釣り禁止と看板がある両側の堤防には釣りの楽しむ人でいっぱいでした。黒いぶつぶつに見えるだけでしたが。2012_0510blog30016
12時半に絵を止める頃、急に空が暗くなり、釣り人もあっという間にいなくなっていました。先日の竜巻の被害は人びとに用心する心を植えつけていたようです。漁港にはシラス船が泊まり、シラス網を洗う時に出る残さいを狙ってトンビが「くるりと輪を描いて」いました。なんとなくそんな騒がしさがある絵になってます。

我々も1000円のしらす丼を食べに店に入り雨を凌ぎました。釜揚げのシラスは美味でしたよ。生シラスと釜揚げシラスの両方が入った「Wしらす丼」を食べた人もいました。何しろ生シラスはこの江の島くらいでしか食べられません。
私は鮮度がよすぎる魚は食べません。美味しくない。なぜならたんぱく質はまだアミノ酸に分解してなくて旨み成分が出てないからです。活魚は上手くないのにどうして持て囃されたのですかね。

*しらす:
3月11日に解禁した相模湾のシラス。漁は結構長く秋まであります。小型の「春シラス」が好きな人、大きい「秋シラス」がいいと言う人もいて好きずきです。シラス(4月のラスト)4月30日は「シラスの日」なんですよ。

シラス(白子)カタクチイワシ、マイワシノ子など体に色素がない白い稚魚の総称ですが、シラウオ(白魚)、シロウオ(素魚)などもあって紛らわしいですね。
生シラス、釜揚げシラス(茹で上げ後水きり程度のもの、85%水分)、しらす干し(塩茹でにして干す。水分50-60%)、25-35%まで乾燥させた「ちりめん」、15%まで乾燥させた「畳いわし」など味と保存期間に工夫がなされた利用法があります。

鰻の稚魚を「シラス」といいますから、これまた、ややこしくなります。こちらは養殖鰻の基になりますから高級魚なんです。いまや中国が一番買い付けています。それが鰻の蒲焼となって日本に来てるのです。お陰で海老同様鰻も安く年中食べられます。

2012年5月 7日 (月)

スケッチの描き直し

2012_0507blog30013 外出予定が急に中止となって、描き欠けの三渓園を仕上げました。三渓園といえばこの3重の塔と池のコンビネーションの構図の絵になりますね。加えて伝馬船の如き木船が静かに浮かんで風情を醸し出してくれます。心地いい配慮ですね。公園の池となると、すぐに貸しボート、アヒルのボートがあって金を稼ごうとするいやらしさが目立ちます。景色をぶち壊しています。だから井の頭公園でのデートは「いずれ、二人は別れる」といわれるのですよ。諏訪湖、芦ノ湖などにも、場違いの乗り物が合って景色を台無しにしていますよね。、ここ三渓園はいいです。
これで完成です。

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2枚目は「2カ領用水の桜」。花咲爺さんが一生懸命に桜を咲かせています。今は3部咲き位でしょうか。あと少しです。頑張ります。出来るかな!

*虫唾が走る
胸がむかむかして胃から出て来る酸っぱい液が口まで走ってくるような、「不快でたまらないこと」をいいますね。胃の中の寄生虫が出す唾液「虫の唾」とか、寄生虫による酸っぱい液なので「虫の酸」とかが語源だと。「虫唾が走る」、「虫酸が走る」と言いいます。
若い頃は胸焼けがひどく、悩まされたものでした。胃酸過多って奴です。それが今では全くありません。胃の中に寄生虫はいなかったはずですから、仕事のストレスがもたらした大量の胃酸だったのでしょうね。胃に穴が空かなくてよかった!

*セルラーメモリー現象
心臓移植などの臓器移植を行った患者に、臓器を提供した人の性格や習性までが移る現象を言うのだそうです。今見ている韓ドラ「ドキドキMy love」で、これを取り上げてます。昔の恋人の心臓を譲り受けていた男性と、そうとは知らずに、出合う女性、次第に惹かれていく。ラブコメディーですが、男性も手術前にはなかった不思議な感情が湧き出ると思いながら惹かれてしまうのです。
本当にそんな現象が起こるのでしょうか?私には信じられない。

*薬果
韓国の甘い菓子。先祖供養の供え物、ハレの日の子供向けの甘い菓子として親しまれています。貧しかった頃に食べさせてもらった記憶がいつまでも残り、甘い思いでいっぱいの菓子なんです。ファーストキスもこの薬菓と同じであればいいですね。でしょう?

以上3件、韓ドラから学んだ事項でした。韓ドラは勉強になりますよ。

2012年5月 6日 (日)

スケッチを描き直す

2012_0506blog30017 4月25日に「三渓園」にスケッチでした。いい日和で、「今日は好い絵が描ける?」って期待十分。ところが構図からして無理があり、次第に意欲が減少、ギブアップ状態で終了でした。ならばと、ゴールデンウィークを利用して描き直しています。さて、どうなるでしょうか?

同時平行で「2カ領用水の桜」、4月7日のブログでスケッチ画を載せましたが、も描き直しています。目線の高さを用紙の下から3分の1に下げ、桜をいっぱいに、遠近を出し広がりがある画面構成にしたつもりです。いよいよ「枯れ木に桜を咲かせる「花咲か爺さん」」にならねばなりませんが・・・。乞うご期待。

2012_0506blog30018 *時間治療:
人間が生まれながらにして持っている「体内時計」に基づく「生体リズム」の変化に応じる、効果が上がる時間帯に薬を投与する治療を言うのだそうです。画期的な効果が上がっていると、先日NHKテレビでやってました。私は、まだ、この時間治療の経験はないのですが。

体内時計には、概日リズム、季節リズム、年リズム、体温リズムなどがあって、「時計遺伝子」が働くことでリズムは刻まれています。
私の時計遺伝子は、私を「夜型人間」にしてくれてます。活動が活発になるのは夜で、朝・午前中は冴えません。自慢じゃないですが、夜はやってくれない学校の試験で、いい成績を取ったことがナイのです。体内時計は、「毎朝、太陽の光を浴びるとリセットされる」そうですが、私の場合はそうでもないですかね。特に曇り、低気圧の日はリセットしてくれないようです。

一方、食後はすぐに眠くなります。全血液が胃の消火活動に出陣、脳は無血状態で休みたくなるんですね。中でも昼食後は。ですから昼寝をする。すると夜寝られないって言うか、知力が高まる時間になるわけです。これが多くは午前様である実態です。

体内時計という言葉を知ったのは、ほぼ50年前でした。入社した漁業会社で「北洋さけます母船式漁業」の母船に乗船勤務。捕獲する5種のさけますについて、少しは勉強しておかないと鮭の事を学びました。鮭の「母川回帰」(鮭の遡上)はどうして出来る?の回答として、

①川の臭いを嗅ぎ分けられる。②海流説。③鮭が持つ「体内時計」(生まれた川まで戻るまでの時間を記憶)。④太陽コンパス(太陽の位置と・高度+体内時計)でした。体内時計・・・変な言葉だなって思ったことを記憶してます。

まさか、それを50年後の今聞かされるとは! 長生きはするものですね。

2012年5月 4日 (金)

顔の輪郭の美しさ

2012_0504blog30037_2 左の女性の絵、こんなアングルから見た様を描けるなんて幸せですよ。普通はまずありえませんから。

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どんなアングルからでも人体を絵にしてある漫画、素晴らしいです。海外でも日本の漫画が評価を貰うのが分かります。いろんな工夫の末にかけてるのでしょうね。絵やデザイン専門学校で「漫画選考」の人が多いとか、分かる気がします。近頃画材屋さんにも漫画関係のものがいっぱいあります。

顔の輪郭の美しさ:

「顔を正面から見るとき、部品である目鼻立ちが良くても、輪郭が良くないと美人にはなれない。」そうですが、皆さん自信はありますか? まあ「目がきれいですね」って言われるだけで十分ですがね。

では、どんな形が美しいか?

それは「ラセン形の曲線で出来ている形。直線や円形部分がなく螺旋から螺旋へ滑らかに結ばれている曲線による輪郭です。」   と言われても何のことやらさっぱりですが。

精度的には100分の1ミリの違いでも認識される、特に男性に。これでいかに薄い脂肪膜の役割が大切かわかりますよね。この曲線は健康状態や気持ちの持ちようで微妙に変わりますから、「いつも明るく、元気で、笑顔が大切」となります。

この美しい形は自然界のりんご、なし、ももなどの果物から、「にわとりの卵、→人間では、面長の顔・たまご型の顔・うりざね顔が美しい」となる訳ですが、他を惹き付けるための「美のDNA」が広く人間にまで進化してきたのですね。

自分はそうではないと心配になってきましたか? 

親を恨んだりしてはいけませんよ。顔の輪郭で美しさを見せびらかすのも30代で終わりでしょう。それからの美しさは体の芯から発せられるオーラのようなものじゃないですか。そのオーラが出るか出ないか、それは遺伝子じゃなくて、あなたが負うべき責任。エステや、ジムに通わなくても、高い化粧品など使わなくても、人が喜んでくれる動き・活動をしていれば、それで十分。あなたはこの上ない美人になるのです。

いは言え、私は、まだ、オーラがある女性の顔は描けないので、たまご型に描くに徹します。あと10年もすればオーラあふれる美人を描けるようになりたいです。頑張ります。

2012年5月 1日 (火)

肉体の美しさは20代で終わり

陶磁器上絵付け展、29日に無事終了しました。お忙しい中、足をお運び頂き有り難う御座いました。疲れました。次は2年後、しばらく息がつけます。せっせとブログを書きましょう。

2012_0430blog30008 久しぶりにヌードクロッキー会に参加。オッパイも、二の腕も、お腹も、腰も、太ももも、ふくらはぎも、と体中がお肉たっぷりのモデルさん。ありのままを描きました。誇張はしてません、この絵のとおりでしたよ。太った人はどこか愛嬌があって可愛いから不思議です。居眠りもせず、必死に楽しくかけました。こんなモデルさんを派遣してくれたモデル紹介所さんにも感謝です。

また描いてみたい人でした。

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ほかの絵を見ても、存在感があるでしょう。こんなお母さんから、いい子供が沢山出来るといいですね。

*美しい顔:

歯科矯正医院が書いた美しい顔の横顔バージョン、E-ラインについては前回書きました。が、やはり「正面からの顔の美しさ」も知る必要があります。「チャーシーの「美の法則」」なるネット情報に、私見を加えて書いてみます。

人間はどの動物よりも美しく出来ている。ただ、生存競争に打ち勝って暮らしていくために男性は強健に、女性は美しく・・・となってるそうです。本当でしょうか?

近頃の男性、生存競争に直面することが少ないため、この基準に反して、女性を惹き付ける事にのみ専念して、なよなよと女々しく見えませんか。ちょっと頼りない。これで日本大丈夫か? もし、世の中が今のような平和で続くなら男性の顔も進化して変わってきますね。


女性と男性では美を認識する基準が違っていて、女性は色の認識はいいが形の認識に弱い。美女と野獣って言葉があるくらいですから、お分かりでしょう。男性は美しい形の認識が上手く、ブスに騙されることはナイが、中身がないアホな女に惚れ、痛い目に会ってます。

    美しさの誕生から消滅まで:
20歳頃に最も美しくなります。脳下垂体から分泌される性腺刺激ホルモンの働きで筋肉や脂肪の上に更に「薄い脂肪膜」が形成されるからだそうです。これが形作る3次螺旋曲線が男を狂わせるのです。でも、花の命は短くて・・・です。30歳頃から衰えはじめ、皺が気になり、アラフォーになると白髪も出始め美の痕跡は消滅、還暦で男女の差はなくなってしまうのです。儚い世の慣わしです。
でも、悲観めさるな。肉体の衰えは精神で十分補えますから。女性でいえば「色気」って奴ですよ。何もエステに通い、わざわざ韓国まで行ってカタツムリや蛇毒の高級な化粧品を塗りたくらなくても、絵と文章のブログをやれば十分以上にきれいになれます。騙されたと思ってやってみてください。

    美しい顔はどのように造られているか?:
輪郭、目、鼻、唇に関して解説がありますが、これは次回に書きましょう。
ただ、期待しないで下さい。これを読んであなたが美しくなる話ではないのです。どうして美しいかを分析して分かりやすく書いてあるだけですから。
これは、私のように絵を描く人にとって大変有意義です。モデルさんが喜ぶように描いてあげる秘訣がびっしり詰まってますから。

2012年4月24日 (火)

美しい顔/Eラインの中にある唇

2012_0424blog30001 陶磁器絵付け展、今日飾りツケを終え明日から開場です。4点目はこの紫陽花。自信作とは言えない失敗作です。是非ご覧下さい。お待ちしてます。

*美しい顔はどこがポイント?
ネットで「ホンマ矯正歯科」の「キレイの秘密はE-ラインから」を読みました。E-ラインという名称は知りませんでしたが、内容は人物画の絵の本で知ってました。このポイントを押さえて人物画を描くと「美人に描けてる」と褒めてもらえるのですよ。是非会得して下さい。

一般的には美人の要素として目にこだわり、二重まぶた、目を大きくするなどに意を払いますが、顔の美しさは「輪郭」であり、それは正面からの輪郭より側面の輪郭、横顔で作られると。横顔の美しさの決め手は「鼻からオトガイ(下顎の先端)にかけての形」。鼻の先と顎の先を直線で結ぶ線をE-ライン(エステティックライン)と称し、このラインの中に上と下の唇が収まると美しく見えるとか。(1954年アメリカの矯正医師が提唱した)

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絵の外人女性の横顔、E-ラインの中に唇がちゃんと収まっています。目は閉じてますが。欧米人の場合は鼻が高く、顎が出ていますから絵のような顔立ちが普通ですが、東洋人のように唇がE-ラインの中に収まらない。原因は「歯並び、歯が大きすぎる」ことにある。そのため、歯列矯正治療は、歯並びだけでなく口元をきれいにするも大変重要なポイントだそうです。 

* 飛びぬけてキレイ:
美人は「平均値顔」といって、各部品が平均的でバランスが取れているから美しいそうですが、「飛びぬけた美人」となると、話は違って平均から抜け出した部分を持ってる人だそうです。これを覚えておいて、例えば、オトガイを平均よりほんの少し大きくし、唇を後ろに下げる(飛び出させない)と描けば美人となります。
逆に、唇が少しでも前に出ると急速に美しく感じなくなる。

さあ、明日から美人画の名士になれますよ。楽しいな!
でも。いわゆるエラをどう描くかも大切です。

2012年4月20日 (金)

白磁への絵付け/墓に布団は着せられない

2012_0420blog30001 25日から始まる「スタジオアンジュの陶磁器絵付け展」、最後の4点目を昨日描きあげほっとしています。4点目は今頃窯に入れられ1000でくらいで焼かれているはずです。熱いでしょうね。

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3点をご紹介します。
まず1点目:課題作品です。全員が同じカップ&ソーサーに何かを描くです。私は教室の入り口に咲いていた「ペラルゴニューム」をスケッチ、デザインし、花の名前まで入れて仕上げました。ペラルゴニューム、覚えにくい名前です。すぐに忘れてしまう名前です。

2点目は楕円形のお皿。ブルーベリーです。これは忘れられない変な味・・・がいいですね。間もなく実をつけてくれますね。

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3点目が「なまけもの」、30cmの正方形のお皿、枠が金縁になってますが写真では映ってません。実物より愛嬌があるでしょう?これで泳ぎが得意そうですよ。

*墓に布団は着せられない:

この言葉知りませんでした。無知もいいところですが。
「墓に布団は着せられない。親孝行したい時に親はなし」-親が死んでから親孝行をしたくても親はいないーそうです。風樹の嘆(ふうじゅのたん)とも言うそうですね。樹が静かになろうと望んでも、風が止まらなければどうにもならない・・・と。私には「感情を持たない風や樹が嘆いてみても意味がない」の方が分かりやすいですが。

「孝行」、特に「親孝行」ほどわからない言葉はないですね。何をもって親孝行というのか?   私は、親に何かをしてやることではなく、自分が持つべき責任を立派に果たし通すことが「孝行」と思ってきました。ですから、「親が死んでからも十分親孝行が出来るんです。」尊大ながら親孝行が出来たと満足してます。
いま、親となり孫もいますが、子供や、孫に求める孝行は、何かを私にしてくれることではなく、「安心して、誇れる子や孫」であって欲しいと言うことです。何も立派になって欲しいとも思いません。もし、先立たれたりするなら、それは親不孝の最たるものですよね。

皆さんの「親孝行」について知りたいです。

2012年4月19日 (木)

ノー・コメント

2012_0407blog30004_2 高口さんのブログには絵はともかくなんだかくだくどく書いてあるんですね。なんてコメントを聞いたこともあります。そこで、今日は何も書かない絵だけのブログにしましょう。

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2012_0416blog30001  最後の絵は何回も載ったように思われるかも。違います。これが完成した絵です。

2012年4月15日 (日)

風邪に玉子酒

2012_0415blog30014 この絵を教室で描いた後、風邪でダウン。ブログも初めて8日間の空白となりました。この絵はデザインぽいですが、これからどう変化させましょうかね。

生まれてこの方、年平均3回の風邪を引いてきましたが、今冬は早くも3回目の風邪。どうやら余命いくばくもナイ断末魔の現象です。これも授かった運命、良くここまで来れたと神様に感謝し、覚悟はしております。(大げさすぎますか!)

以下に書きます処置で峠を越し、立ち直りを見せ、また絵を描いております。
2012_0415blog30011 2012_0415blog30016 1枚は描きかけに手入れ、もう1枚はデッサン段階のヌードです。ほかに描きかけ6枚ほどが「早く完成して・・・」と待ってくれてます。

*風邪に玉子酒:

昔はよく言われましたが、近頃はすぐ医者へ行って西洋式の薬で治そうとしますね。私は未だに古風なこの奥の手を使います。子供の頃は近所に医者がいない、お金が勿体無いと、風邪なんかでで医者に掛かることは出来ませんでした。何とか自力で治す術を学んできました。分かったことは、どんなにしても、すぐには治らない。じっと寝て時を掛けて凌ぐでした。
そして満を持して「玉子酒」、これで完治して来ました。今もそうです。

玉子酒のあと、医者へ行くのが私のやり方。なんだか変でしょう。風邪を引いてから玉子酒を飲むまでの間は「私にとっては座禅を組む修行のようなもの」です。この間、「わが人生の歩みに問題はなかったか、反省を入れ、今後はどうするか。残り少ない人生何を残せるか、風邪のためのどんな迷惑を掛けてしまったか、彼女への愛は十分であったか、絵はどうすれば上手くなるのか、・・・ありとあらゆる妄想をして修行するのです。
それが完了する数日後、「今晩、玉子酒を飲む」と決め、カップ1杯を処方します。

子供の頃のお酒は貴重品、卵もご馳走の一つ、砂糖然り、蜂蜜などはこの時くらいにしか舐められなかった代物。風邪になるのも悪くないと思っていた頃を忍ばせてくれます。

あらかじめ厚手の寝巻き、タオル、替え下着を用意して、一気に飲みます。空き腹にはおいしいです。さて、毛布で体を密封上に包み込み汗がびっしょり出るまでじっと我慢の第二次修行、最終段階を乗り切るのです。アルコールの所為で運よくぐっすり寝込んで目が覚めた時汗びっしょりはラッキーですが、寝られない状態の時はじっと我慢して時を稼ぐのです。

体のあちこちを汗が流れ落ちることを感じ、その一つ一つが風邪菌を殺して凱旋してきた勇姿の姿に思えたら、さあ、終了です。飛び起きて汗をふき、着替えてさっぱり。気分爽快この世の春に帰ってきた瞬間です。

玉子酒は「風邪の家庭療法の一つ。ただ、その効果は認められない」とネットにありましたが、これは間違い。玉子酒を飲むタイミング、血行を良くして体温を高める、汗をびっしょりかく過程を経る・・・を伴わないから効果が無いのです。

嘘だと思ったら一度試して御覧なさい。タイミングとびっしょりの汗をお忘れなく。ずるをして風邪を引いて、すぐ玉子酒で逃げようとしても効き目はありません。この機会に修行をしなさいというのが神様が風邪に託されたメッセージなのです。

ちょっと熱が入って書きまくりました。御免あそばせ。

2012年4月 7日 (土)

ニカ領用水

2012_0407blog30002 どんな絵かわかりますか?分かりませんよね。実は「2カ領用水」と呼ばれる水路の両岸に咲いた桜です。時は4月6日、南武線宿河原駅から5-10分くらいのところです。。2時間半でやっとここまで描いて、時間切れ、名残惜しく去りました。12時半、芝生の広場でおにぎりを17名がほう張りました。酒を飲まない花見客でごった返していました。市民の憩いの場所になっているようです。
我々「気楽にスケッチ」は1月に「年間のスケッチスケジュール」を立てます。桜が何時ごろ咲くかを予測し、場所と日にちを決めるのですが、いつも外れてばかりでした。今年初めて、いい日と場所に恵まれました。それだけに好い絵を描きたかったのですが?環境に恵まれれば、好い絵が描けると言うわけではないようで、下手な趣味の絵描きさんなんですよ。
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 私が坐った水路の両脇に作られている遊歩道からの桜は写真の通りです。直線と曲線、流れる水面、樹木の枝の影、などを表現したかったのです。
「2カ領用水の再生を考える市民の会」などの尽力で400本の桜、水路の両脇の遊歩道が整備され、我々がこうしてスケッチできるのです。ありがたいことです。感謝申し上げます。

「2カ領用水」は1600年ごろ大洪水のあと、灌漑用に手作りされた水路で、多摩川から取水(宿川原駅周辺)し、32KM、14年に及ぶ大工事だったそうです。。当時の「川崎領」と「稲毛領」の二つの領に跨って流れたことからこの名前がある。その後、この辺で取れる米は「稲毛米」として人気が出て江戸のすし飯になっていた。そんな昔の人の血の滲むような努力のお影を、今、我々が楽しめて居るのですよね。その思いを胸に描きました。

この絵は写真を見ながらでも完成させたいです。2012_0407blog30001

*ブバルディア:花言葉「清楚」、「幸福な愛」
 例によって黒いカラーのパステル用紙にメキシコ原産のブバルディーを描いています。フランスのルイ16世の従医・王室庭園長ブバールさんの名前にちなんで名付けられ、漢字名は「管丁子」(かんちょうじ)-長い管の先に花、4つに裂けている花びらが「丁」のよう・・から付けられた。蕾の状態がカニの目に似てることから、ニックネームは「カニの目」だそうです。

 清楚な白、単純な4枚の花びら、ローソクのように天辺に咲いて・・・ブライダルブーケとして珍重されるのも頷けます。
あるサイトに花言葉は「恩知らず」と意外な言葉がありました。そう言われて見直すと、親の苦労も知らずにすくすくと成長し、華やかに社交界へデビューした「恩知らずな綺麗な良家のお嬢さん」の様に似ていますね。確かにぱっと出てきた見事な勢いって感じ。なんだか、おかしくなってきました。

それにしても花言葉は誰が決めているのでしょうか???

2012年4月 3日 (火)

陶磁器絵付け展

 白磁に上絵付けをする教室(相模原市若松にある”スタジオ・アンジュ”岡崎良子先生)に通って、早、4年が過ぎました。ここに載せた絵付け作品は2年前の「陶磁器絵付け展」に出した作品です。
この度、2012年4月25日(水)~29日(日)、10:00-19:00(最終日16:00) 町田市民ホールギャラリーで、2年ぶりに、また、開催されます。
 熱心な生徒ではないので、上手くなってるかどうか自信はありません。が、この種の展覧会は絵画の展覧会に比べて見れる頻度が少ないです。お忙しい中、ご覧いただければ嬉しいです。
私は25日ー16:00-19:00,27日ー13:00-16:00、29日ー10:00-12:00に会場に居ります。
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 「上絵付け」は絵の具を吸い込んでくれる水彩画と違って、磁器の表面はつるつる、筆で置いた絵の具は、浸み込んでくれません。そこにそのまま残ってます。高温で焼き付けてもらって初めて定着します。絵の具によっては、焼付け温度が異なりますから、焼いた絵の上から、また別の絵の具をのせ2度目の焼付け、これを4,5度と繰り返して完成です。
焼き付ける前なら、絵の具は落とせますので、描き損じは修正が可能です。(これは、私にとってはとっても便利) でも、焼いてしまった後は、もう修正が利きません。
白磁食器への絵付けがメインで、ロイヤル・コペンハーゲン風のヨーロピアンスタイルと言う描き方を学んでます。しかし、水彩画をやってる私の絵付けはどうしても水彩画風になってしまっています。先生から「高口さん、食器に描く絵ですよ・・・」と何度も注意を受けながらの4年間でした。
確かに風景画なら水彩紙に描く方がベターでしょうね。それでもやるのはその工程が面白いからかな。

C4 B2 2年前の展覧会の打ち上げで、「先生、次回は女性のヌードを描きたいのですがいいでしょうか?」「うーん・・・」と唸られた後「高口さんが描きたいのならいいですよ・・・」と言って下さいました。が、2年後の今年、まだ描けてません。今は、せっせと紙にコンテでデッサンをしています。これからの2年間で出品できるようになるのでしょうか?大きな疑問です。頑張ってみましょう。

*この2枚は、その練習の成果です。
女性を描くのはいいとして、どうしておっぱいまで入ってしまうのですか?
分かりません。顔だけでも十分ですよね。でも、やっぱり在った方を選んでしまいます。ただ、好きな彼女のヌードなら、こちらが恥ずかしくて描けそうにない気がします。不思議です。

2012年3月31日 (土)

どうして、高層ビルの上

2012_0330blog30002 2012_0330blog30004 2012_0330blog30005いつもの女性ヌードの絵、上手になりましたよ。え! もう飽きましたか?
そうですね、何か工夫しなくちゃ・・・・です。

今日は、ちょっと過激な内容を書きました。動物のドキュメントに学ぶ私としては、動物的感がもたらす危険への回避です。

高層ビルの高いところの美術館

六本木にある2003年にオープンした美術館へ3月28日に出かけました。5回目くらいでしょうか。以前から、どうして人が沢山集まるような場所(美術館など)を高層ビルの上に作るのか?危険な場所ではないのか?と理解に苦しむ気がしていました。違和感、疑問を感じて。新宿にもビルの高層に1箇所あります。
 今回、人で混雑する現場に巻き込まれてしまい、もし、地震のような自然の驚異に遭遇したらどうなるのだろうかと強烈に感じました。そんな危険なところへ自ら出かける必要があるのか?と。
とは言え、災害を怖がるほど臆病ではありませんので、次回からは、行くに当たって「現場はどんな状態になるかをあらかじめ想定するシュミレーションを行った上で行かなくちゃー」って思いました。

 何しろビルの高層部、閉ざされた空間です。幾ら世界的に知名な設計者が贅を尽くして描き、最高の現代技術の建築であっても、内部は複雑怪奇で、入り口、出口は一箇所しかない。想定外の事故で人がパニック状態になったらどうするのか、考えてくれてるのでしょうか?

春休みのいい日和とあって人出は多かった。気付かなかった「小田栄一郎監修 One Piece展 原画x映像x体感」と言うのがやられていて、子供連れがいっぱいでした。お父様、お母様方が喜ぶ子供のために夢中で、危険な場所にいることなど全く眼中にない有様でした。

53階まで上がるのにエレベーター前で長蛇の列。52階までは「高速エレベーターであっという間に到達」とありますが、とんでもない。エレベーターに乗るまで時間がかかりすぎるじゃないですか。アート作品を高層ビルの高いところで見なければならない必然が全くない。地上1階の美術館でも、その芸術作品は十分輝いてくれます。高いところにあるから見たくもない「東京ビューシティー」なる展望台の料金まで取られるのかな。東京の市街なんて、映像で見れば十分です。金まで払って見る気はありません。それでも見せたいのならエレベーターの登り降りの際ゆっくり見せてくれればいいのに。

その美術館は「現代性と国際性」を理念とし、アジアを中心に世界の諸地域の先端的なアートを紹介します」とあります。「人びとの知的好奇心を刺激し、“アートと21世紀の人間の生き方”についてのヴィジョンを提示することを志します」。誠に結構です。でも、それをどうして高層ビルのトップで行う必要があるのかは明記されていません。ただただ、人が沢山来てくれる好奇心に頼る金儲けのビジネスにしか過ぎないのではないかと思うわけです。だから、高邁な理念も形無しですよ。

失礼なコメントでした。

2012年3月29日 (木)

新しい酒は新しい革袋に

2012_0317blog30008 桜と違って「つばき」は結構遅くまで咲いていて呉れます。イリスの会で先生が用意された真っ白な春椿。(写真) ソフトブルーの花瓶に入れられ、出来上がった色の構成に魅せられ描きました。

2012_0317blog30009 パステルカラー紙に、2時間半で描いたのが、前にものせたこの絵です。花を貰って帰り、写真も撮っておき、家で描き加えて次の絵になりました。

すっかり様子が変わりましたね。同じ絵とは思えないくらい。どちらがいいか?はじめの未完成みたいな絵も悪くないですね。でも、2枚目の絵を完成させなければなりません。

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*新しい酒は新しい革袋に:

「新しい酒は古い革袋に入れるな」とも言われますが、韓ドラで「新しい酒は新しい器で」と言う台詞がありました。聞いたような気がしましたが思い出せません。ネットでチェックしました。
「新しい酒は新しい革袋に」-新約聖書「マタイ伝」にある言葉で、古くなって弾力がなくなった革袋に(雌山羊の皮)、いまだ醗酵を続けている新しいぶどう酒を入れるなら、発生するガスで革袋は破れてしまい、袋もぶどう酒も失ってしまうことになるーとキリストが言ったとあるそうです。また「誰でも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりしない。 新しい布切れは服を引き裂き、破れは一層ひどくなるだろう」とも。

ユダヤ教という古い教えでなく、キリスト教という新しい考えに従えという意味もあったようですが、つまり、「古いものと新しいものは相容れない」。
転じて、「いつまでも古い様式に頼ってはいけない」「新しい思想や計画を受け入れるためには、新しい精神と柔軟な思考に基づく新しい受け入れ態勢が必要である」と。
なんだか今の政治家に煎じて飲ませたい諺ですね。いつまでも古臭い凝り固まった考えを持った政治家では、新鮮な日本にはなりませんでしょう。明日の「消費税アップ法案の閣議決定」、どうなるんでしょうか?
つい愚痴が出てしまいます。

2012年3月26日 (月)

根回し

2012_0304blog30008_2 2012_0114blog30006_2 暦の上の春でなく、実感する春はまだ来ませんね。もっとも、春は若い人、樹木のつぼみと新芽、鳥の赤ちゃんなどに先に来て、我々シルバーにはずっと後にしか来てくれません。もうカスしか残ってません。花粉症のような不要なものなどしか。
上野動物園のパンダさんも、オス、メスに春が来て、交尾するのではと仕事を休んで寝所に置いてもらえる。うらやましい。あやかりたい。私も若い頃は春を先取りしてきましたから、順送りなんですね。

一方、秋になると順番は逆。年寄りに真っ先に来てくれる感じ。大好きな秋です。若い人は秋は寂しいなんていいますがね。とんでもない!実りがあり、食欲が出て、活気満々でしょう。

2012_0321blog30007 載せる新しい絵がなく、チューリップの絵3枚がありました。春を、十分感じてください。

*根回し:

リポビタンDのコマーシャルよろしく「元気一発、ファイト」とやっていたサラリーマン時代、この「根回し」と言う言葉をいやと言うほど聞かされ、また、心がけていました。退職後のいまもサークル活動で、まだ、引きずってます。癖になったようで。良いか、悪いか判りませんが・・・。面倒でも、やはり根回しをすると事はうまく運ばれるようです。皆さん協力的になってくれます。

「根回し」という言葉どこから来たのか?知ってますか?
今日見たテレビで初めて知りました。植木屋さんが、お寺さんへ大きな「しだれ桜」を移植する。その時の一連の作業の中の一つに「根回し」がありました。樹木を移植するに先立ち、準備する作業で、半年から1年も前に行う作業。根元近くの太い根を切断して、残した根の基を丁寧に皮を剥ぎ、その後から活発な新しい根が出てくるのを助ける作業でした。出てきた新しい根は移植先の新しい環境でも活発に根を張り葉を育てるのです。

言うのは簡単ですが、どの根を切るか、いつ切るかなど多くの年月の経験だけがくれる高い技術がいるのです。

転じて、「物事を進めるにあたって」、事前に意図や事情を説明し関係者の了承を取り付けておく事を指すようになりました。ビジネス界で使われるようになったのは比較的新しく昭和40年代だそうです。

大きな樹さえ、何の事前準備もなく突然移植すると環境になじめず枯れてしまうとか。人間界でも「他人を不用意に脅かさない、他人に対する配慮」から必要な手順のようです。

事前工作、裏工作、すり合わせ、舞台裏、談合などの言葉と繋がりイメージが悪いですが、

「良い悪いではなく「必要」」との考えが多いように思います。

仕事の進め方が違うアメリカでも、根回しは必要と「NEMAWASHI」は立派な英語になってます。よく、「高口、これは根回しか?」とからかわれてました。根回しの方法は日本と異なりますが。よく聞かれる「ロビー活動」なんかこれですね。会議の合間の休み時間に盛んに行われてます。でも、実際の根回しのように半年も1年も前ではなく、その場しのぎの根回しで、効果の程は?
日本なら、見抜かれて逆効果かも。「今頃言ってもだめですよ」とね。

2012年3月24日 (土)

人物画(写真から)

2012_0321blog30001 人物画をネットから得られる写真で描いてます。モデルさんを描くことも、勿論やってますが、こんなポーズを描くチャンスはありません。性器までばっちりのポーズなんて、普通は取ってくれませんから。見れませんです。
この絵は検閲に引っかかるのでしょうか?毛が描いてないからいいのかな?それともモザイクを入れないと駄目?芸術作品ならならいい?営業を伴うビジネス商品なら駄目?  さっぱり判りません。でも、これを描いてブログに載せるのには勇気が必要でしたよ。22日に誕生日を迎え73歳になったから、恥ずかしさも消え勇気が出たのでしょうね。(近頃は、この種の絵に、家内もちっとも驚かなくなってきました。)

人間はどうして性器を恥部と称して見せない、見ないとなってるのでしょうか?動物は平気、気にしてない?動物のセックスは本能的で子孫繁栄の大義名分がある。仮にそれが快楽をもたらすとしても、それは結果でしかない。
人間は?・・・。快楽だけを求めるセックスをしますね。近頃はそれが多い。だから、人から見られたくない?見せるものではないと言うのでしょうか。
人間がどうして子供も作らないセックスをし合うのか知ってますか?「夫婦が仲良く子育てが出来るように」と学者先生が仰る。人間の子供は一人前の大人に成るのに20年もの歳月が必要な動物。この間、両親が仲良く育てなければなりません。そのために快楽的なセックスも必要だとか。それで愛し合うことが持続できる。(通常の愛は3年続くのが限度だそうです)

でも、不思議。子育てに関係ない快楽だけのセックスがこの世に充満してますよね。学者先生、これはどう説明するのですか。これも人類の進化の結果なんでしょうかね。

2012_0324blog30004 *2枚目は前から見る立ちポーズ。一番難しいです。なぜなら、間違いがすぐに見破られるから。皆さんにとって立ちポーズが一番見慣れた姿。私の絵を見る人の目が最も肥えたポーズでしょう。すぐに「似てないわ・・・」って見られてしまいます。後姿、寝ポーズなどは皆さんあまり見慣れてないから、少々違っていても大丈夫。そんなものだろうと納得されて、「まあ、綺麗・・・お尻が良く描けてる」なんてお世辞の一つも弾んで下さいます。

この絵は左の窓から光が来ているが、高い部分にある頭のほうまで光は入っていない。当然、顔は暗い。だから顔立ちは形より陰影を見分けて描くようになります。目、鼻、口を形でなく陰影で描きますが、目を描いてるのじゃなく、訳が判らないものをひたすら描いて行くと似てくるから不思議です。

脚の部分、スカートの下は、これから描く楽しみです。このポーズの一番重要なところのように思えます。この部分の表現次第でモデルさんの美しさが現せるのではないかと。そんな感じがします。
この写真、もう3年も前に得たものですが、描けそうになく、何時になったら描けるかまんを侍して来ました。今回初めて挑戦しました。

彼女の他の写真も見事で美しいですよ。ミロのビーナス並みです。

2012年3月19日 (月)

天衣無縫

2012_0317blog30013 2012_0317blog30014 2012_0317blog30017 例によって、この3枚が最終的完成です。何度も見たよと言わないで・・・。どこかを少し直し、それが大勢に影響なくても、見て欲しいのですから我慢してください。

昨日の新百合、石井先生の「イリスの会」で春つばきを描きました。濃紺のパステル紙に白のつばきとブルーの花瓶、花瓶の鶴の絵がポイントです。さて、これからどうするか、どうなるか、お楽しみに。

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*天衣無縫:
「てんいむほう」、私は「てんいむそう」とばかり記憶してました。マージャンの役名で「国士無双(こくしむそう)という大喜びで沢山の点棒が手に入る役があります。この無双と無縫を混同してたようです。(国士無双、国士ー国一番の優秀な武術者。無双ー二人と居ない人ですが、後漢の劉邦に使えた武将韓信のことを言ったといわれてます。彼は忠臣蔵の「韓信の股くぐり」でも有名じゃん)

天衣とは天人、天女の衣。伝説では天衣には縫い目がなく自然で滑らか。天衣無縫となると「天女の衣のように人柄などが無邪気で飾り気がなく、素直で自然のままの様子」「文章や詩歌がわざとらしくなく、自然に作られていて巧みな」こと。
私の人柄は縫い目がないどころか、びっしりの縫い目とバイヤスがかかった複雑怪奇な衣装の性格です。素直、無邪気さ、飾り気がないなどは私にはない言葉で、意地悪、冷やかす、酒の肴にする、あまのじゃく、まさに高衣多縫となりますね。皆さんは如何ですか。

近頃の高度な技術で作られた合成品は縫い目がないものもあるようですから、もう何年かすると天衣無縫も理解してもらえなくなるのかな。私、まだゴム服着たことがないです。

天真爛漫も間違えやすいですね。注意しましょう。

2012年3月16日 (金)

舌打ち

2012_0315blog30005 1枚目は、確かクロアチアのスケートの名手、名前を忘れましたが、色っぽいすべりでした。今一似てませんが、どこがどう違うのか判りません。

2枚目は四角の陶器に描いている「なまけもの」です。上絵つけの「アンジュ 陶磁器絵付け展」、4月25日~町田市民ホール、に出品するために製作中です。もう少し手を加えます。いずれご案内しますので見に来てください。

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*舌打ち:
韓国ドラマでは時代物、現代ものに限らず「舌打ちをする」シーンが結構出てきます。日本では嫌われますが、中国や韓国ではそれほどでもないのでしょうね。
なんらか不快なこと、歯がゆいこと、悔しい時にやりますが、ちょっとした感動、賞賛に値することがあった時にも使うようですね。その辺が違いますね。インドでは相槌代わりに使うと言いますから、所変われば品変わるですね。
インドでは「うん、うん」と頷く時首を横に振りますよ。

お父さん、「近頃時々、チュ、チュと口音をよく出してますよ」、と運転中におかあちゃんから注意されました。自分では全く気がついてませんでした。信号待ち、渋滞、変にスピードを守ってのろのろ運転をする車が前にいる時などだそうです。それこそ自分なりに不快なことがあってる時にやってるのでしょうか?癖になってますかね。止めなくちゃ・・・です。なくて七癖といいます。癖は良くないことにしか使いません。
「舌を鳴らす」は小鳥を手なづけたり、まだいいようですが、これには技術がいります。打つと鳴らすでは大違いです。

韓国では、「何度も頭を下げる人」、「お酒の注ぎ足しをする人」、「鼻を人前でかむ人」はいやがられるそうです。頭を何度も下げるのは死者にお対してのみ、お酒の注ぎ足しは葬式の時だけだそうです。確かに「頭を意味もなく何度も下げる癖のある人」見てて恥ずかしいです。
人前でも平気で鼻をかむのは西洋人でした。初めて直面した時はびっくりしました。恋心も一挙に失せました。

ついでに言えば「後手で挨拶する」が、近頃多いのではないでしょうか?特に若い人に。見ていていいものじゃないですね。癖を直すべきと思います。昔から後ろ手は人前では禁止でした。後ろの手に武器などは持ってませんと相手にわかるように、手はきちんと前にくる・・・が礼儀でした。

他に「相手を指差す」、「腕組みをする」、「足を組む」なども、特に目上の方と向き合うときは要注意です。「会議の最中に携帯電話をいじる」となる携帯電話に関するマナーは、今は最低でしょうか?これからおいおいスマートな携帯電話の掛け方が身についてくることを願ってます。

2012年3月12日 (月)

輝くヌード

2012_0312blog30002 2012_0312blog30001_2 2枚の輝くヌード、どちらがお好きですか?濃紺のキャンソン・ミタント・パステル紙、F6サイズくらい、にパステル鉛筆、薄い白でデッサン、その後色ツケをやりました。
ところが肌色も良くないし、迫力も出ない平凡な絵でした。やはり鉛筆では、ちまちましてだめだなって・・・。レンブランド・ソフトパステルで大胆に色をのせました。少々はみ出しても、細かいところにとらわれず、構わず勢いで。

この出来上がり気に入ってます。描き方のひとつとして、初めての体験ができた気がします。嬉しいです。

これがこの2枚の絵です。そうじゃなくて、1枚の絵を写真に撮り画像処理した1枚の絵の2枚の写真です。皆さん多分右の方が良いと仰るでしょうかね。

絵をデジカメで撮り、パソコンで画像処理ー明るさの調整、コントラストを強めたり弱めたり、中間色を調整ーなどのボタン操作でこれだけのことが出来ます。 ありがたい機械です。

2012年3月11日 (日)

カラスに叱られた

2012_0310blog30011 2012_0311blog30007 2012_0311blog30004 毎回同じような絵を載せてますが、どれも同じじゃなく、ちゃんと修正したものです。そして完成させてます。今日の3点はいずれも完成作品です。いかがでしょうか?

*「うちのストーカーからす」

 今日は、からすが私の部屋の窓ガラスをコンコンと叩きました。決まって朝の9時ごろ、おかあちゃんに来るんですが、「お父さん。貴方に用事らしいですよ」と家内が教えてくれました。

「絵ばかり描いてないで、少しは世の中のお役に立ってはどうかね、おっさん」とからすが言うじゃないですか。ガラスを叩く音とリズム、それにカアカアだけでいくつかの意味をこめて言うのでわかりずらいです。が、そこは海外駐在経験者、わからない英語でも判読できる能力を磨いてきましたから、からす用語も然りです。何とか理解できます。

「俺も不甲斐ないと反省はしてるよ。だが、もう年じゃし、お役に立つどころか邪魔にならないようにするのが精一杯じゃよ」
「その気持ちわからぬでもないが、よく考え、工夫すれば、何かのお役に立つことも出来るだろうよ。このど阿呆・・・」と 私をやりこめるじゃないですか。
私は切れてしまって「うるさい・・。2度と来るな・・・」と怒鳴ったら、「カアカア」と捨て台詞を残して飛んでいきました。どうも、飛び際に「アカンベー」をしたそぶりでした。

からすに説教され、笑われた一日、元気が出ませんでした。あらためて自分をよく観察し、なるほどと納得。ついでに自画像を描いて見ました。2012_0310blog30008 Photo 2枚も。

どちらも、もう少しって所です。確かにからすに笑われても仕方がない顔つきですね。

これからでも遅くはない、精進して立派な年寄りとなりましょう。応援して下さい。

2012年3月10日 (土)

カラスの行水

2012_0309blog30002 月一度の木炭画教室「新芽会」、久しぶりに上半身裸の男性モデルさんでした。クロッキー用紙とコンテを用意して行ったので、上半身だけを描きました。相当マッチョなモデルさん、この筋肉を描くのは初めてでした。
日頃女性ばっかり描いてますから、線がしなやかになってしまうのです。特に顔が女の顔に。モデルさんは色が真っ黒で、陰影が見分けにくいのでした。黒人モデルさんがあまりお呼びでないのはこの陰影がハッキリしないからだと聞きましたが、うなずけました。
次第にコンテに力が入り、強くなり、ご覧のような色になりました。迫力は出ましたかね!次回もこのモデルさん、心して掛かります。

*カラスの行水:
私のお風呂はカラスの行水と似たようなものです。ゆっくり温まってと言われてもできません。熱めの湯にじっと我慢して短時間で温まり、飛び出すのが特徴です。でも、似てないところは「カラスの濡れ羽色」になる黒髪がないこと。もっとも、近頃のカラスは茶髪が居るとか?
ですから温泉場へ行っても長湯はしません。アメリカのソルトレイク湖で泳ごうとした時、またイスラエルの死海で泳いだ時は、ぬる目の水に我慢できなくてじゃなくて、30%に達する塩分濃度に塩漬けになるんじゃないかと、飛び出しましたが。
近頃はシャワーばかりで、それもシャボンも使わずに終わる、まさにカラスの行水です。これでシラミや寄生虫は洗い流せるでしょう。余計なことですが、「お父さんはお風呂に入らなくても臭くならないからいいよね・・・」と言われてます。

ここで一服:パリオペラ座の専属ダンサー、ドロテ・ジルベール、見事な踊り、決まったポーズです。

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からすと言えば、毎日のように(カラスの鳴かぬ日はあれどと言いますが)2階の家内の部屋の窓の手すりに来てガラスを嘴でコンコンとやるのです。何が狙いで来るのかさっぱり判りません。オスなのかメスなのかも判りません。(誰かカラスの雌雄を知らん)。家では家内を狙う「ストーカーからす」と名づけられています。餌をやって飼いならす手があるかもしれませんが、その勇気がないです。来るのはいいとしてガラスを割ってもらっては困ります。コンコンと音がすると飛んで行って追い払うのです。でも、翌日また来ます。
私には「カラスの足跡」は既にある。きっと、口が悪い私を嗜めるために(カラスが鵜の黒さを笑うように)「カラスが灸を据えに」に来てるのでしょうか?

「カラスの請け合い」(引き受けたことを忘れてしまう)、「今鳴いたカラスがもう笑う」、「カラスの昆布巻き」(カラスは「かあかあ」と鳴きながらそれに巻かれる亭主、恐妻家のこと)と言われると、似てるところがあるように思え、反省しております。

ストーカーからすさん、「わかりましたので、もうこないで・・・。」

2012年3月 8日 (木)

神奈川県立相模原公園

2012_0308blog30006_2  7日、県立相模原公園に40名強が集まったスケッチ会でした。まだ、寒いのではと案じましたが、幸い暖かく、10:30から14;30の集合時間まで持ちこたえました。大きな芝生広場へつながる道の脇で、白い梅の花、奥に広がる枯れた芝生広場を描きました。春先の空気は描けてると思いますが、白い梅の花は、さっぱり目立ちませんね。
パステルの白で描き加えてみます。ピンクの梅もちらほらと咲いてました。

時間があったので「噴水広場」ー両脇にメタセコイヤの並木、シンメトリーに作られた庭園には3個の噴水、花壇があり、ベルサイユ宮殿のフランス庭園を思わせます。ーを通って中央にある「サタタのタネ グリーンハウス」に入りました。咲いたばかりのヒスイカズラを見ました。幸運でした。
フェルメールが愛用したラピスラズリーのブルーより薄めの爽やかなブルーでした。この温室の2階ギャラリーでは水墨画展をやってました。そこでばったり、絵の昔の仲間に出会い驚きました。この水墨画会へ入会したいようでした。彼なら水墨画もかけるでしょう。

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*県立相模原公園:
小田急相模大野駅からバスで20分、公園の隣にある「女子美」がバスの終点駅です。平成4年、「都市緑化かながわフェアー」の会場となって知名度を上げました。隣に市立相模原麻溝公園があり、駐車場も沢山あって都会のオアシスみたいないいところです。麻溝公園のほうには高い展望タワー、アスレチックフィールド、動物公園があり親子ずれでにぎわいます。

相模原公園の「菖蒲園」は、職人さんが準備を始めたところで何もありませんでしたが、6月には満開の花菖蒲が出揃うでしょう。スケッチに行きたいです。

2012年3月 7日 (水)

全球凍結(スノボールアース)

2012_0306blog30004 2012_0306blog30002 今日は春の陽気でした。相変わらず絵の修正をしました。ここに載せた4枚、前回より良くなってるでしょうか。あまり変わらないなら骨折り損の草臥れ儲けですね。
今の私に儲ける物は何もありません。ですから草臥れでもいいから儲ければ幸せです。

最後の1枚、チューリップは鉢植えです。オランダ駐在の折、日本への一時帰国にチューリップの球根を土産にしようと空港の店で「日本に、関税を払わなくても、持ち込めますかね?」2012_0304blog30008 と聞いたら「ノー、プロブレム」と。ところが成田で「駄目」と言われ「関税を払うか、持ち帰るか、没収されるか・・・です」
悔しくて「持ち帰ります」、「それなら空港保管となります。保管料ですか?、オランダへ帰国される日までなら6千円です」
さて、持ち帰ってどうしたでしょうか?スキポール空港の球根屋さんに立ち寄り「日本へ持ち込めなかったぞ・・・」と怒鳴り込んだら、例によって、すみませんとは言わず、「引き取りましょう」とのことでした。あっけなく幕となりましたが、保管料6千円までは呉れませんでした。こんな思い出あるチューリップです。

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*全球凍結:

NHKの「地球大進化」と言う番組、もう7,8年前のアーカイブスを見ました。

英語でスノーボールアース。雪球地球、全地球凍結と言う言葉の方がわかる気がします。地球全体が赤道付近も含め1000mにも達する氷に覆われた状態で、今から22億年前と6億年前、2回、地球はそうなったそうです。へー!知りませんでした。

私がいい加減に記憶している年数ですが、宇宙が生まれてから130億年、寿命が1000億年、地球が年齢45億歳、100億年の寿命とか。人間の寿命が80歳としても、億単位の年数には、ただただ、その大きさに驚くばかりです。理解できません。ただ、「自然を征服」するなんて傲慢な発言は出来ません。

全球凍結の時(と言っても数千年、数億年の期間です)「やがて我々人間が生まれる切っ掛けとなる「微生物の大きな進化」があった。」となると、尚理解に苦しみます。

でも興味しんしんです。全球凍結、微生物の進化の結果として、私が6億年後に生まれているのですから。感謝しなくては。

こんな寒い地球、地球上の生物は絶滅寸前に追い込まれました。当然ですよね。ところが深海深く逃げた生物のうち、運よく海底の火山活動、暖かい地熱地帯に助けられ生き延びた奴がいた。火山は恐ろしい物ではなく、お世話になっているのです。
それだけではなく生物はコラーゲンによる増殖機能を身につけ、大型の植物、動物まで作り出すストーリーとなってきました。え!!コラーゲンが大型の体を作る役割をしてるんだ。

全球凍結の引き金は「生命が起こした「大気汚染」という説があるそうです。温暖化によって海中の光合成生物が増え、酸素の供給量が著しく増加、この酸素が原因で寒冷化をもたらせた。(大気中のメタンガスと反応して)つまり生命の進化や増殖が地球の維持システムを狂わせて仕舞ったのです。

一方、火山活動からは沢山の二酸化炭素が発生して、これが地球の保温に役立ち、地球はやがて今のように暖かくなった。(今の地球温暖化と同じ現象ですが、こちらは多すぎると言う問題。)

「過ぎたるは及ばざるが如し」じゃなくて、「過ぎたるは破滅の基」ですね。

「全球凍結」ご理解いただけたでしょうか?

「昨日と同じ今日に感謝し、今日に同じ明日を願う」

決して欲を出さないこと、これが長生きするコツと言う話でした。貴方が長生きするのではなく人類が長生きできると言うことです。

2012年3月 5日 (月)

物真似から始まる

2012_0305blog30030アメリカ映画「明日に向って撃て」のポスター画像を入手。3人もの顔を描かなくちゃならないのかと悩んだ末、思い切って描いて見ることにしました。描きかけです。
私のブログ画面の左帯部の下のほうに「検索ランキング1位~10位」が毎日入れ替わりで、Niftyのサービスで、出てきます。私のブログにある文言に関連した事項が出てきます。昨日「キャサリン・ロス」がありましたので、それで検索して画像を入手したのです。

痛快な現代西部劇「明日の向って撃て」の3人の主役、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、キャサリン・ロス。ポールニューマンが今一ですね。それより3人の体つきがバランスが取れてません。
昔は映画の看板は手描きでしたね。同じ映画でも劇場で看板が違ったりして愉快でした。立派な仕事として存在していました。今でも、世界一映画が繁盛しているインドでは手描きの看板でしょうか?けばけばしいものすごい看板でしたが。

*何事も物まねから:
小学生の頃、近所に住む同級生のお父さんが「映画の看板を描く人」でした。沢山の絵や、洒落た蓄音機と洋物のレコードがあって珍しかったです。年に2度の学校のスケッチ、彼にはお父さんという味方が居て、スケッチ場所、どんなアングルで描けばいいかなど教えてました。私は彼について行って助けてもらったのですよ。お陰で賞を貰ったりしました。

絵と言えば必ず思い出すのが幼稚園で描いた戦車の絵です。褒められた記憶が残ってます。「戦車を描きましょう」と言われ、「お前は、描けなくて泣いて帰ってきた。弱虫だったよ・・・」とよく母親にからかわれました。それもそのはずです。見たこともない戦車が描けるはずがない。先生が戦車の絵を見せてくれたら、すらすらと描いたそうで・・・。それが良くできていたのですね。

何事もものまねから始まるのですね。

2012_0304blog30009 この絵は5人も居ますよ。パソコンか何かの広告の絵です。

2012年3月 4日 (日)

演歌/ケ・ウンスク

2012_0304blog30010 またまた、ミロのビーナスです。こんな角度からはなかなか描けません。腰のくびれが綺麗なのはわかるとして、ビーナスの首は本当に長いですね。ろくろ首ほどではないですが。これも美人の条件ですかね。.

2枚目はパステルで色をつけました。上のビーナスの絵で使ってる紙(マルマンのエスキース50X65cm)でパステルにはちょっと薄すぎますが、手軽で安い紙です。ネットで見た「パステル人物画の描き方」を見習って描いてみました。

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*演歌:

今見てる韓ドラ「王妃チャン・ノスクー宮廷の陰謀」の冒頭に出てくるテーマソングは、日本の演歌にそっくり。歌詩の意味はわからなくても、感情は痛いほどわかります。「自分の理想、なりたい境遇、やり遂げたい願望、成就させたい叶わぬ恋・・・」など切々と嘆き悲しむメロディーは演歌特有のそれです。音色なんですよ。

感情の起伏が我々よりはるかに激しい韓国人、女性でも感情をあらわにして大きな声でわめきちらします。(韓ドラを熱心に、もう、3年も見てますと、このわめきはちっとも気にならなくなりました。むしろ煽って「ヤレヤレ」と声援を送ってます)
「アイゴ、アイゴ・・・」は、何もお葬式のときだけでなく日常茶飯事に使われます。

この韓国人気質から、「演歌は韓国から日本に渡ってきたのでは?」と思っているのですが、間違いですかね。「アリラン」なんて演歌そのものですよね。「釜山港へ帰れ」の「チョ・ヨンピル」やハスキー・ボイスの「ケ・ウンスク」など日本の演歌を日本人以上に上手く歌ってました。

20年以上も前、仕事で韓国に出張。夜は男性の世界。例によってスナックではカラオケが流行っていて、日本人として歌わなければならない場合があるんですよ。そのとき歌ったケ・ウンスク(桂 銀淑)の「J(ジェイ、恋の歌)」は好評でしたよ。調子に乗って「愛の迷路」まで歌ちゃった。(それ以来カラオケで歌ったことはナイのですが。)

ケ・ウンスク、2007年、借金、うつ病など問題から開放され、来日。私は相模大野のグリーンハウスへ彼女を観にいきました。「来年の春には、日本のテレビに復活します」と挨拶してくれました。密かに期待してましたが、その後「覚せい剤所持」で逮捕され実刑を受け韓国で服役。今は出所してるはずです。また日本へ来てくれるかも。待ってます。

待ってますなど無責任なお願いなどせず、そっとしてあげるのが一番でしょうかね。惜しい才能が偲ばれます。

2012_0304blog30006 キャサリン・ロス、いい写真がネットで手に入ったので描いてますが、もう少し似せないと・・・?彼女も今では70歳以上でしょうか?皺も多くなって面影もないのかな。それでいいのです。お疲れ様でした、長生きして下さい。

2012年3月 1日 (木)

春の二日間

今日から3月。3となるとなんだか心が踊ります。残念ながらトキメクまで踊ってくれませんが。草木や若者に春を先取りされないように頑張らなくちゃ・・・です。
「春の3日に春はなし」、天気予報のお兄さんが言ってました。3日も続いていい日天気の日はないと。急に3月末の陽気になったかと思えば、翌日は冷え込み、29日は大雪、そして今日は晴れ、明日は雨だそうですから、この言葉通りですね。そのうち3寒4温となって桜は咲くのですね。
春の語源は①草木の芽が「張る」②田畑を「懇る(はる)」③気候が「晴る」だそうです。

29日の雪のおかげで、急遽サロン・アカデミー教室を中止、今日も予定変更で家に居ました。子供の頃学校が急に休みになったり、先生の都合でホーム・ルームに早代わり。こんな嬉しいことが有るのかと喜んだものでした、が、まさに、これと同じの二日間でした。
すっかりお金持ちならぬ「時間持ち」となって優雅な気分でした。描きかけの絵に手入れが出来ました。8枚も。

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暇に任せて、朝から晩まで描き加え、良くなったか、そうでもないか、わかりませんが満足です。溜っていた仕事を片付けすっきりした気分です。

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忘れるところでした。3月は私の誕生月。22日で73歳になります。ラッキーセブンと3度めの正直の3ですが、73となると好きな数字ではないです。75が好いな!

2012年2月26日 (日)

夏の霜

2012_0226blog30001_2 2012_0226blog30002 ミロのビーナスのミニチュア石膏像を 描いて、次にネット画像の女性と比べました。ビーナスはやはり永遠の美女でしょうか?栄養、体を鍛える、、化粧で磨く、現在のほうが勝ってないとおかしいですが。

2012_0224blog30028 2012_0226blog300021_2  この2枚は顔の素晴らしさに惹かれて、是非描いてみたいと挑戦してる絵です。肌色を綺麗に見せるため、陰影、陰の部分に緑、青を意識して入れています。右より左がよくなってると思いたいです。これからも完成に向って描き加えます。しかし、絵としては右が面白いかなって?感じたりしますから不思議です。

*夏の霜:

韓ドラで「女の恨みは 夏の霜を降らせる」と言う諺みたいな台詞がありました。確かに女に恨みをかうともうすべてが台無しでしょうか?真夏に霜が降ってくるかも。昔から「嫁いで来た嫁の評価でその家族の運勢の良し悪しが決まる」「女の恨みは親子3代に悪影響を及ぼす」と恐れられてきました。「夏に霜が降るくらい」ならまだ良い方です。
この夏の霜、俳句の世界では夏の季語として奥ゆかしい情景を意味するようですね。「夏の宵、月影が地上を白く照らす様、まるで霜が降りた如くに・・・」と。近頃は月などめったに見ません。屋外の照明が明るいせいもあるでしょうか?私の場合、月ではなくテレビが「四季の季語」です。世界中の遺産から、美術品、観光、食べ物、古代史、ドラマと見せてくれます。私にとって、テレビは「四季のすべてを現す季語」です。

*アイムソーリー法:
米国でアイムソーリ法なるものが2001年に州法となった。その後各州に広がったそうです。何か事故を起こしたとき、素直に謝る言葉アイムソーリーを言えるようにと。11年間も知りませんでした。
30年前のアメーリカ駐在中に、自動車会社の保険屋さんから「高口さん、もし事故を起こしても、安易にアイムソーリーと言わないで下さい」と念を押されました。また、子供の学校からアウトドアー学習に出かけるとき、この書類に両親のサインを下さいという時も。何か事故があっても学校を訴訟するような意図はありませんと言う文面でした。唖然とした記憶があります。

訴訟社会の米国、極論すればなんでも訴訟の対象になってしまう。何かの事故で「すみません」と謝ったら、罪を認めたことになりその言葉が裁判で証拠として採用され不利になるのです。恐ろしい社会です。日本もそうなりかねない風潮が感じられますね。医療訴訟、学校での事故(モンスターピャ―レントなる言い回しも)など。

「詫びる言葉さへ封じられたのでは社会生活は立ち行かない。事故を起こしたとき、そのことを悔やんで謝罪の言葉が出るのは人間の自然な感情ではないか」と。
ついでに世界一謝らない国民性の国はインドなんだそうです。(無責任な発言ですが)「間違ってたらすみません。なかったことに・・・」

2012年2月18日 (土)

モディリアーニの長い顔

2012_0215blog30005 2012_0215blog30007 町田市立国際版画美術館友の会の第13回「会員展」が3月20日(火)~25日(日)版画美術館で行われます。出展申し込みの締め切りも近くなり、作品を整理中です。ここに載せた3点はどれもリフォーム、壁紙を張り替えるなどしているものです。化粧をしなおしてひのき舞台に出させてあげたいです。もう1点は風景画にしようかな。

2012_0213blog30004 *極上美の競演 瞳のない美女の顔/モディリアーニ(NHK)を見ました。

彼に献身的な愛情を注いだジャンヌを描いた絵は20数点あるそうですが、特徴はー1.縦長の顔(モディリアーニの美の形)、2.瞳がない目(目を入れると生身の普通の人になってしまう。特定の人を超えた綺麗な女性を・・・)の2点。彼の絵がどうして人を虜にするほど美しいのか?脳科学者茂木健一郎が人間の脳の働きから分析してくれてました。

 「人間の脳は一目見てわかってしまう作品よりも、何か奥深いミステリーを感じさせる作品に惹かれる」。「よりユニークな作品に芸術性を感じる」と。
また、「人間の脳は生身の人間が目に前にいないと本気にならない。」と。確かに、(モデルを描く、写真を見て描くの両方をやってる私、これには全く同感です)

モディリアーニ(1884-1920)は35歳に若さで肺炎のためなくなりますが、2日後に自ら命を絶ったジャンヌは21歳、妊娠9ヶ月の身でした。

彼の絵の原点はアフリカの原始美術ーアフリカの仮面を見て衝撃的な印象を受けてから出来上がったようです。ピカソもそうでしたね。2012_0217blog30009 2012_0217blog30011

モディリアーニの絵3枚とアフリカの仮面を画面から頂きました。確かにアフリカの仮面には不思議な魅力がありますね。余分なものをすべて取り除いてます。

最後にモディリアーニの言葉ー「私が求めているのは現実でも非現実でもなく無意識、人間が持つ本能の神秘なのだ」ー

神秘的な本能が私をして描かせる絵が、もし出来たら、それはそれは素晴らしいのでしょうね。

2012年2月13日 (月)

巫山の夢/男女の情事

「男女の情事」と言えば、私が思い浮かべる言葉は「昼下がりの情事」です。思春期の頃見た映画のタイトルで、情事が何たるかは、わかってるようで、何も知らなかった頃でした。ただ、情事は夜のことと理解してましたから、それが「昼下がり・・・」です。わくわくしましたよ。大人になるとこんなことも出来るのかと胸弾ませました。しかし、大人になってみて騙されたことに気づくのでした。

2012_0213blog30007 2012_0213blog30006* スケッチ仲間の人物画講座。随分痩せたモデルさんで、心なしか生気が無い。色が白くて描きやすい点もありました。「色が白くていいですね。”七難隠す”って言うでしょう」と褒めたら、「白いからあらが目立って困ることが多いんです」・・・と。

坐りポーズが20分x4回、寝ポーズが20x2回です。お疲れだったようでモデルさん、本当に寝てしまいました。

*巫山の夢:「ふざんのゆめ」と読みます。巫は(みこ)、巫女でみこですか「ふ」と読むのですね。韓ドラで「雲雨の情」(男女が情を交わす)と言う言葉が出てきました。ネットで調べたら「雲雨の情」、「雲雨の夢」、「巫山の夢」、「巫山の雲雨」、「朝雲暮雨」、「雲となり雨となる」は、どれも同じ故事から来た「男女が情交すること」の意味だそうです。

まず、巫山:、長江が山中を貫流している名山で巫山12峰と言われ、「神女峰」が代表。霧や雨が多く、長年の雨で侵食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立ってる眺めは他に例え難し。伝説や故事が生まれます。

昔、巫山に住む神女が楚の懐王と夢の中で出会い「私は天帝の末娘ですが嫁ぐこともなく命を落としてしまいました。巫山と言う所に祭られています。まだ男を知りません。どうぞ、枕をともにさせて下さいませ」と。王は、そこでその女と情を交わされたのです。別れ際に女は「私は巫山の南の険しい崖の所に住んでおります。朝は雲になり、夕暮れには雨になって、朝な夕な「陽台」(=巫山の南)で貴方をお慕いしておりますわ」
王が翌朝巫山の南の方を眺めると、果たして女が言ったとおり、そこには雲が立ち込めていました。王は女を偲んで廟を立て「朝雲」と名づけました。

男女の情をこのように美しい自然の現象になぞらえて語る昔物語はいいものですね。

巫山の情は浮氣などと真剣なものとは解されず、戯れる男女の情に近い。そこで、「巫山戯る」(ふざける)、「悪巫山戯」(わるふざけ)と当て字に使われるそうです。
私はふざけ屋さんですが、色事のふざけではなく悪戯のふざけなんですよ。

2012年2月11日 (土)

言葉の力/そこに言葉があった

2012_0122blog30014 2012_0210blog30001 クロッキーで脚と足だけやっと描きました。特に綺麗ってわけじゃなかったのですが、踵、つま先、足の甲を練習したかったのです。が、難しい。

2枚目は黒人女性。もっと可愛い、キュートって感じの女性ですがね。睨みつけていてちょっと怖い。

2012_0210blog30002 3枚目は白人女性。もっと鼻が短く、目の色が薄い綺麗なブルー。白人世界で最もステキな目の色といわれるへーゼルなんですがね。やはりカラーで描かないと駄目か?

*「明日への力を生み出す珠玉の言葉・言葉のスペシャル」(いつもそこに言葉があった)というNHK特別番組を見ました。

著名なプロフェッショナル9名が自分の体験談としてあげてくれた9つの言葉でした。
行きづまったり、窮地に落ちたとき、挫折した時、人が言ってくれた言葉にハツと気づかされ、また立ち向かって進めた言葉の力でした。

1.リーダーの心構えを教えてくれた言葉ー「お前が考える7割で良しとして、ほめてやれ。」 褒めてやることのほうがうまく行く。 2.迷う自分を救ってくれた言葉ー「得るは捨つるにあり」 古いものはきっぱりと捨てろ。 3.信念の言葉・広い視野に立てた言葉ー「決まった道はない、ただ行き先があるだけ」 必ず目的地につく道などないんだ。道は作るもの。4.型破りな演技は型を知らずには出来ない。型を知らずにやるなら、それは「形なし」と言う。 5.すべてをあきらめてしまうんじゃない。などが感銘を受けた言葉でした。

さて、振り返って自分は? 私には座右の銘はないです。ただ、小学校高学年の頃、母が自分の人生を振り返るようにつぶやいていた言葉が今でも心の中で生きています。
「禎之、人生には大きな波がある。いいことも5年もすれば終わりとなり、その後は下り坂。次々と悪いことが続く、7年もね。でも、7年過ぎると、また、必ずいいことが始まるから嬉しい。この波を意識してことを運びなさい」でした。5年7年周期は長過ぎます。今なら3年、5年くらいであって欲しいです。不遇が7年間も続く?・・・長すぎます。せめて5年で・・・と願います。

間もなく73年の自分の人生を振り返ってみると、奇妙にも、この5年・7年が当たってる気がするから不思議です。不運の始まりは父の出生・戦死、・戦後の苦難。2年の浪人・目指した大学でない学校生活。長期の海上勤務、向いてなかった営業の仕事、他社への出向・腹部動脈瘤切除など。

幸運だったことは中・高時代、入社・翌年結婚・2年で二人の子が誕生。2度の海外勤務、59歳の早期退職でしょうか。これらがほぼ5年・7年の周期でした。
不遇と思われる時期を無事に乗り越えられたのは「耐える我慢力があった言うより、新しい道を切り開く能力がなかっただけ」でしたが、何かあったとすれば適応能力でしたかね。今では、こんなに冷静に振り返れる年になってるんですね。

とんだ身の上話しをしてしまいましたね。お粗末でした。
お後が宜しいようで・・・!でも、皆さんも振り返ってみてください。よかったことも、悪かったことも。

2012年2月 8日 (水)

人間の飽くなき欲望がもたらす悲劇

1002_2 1005 模写絵:未完の模写絵を完成させました。前回載せた絵の状態から、意識的に元絵を見ないで、想像することにして、描き加えました。そう、絵空事に描けるように・・・です。結果は?  少々重たくなってしまってます。

1006 1004 下の2枚も同じ要領で。 こちらも、もっとさらっと描けたらいいですね。その為には、色をのせる前に完成絵の状態をきっちりと想定しておかねばならないのでしょうね。私にとっては、これが苦手のようです。色数も少なすぎます。特に中間色が作れてません。

*人間の限りなく欲望:
これが大事を成し遂げる原動力という事例も沢山ありますが、悲劇をもたらすという喩え話も数に限りがありません。有名なギリシャ神話悲劇など。
今日終わった韓ドラ「九尾狐(クミホ)伝~愛と悲しみの母」全16話が悲劇の連続でした。思いもよらぬ筋書きで、これでもか、これでもか・・・で、すっかり嵌ってみました。字幕編でしたから目が離せません。コマーシャルを飛ばしたり、慌ててこの間にトイレに行って・・・。

九尾の母娘、人間の父・母・娘の儚い運命を描いた時代劇、と言うより教訓的な御伽噺なんでしょうね。根底にあるものは厄介な「飽くなき欲望」に振り回される人間の強欲が生み出す多くの悲劇でした。

人間の歴史の過程で、進化の大きな転換となった農業の始まり→土地を守ろうとする闘いが始まり→職業が生まれ、自分で農作物を作らなくても労働をすれば対価として小麦(食料)が手に入る→小麦の代わりに貨幣が作られ、稼いだお金で何もかも解決できる→集団に依存しない「個人」が誕生→このコインが人間を邪悪な道に誘い込む→私利・私欲が生まれ→果てしない欲望の誕生となったのです。

自分の欲望が満たされた時、「貧しい人への罪悪感」も生まれますが、欲望が満たされるまでには、際限なき多くの犠牲を他に与えるのでした。

このドラマでも、なんの罪もない善良な人達の多くが犠牲になって死ぬのです。
欲望を満たすために、どれだけの犠牲が払われているかを知らねばなりません。それを強く感じました。
我々は60億以上の人口となって地球にどれだけの犠牲を強いているのでしょう?考えてしまいます。残念ながら解決策が描けません。
せめて限りない欲望を抑え、与えられたものに感謝する気持ちを持ちたいと思います。

2012年2月 6日 (月)

人類最初の世界一の美女/パンドラ

2012_0206blog30001 2012_0206blog30003 ヌードの模写です。ネットで得たヌードの絵を模写してみました。かなり明暗のコントラストを強めてますね。次は自分の右手のデッサン、ボールペン画、描きかけです。右手をどうして描けるか?ですか。よく気がつかれました。私は右利き、自分の手は左手しか描けません。実はデジカメでとった後「反転」させたものです。石川啄木のように「じっと 手を見る 思い」など浮かんできませんが「どうして、こんなに皺が多いの?・・・」って描いてきました。そう言えば皺は手の平だけではないようです。俺も良く頑張ってきたなって褒めてます。

*パンドラの箱:
パンドラの箱とは「開けてはいけないもの」、「禍をもたらすために触れてはいけないもの」という意味です。縁あってはじめて詳しく調べました。私なりの解釈です、違ってるかも。神話から来た言葉ということだけは正解です。

パンドラの箱 パンドラの神話:

ギリシャ神話で、ゼウスが、訳あって人類に禍をもたらすために地上に送った人類最初の女性がパンドラ(パンドーラが正しいのかな?)で、このパンドラさん、好奇心に負け開けてはいけない箱(パンドラの箱)を開けてしまいます。この時から人類の災いが始まったと言うのです。このパンドラ、ゼウスが神々に命じて造らせただけあって(パンドラの意味はすべてを与えられた)それはそれは魅力的な女性でした。人類初のミス・ユニバースでしょうかね?(女性はこの世の災いのもとだそうです。私が言うのではないですよ。神話でそう言われてるのです。)

 ゼウスが巨人プロメテウス(物事を先に考えるという意味。プロローグはこの神の名から)に命じ、神と同じ姿をした生き物を作らせ命を与え、人間と名づけます。そして人間に「知恵を授けなさい。ただ、火を使うことだけは教えるな」(人間が神より力を持ってしまっては困るので)と約束させます。ところが、プロメテウスは約束を破って人類に火を与えてしまうのでした。ゼウスの怒りを買うことを察したプロメテウスは弟エピメテウス(物事を後で考える。エピローグはこの神の名から)に「俺はゼウスの怒りをかって死ぬだろう。後はお前が人間の面倒を見てくれ」と頼みます。
プロメテウスに怒ったゼウスは人類に災いをもたらすために「女性」(パンドラ)を神々に造らせ、人間界に送ります。(プロメテウスはゼウスに捕まるが、後にヘラクレスに救われます。)


 このパンドラは女神アテナから知恵を、アプロディーテから美しい肉体・男を苦悩させる魅力を、アポロンからは美しい声を、ヘルメスからは「好奇心」と黄金の箱を与えられ、この世で一番美しい最初の人間女性でした。(確かに!美しいでしょうね。)

持参金は「絶対に開けてはならない」といわれた禁断の箱でした。
(絶対に開けてはならないと言われると開けたくなりますよね。「浦島太郎」、「鶴の恩返し」の話と似てます。)

 美しいパンドラを見たプロメテウスは「ゼウスからの贈り物は危険・・・」(物事の先を考える力がある)と受け取りませんが、弟エピメテウスは彼女の美しさに惚れて妻にしてしまいます。(物事を後で考える彼)パンドラが箱を開けてしまったからではなく、そもそもこれが悲劇の始まりですよ。

ある日、パンドラは「決して開けてはならない」と言われている箱を、「好奇心」に負けて開けてしまいます。すると、そこから様々な災(病気、悪意、貧困、妬み、憎しみ、偽善、保身、復讐、悲しみ、飢え、暴力、狂気など)が飛び出してきました。パンドラは驚き慌てて箱の蓋を閉めますが、時既に遅く、すべての災いは世に放たれた後でした。が、たったひとつ一エルピス(いろんな訳があります。「予兆・前兆を知る」とか「期待」とか「希望」とか)だけが残りました。

 この辺からいろんな解釈があってわかりずらいです。私は「前兆説」が納得しやすい。つまり「未来を知る予知能力」はまだ箱のなかに残っているので人間には与えられていないと解するからです。人類は「未来で何が起こるか予知できないから」絶望することなく期待と希望を持って生きていけるのではないでしょうか? でも、そのために人間は無駄な努力をしなければならなくなった」のか。

エルピスを「希望」とする説には「しかして、人類はたとえどんなひどい目に会っても、希望を持つようになった」でも、「空虚な期待を抱きながら生きていかねばならなくなった」。「そもそも希望は災厄とする説。希望がある為に未来がわからず諦めることを知らない人間は、永遠に希望とともに苦痛を味わわなければならない」と。

パンドラが災いの素であれ、美人なら問題ない!ですよね。美人の誘惑に弱い男性がいけないのですから。

2012年2月 2日 (木)

子供と犬の躾はドイツ人に習え(諺)

2012_0202blog30001_2 年4回しかない甲斐清子特別デッサン会に参加しました。新宿神楽坂で夕刻に始まり、帰宅は11時半頃になりますが、7,8名で描ける教室で人気があります。

モデルさん、「午後から、急に寒気を感じてます」と風邪気味のようでした。ダンスで鍛えられた体で乗り切られたようでした。
木炭紙倍版を横にして、画面いっぱいに修まりました。背中、ひねられた腰、お尻の形取りに苦労しました。何度もの修正のあとが見えますね。上出来の作品ですねと褒められました。こうなると疲れを感じません。

*ドイツにおける犬事情がドキュメントで放映され、見ました。「子供と犬の躾はドイツ人に習え。ー犬の殺処理ゼロのドイツー」でした。

オランダ駐在の折、子供が飼っていた犬を連れて赴任、4年暮らしましたのであちらの犬事情を、頷きながら楽しく見れました。
連れて行くことに不安はありましたが、「犬を飼っていい・・・」とせがんだ子供二人は、もう社会人で犬の面倒を見る余裕がない、手放すのは可哀想、何とかなるだろうと思い切って連れて行くことに。
ワンちゃんは黒柴のマイキー君、オス7歳。ヨーロッパでは英国は実質犬の入国は認めないが他国は良さそうだったので、特別の準備もせずに。獣医さんの健康診断書だけは貰っておきました。

サイズから「客席は駄目」と同じ飛行機の下段の「貨物室の横に作ってある空調がある特別室」に。料金は飼い主より遥かに高かった。オランダスキポール空港に着いたのが金曜日の夕刻5時。「今日の検疫はできません。来週の月曜日に来てください。心配しないで!ちゃんと面倒は見ますから」でした。これって動物虐待じゃ・・・なんて。ちょっと残業してやってくれればいいのに???と苛立ちを覚えましたが、仕方なく しばしの別れでした。

月曜日に引き取りに行ってびっくり。マイキーは大喜びでしたが見るに忍びないしょげた姿でした。それから1週間は、決して置き去りにされないように足にまつわりついてきてました。彼にとっての初めての外遊は苛酷なものだったのです。次に驚いたのが犬の住民登録。マイキーを連れて役所へ出頭し、税金(犬税。確か1万円弱)を支払うことでした。(日本では年3,000円ですかね)

それからのマイキーは気楽なオランダ生活が出来たのです・・・。広い広い散歩場所、ヨーロッパの10カ国以上も車で旅が出来たし、ホテルも問題なく泊まれました。
特に義務感でしつけたのではないですが、吼えないよう気をつけて育てていたので、これが大いに幸いしました。オランダでは生まれて半年以内に「3ヶ月間の躾・訓練」が義務付けられていたのですが、マイキーは免れました。

家の目の前は運河、その奥が「アムステルダム・ボス公園」、散歩場所は潤沢、至れり尽くせりの環境でした。コーヒーショップもレストランも入場自由。足下に寝そべって欲しそうに眺めながら待ってました。マイキーの熱意に負け、オランダ人にわからないようにテーブルの下のマイキーに食べ物をやったのですが、これはルール違反。
日曜日午前中の教会礼拝帰りは、レストランはブランチを摂る人で一杯、犬もたくさんいました。

そのうち、マイキーはご近所で人気者に。「なんという犬の種類?名前は、何歳?オランダ語はわかるの?・・・」の質問攻め。お陰様で多くの犬友達が出来て散歩が楽しみに。いろんなことを教えてくれたり助けてくれたりおお助かりデした。こんなわけでオランダ駐在でマイキーが果たした役割は非常に大きかったです。

大型秋田犬を飼ってるオランダ人とも親しくなって、「ここでは鎖のリードも、ウンチ袋も要らないのよ」と笑われました。」「だって、こんなに広い公園ですから」と。(これは実は勝手な解釈で、規則違反、本当はウンチも拾うべきでしたよ)今でも犬友達とクリスマスカードの交換はやってます。

わが家族の功労者マイキーも19歳で亡くなって7年、庭の墓に眠ってます。

2012年1月30日 (月)

関白宣言/俺の愛する女は、生涯お前ひとり

2012_0130blog30001 2012_0130blog30002 絵の模写:

模写の途中ですが、これから先を描けるかどうか?です。その意欲があるかどうか。「真剣に模写をして絵の技術を学び取る」との意気込みで始めましたが、なかなか難しくたやすく出来ないことを知るようになってきました。「真似では面白くない」がその大きな要因です。4月から始まる屋外スケッチのために、何か一つでいいから学びたいのです。

*関白宣言ーさだまさし
「宮川彬良のショータイム」番組でさだまさしと宮川がトーク、「関白宣言」を宮川が演奏、男女12名が合唱しました。「・・・めしは上手に作れ いつもきれいでいろ 出来る範囲で構わないから・・・」「・・・それから つまらぬシットはするな おれは浮氣はしないと思う しないんじゃないかな ま、ちょっと覚悟はしておけ・・・」のさだまさしの関白宣言を久しぶりに聞きました。

ユーモラスで、江戸落語に出てくる長屋のくまさん、はつさんの如き愛らしい夫婦の間を歌った曲のような印象が持てて、最高に好きな歌でした。さもありなんです、さだは学生時代「落ち研」部員であったらしい。

初めて聞いたのは1980年はじめ。79年に発表された曲ですから、その半年後でした。駐在していたシアトルで家内と二人で。本社から出張して来た社員がお土産ですと呉れたカセットテープから流れてきたのでした。日本で大ヒットして、日本レコード大賞金賞受賞、紅白歌合戦出演だったのです。家内など彼の歌に感極まって涙を流してました。当時は国際電話は高く、FAXはまだ無く、テレックスという長い帯状の紙にアルファベットでタイプして、それを機械にかけて本社へ送るという通信手段でした。ネットもメールもない時代。貰ったカセットテープは久しぶりの日本の文化だったのです。テープが磨り減るほど何度も、何度も聞いたものでした。

ところが、その歌詩をめぐって女性団体などから「女性差別」、「男尊女卑」と反発を受けて騒動となったのでしたね。さだは「動揺は全くありませんでした・・・」と答えていました。「君といつまでも」のアンサーソングであったのですから。
「ま、ちょっと覚悟はしておけ」を「見逃してくれよ~」に変えて歌ったことがあったとか。また、数年後に「関白失脚」を作った。彼なりに気にしたのでしょうね。ユーモアを解さない野暮な女性がいたものです。それをマスコミが面白おかしく報道したのでしょう。

関白宣言は京都先斗町のスナックのママに「最近の男は駄目になった。だから若い娘も駄目になった。男はん、しっかりしとくれやっしゃ。そういう歌を作ってくれやっしゃ」と言われて出来た曲だそうで。そのため、あえて男が強気な内容の歌詩になった。出来た曲を聴いたママは「まだ甘おすな」と言っていたという。世相を鋭くキャッチしていたママでしたね。

ネットで「関白宣言」の歌詩を是非一度見てください。微笑ましいです。

       忘れてくれるな 俺の愛する女は 
       愛する女は   生涯お前ひとり

       !!!なんですから。

2012年1月28日 (土)

卯建が上がらない

2012_0123blog30007 2012_0123blog30013 韓国ドラマ「九尾狐(クミホ)伝」:人間の夫との間に授かった娘ヨニ(字幕ではヨニと出てきますが台詞はヨナと聞こえます。スケートのキム・ヨナが連想されますが)が殺され肝臓を取られ、人間の子供に与えられます。

それを知ったクミホ(母親)も殺される羽目になり、追いかけられ、高い岩山の天辺から身を投げ青く深い深い海底に沈んでしまいます。それこそ哀しいクミホ物語でした。
これで終わりかと思ってたらあと6話が残ってました。クミホの復讐劇が待っているようです。悪い人間をやっつける場面がないと満足できません。どうなるか期待してます。

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*次なる1枚はアメリカのアクションもの。男勝りの女警官がにっくき悪漢をやっつける場面。その形相が凄かったので描きたくなりました。でも、ちょっと目が藪にらみで今一です。「画竜点睛」と言いますがこんな睛(瞳)ではいけませんね。

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*うだつが上がらない:
意味は「立身出世が出来ない」普通の奴って所でしょうか。うだつ(正式な字は梲と書く)「卯建」とか「宇立」とも書くそうです。うだつをご存知ですか。
類焼を防ぐために造られた防火壁で、その上部の屋根に取り付けられた小さな柱のこと。見事な瓦が乗ってます。次第に装飾的な梲になり、うだつがある家は裕福な家ということになりました。梲が立ってるような家の持ち主は立身出世した人の家ということに。

小諸市にある「布引観音」から長野市「善光寺」までの信州街道の旅番組を見ました。その中で「海野宿」に今尚うだつが残っている屋敷町が出てきました。そこで解説があって知った言葉です。

布引観音といえば「牛に引かれて善光寺参り」で有名なお寺さん。ここから、強欲な婆さんは洗濯したばかりの布を角に引っ掛けて逃げ惑う牛を追って善光寺まで来てしまうのです。「思いがけないことが縁でいい結果が」と言う意味だそうです。
何事もいい縁になることがあるんですね。人から声をかけらたような時は、何事にも興味を持ってやってみましょうね。これがボケの始まりを防ぐ何よりの方策です、と思います。

2012年1月25日 (水)

キャサリン・ロス/画竜点睛

2012_0123blog30002 Photo 先に画き掛けであった女性の顔を完成させ、水彩でも画いてみました。出来映えは、厳しい目つきで根性が悪そうで怖いです。
この女性、1940年生まれのアメリカ人女優キャサリン・ロスです。1968年の映画「卒業」(ダスティー・ホフマン、ミセス・ロビンソン役のアン・バンクロストと競演)-テーマ曲 サウンド・オブ・サイレンス(サイモンズ&ガーファンクル曲)で大ヒットでした。ラストシーンでホムマンが結婚式を挙げようとしているキャサリンを奪って逃げる場面が皆さんの脳裏に残ってますよね。

翌69年の「明日に向って撃て」も大ヒット。ポール・ニューマンのブッチ・キャシディー、ロバート・レッドフォードのサンダースキットの銀行強盗にお付き合いしてボリビアまで旅するモダン・ウエスタン。キャサリンは学校の先生で60年代の良きアメリカのどこにでも居そうな女性を演じて高感度でした。自然体の彼女が気に入ってました。テーマ曲「雨にぬれても」(バート・バカラック)もいい曲でしたね。こちらもラストシーンは二人の強盗が雨の如く降ってくる玉にやられて死んでしまう名場面でした。

この絵のネタあかし。この映画がテレビで放映され、その1シーンで撮った映像がこれです。さっぱり似てません。顔の表情は、どう表現すればいいのか、とにかく難しい。まだ、まだ修行が足りません。

*画竜点睛:
意味は「最後に大切な部分に手を加えて仕上げること」ですが、意外と詳しくは知らずうろ覚えでした。

特に「睛」と言う字が「晴(はれる)」ではなく「睛(ひとみ辺)」で(ひとみ、目玉、大切なところ)2011_0419blog30012 と言う意味でした。実は今年の干支「辰」を見事に描かれていて、「画竜天晴」と描いてある年賀状を頂きました。よく見ると竜の目玉が描かれてないのでした。さすが美大出身だな!竜の迫力は相当なものでした。
しばらくして「画竜天晴」の文字が気になりネットで調べて「画竜点睛」が正しいと判ったのです。
彼女は、これを知っていて、わざともじって「画竜天晴」と書いたのかもしれませんが?

高名な画家がお寺の壁に4匹の白い竜の絵を画きました。今にも天に昇っていきそうな勢いがある竜でしたが、不思議なことに瞳(睛)が画きいれてありません。不思議に思った人びとが尋ねると「もし、瞳を入れると竜が天に飛んでいってしまうからだよ」

こう言われると描いて欲しくなります。人びとは是非瞳を書き入れるように(点睛)求めました。仕方なく4匹のうちの2匹に瞳を入れると、たちまち稲妻が走って、壁が壊れ、2匹の竜は雲に乗って天に飛び去ってしまったのです。後には瞳を入れなかった2匹だけが残っていた。

私のキャサリンの絵、まさに「瞳」が勝負ですかね。再度挑戦しましょう。

2012年1月23日 (月)

九尾の狐

*九尾の狐:中国神話の生物で狐の妖怪。9本の尾っぽを持つ妖狐。韓国ドラマ「九尾狐伝(クミホ)-愛と哀しみの母」を見ています。再々放送でしょうか?
人間の夫が約束の10年を迎える前の晩に、ふと、「自分の妻は狐である」と漏らしてしまいます。そのため妻である九尾の狐は人間になれなくなってしまいます。その夫とのあいがに出来た女の子を連れて出て行きます。その子供は、たった3ヶ月で狐に戻ってしまう運命を背負っていると言う悲しい物語です。
母の子を思う愛と人間の欲望に翻弄される哀しみの物語です。

日本でも狐にまつわる話は「人を化かす霊的存在」として妖怪ものが多いですが、九尾の狐は「絶世の美女へ化身して」人間社会へ現れてますから、悩まされます。そこが味噌なんですね。江戸時代の歌舞伎、浄瑠璃の題材に取り上げられたり、北斎、国芳の版画に画かれたり、岡本綺堂の小説「玉藻の前」が有名ですね。でも、私は読んだことがなく、映画も見たことがありませんでした。まさか、韓国版 九尾の狐を見れるとは幸運です。

ドラマでも九尾には長顔で狐目をしたハン・ウンジョンさんが怪しげに綺麗です。その子供・半人半妖のヨニを名子役のキム・ユジョンが演じます。子供ながら惚れ惚れする演技と目つき。思わず嵌ってみてしまいます。韓ドラの子役はみなピカイチですよ。

2012_0123blog300112012_0123blog30012ここに載せたヌードクロッキーは
その九尾の怪しげな妖艶って感じじゃないですか?
そう思ってみると艶めかしいですよね。コンテンポラリーダンスをやる人でホーズが素晴らしいです。昨日のクロッキー会で描いたものです。2012_0123blog300142012_0123blog30005  2012_0123blog30007

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2012年1月20日 (金)

初めての、そして、多分最後の砂かぶり

2012_0120blog30026今年はじめての木炭画 ”新芽会”。載せた絵はトリミングしてあります。木炭紙倍版に横書きでスタート。途中で「高口さん、もう少し下げたほうが・・・」と先生に指摘されましたが、そうする気力はなく仕上げて仕舞いました。案の定、紙への収まりが悪くトリミングして調整しました。

2012_0114blog30003 2枚目はいつもの練習描き。不出来で修正したいのですがその気力なしです。

*砂かぶり:
生まれて初めて、そして多分最後の砂被りでの相撲観戦が出来た日の事を書きましょう。

*大相撲1月場所10日目の1月17日、「砂かぶり(溜り席)」で相撲を見る幸運に恵まれました。小型座布団1枚分の狭い場所でしたが、なんと!最前列。テレビが映す真正面の席。次の行司が待機する行司溜りの真後ろでした。両脇には勝負審判が二人。目の前を懸賞金立て札を運ぶ人、懸賞金を行司に渡す人、常に土俵の砂を掃く人・・・と賑やかでした。砂かぶりと言う言葉通り、しょっちゅう砂が飛んできました。その都度掃いてくれました。
目の前へ力士二人が土俵を割って落ちてくることが2度もありました。危険がある席です。何でも「傷害保険がかけてある」そうです。つい先日、行司さんが力士にぶつかられて頭を打ち病院に運ばれてました。失神しましたが大事に至らず幸いでした。
あっという間に「制限時間いっぱい」となり、「手を付いて・・・」に始まり、ドスンと言う音とともにすさまじいぶつかりの勝負。「のこった、のこった!!!」の掛け声。行司さんも、衣装といい立ち振る舞いと言い格好がいいですよ。
この砂かぶりは後援会、維持会員でないと手に入らないらしいのですが、新潟の社長さんから送って頂いたものでした。
大一番は白鵬が負けた勝負。
彼に20連敗している鶴竜が打ち止めの一番で白鵬を破る番狂わせ。目の前で白鵬が食いしばって寄りを堪える姿が横綱の粘りでした。見事な粘りでした。持ちこたえられず土俵を割った瞬間、座布団が山ほど飛んできました。ざわめいた場内の騒がしさを感じる臨場感、砂かぶりならではの迫力でした。座布団は若衆が前に立って必死に叩いてくれました。幸い、私には当たりませんでしたよ。
証拠写真をお見せしましょう。帰ってから見たテレビ相撲ダイジェスト版の映像から撮ったものです。この席では食事、酒、カメラ、携帯などが一切駄目でした。(写真をご覧に入れても私の顔をご存知ない方には意味ないかも)
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1.鶴竜の快挙に私は思わず拍手をしていますね。
目の前で待機していた弓取り式をする祥鳳が立ち上がろうとしています。

2.こちらの映像は二人の力士がどどっとこちらへ落ちてきて、一瞬危うしの場面です。出番を待っている行司さんの横で体を横にして避けようとしています。あたり一面に砂が落ちてきました。親切にも、審判員の一人が私の靴の中の砂をとって呉れました。「かたじけないです・・・」と礼を言いましたよ。2012_0118blog30007
3.3枚目は立会い後すぐのバルトの豪快な上手投げです。
人生で初めてのいい相撲観戦をしました。
これも長生きのお陰でしょうか?いや、幸運だっただけのようでした。

2012年1月16日 (月)

イザベラ・バード「日本奥地紀行」

今日の顔の二人の女性、何の関係もありません。右がイギリス人女性旅行家イザベラ・バード(1831-1904)で、左はアメリカ映画が一番良かった1950-60年代の女優さん。描き掛で誰だかわからないでしょう。出来上がったら名前を書きましょう。

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花の絵は女性にふさわしい絵としてサービスです。

*古き日本の、日本人の良さ:

NHKの「にっぽん 微笑の国の物語ー時代を江戸に巻きもどせば」を見て心温まりました。明治の初めのころ外国人が日本を旅して、驚きをもって賛辞を贈った物語。自分のことのように嬉しかったです。そして現在の自分を考えさせられました。

外人さんいわく、「この民族は笑い上戸で 心のそこまで陽気である」
「この日出づる国ほど安らぎに満ち、命をよみがえらせてくれ、古風な優雅にあふれ、和やかで美しい礼儀が守られている国は、どこにもほかにはありはしないのだ。彼らは礼儀正しく親切で勤勉だ。

イザベラは「日本奥地紀行」の冒頭に「土地を耕し、雑草を取り出来上がった美しい庭園の国。決して浪費はせず、足るを知る。質素で無駄なく暮らしている。どんなに貧しくても人びとは暮らしを楽しんでいるのです」と書いています。彼女は各地で鉛筆画のスケッチをして挿絵にしています。

明治11年、シティ・オブ・トーキョー号に乗って来日。東京から東北・青森・北海道まで3ヶ月間の旅を、横浜で雇った若い通訳だけのつつましい旅でした。「私はひたすら”未踏の道”を進み、いにしえの日本を旅することになりました」

彼女は、旅の中で人びとの不潔さと貧しさ、自我のないことに衝撃を受けます。しかし、彼女は次第に日本ならではの”美徳”や”幸せ”があることに気づくのです。

最後には日本を「アルカディア」(桃源郷)、「エデンの園」とまで言い出したのでした。

江戸時代、人びとが見つけていた幸福感、時代が変わっても捨ててはいけないものです。「昨日と同じ今日に感謝し、今日と同じ明日を願う」・・・と番組は締め切られてます。

綺麗な映像をここに載せましょう。

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2012年1月15日 (日)

コインの誕生が個人を誕生させた

2012_0114blog30002 この絵の女性、なんと女性らしいなだらかな曲線で一杯でしょうか。顎とエラが角ばってますが、後はみな見事な曲線。何度も修正しながら描きました。

花も曲線が多いです。ゆり、スウィートピー2012_0114blog30008 も見事な曲線。曲線を見ると思わず表現してみたくなります。不思議です。
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*コインは副産物として、人間に「果てしない欲望を持たせてしまった」
 ー「人間進化 はるかな旅」から
と言う内容の話です。

「コインほど人間にとって災いな代物はない。コインが人間を邪悪な道に誘い込むのだ」(ギリシャ神話「アンディゴネ」より)
コインと言えば、ギリシャ、ローマ時代の銀貨にはアート性もあり、郷愁のようなものを感じ欲しくなります。トルコ旅行の際、10万円した骨董品、ギリシャコインを衝動買いしました。今も大切に持っています。仮に鑑定してもらったら「偽者」と言われるかもしれません。旅行者に売りつけるものでしたから。(”なんでも鑑定談”に見てもらおうかな?その勇気もありませんが)孫へ形見のやりましょうかね???

物々交換から、貝や石の貨幣が発明され、それが金、銀、銅のコインとなり、(今から3千年位前)最も信用が置ける価値あるものは硬貨となり、瞬く間に国を超えて広がりました。交易は拡大され、経済は大いに発展するのでした。コインは永遠に長持ちする不滅の冨、安定した将来を約束するものとなったのです。それまでの顔なじみに限定されていた協力の和よりも、遥かに頼りがいがあるものでした。
古代アテナイの「パシオン伝説」では奴隷少年パシオンが事業家となり、富を築き、市民権を得るまでになります。自分の力で富を築いたのです。お金が個人を作り出し、すべて個人の責任でことが進む時代になりました。集団からの開放が実現したのです。

コインの誕生は人間進化の中で大きな変換点、個人の誕生を生んだ。それは果てしない欲望を個人の心の中に持たせることとなり、邪悪な道に誘い込まれる悲劇の誕生でもありました。ギリシャ悲劇にはその多くが書かれています。

人間の物欲はコインが生まれてから始まったのですね。これも物事(コインもその一つ)の両刃の剣なんでしょうか。げに恐ろしきなり・・・。

2012年1月12日 (木)

農業(栽培)が闘いの始まり

この女性のポーズって言うか、うしろ姿には惹かれるものがあって、見ていると描きたくなります。もう3,4回描いてますが、うまくなってるかどうか(?)です。

2012_0112blog30005 もう1枚はシクラメンの模写です。西丸式人(さいまるのりと)の「やさしい水彩画」に載ってる絵です。時々水彩画入門書を紐解いてます。

2012_0112blog30003*人間は農業をはじめるようになってから「闘う」ようになった。
「人類進化 はるかな旅」から、

農業、栽培と言えば、  最も平和的で生活の安定がもたらされた人類にとって大きな進化ですが、反面、「栽培は闘いの始まり」と言う負の側面を持った進化でした。それ以来、今でも戦争と言う難問に直面しています。1万年の長きに亘って・・・です。
グループ内では和(協力的)の分かち合う精神で苛酷な環境を乗り越えてきた人間でした。1万年前くらいに、農業を始め、一ケ所にとどまって暮らせるようになって、更に安定した食料の確保が出来たのです。ですが、これが争いを招く火種にもなったのです。

秋の実りを守り、これからの収穫を保障してくれる土地を守らなくてはなりません。縄張りに隣の部族が入ってきたら、これを排除するため、闘うようになったのです。グループ内では和を保ち、他の勢力には敵対的になって身を守る。この攻撃性は自分の遺伝子を守り生き延びる人間の本能にまでなってしまいました。
進化とは「環境への適応」であって、必ずしも「進歩」を意味しないのですね。

*あらたな人間らしさの誕生:
この争いの垣根を越える工夫が「神の存在を意識させる」宗教的なことでした。人間は「神は自分の行動を見ているんだ・・・」と意識するようになると「分かち合いの心」が強化されるんだそうです。そして、より協力的になる。

人類最古の宗教的な儀式が行われたであろう場所がトルコの「ギョベクリ・テペ遺跡」で1995年発見された。11,000年前の人類最古の巨大遺跡とか。

「戦いを避け融和を計る」は人類にとって大きな進歩ではありましたが、人間中心の思想であり、それまでの「自然はすべてに平等である」と言う考えから、「人間がすべての動物の最高に位置している」と言う間違った思想の始まりでもあったようです。

何事にもプラス面、マイナス面がありますね。そして、それに気付くのが遅すぎると言う時差がある。そんな事例が多いですよね。

2012年1月 9日 (月)

模写

仲間のサークル、サロン・アカデミーで2回目の模写をした日でした。この色はどうやってつくるの?枯れ枝はどんな筆で、筆運びは?などわからない点がたくさん出てきました。勿論、答えを知ってる人はいませんでした。

2012_0109blog30003 2012_0108blog30002ひたすら真似て、何かを感じ取ればそれで十分でしょうと判ったような屁理屈を並べて皆が一生懸命描きました。

私が模写したのはこの3点です。とにかく「色数が多い」、が私が受けた印象で、今後、真似したい手法でした。3枚目の絵は似ても似つかぬ絵となっています。

次なる模写では、「グラデーションが作り出す美しさ」を真似てみようとなりました。グラデーションの美しさなら田中一村の作品でしょうね。晩年暮らした奄美大島の熱帯植物画、いつ見ても魅了されます。

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*芸術についての格言の数かず:

「芸術とは」で検索した折、目にとまった「芸術について」と題した記事に「珠玉の格言集」が27個載っていました。その中から気に入った格言を5個書きましょう。

1.モデルの瞳に感動したら瞳から描け。首筋に感動したら首筋から描くのだ。そのとき、手や髪や足が画面からはみ出してもいいのではないか。左手が右手より長くなっても、ちっとも構わない。画面から感動が伝わってくるのは初心の感動があるかないかである。(藤田嗣治 画家・彫刻家)

2.芸術とは鑑賞するものではない。共に生き、共に語らう人生の友である。(小林秀雄)

3.芸術とは目に見えるものを写すことではない。見えないものを見えるようにすることなのだ。(クレー)

4.芸術に独創はいらない。生命がいる。(ロダン)

5.芸術は悲しみと苦しみから生まれる。(ピカソ)

2012年1月 7日 (土)

芸術の源は人のコラボ

2012_0107blog30001 2012_0107blog30002_2 暇に任せて、描きかけの絵に手を加えてます。秋の鹿沼公園と多摩川台公園です。多摩川は台風のあとの翌日で川いっぱいの汚れた水が流れてました。絵は爽やかな水彩から油絵のように濁ってきてます。この辺で止めなくちゃ・・・です。

2012_0107blog300033枚目は秋の果物。真ん中の靴の形をしたガラスの花瓶 を描かなくてはなりません。

芸術の源は人のコラボ:

NHKの「人類進化 はるかな旅」を何回となく見ています。面白いです。今回は「人間の協力の輪が生んだもの」、「芸術の源は人のコラボ」の下りに興味を持ちました。
ネットで「芸術とは」も検索してみました。絵を描くことが趣味の私ですが、「芸術とは?」なんて、さっぱり判ってませんから。しかし、ネットにある記事は難しすぎて分からないことでいっぱいでした。

*人類は食べ物を求めてアフリカを出て約5万年かけて地球の裏側にまでグレートジャーニーを果たします。厳しい環境を生き延びれた源は「人びとの協力による集団生活」でした。協力は、特に氷期の寒い時期(4万年―2万年前)、比較的暖かかった南フランスあたりの狭い地域に人口が集中した頃必要でした。協力の輪は拡大して行きました。
集団同士が密集して暮らす為に、必然的に協力して良い関係を保って暮らしていかねばならないのでした。この時、芸術は協力を作り出すための手段として大きく発展したのです。

その証拠はフランスの「ショーヴェ洞窟の壁画」に描いてある300を越す動物の絵です。3万7千年も前のもの、ラスコーやアルタミラのそれより遥か昔です。

    芸術は、わかりやすく言えば「人の心を思わず動かす“感動”を人に与えて(伝えて)やる」ことなんですね。「芸術は言葉によって伝えづらい・伝えられない事柄(感情や感覚的なもの)を伝えるコミュニケーション手段」なんだと。芸術をこのように言ってもらうと非常に判りやすいです。
そこには「より多くの人に関っていこうと意欲する(協力を得るための)」意図を持って創り出された人工物がある。それが芸術の価値である。」と。

私の絵が人に感動を与え、見た人が心を(思わず)動かされ、何か行動を起こす。その行動が人類が必要とする協力や分かち合いに繋がれば、・・・もう何をかいわんや・・・ですね。

2012年1月 4日 (水)

ネアンデルタール人

2012_0103blog30010 お正月も何もしない私、暇に任せて目の前にある写真で人物画を描いてます。コンテと練りゴムだけで描ける手軽さがいいですよ。
この女性、帽子と影になった顔、「夜目、遠目、傘の内」ですね。ひねった腰も粋でいい。気に入ってます。2度目の挑戦です。

2枚目は下から仰ぎ見たアングルで脚が非常に長い。描くのを敬遠してきましたが、正月だからやってみるかと。長い脚を上手く表現したかったのですが。2012_0103blog30008

ネアンデルタール人:

名称は知ってました。「我々の祖先ではないか」、確認が取れた現生人類の最も昔の祖先、その骨が発見された地域から名前がつけられた、くらいの間違った知識でした。

NHKの「人類進化 はるかな旅」でネアンデルタール人のことが出てきました。残念ながら絶滅してしまったのですが。

1856年、ドイツのデュッセルドルフに近いネアンデル渓谷(タール)で発見された人骨を研究・調査して知られた人類でしたが、その後の調査で現生人類の直系祖先ではなく別系統の異なる人類で、約50万年前に人類共通の祖先から枝分かれ、2万8千年前に絶滅するまで主にユーラシア大陸で生きていた。我々ホモ・サピエンスがアフリカを出てグレートジャニーに出た6万年前頃からは共生していたのでは?混血があったかどうかは「あった、なかった・・・」と見解が分かれています。

身長1メートル60センチ、体重80キロ、筋肉質でずんぐり。曲がった下肢でかがみの姿勢で歩く原始的なスタイルでしたが、脳の大きさは我々より大きく、赤毛、色白、大きな肺と体力的には優秀アスリート並みだったようです。大型の動物を槍で一撃できる力があり、火を扱う、石器を作るなど技術レベルも決して劣ってなかった。言葉も操っていたとか。

そのネアンちゃん、どうして絶滅したか? 環境の変化に適応できなかった。地球が寒冷化した時期、食糧確保が出来なったのだとか。我々ホモちゃんは投げやりを遠くに飛ばす道具・技術を持って、男女が分業して効率的な狩猟をして。集団の大きさが適当に大きく、言葉を使う、芸術を介して協力し合う、分かち合いの心を持っている等で生き延びてきたようです。

現生人類の化石としては1862年フランスのクロマニョン洞窟で発見されたクロマニョン人―白色人種、アルタミラ、ラスコーの壁画で有名が良く知られています。

    インドネシアの「フローレス人」:

インドネシアのフローレス島で2003年に発見された身長1メートル、小型の人類で1万8千年前まで生きていた。これもはじめて知りました。

ここ50年くらいで化石を分析・調査する技術が格段に進歩、過去に学んだ知識がすぐに古くなってしまいますね。

それにしての「環境への適応」如何に大切で、どんな仕組みで解決できるか?などを学びました。温暖化、原子力の問題なども必ずや解決策が描かれるでしょう。

2012年1月 1日 (日)

あけましておめでとう御座います

平成24年が幕明けました。明けましてお芽出とう御座います。(お芽出とうは変換では出てこないようです。もう使わなくなったのでしょうか。太陽暦になってから、元旦になっても芽は出てこないので、芽出とうではないのですね。)

お二人の女性から年末と年始のご挨拶です。
嫌いな紅白を見ないで絵を描きました。

*日本女性からのご挨拶。
「うしろ姿でごめんなさい。前をお見せするのは恥ずかしいです。平成23年の1年間本当にご苦労様でした。大きな災害があって、ご苦労された年でしたが、くじけずに粘り強く頑張って下さいませ。心から応援いたしております。」

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2012_0101blog30010*外国の女性からご挨拶。 A Happy New Year !

ヨーロッパから新年のご挨拶です。
「裸でごめんなさい。モデルをしてますので、つい、自慢したくなってしまいました。
平成24年が、日本にとって、世界にとって、いい年でありますように、お祈りいたしております。
ヨーロッパも経済不安が蔓延していまして、何かと落ち着きませんの。日本人を見習って、勤勉に働くように変革しなくてはと思っております。どうかよろしくお導き下さいね。イスラム教徒の国も政情不安でいっぱいでしょう。ここは仏教徒の皆さんに教わらなくちゃ・・・です。」

1枚目は23年中に、2枚目は、8チャンネルでやってた「東急シルベスターコンサート2011-2012」で「ラヴェルのボレロでカウントダウン、24年に幕開け」してから完成した作品です。

2011年12月30日 (金)

グレートジャニー

2011_0724blog30003 2011_0724blog30005 2011_0928blog30009

2011_0928blog30013

*グレートジャニー:
NHKの「人類進化 はるかな旅」から。
5万年に及ぶ人類の世界中への旅を称して「グレートジャニー」と呼ぶ。
この頃の人類に関する話には、上にある人物クロッキーが似合いませんか?

アフリカの草原で常に危険にさらされながら生き抜いて人間。「多産」と言う戦略で凌いできたそうです。分かち合いの心をすでに持っていた彼らは、夫、両親、果てはおばあちゃんにまで子育てを手伝ってもらって数の優位性で存在し続けますが、やがて増えた人口を養うための餌が足りなくなり、また、氷期や乾期を迎え餌が足りなくなり、餌を求めて遥か彼方への旅に出かけます。
これが約6万年前。生まれ故郷のアフリカを脱出して中近東、ヨーロッパ・アジアへと。そしてそれぞれの地に根を下ろしました。
5万年かけてチリーにまで達し世界制覇をするのでした。まさにグレートジャニーですね。

では、何故この旅が出来たのか?
知恵を使って「道具」を発明したからだそうです。今で言う技術革新でしょうか。特に飛び道具が有力でした。これで遠くからでも餌をとったり、敵を倒したりが出来たのです。

進化とはなんと素晴らしいことでしょう!!! でも、注意しなければならないことは、「進化」とは、必ずしも「進歩」を意味するのではないと言うことのようです。あくまでも環境に適応するための進化です。地球環境が悪化しているのなら、それに即する為の単なる「進化」は破滅を意味するかもしれませんね。

わからなくなってきました。この辺で・・・。

今年もお世話になりました。どうか、良いお年をお迎えください。

2011年12月29日 (木)

フリーライーダー(ただ乗り野郎)の蟻

2011_1227blog30018_2 2011_1229blog30001韓国女優さんユジンを描き始めた右の絵(前回載せました)が修正後左になりました。どうでしょうか?これなら女優さんと言えますでしょう。
大きく変わった箇所は顔の輪郭でした。顔が細くなり、鼻も短くなって ます。整形ではできない修正でした。

2011_1228blog30004  2枚目は「模写」、同じ絵の2回目です。空を描き、地上のアースカラーをおいて、全体の雰囲気はこれでいいか?と言った段階です。注意しながら、丁寧に丁寧に描いてます。暮・正月にたっぷり時間を掛けて描きあげます。

*フリーライーダー(ただ乗り野郎)と称されるアミメアリの仲間:

NHKの「人類進化 はるかな旅」と言う2時間番組を見ました。サルから猿人に枝分かれしたのが700万年前。そして、やっと20万年前に今の人間「ホモ・サピエンス」がアフリカの地で生まれ、分け合って6万年前、世界中に向って移住を開始、5万年かけて南米のチリーにまで広がったという途方もない時間の流れの中のドラマ。
この20万年の内の最新の6万年を中心に、人類がどのように生きてきたか、どう進化したかを、「人間らしさとは?」「人間とは心の生き物だ」とう観点からまとめられたドキュメントでした。
人間は、厳しい環境を乗り越えるために、動物には見られない「分かち合う心」を持って集団で暮らす営みを行って生き延びてきました。
しかし、この集団で暮らすためにはー「集団生活の掟」-を守る、「和」の心が大切です。
おきて破りが如何に怖いか?アミメアリのこんなエピソードが・・・。

アミメアリの中には、この和を乱す不届きな蟻がいます。アミメアリは女王蟻がいない珍しい蟻で、餌の採取、産卵、子育てのすべてを「働きアリ」がおこないます。しかし、この中に何もしないアリ、「寄生アリ」と呼ばれる変なアリが突然変異で生まれたりします。働かない、餌をとることもしない、ただ子作りだけに精を出すアリです。そして、生まれる子供も寄生アリだけです。
しかして、寄生アリの数は増え続け、そのうちすべてのアリの集団(コロニー)は滅んでしまうのだそうです。

人間の世界では、このフリーライダーを放っておかない、許さない仕組みが進化の過程でてきました。

フリーライーダー・・ねえ。一見良さそうだが、どこが楽しいのかな???存在する価値がない生き物じゃないですか。なりたくないです。

このドキュメント番組、面白いこと、知らなかったことがいっぱい。続きを次回書きましょう。

2011年12月28日 (水)

何とかして欲しい紅白

2011_1213blog30019 12月9日は今年最後の”新芽会”でした。美大の体格がいいモデルさん。講評で、先生に言われた「どうでしたか?」に、「今日は場所がよくなかった!」と屁理屈を言ってしまいました。もう少し右か左にアングルを変えるべきだったと4回目のポーズの時に気がついたからでした。描きにくかったと言うより画けなかったのです。
倍版木炭紙に脚をカットした構図にして、顔を実物くらい大きく描いた絵にしたいと挑戦したのですが。

2枚目は韓国ドラマの女優さん。今年の有終の美にすると描き出しました。見とれるほどの美人に描きあげたかったのです。が、平凡な人になってしまってます。年内に修正して完成させなくちゃ・・・です。乞う、ご期待。

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*何とかして欲しい紅白歌合戦:

恒例の大晦日のNHKの「紅白」、変化させてくれませんかね。見てつまらない。前と違ってさっぱり心が躍りません。
1951年にラジオ放送で始まって今年は第62回とか。映画の予告編みたいにPRしてますが、それを見ても相変わらずの内容。少々食傷気味です。まして、今年は5,6歳の子供カップルを出演させる。何事でしょうか。可哀想に、子供をダシに使って視聴率を稼ごうって魂胆ですか?大人がやることではないですよね。子供に気の毒とは思いませんか。

1957年、大宅壮一が「テレビと言うメディアは非常に低俗なものであり、テレビばかり見ていると、人間の想像力や思考力を低下させてしまう」と言った「1億総白痴化」は現実にそうなった?とは言いませんが、テレビ局自体の良識は完全に白痴化してるのでは?と思わざるを得ません。

所得倍増、日本大改造、経済のバブル的発展の時期ならいざ知らず。未だに変わらぬ紅白。続ければ好いってもんじゃないでしょう。
温暖化防止、資源保護、エネルギー源の安定確保、低成長の経済、高齢化社会、止められない社会保障の充実、多額の国の借金など、すっかり変わった現状ですから、紅白も変るべきですよ。   ・・・と思いませんか?

視聴率が往時の60-70%から40-30%台に下がっているとか。気にすることはないです。NHKさん、是非、英知を絞って新しい時代に即した素晴らしい番組にして下さい。それでなくてもNHKまでが吉本みたいなお笑いを狙った番組になってしまってますよ。民間と代わりがないじゃないですか。
コマーシャルで運営する民間じゃなくて国営テレビでしょう!!!、

2011年12月26日 (月)

アルプス風景画家 セガンティーニ

年の瀬も迫り、今日など寒さが厳しくなってました。昨日のクリスマスの日に最後のヌードクロッキーでした。マリア様のような女性モデルさんが来てくれるのかと期待しましたが??

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背丈もあり、がっしりとした骨組みの堂々たる女性でした。もと、水泳をやってたとか。さもありなんて感じでした。特に、太ももが素晴らしかったです。また、描いてみたくなる体でした。今年は17,8人の女性を描いたことになります。

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*”アルプスの画家”セガンティーニの展覧会:
損保ジャパン美術館でやってますよと紹介を受け、今日行ってきました。明日で終わり。寒さにもかかわらず、結構人がきてました。彼の絵は、美術誌や写真で見てましたが、生を見るのは初めて。
タイミングよく、昨晩、NHK日曜美術館で7月31日に放映した「光を色を!もっと高い山へ セガンティーニのアルプス」の再放送をやってくれました。大変役立ちました。
7,8月に滋賀県の佐川美術館であった展覧会の内容を基にしていましたので、損保にはそこから廻ってきたのでしょうかね。佐川美術館は佐川急便㈱が40周年記念事業として建設したのです。

セガンティーニは小さい頃両親を亡くし、一時は孤児となる不遇の人でした。が、絵の才能に恵まれ、21歳の時に画家になります。大自然、そこに住む動物や人に暮らしのにおいを感じた人で、アルプスの自然の美しい大パノラマをバックに人と動物を入れて、生・死・母性・自然を表現していました。まさにー光と山ーでした。
高い山の上から自然を眺め、その雄大さ、一方自分のちっぽけさ、人生のはかなさ、素朴に暮らす平凡の素晴らしさ・・・を描きたかったようです。

2700Mを越す山の上で製作中に急性腹膜炎を起こし、医者が来るのが間に合わず、41歳の若さで亡くなったのです。
何も考えることなく、じっと見ていられる作品そろいでした。

私も、アメリカの内陸で見た大自然、特にアラスカの自然、を見たとき、その雄大さ、ゆったりした時の流れ、自分が如何に小さい生き物かを思い知らされた経験があります。人間の偉大さなんて微塵も感じず、足下に動く虫と同じ生き物なんだと・・・。
医者がいない時の病、アラスカの小さなビレッジで魚の仕事に従事していた時、出来たての筋子を食べすぎて、食あたり。体中にジン麻疹が出来て大騒ぎ。もう死ぬかと思いました。医者が近くに居ないのでしたから。
セガンティーニのように死んでいたら38歳の若さでこの世を去ってたことになります。

   

2011年12月23日 (金)

模写と飛ぶ鳥後を振り返らず

1241  仲間で作ったサロン・アカデミー教室で、冬場に「模写」をやって春先のスケッチに役立てようとなりました。模写する絵はネットから拝借、風景画に限定して。、
我々の力量ではそっくりに描ける筈がありません。模すべきは何か、模写する狙いをいくつかに絞りました。
1.空の描き方。頭上の近い空から遥か彼方の遠い空、立体感がある空はどう描けばいいか?
2.作家は遠景、中景、近景をどう描き分けているか?
3.樹木の表現。もっこりした茂みは?立体感がある樹の描き方は?
4.色つくりー特に中間色と黒く見える影の色。作れる色の種類が少ない我々です。絵を見ながら作者の色がどれだけ幅広いかを知ることが出来ます。それを作ってみる。そして自分の色のレパートリーを広げる。・・・などが目標です。
筆のタッチや、色つくりは写真では判りません。模写の方が遥かに優れた学習手法です。

この絵は、その模写第1号です。F6。 ,狙いの最終目標「自然の空間(空気)を表現する」に今一でしょうか?特に色の種類が非常に少ない出来映えです。もう1枚描いてみましょう。これより良くなるはずです。
模写から何かを会得すれば、4月からの屋外スケッチが楽しみになります。

*飛ぶ鳥は後を振り返らない:
韓ドラの現代版、若いカップルの恋がメインストーリーです。そこには必ず三角関係が存在する。となると一人が振られ役。彼女から別れを告げられ、男性がどんな態度を取るか?これが見所です。学歴がなく、貧しいから振られることは、まず、ないですよ。
振られる羽目になった彼が、友達から言われた言葉が、「飛ぶ鳥は後を振り返らない」(後を振り向かないで、新しい道を前進アルのみ)でした。
「女は男と違って薄情。別れを決意したら、永久的にさよならだ。未練がましいことは言わず、綺麗さっぱり去るのがいい。立つ鳥あとを濁さずとも言うだろう。」 「一度こわれた恋に未練を残さず、新しい恋を見つけたほうがいい」でした。
ところがドラマとなると、それでは面白くないのですかね。大の男が、ぎりぎりになって「捨てないでくれ。お前なしには生きていけない・・・」なんて哀願するのですよ。すると、女性の気持ちがぐらつきはじめ、見てる私はやきもきしてきます。そして、結果がどうなるのかって、つまらないドラマを見てしまいます。

やれやれ・・・です。

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2011年12月22日 (木)

年賀状、クリスマスカード

2011_1216blog30020 今年最後のサークル”気楽にスケッチ”のスケッチは12月16日神宮外苑の「銀杏並木」でした。絵画館へ向う約300Mの参道の如き両側にある銀杏並木、見物客で一杯だから描けないだろうと、この日にずらしたのですが、案の定黄葉はもう8分どおり終わってました。素晴らしい銀杏並木は描けそうにないと、天邪鬼の私は、終点の池と紅葉を描きました。出来映えはいまいちでした。

2011_1218blog30007 2011_1218blog30008 久しぶりにヌード人物をコンテでじっくり仕上げました。背中、お尻、脚と続く後姿には前からとは違った色気がありますよね。動物の雌は発情信号は後ろから発します。動物の人間も当然色気を後ろから発するのでしょうか?生殖器がある位置から判断して、後ろは重要です。
人間は進化によって前からも交尾することが出来るようになって、前も重要になり、お尻に似た形の二つのオッパイを前に、しかも高くて触りやすい位置に着けたそうです。愛のハート型は心臓の形ではなく、このお尻の形から来ているという説を知りました。その通りでしょうね。
誤解しないで下さい。私はお尻フェチではありません。強いて言えば女性フェチでしょうか?

*年賀状とクリスマスカード:

毎年12月末は年賀状書きで四苦八苦です。退職して、時間は山ほどあっても切羽詰らないと気分が乗りません。現役時代は三が日、コタツで朝から晩まで掛けて書いてました。「返り年賀」と言って、来たものに返事の年賀を出すと言う奴も作戦の一つでした。だって、「あけましてお芽でとう」や「来年もよろしく」でなく「今年も宜しく・・・」って書くでしょう。少なくともクリスマスが過ぎないとその気が出ません。クリスマスカードは25日を過ぎると縁起が悪いと嫌われますからクリスマスの前に着かせないと駄目ですが、年賀状は新年になってから着けばいいのですから。届いたクリスマスカードを年内いっぱい、部屋中のいたるところに飾っておく風習を外国の家で良く見ました。

年賀状、日本、韓国、中国、台湾などで盛んです。日本では奈良時代から「年始回り」の風習が生まれ、平安時代に文書による挨拶が始まったそうです。が、今のような形は1900年頃から。印刷、郵便事業が全国に普及してからのようです。戦後の1949年「お年玉つき年賀状」が発売されてから急速な拡大をしたのですね。

今頃までに来る「喪中の挨拶」、(今年はどうした訳かやたらと多く来たのですが)、これには年賀状を出さないのが普通などと言われてます。が、喪中の人に賀状を出しても失礼にならないそうですね。喪中の挨拶は先方が年賀を出せませんと言う欠礼の挨拶ですから、出しませんと言うものであって送らないでと言うものではないからと。喪中の人には出さないで済むという勝手な解釈をしてませんかね。そんな人は、代わりに出すべき「寒中見舞」も失礼しておられるように思えますが・・・?。

クリスマスカード、注意が必要なことは欧州、米国には多くのユダヤ人がいて、クリスチャンでない彼らは「Season's Greeting」としか書かないグリーティングカードを呉れます。彼らは「Merry X-mas」(聖なるキリストのミサ)などは祝ってないのですから。また、「Happy New Year」とも書いてくれません。彼らの正月は1月1日ではないのです。

2011年12月17日 (土)

クロッキー

今回はクロッキーで描いたものを一挙公開しましょう。20分、10分、5分、3分とあるのですが、5分、3分ではかけません。仕方なくほんの一部分のみ描きます。

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この辺が5分くらいで描いたもの。

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このあたりは3分かな。

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この辺は10分。

描いたその時より、

しばらくたってから見るのが面白いです。2011_1217blog30005

最後に韓ドラから。

この女優さん、結構年のようでした。2011_1217blog30008

2011年12月14日 (水)

四苦八苦

2011_1213blog30020 仲間の絵の勉強会でモチーフを持ち寄り果物を描きました。柿とみかんは町田に住んでる仲間の自宅に成った物、りんごは私が長野から贈ってもらった物です。13人が、一人ひとりテーブルに置けるくらいの量が集まりましたよ。店で買ったものと違って愛着がわきますから不思議です。
水彩で描き、色鉛筆で仕上げました。おいしそうに見えますか?

2011_1213blog30012  こちらはほぼ2ヶ月ぶりのヌードクロッキーです。モデルさんはクラシックバレーをやってる人で、手足の指先まで神経が行き渡たってるポーズです。自然とそうなるのだそうです。
しばらく描かないと手が動きません。四苦八苦して描きました。

*四苦八苦:

韓ドラ現代もので仏教用語の「四苦八苦」の解説までしてくれるとはびっくりデした。人間の根源的な苦しみ「生・老・病・死」を四苦と言います。これに「愛別離苦」、「怨憎会苦(おんぞうえく)」、「求不得苦(ぐふとくく)」、「五陰盛苦(ごおんじょうく)」の四つの苦しみを加えて四苦八苦となります。

愛しい人と別れる苦しみ(これはかなり苦しいでしょう?)。恨み憎む人と合う苦しみ(恨み憎んでいるとそれが相手にもわかったしまいます)。欲しいものが手に入らない苦しみ(欲求は尽きることなく続き、終わりがありません)。意識の不均衡から来る苦しみー元気をもてあます苦しみ(過剰な健康も苦しみになる)のだそうです。

五陰盛苦(五蘊盛苦とも書きます)が一番難しい解釈ですが、要は、肉体と意識の不釣合いから来る苦しみのようです。若者にいろんな乱暴な行いがあるのは、精力が盛んで元気をもてあましているから起こる苦しみ。過剰な健康がもたらす苦です。

五蘊とは色・受・想・行・識の人間を形作る5つの要素です。般若心経に出てきますね。
色:身体に代表されるような物質的要素。
受:その物質を感じ取る作用。
想:感じ取った物質を心の中でイメージする作用。
行:物質に向って働きかける意志。
識:受・想・行を統括する作用とか判断のこと。

仏教では苦の原因は12あり(12縁起)、迷いの現実が苦であると。その苦は、我々がそれをどう受け取るかで変わってくるものであるから、苦は克服できるものである。これがお釈迦様の教えなら、苦があって初めて人間なんですね。動物が感じる「苦」にはどんなものがあるのでしょうか?

2011年12月 8日 (木)

三四郎池

2011_1208blog30001何のスケッチ画かお分かりでしょうか?なんだかさっぱり判りませんよね。
12月7日、生まれて初めて東大の本郷キャンパスへ出かけました。赤門をくぐり、正面の銀杏並木に圧倒され、警備の人に教えてもらった安田講堂を目指して歩くと正門から伸びたまっすぐの道も更に綺麗な銀杏並木でした。でも、人が多く、ざわついた様に描く気になりませんでした。
広い学園内を歩き回りましたがどれも今一。やっと腰を下ろしたのが池のほとり。歩いた後で体温は高くなっていました。
光を背に受けた日影、池の淵の岩に腰掛けて描き始めました。森に囲まれた溜池のような静かな池。正面には陽が当たってる散歩道とベンチ、水面に映える紅葉をじっくりと描きあげる予定で・・・。奥のベンチには若いカップルがカワセミが見せる求愛の様に似て餌を分け合っていました。
時はすでに12月、2時間もしたら寒くなって手が震えるようになり、丁寧さはどこへやら。時間内に何とか形にしたいと焦り、描きなぐりました。
出来上がった絵は静寂とした昼下がりの五色豊かな自然の佇まいから一転、落ち着かない絵になってしまいました。イギリスのターナーの水彩のように。

これは、決して夏目漱石の「三四郎」に出てくる純朴な若者の心情を描いたものではありません。九州の田舎豊前の生まれ、熊本五校を卒業して上京、東京帝国大学で初めて都会の世界を知る無垢な小川三四郎の気持ちを表したつもりではないのです。でも、彼が美弥子に抱いた恋慕の情、実りなき心の悩みはきっとこの絵のようだったかもしれないなんて思ったりしています。

そうです、東大の「育徳園心字池」、漱石の「三四郎」の舞台となった所です。この小説にちなんで呼ばれるようになった「三四郎池」です。池の形が「心」という文字をかたどっているとか。気がつきませんでした。でも、東大ともあろう場所にある池が、こんな手入れが行き届いていない池なのかが第1印象でした。
1615年大阪夏の陣の戦功として幕府から加賀藩前田家が賜った敷地で、池は自然に湧出する泉。前田家3代利常が造園した当代随一の庭園でした。大火や大地震など幾多の被災で一時は無残な姿になってしまったよし。そんな歴史を知るよしもなく、学園の中にこんな鄙びた池があるのかと絵にしたくなったのです。

漱石もこの池が好きだったのでしょう。そして小説の舞台にしたのでしょうね。

2011年12月 7日 (水)

野生の動物が持つ豊かな感情

2011_1121blog30005 2011_1121blog30009 ダーウィンの進化論、人間はどんな進化をしたか?人間の進化では、肉体的なものより、人を愛する、他人の子でも慈しむ、そして動物にまで愛情を注ぐ・・・という点だと知りました。

南アフリカ・クルーカー国立公園保護区の野生のヒョウを17年間撮り続けたドキュメント番組を見ました。野生のヒョウが示した子供に対する豊かな感情を見ました。これも進化の一端でしょうか?そう言えばチンパンジーが他の動物の子供を育てる話を聞いたことがあります。

メスのヒョウ、マナナは狩に出かけた隙にニシキヘビにたった1匹だった子供を呑み込まれて失くしてしまいます。
これを知ったマナナ、ニシキヘビをあきらめることなく執拗に追いかけ、攻撃を加えます。ニシキヘビは手負い、身軽になるため子供を吐き出して逃げていきます。マナナは蛇を追いかけることを止め、死んで横たわっている我が子を取り返し、一生懸命舐めてやるのです。マナナの狙いは子供を助け、取り返すことだったのです。ニシキヘビに制裁を加えることではなく。
更に、驚く事にマナナは、我が子はもう生き返らないと悟り、食べてしまいます。そうすることで子の死を弔ってやり、4日間も死んだ我が子を呼び続けるのでした。その様にはジーンと胸を突くものがありました。なんと豊かな感情を備えた動物なんでしょうか。ネットには、このシーンに涙した人が多かったとありました。

11月26日、NHK地球ドラマティック「野生ヒョウのマナナー絆を深めた17年間」という番組でした。17年も長生きをしたマナナ、狩を覚え、仲間との戦いに勝って勢力を築き、樹に登れる最大の敵ライオンから身を守り、必死に生きてきます。でも、老いには勝てず、やがて若い雌ヒョウに勢力を取られ、自分で狩をする体力もなくなり、チーターが捕ったインパラを横取りしたり、ハイエナが食べた後の残さいを漁り、おこぼれの小骨や血の塊を食べて生き延びます。人間のように老後を看取ってくれる子供や孫は居ないのです。もう先は見えています。17歳で姿が見えなくなってしまうのでした。

自然の厳しい環境を必死に生きたマナナの一生を写したドキュメントでした。野生の動物の生き様を見ると、いつも考えさせられ、多くを学んでいます。ただ長生きするのが人生ではないと・・・。

2011年12月 3日 (土)

言葉の不思議/いい加減さ

2011_1124blog30009_2  師走に入ったとたん、あちこちがポインセチアでいっぱいになりました。鉢植えのセチアを描いてみました。
2日に、相模原県立公園の温室グリーンハウス、ここなら熱帯植物で満たされているだろうと・・・。お昼前に65歳以上無料の入場でお邪魔しました。「今日初めてのお客様です」と歓迎されました。寒い日でしたからお客様が居なかったようです。ここは「サカタのタネ」が飼育管理している温室植物園で、好きなんですよ。

室内はガラッとして花も少ない冬景色。閑散としてました。熱帯植物だから年中咲いてるわけではないのです。当然でした。代わりに係りの人が盛んに出入りされ、落ち着いて絵を描けません。ハイビスカスのデッサンだけ何とかしました。
折角来たからと写真に収めましたが、その中でいつか描いて見たいと思った植物はバナナの葉です。2011_1202blog30017ここにもポインセチアがあたり一面を覆ってました。2011_1202blog30025

*人間の言葉の世界は不思議なもので、真意でなくても言わざるを得ない表現が山ほどあるみたいです。韓ドラ時代物では、王様に叱られると、必ず「お言葉、肝に銘じます」と恭しく頭を下げますが、場面が一変すると「肝にまで銘じたはずのこと」がさっぱり守られていない。ケロっと忘れてます。いい加減です。でも、叱られた場面ではこう言わないと振り上げた王様のコブシが下ろせないのですね。
更に激しくなると、「王様のためなら命を捧げ忠誠を誓います」と固い約束を・・・。死を覚悟してまで果たしますというのですが、これも実現したことがないのです。言葉通りに期待できないし、事はそのように運びません。

ですから、恋愛でも、死ぬほど好き、死んでも別れない、死ぬほど嬉しい、などは嘘に決まってますよ。信じてはいけません。その場をなごませる役割の言葉なんですから。ところが、これを聞くとなんとなく安心出来て気持ちが治まるから不思議です。(骨まで愛してるは、これはいい加減すぎますが。)

近頃の政治家の言葉もこれらに似てませんか?「真摯に受け止め・・・」とよく言いますが、言った矢先に何が真摯だったのか判らず仕舞い。

もう一つわからない言葉が「思います」です。思うで終わることなく行動を伴わなければならないことに「思います」を使ってる人が多すぎませんか。思うだけなら簡単ですから。
どうして「こうこう・・・します」と行動を表すしっかりした意志を表現しないのでしょうか。「します」と行動言葉で断言すれば、自分の信念もしっかり固まって、必ず行動につなると思うのですが。
時々大臣の失言で辞職にまで追い込まれる勇敢な(?)人が居ますが、その人ほど正直な人ではなかろうかって感じたりします。

その場をなんとなく言葉で取り繕うことが評価される世の中になってしまったら日本の今の難局は切り抜けられないでしょう。俗に言う「世も末」ですね。

我々、「思います」を安易に使わないようにしたいものです。
ほら、綺麗な女性がちゃんと見てますからね。下の文字には「嘘ばっかり言わないで!・・・」とあるようです。

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2011年11月25日 (金)

代理出産

2011_1124blog30003 昭和記念公園へスケッチ。イチョウの黄葉がいいか、水面に映えた紅葉がいいか迷いましたが、公園入り口の前に広がる「水鳥の池」にしました。生憎水鳥は見えませんでした。もう冬篭りしてるのでしょう。
紅葉も例年より綺麗ではなく、枯れ葉に近いくすんだ色でした。でも、カラフルな自然の配色は素晴らしかったです。広々とした公園内、でも殆ど歩かず、3時間この場所に坐ったまま、おにぎりを食べながらの力作です。半額で買えたラングトンのF6水彩紙 、透明水彩。

*代理出産:
韓国ドラマでは、父親が倒産、加えて肝硬変で肝臓移植が必要と、娘が代理出産してお金を稼ぎ急場を凌ぎます。これが後ほど大きな問題となりドラマは苦悩の連続です。「代理出産」についてネットで調べてみました。

代理出産とはある女性が子供が欲しいが産めないので、代わりの女性に出産してもらい、生まれた子を特別養子縁組にすることです。代理母とは遺伝的につながりのない受精卵を子宮に入れ出産する、借り腹、ホストマザーと呼ばれる。多くの問題やリスクを持っているので、日本では規制する法的な制度はなく、自主規制され、原則として実施されていない状態。
この制度の不備をつく形で米国やタイ、インドでの代理出産例が増えている。インドでは貧しい女性がビジネスで子宮を貸し出して居るような格好にまでなっている。
通常の養子縁組で子供を得るシステムでは、遺伝的なつながりを求める夫婦の要求は満たされないからだそうです。

問題点として、
*宗教上・文化的見地から。*遺伝的見地。*契約上の問題。*契約違反時の起こる問題(代理母が生まれた子の引渡しを拒否する。生まれた子が障害を持っていたために引取りを拒否するなど)。法的親子関係に関する問題(依頼した夫婦が離婚するような時、子供の親権はその子を分娩した代理母に在る)*家族関係に関する問題(計り知れない問題があるようで、代理出産の事実を知らされてなくても、父親と遺伝的なつながりがないのではと子供が感じるとの研究結果もあるとか)*妊娠・出産に対するリスクの問題。*子の出生を知る権利に関する問題。

子供がほしいと言う欲求はどこまで行くのでしょうか?子宮移植、男性でも妊娠可能など科学は進んでいるようです。
「子供が欲しいと思う感情は、人間の本能ではないので、克服可能であろう。だから高度な生殖医療は必要ないのでは」との意見もあるそうです。

幸いなことに子供に恵まれ平常に暮らせている私にはわからない問題ばかりです。ただ言えることは、もう少し自然のママ生きていく術をもつのがいいかと思うくらいです。

2011年11月20日 (日)

私怒ってます

風邪と花粉症に1ヶ月を無駄にしました。無駄ではなく、これからも生きていくための大切な時間だったのでしょう。お陰で治り生きておりますから。

その間絵を描く気力も少なく、クロッキー会も2回休んでしまいました。
2011_1120blog30002_2 でも、今ではこんな絵を描けるように元気になりました。裸で万歳と見事な肢体ですが、気に入ったところは肋骨がはっきり見えるポーズでした。なかなか肋骨がはっきり見えるチャンスはありません。

*怒って女性は怖い:
韓ドラ「千万回愛してます」から撮った「夫の浮氣に怒った顔の奥様」です。こんな女性と対面したら、私ならすぐ逃げ出してしまいますよ。
熱烈な恋愛を学生時代から始め、結婚しようと言うことになるのですが、彼氏は財閥の御曹司。貧しい育ちの彼女との結婚が認められるはずはないのです。でも、そこはドラマのこと、愛の力で親の反対を乗り越えて結婚した二人でした。

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ところが、子供が出来ないため、姑の母親と企み、夫に内緒で代理出産で男の子を手に入れ跡取を設けた役目を果たします。これに気付いた会社の常務役の夫は、妻に不信感を持ち、会社の女の子と浮氣をしてしまいます。
それが3年も続いた時、浮気の現場を見て仕舞います。猛烈に怒って離婚すると反抗する場面です。こんな夫人を演じるこの女優さん、見事なものです。

韓国ドラマ、例によってタイトルが好きでないです。「千万回愛してます」-なんと情緒がないタイトルでしょうか。加えて「代理出産」と言う、当事者でなければわからないテーマを選ぶのもどうかしてませんかね。
更に更に、貧しいためにお金が稼げる代理出産を引き受けた女性が、常務の弟の嫁になるのですから、それはないよ・・・。つまりこの怒ったる女性の義理の妹となって同じ屋根の下で暮らす。そこには自分が代理出産で産んだ子供が居るじゃないですか。そのことには気付かないのですが。なんとなくその子が好きになるのです。
そのうちわけあって、自分が産んだ子だとわかり、その子への母親としての愛情はピークに達するのですから尚複雑です。

いくらフィクションドラマとは言えここまでやるかって感じの筋書きです。

これを毎日楽しみに目てる私のほうが、よほど頭がおかしいのですね。

2011年11月16日 (水)

しなやかな体が創る美

2011_1116blog30016 先日終わったNHKフギュアースケート選手権、あまり興奮できませんでした。前回はフィンランドの「欧州の妖精」と言われるキーナ・コルビーにすっかり魅せられて絵を描いたりもしました。となると、思い出すのが2006年のトリノオリンピックの荒川静香です。当時25歳の彼女、鍛え上げた柔軟な体と技で、スパイラル、スピン、そしてその年の流行語大賞にまでなった得意の「イナバウアー」で・・・、綺麗でしたね。そのときの様子を絵に描いてみました。

同じ視点で、最高の美を見せてくれ、今でも記憶に残っているのがチェコのチャフラフスカです。

11月3日のテレビ番組で69歳になった彼女が東日本震災見舞で日本に来て、安藤優子アナのインタビューを受けた番組を見ました。「ライフストーリーインタビュー チャフラフスカ 華やかに、苛酷に」と題するドキュメントでした。

1964年(S39)の東京オリンピック  想い出がいっぱいです。日本は高度成長期の始まり、アメリカは60年代の全盛期時代、私は結婚の翌年で、始めて娘が生まれたのです。
一方、この年の11月にはケネディーが暗殺されたニュースが全世界を震撼させ、びっくりした年でもありました。振り返ってみるとアメリカはこの暗殺から衰えが見え始めましたね。

それはともかく、東京オリンピック、市川昆監督の「記録映画」ースポーツ映像に革新をもたらしたアングルで撮られたものでした。マラソンの裸足のアベベ、チェコの人間機関車ザトペック、オランダの日本柔道を破ったヘーシンク、3位銅メダルを取りながら自ら命を絶った円谷、そして「体操の名花」チェコのチャフラフスカ、忘れられません。
ヘーシンクさんにはオランダに居た時、日・蘭協会の会長で、何度か逢えました。兎に角大きかったのを覚えてます。これなら技も利かないなって・・・。彼以来オランダの柔道は欧州では強いのですよ。

ドキュメントを見て彼女を描いてみました。

2011_1116blog30014ベラ・チャフラフスカはスポーツの世界で祖国チェコスロバキアに栄光をもたらし国民的英雄となります。しかし、チェコの民主化運動に賛同する活動を始めてから東欧社会主義政府、ワルシャワ条約機構による軍事介入(プラハ侵攻)に翻弄され約20年間も苛酷な人生を送ったのです。
68年の「プラハの春」と称されるチェコの民主化運動では「2000語宣言」に署名して政府に睨まれてしまいます。68年のメキシコオリンピックにかろうじて参加出来、不十分な準備にもかかわらず、圧倒的な強さを見せ個人総合優勝を勝ち取りました。

しかし、祖国は歓迎してくれなく、政府は「2000語宣言」への署名撤回を迫りました。要求を拒否続ける彼女は苛酷な人生を送り続けなければなりませんでした。時代の荒波の翻弄されながら自分の生き方を貫き通そうとした女性、人生はあまりにも不道理でした。
そのため、職にも就けず、偽名を使って掃除婦の仕事などをして暮らしてきました。11年後の89年「ビロード革命」によって共産党体制が崩壊、民主化がなされてやっと陽が当たる場面に出られたのです。
新大統領のアドバイザーやチェコ・日本協会の名誉総裁に就任し、その後チェコオリンピック委員会総裁も務めている。

誠に見事な二人の女性です。頭が下がります。

2011年11月14日 (月)

新たな産業革命が待たれる

2011_1113blog30001 風邪と花粉症で、かれこれ1ヶ月調子が出ません。絵も殆ど描きませんでした。やっともとに戻ってきて久しぶりに「 新芽会」で人物木炭画です。倍版の木炭紙に木炭で。

2011_1113blog30004 もう1枚はB2サイズのクロッキー用紙にコンテで。こんなポーズのモデルさんは描くチャンスがありません。ネットから得た写真です。

新たな産業革命(エネルギー革命)が待たれる:

NHKの「世界のドキュメンタリー」番組で、アメリカ製作の「地球の気候変動を科学は解決できるか?」を見ました。ご参考にまとめてみました。

70億人に達した世界人口、19世紀中ごろの産業革命で一挙にエネルギー使用量が急増。私たち70億人が必要なエネルギーを確保するために、年間90億トンの炭素を(炭酸ガス325億トンを炭素量に換算)排出してしまっている。エネルギーの大半を化石燃料の石炭、石油、天然ガスを燃やすことで確保しているからです。その結果、毛布のように地球外環を覆ったガスは、地球の気候変動につながっている。過去100年の気温の上昇がこれを物語っている。

現状のままでは21世紀末のエネルギーの使用料は今の3倍に達する。となると、ガスの排出量も3倍となるわけで、3500万年前の地球と同じとなり、ワニが地球を牛耳る世界となろう・・・と。

ならば、どうすればいいのか?

当面の目標として、今後50年間に「削減しなければならない炭酸の量は70億トン」そして、これを削減してくれる「環境を守るための産業革命が必要で、それは可能ではなかろうか。」と見通しているのでした。

解決につながるテクノロジーは15種が想定され、これを4つのカテゴリーに分類。より実現に近い7種の解決策でおのおの10億トンの削減をめざす。

1.            省エネ。2.原子力発電。3.ガスを封じ込める技術。

4.自然エネルギーの活用。に分けて解説していた。

a。省エネー最も少ない努力で大きな成果が得られる。そのための設備投資費用は5年で元が取れる。例えば自動車の然費の改善。

b。原子力―ガスを出さないこのエネルギーは有力である。800
  箇所の火力発電を原子
力に変換。50年で数を3倍に増やす。

c。炭酸ガスを取り除くーCo2を回収し圧縮して1600メート
  ル以上の深さの地下に閉じ込める。
  また、植物と同じ方法で二酸化炭素を吸収する素材をもみの木
  の葉のようにして吸収することも出来る。天然の樹の1000

  倍もの能力が出る。また、石炭から二酸化炭素を取り除く技
  術。

d。クリーンエネルギーと称される自然の力―太陽光(ソーラパネ

  ル)、バイオ燃料、風力、波力、地熱力などの利用。

これらa,,,dの集合で解決すると。

テレブ番組を見ただけの文章です。間違い、勘違い、誤解などがあるかもしれません。どうかご勘弁を。

我々の限りない欲を満たす生活がどれだけエネルギーを使うか、いくら地球を悪い環境にしているのかを数字で把握、解決に奇跡的な科学革命が求められていることを知ることで、いくらかでもお役に立てばと思いました。

 

2011年11月 8日 (火)

花粉症

体内に入ってきた風邪に止めの抗生物質を差し上げて、これで終わりとばかり楽を考えてましたが、とんでもない。喉がもやもやして咳が止まりません。喘息みたいに咳き込んで、夜寝られず、起きて囲碁の録画を見たりして夜長を過ごしてきました。
もしや、花粉症?と気がつき、医者に処方してもらった「抗ヒスタミン剤」でアレルゲンとの戦いに入りました。

私と花粉症について書きましょう。

スギ、ヒノキの春の花粉症は日本人の6人に一人が罹ってるそうですが、秋の花粉症は少ないとか。私はご丁寧に秋の「ブタクサ」花粉にもやられます。花粉が入ってくると私の体は、くしゃみ、水っぽい鼻水そして涙で花粉を追い払おうとする反面、鼻づまり、目が痒い、喉が痛い、咳が出ると柔らかい皮膚の部分がやられます。花粉が器官に入って喘息を惹き起こしたりするのです。
これらの対応が過剰すぎて起こる現象が花粉症。アレルギーを惹き起こす異物ーヒスタミンを和らげるために「抗ヒスタミンを呑む」のです。抗ヒスタミンは体に良くないとかで先生を強いものは呉れません。ゆっくりした戦いとなります。

「花粉症」を知る前に北米で知った言葉が「Hay Fever ヘイ・フィーバー」でした。当時ジョーン・トラボルタがかっこよく踊った「サタデイナイトフィーバ」なる映画に人気があって「フィーバーに熱以上の意味がある」言葉と思いました。35歳、37年前、北米のシアトルに駐在していた時でした。

日本にないような変な風邪だと案じていた時、「ヘイ・フィーバー(枯れ草熱)じゃないのか?」と外人さん。干草が原因の花粉症でした。時期は秋。道路脇に変な臭いがするブタクサががいっぱい花をつけていました。ブタクサは北米原産で、あちこちに山ほど自生してました。こんな病も有るのかと驚いたのですが、原因と病名がわかって、一安心。薬も飲まずやり過ごしてきました。

Photo 気にも留めず7年後に帰国。日本では罹らず、オランダでも平気で花粉症をすっかり忘れてました。

早めの退職(59歳)の後、犬の散歩が出来ないほどひどい花粉症に悩まされはじめ、春、秋2度、マスクと抗ヒスタミンのお世話になってました。その後ワンちゃんのマイキーが死して随分軽めで収まっています。一時は花粉症めがねまで掛けて徹底抗戦状態、それが、今では軽度の花粉症でしょう。厄介な私の体の過剰反応です。

絵はブタクサじゃなく、ねこじゃらしです。

2011年11月 6日 (日)

浅茅が宿

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メル友のお嬢さんから、「どんよりした空のした、我が家は「浅茅が宿」化してきました。

庭は草ぼうぼう!!!中々綺麗に出来ません。植物の力には負けます。」

と言う文章を貰いました。

浅学の私、「浅茅が宿」とは? なんとなくわかる綺麗な表現です。浅茅は「あさぢ」と読むのかな?そう言えば浅茅陽子という女優さんを思い出した。率直な物言い、爽やかで明るいお色気がある現代的な顔立ちです。

ネットで調べました。「浅茅」とはイネ科チガヤ属の多年草で、まばらに生え背丈が低い茅を言う。「浅茅が宿」となると、浅茅がいっぱい生えた荒れ果てた家、荒涼とした風景となるのです。

江戸時代の作家 上田秋成の「雨月物語」に収められている9編の怪異小説からなる短編集、そのなかに「浅茅が宿」があることを知りました。

「上田秋成」は高校の頃知った名前でしたが、そのころの時代の人の名前でなく隣に住んでる人みたいで親しみを持った記憶があります。残念ながら、本など殆ど読まない私にはその印象だけ残っていました。それこそ50年ぶりに出会った名前です。

1776年に発行された「雨月物語」これはなんとも奥ゆかしい漢字のタイトルで、これだけで内容が想像できます。いまさらながらですが、「上田秋成と浅茅が宿」で興味を感じた部分をまとめて見ました。

「浅茅が宿」は日本や中国の古典からヒントを得て書かれたもので、時は鎌倉時代。場所は下総国葛飾郡真間の里。下総の国にしばしば通う商人が、聞き伝えて語った話が基になってるのだそうです。

男の夢と野望、女の夢と愛そして貞操。人間の美しさと愚かさ、戦いの虚しさ。人間の果てしない夢とこの世の無常さを描いた物語で、暗く悲しく、儚く消える内容です。

とは言え、詠む方は段々引き込まれ、無常で悲しい中に癒しが得られるから不思議です。今で言う癒し系の物語だと私は感じました。人はひとの不幸な話を聞いて癒され、喜ぶのでしょうかね。

*秋には帰ってくると下総から京に出た夫、勝四郎。それを信じ、けなげにひたすら待った妻、宮木。約束は果たされず7年が過ぎた。妻は、この戦乱の中、もう生きては居ないだろう、ならば墓を造り弔ってやらねばと思いながら5月のある日故郷へ帰るのでした。

妻、宮木はすれ違う人が振り返って見るほど美しく、気立てが良く賢い女。男どもがその美貌に惹かれ言い寄ることも、しばしばあったが、これを退け、心細くも気丈に一人で夫の帰りを待ちわびたのでした。7年後に帰郷した勝四郎は、目は落ち窪み、髪はぼさぼさで、昔の美しさはなく、ひどく歳をとった妻の声でしたが、元気な妻に逢えて小躍りして喜ぶのでした。

積もる話に二人は涙しながら一夜が過ぎた。夜が明けて見れば、そばに居ない宮木、昨晩の妻は約束の秋が来て次の年の8月10日に死んでいた宮木の幽霊でした。浅茅がいっぱい生えた荒れ果てた家で、夫の帰りを待ち続けた女の悲しい愛の果てであった。

哀しい愛の、まさに「廃墟の美」です。

近所の老人が見取り、塚を作ってくれたのですが、そこには、宮木の辞世の句、

 「さりともと 思う心に はかられて 世にもけふまで いける命か」

(約束した秋にはきっと帰っていらっしゃると信じ、いかにも今日まで この世に生きながらえた我が命であることよ。生きていたいと思い続けてきましたが・・・・)

とあるのでした。

勝四郎は間違いなく妻は死んだと知り、塚を抱き、大声を上げて泣き伏したのでした。

老人から宮木の話と土地に伝わる「てなご」の話を聞き、勝四郎も句を詠んだ。

「いにしへの 真間の手児奈を かくばかり恋てしあらん 真間のてごなを」
(昔いたという真間の手児奈(てごな)を、私が宮木を愛したように、昔の男も愛したのだろう)

上田成秋:1734年、私生児として生まれ、5歳で天然痘に罹り指が不自由になる。医者もやっていた。晩年失明し片目をなくす、不遇に生きた天才です。

2011年11月 4日 (金)

風邪と私

やっと天候が落ち着き秋らしくなりました。ボジョレ・ヌーボのワイン、沢山の果物が勢ぞろい体調も整います。
三ッ池公園の絵のような光景も始まりました。

私は恒例の風邪。ここ3週間ばかり絵を描いてません。その気にならないのです。
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*私と風邪;

私と風邪さんは大の仲良しです。でも、年3回のデートは楽しいものではありません。風邪族の平均寿命は短いようで、2度目の出会いはなく、その子供、孫、ひ孫さんと会ってることになるようです。年3回として、72歳の私、今の風邪は216回目です。では、初代から数えて216代の風邪さんでしょうか?そうじゃないようです。風邪さんにもいろんな部族が居ますから判りません。今度、お邪魔される時には、「何族の何代目の誰です」と挨拶してもらいましょう。それが、ワクチンなどで侵入を止めることもせず、快く受け入れる私に対する礼儀と言うものです。でも、私は風邪さん216人をすでに殺してることになるのです。風邪さんにとってはあだ討ちの相手が私で、それがまだ成就してない。誠にお気の毒です。

風邪さん、私の体内が本当にお好きなようで、手土産一つない手ぶらで、予約もせずにお見えになります。若い頃は、三日もすれば、お暇をされるか討ち死にされるか・・・で済みました。ただ一度の例外があります。6歳の頃、風邪をこじらせ肺炎に。母親に言わせると奇跡的に助かったそうです。成人して肺のレントゲンが撮れるようになってから、必ず医者に言われる言葉が「肺に影がありますが・・・再検査しましょうか?」です。自慢げに「6歳の頃肺炎をやってます」と答えて再検査しないですんできました。
その三日が今では1ヶ月となり、風邪さん随分ゆっくりされるんです。困り果てますが、私の体内はそれに抗議が出来ないほど弱ってるようです。

その間、勿論何のお構いもしませんが、風邪さんは鼻水と咳で、「俺にも何か寄こせ」と催促されます。貧乏人の私、体以外は何もない。困ってしまいます。その無心にいい加減頭にきて、彼が嫌いな抗生物質とやらを与えます。

「これは前も食べた。美味くもなんともない」とご機嫌斜めですが、少し大人しく成られます。仕方なく「好きなだけ居て下さい」とほったらかすと1ヶ月の長期となるわけです。今回もお帰りになったか、討ち死にされたかはわからないまま元のように静になりました。

その内、いずれの日か、遠からず、風邪さんと一緒に三途の川へと手に手を取って道行となるのでしょう。どうか優しく導いて下さいね。よろしくお願いしておきます。

2011年11月 1日 (火)

御節

1451 みなと横浜の「港の見える丘」のイギリス館。毎日山ほどのアマチュア絵描きさんが一生懸命描いてます。遅く行くと描く場所がないのです。バスで絵描きさんの団体まで来てます。

*御節:
美味しい日本の伝統正月料理おせちは如何ですか。私は新潟県のある惣菜会社の御節の販売のお手伝いをしています。特に新潟地震のあと、おせちだけは何とか継続したいと願い工場の復旧を急ぎ間に合いました。私も協力して東京方面のお客様に販売を・・・とはじめたわけです。絵や、囲碁、太極拳のお友達に「支援ください」とお願いして・・・。これまでのご支援誠にありがとう御座います。

魚を使った惣菜をメインに、地元の味噌、酒粕、野菜、などの特産物を生かして造られています。

ご紹介しましょう。宅配おせちです。2011_1101blog30016

1.商品案内:写真がパンフレットです。ちょっと写りが悪いです。ご希望ならパンフレットをお送りできます。
2.商品と価格 
a 特性3段重 16,500円(送料・税込み)
            お重3段に30品目の伝統的なおせち品。
b特性2段重 11,500円(送料・税込み)
            お重2段に27品目のおせち品。 
3.お届け日:平成23年12月30日または31日 ご希望の日を指定下さい。
4.ご注文締め切り:平成23年12月10日
5.お支払:ヤマト便代金引換(コレクト手数料420円)

安くて美味しいと好評です。

6.ご注文やお問い合わせ:
195-0043  東京都町田市成瀬台3-38-10
高口禎之 電話&Fax:042-728-8089
パソコンメール:dzt05662@nifty.com

直接のご注文を希望される場合は生産者をご紹介します。

近頃は和風おせちに加え、中華おせち、フレンチおせち、イタリアンおせちと盛りだくさんですが、なんと言っても伝統的な和風がいいです。奇抜さを狙ってみてもすぐに飽きます。

出世魚のぶり(出世する)、鯛(目出度い)、海老(長寿)、昆布巻き(よろこぶ)、数の子(子沢山)、里芋(子沢山)、レンコン(よく見える、先見性がある)、お多福豆(福が多い)、栗きんとん(黄金)などの古い慣わしが見事です。そして重箱に入れるのは「目出度さを重ねる」となるから愉快です。
今のままでは忘れ去られて仕舞うかもしれません。子供さんたちに、お正月のおせちで、ご先祖様の英知と食文化を教えてあげて下さい。

 

2011年10月29日 (土)

兄死娶嫂婚

2011_0715blog30002 2011_0715blog30001 町田市立国際版画美術館友の会の絵画講座で描いた人物、コスチュームです。終わって指導者と皆なで講評でした。毎年4回、今年で5年目です。皆さん上手くなりました。私の絵はどれだかわかりますか?

*兄死娶嫂婚:
こんな日本語はなさそうです。多分中国語?でも意味は分かるように思いませんか?最も今の若い人には無理かも。
韓ドラ「百済の王」に出てきた台詞。高句麗、百済が覇を競い合う頃です。
意味は「兄の死後、兄嫁と弟が結婚すること」です。高句麗時代の風習で、匈奴にもあった風習だった。
ネットで調べてみましたが中国語の記事ばかりで日本語では書き込みがありませんでした。しかし、
振り返って、子供の頃、この種の結婚の話を耳にしてきました。昔は稼ぐ術を持たせられなかった女性です。兄婿がなくなると生きていけませんから、弟が責任を持って面倒を見ると言う人間味あふれる風習でもあったわけです。働き盛りの男が若死にすることは通常のこと。戦争で死ぬなど当たり前でした。これを女性蔑視というなかれ。結婚とはそれほど責任ある重大なことでした。お嫁さんの一生は家族が面倒を背負ってたのです。とは言え、ドラマではこれを政略的に利用するしたたかな家系の安泰を図る術でした。

今日のテレビは世界人口が70億人に達したと報道してました。中国が14億弱、インドが13億弱でした。(正確には覚えてません)ただ、中国では「一人っ子政策」があり、人口は伸び悩み。すでに労働人国が経済成長に追いつかないで困っていると。
5年後にはインドに追い越され、40年後にはインド人口は20億人にもなると・・・。そのインド、お嫁に行くための持参金が高すぎて、親は破産する。そのために女の子を堕ろして男だけを出産する風潮があり、政府は躍起になって持参金は必要ないと指導しているそうです。

世界の人口は今世紀末には100億人に達する。これだけの人口が喰っていくためには必要なエネルギーは原子力に頼らなくてはやっていけないのではと思ったりします。これからの原子力発電は中国、インドで進められそうです。

2011年10月23日 (日)

ダーウィンの進化論 その2

2011_0803blog30010 2011_0724blog30012 先のブログ、「ダーウィンの進化論 その1」に

コメントが載りました。放射能、放射線についての大変貴重な情報でした。放射線、ただ恐ろしがってはいませんか?と言う内容でした。皆さんにも見ていただけるよう、ここにWebサイトを書きます。ご覧下さい。

http://www.ustream.tv/recorded/17862990です。

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*七沢温泉:
丹沢大山国定公園の七沢温泉にある老舗旅館「元湯玉川館」に初めて1泊しました。案内文には「アクセスも悪い、携帯も通じないところがある田舎」とありましたが、100年くらいタイムバックした雰囲気のところでした。名物の「しし(猪)鍋」-野生のイノシシの肉の鍋料理と檜の香り漂う温泉お風呂、それが農家つくりの建物の中で味わえました。聞けば大晦日はもう予約で一杯とのことでした。
パステルの先生がここで小、中学生の頃大きくなられたとか。この度、玉川公民館で個展を開かれたのでした。玉川館のご主人は先生の後輩で、「いい旅館だから勧めるよ」と言ってもらったのです。温泉の手前にある大きなリハビリセンターは有名。周りには森林公園、森の里、七沢センターとスケッチポイントが一杯あって、スケッチ仲間と何度か行ったことがあり土地勘もありました。

*ダーウィンの進化論 その2
生物学として発展してきた進化論が、今、科学の分野で活用されている。番組では二つの実例が。

その1:新幹線の先頭車両の形状、N700系。
人が考える以上に素晴らしい形が、進化論に基づいて描かれた。「進化計算」と言うのがあるんだそうです。新幹線の過去の形、数種を掛け合わせ、いいものを選び、また掛け合わせと植物の種を掛け合わせるのと同じことをコンピューターで繰り返す。いい物を作り出すために「突然変異」を作り出して、コンピューターでまた掛け合わせるのです。自然界では何万年もかかるような種の配合を繰り返して生まれたのがN700 だそうです。そんなことをして出来上がったN700 だったんだ!知らなかった。

その2:進化分子工学ーバイオ科学ー石油に代わるバイオ燃料の開発。燃料の基になる植物を効率よく分解する酵素の開発に進化論が。10億分の一の確率で起こる進化をコンピューターで行わせるのだそうです。やり方は上記新幹線と同じく掛け合わせる方法です。

「進化のスピードを人が操り始めている。自然界では何百万年掛かる進化も、試験管の中で僅か数ヶ月で行われる」と科学者は言ってました。

どうでしょうか?驚きでしょう?
クローン動物、この進化分子工学といい信じがたい研究なんですね。これもコンピュータが出来てから急速に進んでいるのですね。

2011年10月20日 (木)

進化論 その1

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何時描いたのかもわからなくなったクロッキーです。クロッキーは描いたすぐでなく半年くらい寝かせておくと良くなります。ワインのように熟成が必要なのでしょうか?
ダーウィンの進化論で言えば、私の絵にも「突然変異」を取り入れ、生まれてくる悪いものは削除して、優秀なものを選び進化される方策を採らねばならないようです。とは言え、この突然変異をどのように作るか、まさに「偶然性の論理」に適ったものでないと駄目だそうですから、難しいようです。突然変異を探してひたすら励みます。お待ちください。

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ダーウインの進化論 その1

NHK「大発見史 疾走する進化論」と言う番組を興味深く見ました。知らなかったことが一杯あり、生物学としての発見が今では科学分野で活躍してることなどには驚きました。

一つの発見、「種の起源、進化論」が人類の歴史を変えた。進化の「偶然性の論理」(良いものか悪いものかもわからない突然変異的に生まれた変異が環境に適して残っていく)は、いまや、科学の分野に応用され「進化計算」や「進化分子工学」にまで拡がっている。(詳細はその2で書きます)

では、人間はどんな面で進化したのか?
それは、なかでも、知的能力の向上で光っていると。

1871年,「種の起源」の12年後にダーウイン(1809-1882)が書いた「人間由来」では、人の進化について「仲間を助けたいと言う気持ち、他者への共感」をあげている。「人間は知的能力が徐々に上がるにつれ、他者への思いやりの心を、すべての人種、障害があって働けない人、最後は動物にまで適用するようになって来た。この心の水準は、ずっと向上し続けている」と書かれている。納得できます。

いまや、我々の心の水準は自然環境の保護に向っていませんかね。そして将来は、放射線に強い人間にまで進化するかもしれませんね。これからも人口は爆発的に増えるでしょう、原子力なしに、その大人口を養えるエネルギーはないと思われませんか?

150年前の1859年ダーウインが発表した「種の起源」では-この世の生物の進化―わかりやすく言えば、「人間もお猿さんも、すべての生きものの祖先はみな同じ。環境に適したものが生き残り、現在にある」と言う自然界の事実です。
進化論の核となる考え方は「自然選択説」ー生物には変異があり、ある自然環境の中で、有利な変異を持ったものが世代を重ね、より多くの子孫を残していくーであると。

しかし、この時代のキリスト教社会では、聖書にある「神は自分をかたどって人を創造した。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地をはうもの、すべてを人間に支配させよう」と言ったとする「創造説」(すべては、ひとつひとつ神がお創りになった。)が信じられていました。この創造説が常識であった時代、ダーウインの進化論を信じるわけに行かないのでした。紙の否定にほかなりませんから。
現在でも進化論を信じない人びとが世界には多く存在しているそうです。

ダーウインは20年近くも発表をためらいました。公にすれば殺されるようなものだったからです。それでも彼をして発表せざるを得ない気持ちにさせたのは「奴隷制度の廃止・反奴隷制度(人間は白人も黒人もみな同じ)」と言う強い動機でした。

 

2011年10月17日 (月)

ゆうゆう版画美術館まつり終了

10月15,16日の町田市立国際版画美術館の「ゆうゆう版画美術館まつり」が無事に終了いたしました。沢山のお客様のご来場を賜り誠にありがとう御座いました。私は催事「チャリティーアートバザールの担当者」としての大役を果たすことが出来ました、これもひとえに皆様のご支援の賜物です。心から御礼を申し上げます。

15日は前日からの大雨、その日の予報も「曇り雨」と案じられましたが、幸い雨が上がりました。翌16日は雨も降らず・・・。神様も味方してくれたのでした。東日本震災支援金も出展者の協力で出来ましたこと嬉しい限りです。厚く御礼申し上げます。

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*水彩画:

2枚の水彩画、少し大きいサイズで20号を描きあげています。

1枚は、これからシーズンとなるシクラメン。販売用に鉢植えされた整ったシクラメンでなく、前年咲いたものが自然のままにほったらかされ、自由に育った花です。のびのびしてますね。絵の方は最後の手入れが必要です。

もう1枚は相模原公園の温室「グリーンハウス」の中にあったインドネシア製のイスの背の神様(悪魔?)の絵です。熱帯植物とのコラボが私の気をひきました。70%くらいの完成度です。これからの完成が待ち遠しいです。

2011年10月12日 (水)

韓国女優イ・シヨン

2011_1012blog30022 Mukuge 韓ドラ「千万回愛してます」を一目見たとき、気に入った女優さんです。20代の後半に認めらた人とか。ドラマでは主役でなく脇役、出てくるシーンが少ないので待ち遠しい限りで見ています。妻がいる常務さんに切ない恋をする不幸な家庭の娘役です。だから、尚愛おしくなるんですよ。他のシーンは飛ばしてみてないです。
29歳、整形をしている、有名になってから告白したり、女性ボクサーの役で覚えたボクシングに嵌り、韓国アマチュアボクシングで優勝している強者です。今では主役をこなし売れっ子スターだそうです。頷けます。

頑張って描いてみました。線のデッサンを入れないで陰影を先に描きそれらしい立体感が出てから目鼻立ちを描く方法で、初めて、やって見ました。相当グラデーションにこだわりコンテ鉛筆を何回も研ぎました。添えた花は韓国の国の花「むくげ」です。庭に木があり今も咲いています。もう小振りの花しか咲きませんが。

*ビーナス:お風呂に入れて綺麗にしてやったビーナス像。背中の美しさをもう1枚。そして顔が見える正面を、少し上から見下ろす角度で挑戦しました。見事な腹筋も見え、今で言うアスレティック・ウーワンです。腰のひねりが入った難しさには疲れました。5度くらい修正してやっと出来上がったのがこの絵です。この二日間家から一歩も出ず、絵を描いてばかりいました。出来上がったのがこの3枚と20号の水彩画に手を入れる作業でした。

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*ゆうゆう版画美術館まつり:
年に一度のまつりが町田市立国際版画美術館で15,16日に行われます。私は「チャリティー・アートバザール2011」と称するアート作品の展示・販売の係りです。明日から事前準備と当日の2日間忙しくなります。
いろんな催事があり、退屈しませんよ。遊びに来てください。

Vision design社のWebサイト
http://vita.tc/hangafes2011/

をクリックして内容を確認されてからお見えになるといいですよ。

 

2011年10月 8日 (土)

ミロのビーナス

2011_1008blog30004 パステル画の先生をしておられた方からミロのビーナスの石膏像を頂いてから、もう4年になりましょうか?65cmのサイズ。実物が203cmですから3分の1ながら、見事なフォルムと端正な顔立ち。ルーブルの実物には欠けている部分や傷などなって骨董的な美しさもありますが、この石膏像も負けてはいませんよ。

2,3度鉛筆で描いてみましたが、上手く行かず途中で止めてました。結果として、窓際に飾って眺めてばかり、描く勇気が出ませんでした。可哀想にタバコのヤニで黄色くなっていました。
昨日、年に2度の部屋掃除の際、ビーナス像をお風呂に入れてあげ、綺麗に洗ってやりました。黄色人になっていたビーナスは白人にかえり元通り。

そして今日描いてみました。顔がある前からでなく後姿を。なんと今流行の半ケツ。艶やかな、艶めかしい腰のひねりが絵になります。造られたのが紀元前120年頃ですから2100年前に半ケツの気品と優雅なファッションだったのですから驚きです。

この絵では石膏像でなく生身のビーナスさんじゃないですか?
ルーブル美術館に寄贈したルイ18世は、著名な彫刻家に両腕をつけるように命じたそうですが、どれも良くなく取りやめたとか。今になれば、腕がない方が想像を掻きたて、よかったのですね。
ルーブルのミロのビーナスはたったの1度だけ外に出たそうですが。それがなんと日本へ。1964年国立西洋美術館と京都市美術館だったそうです。何百万人か観にいったそうです。

*こちらは日本のビーナス。7.5頭身くらい?胴が長い、と言いめさるな。綺麗じゃないですか。我々が好む 色気があります。8頭身とか、黄金分割とか、いろいろと言われますが、先入観を持たず、綺麗なものはきれいと感じましょう。赤ちゃんなんて5頭身くらいなんですから。

2011_1008blog30001 2007_1101

2011年10月 7日 (金)

ヌードの寝ポーズ

今日は甲斐先生の木炭画教室「新芽会」。年1度のヌードでした。「ヌードの寝ポーズです」と先生。さて、どうしようか??幸い固まりになったポーズで助かりました。皆真剣に取り組みました。これが立ちポーズになるともう大変なんですから。2011_1007blog30016

木炭紙サイズのクロッキー用紙にコンテ鉛筆で20分x3ポーズで1枚、計2枚を描きました。2011_1007blog30015
今日は傑作揃いでいい作品が沢山ありました。来年10月に作品発表会が決まりましたので、これから出品作品を狙って励まなくちゃ・・・です。

2011_1007blog30018 2011_1007blog30018_2 *顔の練習;
相変わらず描いてます。彼女たちに捧げる花は?202

2011年10月 4日 (火)

これが抽象画?

2011_1004blog30001 これが抽象画ですか?と言われますよね。「そうです、私のはじめての抽象画です」 かなりけばけばしいですね。

仲間でやってるサロン・アカデミーで、今回の企画は「抽象画に挑戦」でした。10名が好き勝手に描きました。これが私の作品。
どんどん絵の具をのせられる様に乾きが早いガッシュ(不透明水彩絵の具)、アクリル絵の具を使って。
渦巻きから始まりました。イメージはオーム貝でした。螺旋の美しさを表現したかった。何の構想もなく、描きながらこの色にはこの色を添えて見るか、とか、できた絵からヒントを貰って手を加えていった結果がこれです。成り行き任せの絵です。
面白いのが出した絵の具を使い切ってしまうこと。貧乏性ですから、パレットに出ている色が余ると、勿体無いから使ってしまえとばかり、その絵の具をまた使うのでした。赤が全面にちりばめてあるのはそのためです。

絹谷幸二の絵みたいにけばけばしくて、私としては好きな絵ではないです。嫌いな人の絵に近いものが出来るとは不思議です。
さて、タイトルをどうしましょう? 「恋に悩む男の心の中」なんてどうでしょうか?

*まぶたを閉じてる女性の顔、初めて描いてみました。500 2011_1004blog30002_2 2011_0928blog30009 

2011年10月 3日 (月)

グスタボイソエ(磯江毅)

2011_1003blog30036 グスタボ・イソエ展を練馬美術館でやってると紹介を受け、久しぶりに西武池袋線に乗りました。美術館は記憶にない「中村橋」と言う駅で下車、徒歩3分の所にあった。都内ではじめての「LED照明」は彼の「マドリード・リアリズム」画風の作品をシュールに照らしてくれてました。多くのことを感じさせる作品で一杯。

結婚して初めて上京する家内とこの路線の「ひばりが丘」駅で降りた東側の埼玉県新座郡、田んぼの中、雨の日は長靴を履き、駅で革靴に履き替えて会社に行くような不便なところでした。貧乏してた私達は、一部屋6畳を借りて、1年強をここで過ごしたのでした。西武池袋線は毎日使う路線で、池袋から丸の内線で東京駅に出てました。
家主さんは体格がいい太っちょな気がいいおばさん。ガラッパチでよく喋る人でした。一人暮らし。旦那さんは結構な地主さんで、若い女でも出来たのか別居中、その為に家を建ててもらってるんだと知りました。よりが戻っていたようで、時々、旦那が来て楽しそうでした。おばさんに比べて小さい旦那マサ、本当に「蚤の夫婦」です。旦那様はとても浮氣をするような人には見えませんでした。

2011_0928blog30005 1年後に子供が生まれ、会社に泣き付き、やっと、少し広い借り上げ社宅をあてがってもらい、中央線の武蔵境へ引っ越しました。そして1年8ヵ月後に二人目が誕生。今度も泣きつき三鷹の深大寺の近くに越しました。このときは庭もついてて家らしい住まいでした。今から47年前の25歳の頃の話です。横道にそれました。

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磯江毅の作品は?
1954-2007年53歳でなくなる。工芸高校を卒業後単身でスペインに渡り30年余りの長きに亘って活躍。スペインで高い評価を受けた写実主義の画家。今回の展覧会が「磯江毅の没後初となる本格的な回顧展」だそうですから、日本ではやっと広く知られるようになった画家ではないでしょうか。

人物を描いている私の好奇心は彼の人物画、そして多くの人物の鉛筆デッサンでした。素晴らしいです。どうして写真以上に細かく表現できて、人に深い感動を与えるのかと不思議でしょうがないです。
「描いては消し、消しては描き・・・2年もかかったでしょうか?」とあった彼のコメントを読んで「俺には出来ない執念」と感嘆しました。厭きることなき美の追求なんでしょうか?
「対象をよく見て描くんですよ」と先生に教えられるのですが、はじめは見ても判りませんでした。それが、今は「描いた絵と対象を比べるとどこかが違う・・・」とわかるようになってきました。でも、消して描き直す気力が出ないのです。

描き直しても大して良くはならないだろうと諦めているからでしょうか?「これで完成、次の絵を描く時にもっと追求しよう」と先送りしてしまうのです。

説明書きには「彼のリアリズム表現は文字通り事物の細部にまで深く入り込んで具象的に描ききるだけでなく、現実世界が内包する神秘的なものまで捉えようとしているような精神の深まりを感じさせます。その根底には生死を抱え込む生きものへの深い洞察と諦観が見て取れるのです」とあります。
そんなに難しく言わないでよ。私にはもっと単純に完成度を高めようとする飽くなき追求の結果が神秘的な作品になる・・・としか思えないのですが。
彼に負けずに、私も、試みて見ます。Photo_2 Photo_3 

2011年10月 1日 (土)

剖棺斬屍

2011_0930blog30010 2011_0930blog30011 顔の表現は描けば描くほど難しく、表情が思うように出てきません。形は正確に描いてると思うのですが陰影、グラデーションがちょっと違うだけで別の表情に変わるのです。

2011_0928blog30002 代わりにクロッキーで体裁を整えます。2011_0923blog30003 *剖棺斬屍(ブグアンチャムシ):

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日本語ではなんと読むのでしょうか?(ぼうかんざんし)ですかね。

1500年の初めの頃の韓ドラ時代物で出てきました。「墓を暴いて死体の首を斬り、さらし首にする刑で、生きている人間に科する以上に残酷な刑罰」
こんな刑罰が歴史の過去に有ったとは知りませんでした。

ネットで調べたら秀吉の死後、家康が朝鮮と国交の回復を願ったら、朝鮮からの条件が「秀吉の剖棺斬屍」であったとか?
また、イギリスの「王政復古」ではチャールズ2世が戴冠式の前に、クロムウェルを国王殺しの罪で剖棺斬屍、市中にさらし首にしたとか。

むごたらしい仕打ちがあったんですね。死んだ人もさることながら、その度に家族、子孫一族が不名誉な処罰を受けたのです。2011_0928blog30008

2011年9月27日 (火)

慎言牌(シノンペ)

いろんな角度からの顔の練習です。加えて、今回はコンテ鉛筆で柔らかく、色も薄く2011_0927blog30003 描いてみました。女性の優しい印象が表現できたかな?2011_0927blog30001 2011_0927blog30003_2 下の2枚は今までどおりの描き方。力強さは感じますが。上を見上げた角度になると顎から後頭部までの長いこと長いこと描いててびっくりデした。日本の漫画で人物が如何に巧妙に描かれているかいまさらながら驚かされます。上手いものです。2011_0921blog30008 *シノンペ(慎言牌):
韓国ドラマ時代物で出てきた言葉です。王様が口うるさい内官(ネシ・宦官)に「口は禍の門であり舌は身を斬る剣だ」(口を閉じ、舌を深くしまっておけば身を守ることが出来る)と言う文字を書いたお札(牌)を常に首からかけて置くように命じます。口を慎めと。真意は言う事を聞かない無能な大臣たちへのあてこすりなのでした。

野田新閣僚大臣の不用意な発言、特に地元へ帰ってからの大臣就任お祝いの席などで。これをマスコミが鬼の首でもとったように面白おかしく報道するから、世の中政治不信になるばかり。野党は重要な案件の審議はそっちのけで、貴重な国会討論会の時間をこんなくだらないことに使って平気。
「あぁ・・・」とため息が出ます。今日のNHKの国会討論会中継でもこの有様でした。

新大臣様、韓ドラの「慎言牌」を首から下げて慎重を期されてはいかが。それが身のためであり。日本国のためのようですから。

*面従腹背(めんじゅうふくはい):同じく韓ドラから。
「人の面前では従うが、腹は心の中にあってそむくこと」を言う。腹黒いとか裏がある人、二心ありな人と いい意味ではない事のようですが。
でも、何でも正直に言えばいいってものでもないようです。世の中を上手く回すためには面従腹背も「一種の潤滑油」、必要な時もありますね。この使い分けがポイントですね。
新大臣様、思ったことをみな言わないでもいいのですよ。

2011年9月22日 (木)

多摩川台公園

2011_0922blog30005 上手く描けませんでしたが、高台から見た台風一過の多摩川です。台風のあとの今日、土色の水が一杯のせわしい多摩川でした。大田区田園調布の多摩川台公園に8名が集まりました。散策にはよくてもスケッチになりそうなスポットは少なかったです。描いた場所には、わざわざ看板があって、眼下の多摩川、その奥に大山、丹沢連峰、富士山が見える位置でした。川の向こうにはコンクリートの建物がびっしり。かすかに見える富士山も描いてありますが、低く垂れ込めた入道雲とまぎれて見えませんね。

武蔵野台地の南に位置し、多摩川から急に高台となり眺望がいいところです。亀甲山古墳はじめ多くの古墳があって昔を忍ばせます。さくらの名所でもあるそうです。
帰路、東急東横線多摩川駅周辺にはコーヒーショップも見当たらず、駅の反対側の「せせらぎ公園の休憩所」で自販機で済ませた安上がりの休息でした。

*帰宅してから2枚のデッサンをしました。人物ー顔も、体もはやく描けるようになりましたよ。

これに合う花は?168 2011_0922blog30006_2

*馬の耳に念仏:
馬耳東風、犬に論語、猫に小判、のれんに腕押し、牛の角に蜂、ぬかに釘でしょうか。
「上の空で人の忠告に従う気がない」などの意味でしょう。私にも念仏、小判、論語、どれも通用しません。「自分の利益にならないことなので関心を示さない」と言うわけですが、私が興味を示す話題でひきつけてみてください。いちころです。

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2011年9月19日 (月)

ブログ

4年前の今頃、バラの花だけを撮り続けていた友達が「高口さん、ブログをやってみませんか?」とNHKの解説雑誌を見せてくれました。私のメールのプロバイダーniftyの「無料のココログ」と言うブログサービスのお世話になって始めました。2011_0917blog30005  2011_0917blog30006

ブログ(Blog)はWeb場に記録する(log)と言う意味でWeblogと呼ばれ、Weを省略してBlogが通用語になったとか。結構はまってやっています。
第1号がネットに現れたときは小躍りしてしまいましたが、よく見るとアダルトサイトの広告が載ってるじゃないですか。「なんだ、なんだ・・・」と言うわけで、説明書を読み返し、「トラックバック」をONにしてるからだとわかり、OFFに切り替えました。トラックバックはネット場の誰でもが私のブログにリンクしてくるものでした。ネットでも悪いことを平気デする人が多いようです。困ったものです。

3年10ヶ月でアップ件数が600件、掲載した絵の数が1100個。アクセス数が67000です。画面の動きがとろいので件数を400件削除、絵の数を700個削除して縮小しました。少し早くなったようですが???
目標の1000件まで後400件。今のペースを維持できれば3年9ヶ月。頑張ってみます。

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*JAG(日本芸術家協会)というNPO法人が横浜、町田、相模原地区の絵描きさんの組織としてあります。10月10-16日、あざみ野の横浜市民ギャラリーで行われる「第34回JAG展」に一般として公募に応じることにしました。作品の一つがこのシクラメンです。
昨年11月に訪れた修善寺の菊屋旅館で見たシクラメンです。こんなに自由奔放に四方へ花が咲いてるシクラメンは初めてでした。11月頃から街中で出回るシクラメンは綺麗に整理され花はまとまってびっしり咲いてますでしょう。この絵のシクラメンは、なんでも出入りの花屋さんがほったらかしておいたら、自然に育ってこうなったんだそうです。

バックの色にもう一工夫して完成させましょう。
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2011年9月16日 (金)

アマゾネス美人

2011_0916blog30001 どうでしょうか?このアマゾネスの女戦士の如き美人。
二の腕など私より遥かに大きいようです。腕を組んでますが、男性の組み方と違って威嚇的ではないので救われます。フィットネスで鍛えてるのでしょうね。
写真で見たときはあまり描く気はしなかったのですが、描き出したら、写真より遥かに可愛くなってきました。一気に描きあげました。これならスカウトされるんじゃないでしょうか!でしょう!!

もう一枚は、素晴らしいモデルさんで、どの写真を見ても見事なポーズです。それだけに描く時、気が入りすぎて上手くかけないで失敗ばかりです。写真に、遥かに及ばない不出来です。そのうちに立派に描いてあげましょう。待ってて・・・2011_0915blog30020

1172 このアマゾネスお嬢さんに似合う花は?
相模原県立公園に在る温室「グリーンハウス」の熱帯植物ならいくらかいいかな。グリーンハウスには冬場によく行きます。無料で、中で絵を描いてもいいと言ってくれますから。

2011年9月15日 (木)

鹿沼公園/でいらぼっちの伝説

2011_0915blog30026今日は気温30度を越す残暑の中 、JR横浜線淵野辺駅から3分の「鹿沼公園」で、「日本芸術家協会(JAG)]のスケッチでした。友達と二人、ゲスト参加しました。「2時まで描いて集合」でしたが12時半に「お先に失礼します」と引き上げてしまいました。暑さと蚊に喰われる痒さに負けてしまったのです。
この絵は未完成もいいところです。濃い緑を使ってかんかんと照る太陽の光に冴える樹木を描きたかったのですが思うように行きません。

*でいらぼっち伝説:
この「鹿沼公園」は「でいらぼっちの足跡」と言われる白鳥の池がありました。大きな動物の足跡の形をしていました。白鳥、かも、鯉、亀が飼育されています。相模原民話伝説集によると、「大男でいらぼっち」は富士山を背負って相模つはらにやってきました。疲れた、一休みと大山にどっかと腰掛ました。一息入れたあと、「どっこいしょ」と立ち上がろうとしましたが、どうした訳か富士山はびくともしません。綱が切れてしまいました。綱の代わりにと藤蔓を探したが見当たりません。あきらめて富士山を置いたままどこかへ行ってしまいました。
置き去りにされた富士山は未だに大山の向こうに聳えています。立ち上がろうと踏ん張って出来た足跡が淵野辺の鹿沼と菖蒲沼です。ほかにもでいらぼっちが歩いた足跡が沼やくぼ地になって沢山残っているのだそうです。微笑ましい伝説ですね。

2011_0915blog30021_3   2011_0915blog30022 クラシックバレーを踊ってる女性を描いてみました。形が上手く描けると綺麗なフォームになり美しいです。

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2011_0915blog30019 この黒人系女性に合う花として私が見立てたのはチュッリップです。いかがでしょう?17

2011年9月14日 (水)

人物画(色鉛筆)

2011_0911blog30004 相変わらず人物画です。薄手のクロッキー用紙にコンテで描き始めましたが、うわっとした感じ、また、少しカラフルにしたいと途中から色鉛筆で試みました。肌色の陰の部分に緑、ブルーなどを使うと全体の肌が綺麗に見えます。そこで緑を。肌はやや赤めの色を。
ところが途中から色鉛筆の色がもうのらなくなってしまい,塗られた色の上を鉛筆が滑ってしまってもうどうにもなりません。やむなくここで止めました。残念なところは目が黒すぎて、きつい感じの人になってしまったことです。

*人物画講座。

友の会の絵画教室、5回目の今日は人物画デした。今年はこれで終わり。気に入ったモデルさんにまた来てもらって、コスチューム20分X2回、ヌード4回で2枚を仕上げました。このモデルさんは続けて3回来て貰ったことになり、お陰で、お互いすっかし親しくなりました。終わって4人でお茶、話が弾みました。「教室にアップルケーキを焼いて持ってくるつもりで作っていたのですが、失敗しちゃって・・・、時間がなくなり、やめて冷蔵庫に入れてきました」と無念そうでした。こちらは残念でした。次なるチャンスは今のところないのです。
11月に、また、ダンスに出ますとチラシを呉れました。観にいきましょうかと話しております。

ヌードの絵、頭のところで紙がつないであるのがわかりますか?ある先生は、何度も、「頭から描きなさい」と言われるのですが、私はからだの曲線を上手く描くのが楽しく、頭は3回目頃から描き始めます。ところで、今日は頭が入らなくなって・・・。困った挙句紙を継ぎ足して描きました。それでやっと頭と体のバランスが取れました。可愛いモデルさんでしょう?

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最後は写真を見て描いた外人さん。時間はたっぷり掛けてます。何回も手直ししたりして。出来はこちらの方がいいかも?でも、描いてる時は、やはり、「目の前にモデルさんを置いて」には敵いません。20分間全員がしわぶきひとつしないで集中して描く、なんともいい雰囲気です。
脚は短く、胴は長くても、やはり日本の女性が綺麗です。近頃、特にそう思います。

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2011年9月11日 (日)

よみうりランド

夏休み2ヶ月が終わって、久しぶりに13名がスケッチ。場所は「よみうりランド」。何を描くんだろう?来たのには訳があって、20枚の無料入場券をゲットした仲間の女性が提供してくれたからです。入場料まで払って入る人は仲間にはいません。入場口で、「絶叫マシンが沢山ありますが、年齢の上限制限がありますか?」とチャ化したら、「十分お若いように見受けました。問題ありません」と上手く切り返されました。

「皆さんお久しぶり。生きておられたようですね。よかったよかった」が会長の私の挨拶でした。絵になりそうなところとして「聖地公園」があるとの情報をもとにそこへ。夏草がびっしりで、蒸し暑く、風が通らない。とても描ける状態ではなく諦めました。代わりに2枚の写真でご勘弁を。
2011_0909blog30006 やっと選んだスケッチ場所は少し高いところで日陰、風が通る、そして遊園地の雰囲気がする眺めのところでした。

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2011_0909blog30012 垂直・上昇・落下機のクレージヒューストン、ウォーターシュート、ロープウェイくらいしか知りませんが、マシーンは山ほどありましたよ。私はこの種のマシーンには全く興味がなく、人生72年で、2度の体験があるだけです。何とかランドと言うような遊園地はキャアキャア喜んで呉れる彼女と行くところなんでしょうね。そんなタイプの女性とのデイトは一度もありませんでしたよ。

初めて行ったのは、結婚して、九州の片田舎から東京へ出てきたすぐの1964年「豊島園へ」でした。よみうりランドもこの年に開園してます。二人とも乗るでもなく、手をつなぐでもなく、話が弾むこともなく、何の感動もなく、帰ったのでした。「また、行きたい」とはその後一度も耳にしませんでした。2度目は、1977年、なんとロスのディズニーランド。シアトル駐在中、子供にせがまれて、家族でドライブ休暇の途中でした。
ここでも、子供は別ですが、私たちは何の執念もなく、ただ暇つぶしに乗った安物マシーンだけでした。夕刻になって腹が立ってきました。勧められたセットになった割安のチケット綴り。格安ゲットとばかり喜んだのですが、面白そうな人気マシーンは長蛇の列に並ぶのでした。これでは折角のチケットも使い切れません。すぐ乗れる安いチケットだけ消化して、代金の7割は残ってしまいました。翌日はサンディエゴへ南下。チケットはとうとうゴミ箱行きでした。これじゃ詐欺みたなものですよね。それ以来東京のDisney ランド+シーへは行ってません。
今日来た4人の女性は、ご立派、ちゃんと「大観覧車」に乗ったそうです。

「お父さん、観覧車からはなんにも見えないじゃない。天気が霞んでる?それとも私の目が霞んでる?」、「だから乗っても仕方がないぞと言っただろう」、しばし静か。「あとどれくらいで付くのかな」、「どこえ?」「乗ったところよ、決まってるじゃん」・・・「ねえ、あとなんぷん?」、「しらないよ。どうして?」、「おしっこ・・・」、「ダから行っとけって言っただろう」、「あの時は大丈夫と思ったの」

以上は、私たち二人、合計144歳が乗ったと仮定して、想定される問答集でした。これから見ても3回目の遊園地行きはありえませんね。

最後にこの2枚の絵、丸出しじゃないが、おっぱいが見えてる。上の写真の3人のお坊さんの銅像、その一人、日蓮上人さんが見たら、叱られるかな?それとも「よく出来てるじゃないか!」と褒めてくれるかな。

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2011年9月 8日 (木)

2011_0908blog30012 蝉が部屋の中で腹ばい状態で動かない。昼間網戸がないほうのガラスを開けてたからだって気がつきました。ご苦労様、葬ってあげるからと摘み上げたら、ジ・ジツと鳴き、羽ばたいたのでびっくり。思わず床に落としてしまいました。
悪かったな!絵に描いてあげるから缶の中で安眠しなさいと。7時間後には死後硬直状態でカチカチになってました。
これを3態に分けて描いたのがこの絵です。蝉だかアブだか判りませんが。

なんという蝉でしょうか?多分「ヒグラシ」かな?オスだかメスだか?ただ、ジ・ジと言う音だけしか聞いてないので判らない。鳴いてくれたらオスですが。

日本では、古来、蝉は独特の鳴き声、短期間で死んでゆく儚さ、「感動と無常観を呼ぶ”もののあわれの代表」として扱われてきました。蝉の抜け殻を「空蝉(うつせみ)」と言い、「現身(うつしみ)」と連して考えられました。うつせみとはいい響きですね。
それなのに、欧米では蝉を知らない人が多く、夏を現す蝉の声が妙なノイズと思われるそうです。日本の夏のドラマの蝉の声は消されて輸出されるのだそうです。なんとも勿体無い話jじゃないですか。哀れの感情がない。

*「蝉しぐれ」:
藤沢周平の代表作。2003年のNHK金曜時代劇、内野聖陽演じる牧文四郎、水野真紀演じる”ふく”、「カナカナカナ・・・」のBGMで大層良かった。二人の実らぬ恋は、蝉の幼虫が長い間地中にもぐってるように、長い間二人の心の中にだけあって、地上に出られない。でも終わることなく続くのでした。殿様に嫁いだふく、殿様が亡くなり出家をすることに。ふくはこの世の最後とばかりまだ独り身の文四郎を呼ぶのでした。二人はたった一度の契りを交わし、永遠の別れとなるのでした。それからどうなるのか誰もわかりません。あなたならどう脚色しますか?
蝉の鳴き声の如く激しいせわしい二人の恋も、実らず、儚く暮れて行くのでした。

「蝉しぐれ」といえば一斉に鳴く蝉の声が時雨の降る音に似てると見立てて呼ぶ夏の季語ですが、「カナ、カナ、カナ、・・・」は、わたしには秋としか感じられず、秋だからこそ、儚く、もののあわれと通じるんですよ。

I Photo ふくに似てる感じの女性の顔を探してここに載せました。ゆりを添えて。12

2011年9月 7日 (水)

純真無垢な鹿の目/ひよどり越え

 新芽会で美大の彫刻科を専攻してるモデルさんを描きました。「高校までバスケットをやってました」と聞き、うなずいたのですが、がっしりした骨格がポーズを生き生きとさせてました。「いいモデルさんです」と先生も。
残り時間が少なくなって、先生が「頭部が小さいみたい?頭の奥行きは前面に比べ結構長いですよ」と言われ、慌てて修正しました。そう言えば、黒人の頭などは後頭部がやたらと長いですね。耳は頭部の中心にあって、両耳に竿を入れてぶら下げると重心が取れているんだとか。普通、前から見ると耳は前面の横についてるような錯覚を持ちますが・・・。
そう描くと顔が平坦になり立体感が出ません。
とはいえ、この絵の顔はモデルさんに気の毒なくらい出来が悪いです。ごめんなさい。鼻の下から顎までがよくないのです。

2011_0904blog30011韓ドラの台詞から:

*一蓮托生(いちれんたくしょう):
悪い結末が予想される時に使う4文字かと思ってましたが、「死ぬも生きるも皆一緒。結果はどうなろうと行動や運命を共にする」と言ういい意味に使うのが本来の意味なんですね。仏教用語で「死後浄土で同じ蓮の上に生まれ変わる」から来てるんだそうです。
この世では一蓮托生でも、あの世では別の人と一緒がいいなあ。2011_0907blog30006_3

*純真無垢な鹿の目:
「どんな極悪人も。鹿の目を見ると改心する」ものだそうです。確かに鹿は純真で無垢な感じがするいい目をしてます。
鹿革は薄く柔らかく滑らかで、鹿革の靴に憧れがありました。今では革靴は窮屈でめったに履きません。鹿肉は淡白でくせがなくヘルシーとか。一度だけ食べたことがあります。鹿肉は「もみじ」と呼ばれ、「鹿にもみじ」の花札、「もみじ鍋」がある。馬肉は「さくら」、イノシシは「ぼたん」と呼ばれます。
百人一首に「奥山にもみじ踏み分け 鳴く鹿の声聞くときぞ 秋は悲しき」とありましたね。覚えてますか?
花札の「猪鹿蝶」になぞらえ「イノシシの肉、鹿の肉、鶏の肉のセットで「猪鹿鳥」と言う料理まであるそうです。

おとなしくひ弱そうな鹿ですが、峻険な山岳地帯でも平気で登り降りする剛健さもあり、こちらは賞賛されます。義経の「鵯越(ひよどりこえ)の逆落とし」と言われた「一の谷合戦」で、彼が背後から奇襲攻撃し、見事に平家を破った快挙。これは「鹿がこの急坂を駆け下りてます」と言う住民の情報から判断したのでした。素晴らしい状況判断です。見習わなくちゃ!!2011_0904blog30010_2

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2011年9月 4日 (日)

ノーサイドにどじょう

2011_0904blog30003 2011_0904blog30002 暇さえあれば?、失礼、暇は山ほどあります、気が乗れば人物を描いてます。木炭、コンテ、鉛筆、そのときの気分で。でも、やはり木炭紙程度の大きな紙に手を大きく動かして描く方が気持ちがいいです。

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21143_2 前回同様花の絵を添えて載せると画面が和ごみますね。

*ノーサイドとどじょう:野田新総理大臣が放った言葉ですが、

ノーサイド:イングランドで使われたラクビー用語で「No side」、終了(フルタイム)で試合が終わったら、敵味方なし。仲良くする精神で・・・。まさにside by side(仲良く手を繋いで)です。今は日本で使われる程度の言葉だそうですが「ノーサイドの精神」日本から改めて発信してみてはと多くのサイトに書いてありました。ノーサイドより「サイドバイサイド」の方が響きがいいですが。

*どじょう
江戸の昔は「どぢゃう」と言った。これが「どぜう」となり、今では「どじょう(泥鰌)」。中国では「解毒作用」があると言われて来たそうです。思い出すのが中学2年の時。皮膚が弱い私は蚊、虫に刺されるとよくまける(かぶれる)のですが、森の中で雨宿りにうっかりはぜの木の下を選んだから大変。はぜ負けになって、体中に湿疹が出来て痒くて痒くて。今のように薬はなく、ただひたすら自然治癒を待つのみでした。運よく夏休みでしたがどこへも行けず1ヶ月も家に居ました。ハゼ負けにはどじょう(同情でなく)がいいと、50匹ばかりを持ってきてくれた近所の人がいました。これを体中に擦り付けると治りましと。
「藁をも掴む」思いで擦り付けました。どじょうは体の色が赤くなってとても食べられませんでしたが、私の発疹はその後治ったのです。中国が言うどじょうの解毒作用のお陰でなく自然治癒の時だったのでしょう。これから以後、どじょう鍋(柳川鍋)は苦手です。

泥鰌の「地獄鍋」ご存知?豆腐と一緒に泥鰌を弱火から煮えたぎらせる料理で、泥鰌が熱さから逃れるため豆腐にもぐってもがきます。やがて静かになって美味しい味を出してくれると言う残酷な料理法です。一度生きたカニをこれと同じ方法で茹でたら子供が泣き出してしまいました。そんな子供に育てたつもりはないが・・・と私も泣きたくなりました。

「2匹目の泥鰌はいない」、「柳の下にいつも泥鰌はいない」とか。泥鰌は頭が良いんです。

*夫婦喧嘩:
「犬も食わない夫婦喧嘩」と言いますが、今では弁護士さんが金儲けのネタとして仲裁役に。犬は雑食で、人糞でも食べる(昔は良く見ました)。何にでも鼻を突っ込み、臭いを嗅いで。それでも、おかしなものは食べない能力を持ち合わせている。その犬でも食べない夫婦喧嘩ってわけです。いい事いいますね。「誰のお陰で飯が食えるんだ・・・」の夫の一言が奥さんが一番嫌がる言葉ナンバーワンだそうです。

離婚にまで及ぶ夫婦喧嘩をテレビ番組でやってましたが、私に言わせるとどれも正解無しでした。犬も食わないと教えられた昔の先輩に、マスコミは少しも教わってないじゃないですか。放つて置くのが一番なんです。
発端は、理性がない感情優先にパニックになった女性の一言から始まる喧嘩ですから。
こんな時は2階へ逃げるが一番。大切なのは日頃から女性を感情的にさせない工夫が大切なんですよ。

2011年8月31日 (水)

ピンク色/終活

2011_0827blog30025 女性のヌードだけではエロイと言われるので花を添えてみました。少しはなじみましたかね。
今回はコンテでなく、水彩画用紙に色鉛筆3色くらいで描いてみました。

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*ピンク:
よく見る韓ドラで「ピンクのリップスティック」と言うのを今見てます。韓ドラのタイトルには、どうもしっくり感じないものが多いのですが、このタイトルもわかりません。ピンクとは韓国でも日本と同じ意味合いがあるのでしょうか?
日本ではピンク(桃色)といえばエロイ、卑猥を意味する色に定着してますね。ピンク映画、ピンクサロン、ピンクちらしなどエッチなことでしょう。ピンクレディーは例外?近所にピンクの色の家がありますが、これには驚きが。落ち着きません。よくピンク色と毎日生活が出来るなあって。

でも、他の国では事情が変わります。駐在したアメリカではピンクでなくてBlue(青)が秘め事を連想させる色でした。Bkue Film(ポルノ映画)、Blue joke(下ネタ)ですし、オランダでは確か赤でした。中国では黄色。「黄色電影」はポルノ映画、「黄色録像」がエッチなビデオ、「黄色書簡」がポルノ雑誌です。
スペインに行けば緑(Verde)がその色。「Cine Verde)は緑の映画、「Libro verde」はポルノ関連の本となります。
Jリーグの東京ベルディーは緑色(Verde)です。

紫は万国共通に高貴な色といわれますが、またエロイ色とも思われているとか。色もいろいろです。

*終活、エンディングノート:
人生の最終章を迎え自身の思いや希望を家族に伝えるものとして、文章にして書き残すエンディングノートなるものをテレビでやってました。終活は就活をもじって作られた造語のようですがなんとも不愉快は言葉ですね。婚活ー離活などもパソコンは変換し切れません。おかしな世の中です。
死んだ先のことまで案じなければならない人生なんて?残った人たちが自由に葬って呉れればそれで十分じゃないですか。
マニュアル化してしまわないと気がすまないのでしょうかね。
お母ちゃんに言ってるんですよ。「俺が死んだ時くらいは、遠慮なく自分で何から何まで考えて対応して欲しい」と。出来る範囲でいいのだから・・・。

近頃のテレビ、世の中、何から何まで教え過ぎ、おせっかいやき過ぎです。

2011年8月27日 (土)

コラージュ(貼り付け、糊付け)

2011_0827blog30020_2  この絵はなんだ?ですよね。

友の会の絵画講座で始めて「コラージュ(貼り絵)」を体験しました。紙ボードにちらし、広告、雑誌の写真や15色の両面折り紙を切り取って糊で貼り付け完成させる絵画技法でした。
私の狙いは「色面構成」と言う色の勉強をしたいと言うものでしたが、意に反して思うように行かず戸惑いました。アングラ劇場で貰った沢山のちらしを切り取って貼っていくうちに、こんなものになったのです。
劇場で講演する出し物のチラシで、ドラマ、踊り、ダンスの様が一杯埋まって、結構楽しいものになりましたかね。最後に強い色、黒で締めてやっとポスターみたいになりました。真ん中のグリーンの枠の中に私のサインが入ってるんですよ。残念ながら読めませんね。

コラージュは「主観的構成の意図を持たない”意想外の組み合わせ”・・・」だそうですが、その通り何の意図もなく、途中からこうしてみようと考えて出来上がったものです。

*二日目の今日は一転して「石膏デッサン」。マルクス・ブルータスの胸像を木炭紙に木炭で描きました。シェークスピアが書いた「ブルータス お前もか!」で有名になった彼です。2011_0827blog300241540年頃、メディチ家の依頼でミケランジェロが造った 彫刻のレプリカ石膏です。木炭画の美大受験のテストに出てくる代表的な石膏。
私は日ごろから顔を描く練習のしすぎで、この絵も生身の顔みたいになってしまいました。石膏の質感が出てません。何でも難しいものです。

ブルータス胸像にはもう1点、「青年ブルータス胸像」と言うのがあって、こちらは「デキムス・ブルータス」だそうです。マルクスの従兄弟で、カエサルの信任が厚かった。そのテキムスがカエサル暗殺に加わっていたので、カエサルは思わず「ブルータス、お前もか!」と言ったとか。今となってはどちらのブルータスがそう言われたのかよくわかっていないようです。

2011年8月24日 (水)

やらずの雨

2011_0824blog30003 相変わらずヌード写真の女性を描いています。精進の甲斐あって、少しづつ正確に早く描けるようになってます。「オッパイが大きい、腰はくねっている、お尻も大きく・・・お父さんの好みですね」ってからかわれてますが、意に介しません。ひたすら描いてます。

デフォルメはまだ出来ません。ただ、日常から少し外れた特徴ある人物に興味を持って描いてます。普通の大きさを描いても面白くないですから。 2011_0824blog30001 サイン:絵のサインに「Y.Guchis」を使ってます。Yoshiyuki TakaguchiやY.Takaguchi どちらも長すぎるので短縮しているのです。高口の「口」だけです。Gucchiは有名なファッションブランドですが、私のブランドはGuchisで「s」がついてます。sが付くと「高口家」の意味にもなります。誰かが「高口さんの絵はブランド化してるんだ」って言ってくれました。ならばロゴマークが必要だと「木の葉マーク」(枯れ葉マークじゃないです)を考えてます。まだ最終的ないい形が出来上がりませんが。この絵にも入ってるでしょう。

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*遣やらずの雨(やらずのあめ):
聞いたような言葉でしたが意味を知りませんでした。40歳の頃上司が、外人さんに向って言ったのです。そして、通訳してくれと。意味も知らない私が出来るはずがない。気まずい雰囲気になって仕舞いました。今でも忘れられない苦い失敗。上司の私への評価が下であったこというまでもありませんでした。

折角の上司の博識は何の役にも立ちませんでした。東大は法科出の上司、やたらと難しい日本語を使う人で、我々はどこに真意があるのかわからず困ったものでした。ちょうど日本語の法律文書のように、一度読んだだけでは判らないのです。ましてや通訳しろとなると・・・。

「やっと会えた恋人との合瀬のひと時が過ぎて、別れの時が来た。帰したくないなと思っているその時、タイミングよく降り出す雨」のこと。
なんとも奥ゆかしい表現ですよね。古き良き日本語のいいところ。
今では天気予報が正確すぎて、こんなことは起き得ませんね。加えて、ポータブル傘があるし、文明の利器タクシーが呼ばれてしまう。おまけに携帯が邪魔したり・・・と男女の睦ことも味も素っ気もありませんでしょう?この種の粋は歌謡曲の世界にしか存在しない現代です。

つまらない!!!その年で何を言ってます・・・か、ですか。まだまだ恋心は残ってますよ。

2011年8月22日 (月)

キューバ人は笑いながら生まれてくる

NHKの番組で日本語がぺらぺらのお笑い系キューバ人の女性が言った。「キューバ人は無邪気で明るく、常にポジティブ・・・赤ちゃんは笑いながら生まれてくるんですよ」にすっかりうけて大笑いしました。本当にそうだろうかと「キューバ人気質」で検索したら、キューバにはまってる人が結構居るようでした。
Photo_2  この絵はネットから拝借したものでキューバの街角で見たアマチュアの絵だそうです。見事ですね。
日本人が描いたこの種の絵となると、やたらとけばけばして派手なだけ。人が描かないような目立てば芸術だ、くらいの気持ちで描いた物しかないのですが。
私はキューバについては何も知らないに等しく、革命家チェ・ゲバラ、未だに元気なフィデル・カストロ、ケネディの「キューバ戦争の危機回避」、映画で見た「キューバの砂糖産業の繁栄」位です。

15歳で成人式、身だしなみがいい女性、とにかく花が好き、ダンスが好き、と底抜けに明るい人たち、人種差別がない。普通に生まれて普通に暮らしていれば生活に困ることはない、と、我々のように欲張りではないそうです。今あるものでやっていけば良いではないかと。
観光で行っても治安がいいのに驚くくらいだそうです。笑って生まれてくる赤ちゃんの国ですか?最高にいいですね。

*話は急に変わりますが、近頃のNHK 民放と変わりませんね。やたらお笑い系、賑やか、どたばたな内容で。落ち着いて見れる雰囲気が全くない。そして余計なことを言い過ぎます。「午後から雨でしょう、傘を持ってお出かけください」、「今日は洗濯日和です」の天気予報。おせっかいもいいとこです。雨にぬれても死にはしません。熱中症「水分補給に努め、エアコンも適度に使って・・・」。ここまでいちいち言わなくても、後は個人の判断で・・・十分なのに。その結果、人は皆他人任せで自己判断をしなくなる。おまけに予報が狂ったら他人が悪いと責任を擦り付ける。学習能力は少しも向上してません。

そんなことより、もっと世界のいい話を運んできて頂戴。

2011_0822blog30001 2011_0822blog30003

*見事な放物線に螺旋:

人物が持っている美しさを感じる線ーそれは放物線、螺旋ですよね。この絵のような女性の形には美しい線が一杯あって、描いては消し、消しては描いて、やっとたどり着いてます。昨日は「これでよし」と思った線が、今日は「間違っているな」と気がつきます。1週間もして「これで良し」となるんです。その時は歓喜を覚えますよ。「やっと完成だ!」
どちらの絵も生で見れるチャンスはまずありませんから、これこそ写真があるお陰です。右のしゃがみこんだ形での脚・足、お尻、腰の大きさと螺旋の線はどうでしょうか。

お気に召される哉???

2011年8月20日 (土)

磨斧作針(まふさくしん)

2011_0819blog30007_2 相変わらず女性を(写真から)描いております。飽きもせずに。どうして?と聞くのですか?

*「磨斧作針(まふさくしん)」って言うでしょう。あまり聞きなれない4文字熟語ですが。斧を磨いて針を作るが如し。「忍耐強く努力すれば、必ず実を結ぶ」のだそうじゃないですか。唐の李白のお話とか。まあ、騙されたと思って頑張っておりますよ。

とはいえ、顔を描くのは難しいです。形は似てきても、表情が上手く描けません。でも、出来た顔が、意図しないのに、自分の好みになってくると嬉しいことこの上なしです。このお嬢さん、皆さんの好みに合いますでしょうか?

*雌鶏が鳴くと国が滅びる:
古代中国の諺。フランスでもこういうそうですが。女性がでしゃばって雄鶏より先に時を告げると「不吉なことが起こる前兆」と忌み嫌われたとか。
雌鶏が鳴いて国が滅びた例は、歴史上ごまんとありましたよね。
動物の世界ではあまり例がないようですから、それこそ国が滅びるような大事件かもしれません。
女性が強い現在、男性である私はおとなしくする手段で凌いでおりますが、容認してるわけではないです。解決策は、雄鶏である私が先に鳴けばいい話でしょう。そうするように心がけてます。

でも、「雌鶏が勧めて 雄鶏 時を告げる」と言われないようにし2011_0819blog30010なくちゃ・・・です。歳をとっても、相変わらずおかあちゃんはうるさい。「雨が降るそうですよ。傘を持ってますか?・・・」なんて玄関で雌鶏(おかあちゃんが)鳴く。
それに従っていては「雌鶏が鳴くと国が滅びる」諺のとおりとばかり・・・です。そこで、雨に降られても死にはしないわ・・・と苦虫をかんで出かけます。このリスクをとっての行動見上げたものでしょう。

絵の女性は「先に鳴くようなタイプの女性じゃないようですよね。自分の魅力を見せ付けれれば満足って感じじゃないですか。そんな感じで描きましたから。男性が若い女性を好むのは「若い雌鶏は先に鳴かない」からかも?

この辺で、
議論するのも疲れました。

2011年8月13日 (土)

白人の顔

2011_0813blog30013_2  この蒸し暑さ、どうにかしてくれないかな!私は、もう、人間をやめて、イモリになってエアコンにしがみついています。ジットして凌いでおります。「ご飯ですよ」と呼ばれるときだけ下へ降りていきます。ご案じめさるな、節電のための温度28度は守って居ますから。

28度と言えば、一時よく言われてましたが、「熱中症」が出てきたら、温度はいわず「適度にエアコンを使って・・・」と言うようになりました。お陰で元気ですが、イモリは昼寝て夜になると元気が出る動物のようです。私も夜になると元気が出て、こうしてブログを書いているんですよ。

絵の外人さん、写真より美人に描けてます。外人さんは横顔が綺麗ですね。写真ではそばかすが一杯で今一でした。途中で、母ちゃんが、「お父さん、よく出来てるじゃない。知性的な美人じゃない」と褒めてくれました。それならばと、大事に大事に仕上げました。手で擦る方法からティッシュでコンテを伸ばしました。そばかすはすべて削除しました。

2011_0813blog30016 ならば、もう1枚と描いたのが次の絵。もっと若く可愛い金髪の白人さん。「あら、また1枚描いてるの。今度は随分ブスなんだ・・・」と散々貶されました。そうか!「それならやってやろうじゃないか、美人に描くぞ」とあちこち消して修正してやっとここまで。次第に色が濃くなって、ちょっと怖いお嬢さんになっちゃった。ごめんなさい。
もう一度描き直して上げますとは言いません。2度描く気はしませんから。描くなら別の人です。

絵を見て、よく「写真みたい」と言う人が居ます。褒めてくれてるのか、写真があるんだから絵にしなくても、と貶しておられるのかわかりません。
お願い、褒めていただけるなら、「写真より遥かに好い絵ですね」といって欲しいです。

2011年8月12日 (金)

七去(しちきょ)

2011_0806blog30002 7月の教室が台風のため中止になり、久しぶりの甲斐先生の新芽会でした。美大の彫刻科選考のモデルさん。我々には初めてでした。彫刻のモデルさんのようにがっちりした骨格で描きやすかったです。そんな感じがする絵でしょう。

*七去(しちきょ)ー韓ドラの台詞から。
儒教全盛時代の昔の中国で「礼」として教えられた7つの戒めで、日本でも江戸時代に流行した「女大学」と言う本にも書かれていたそうです。

妻を離婚できる7つの事由として、
1.不順去ー舅、姑に従わない。
2.無子去ー子供が生まれない。
3.多言去ーおしゃべり。
4.窃盗去ー盗心がある。
5.淫乱去ー
6.妬去 -ねたむ。
7.悪疾 -悪い病気。の7項目があった。日本でも「令」に定められていた。(七出という)

今なら信じられない内容ですが、古代中国の頃は社会の慣習としていわれてたのでしょうか?もっとも、殆ど機能してなかったそうです。反対に「3不去」として1.帰るべき家がない。2.夫の父母の3年の喪に服している時。3.結婚後豊かになった場合。つまり妻への恩義を忘れない。妻の努力を評価する。人徳を裏切らないと言う調整弁があったのですね。あわせて「七去三不去」と言われます。結婚後豊かになれば例外とするとは、不可思議。ここでも経済優先だったのでしょうか?豊かになれば許されるとは。

「七去三従」となると嫁は「幼い頃は親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従う」の三従があるとなります。
「老いては子に従う」とは、歳の取り方としての教訓で、男女の区別なく、よく使われる言葉ですね。私もそのように心がけているつもりです。

加えて嫉む、浮氣をするはやめましょう!

2011年8月 9日 (火)

山中湖からの富士/忍野八海

2011_0808blog30056 絵の仲間10名で山中湖へ行きました。私にとっては5年ぶりくらいです。夏場の富士は朝もやに覆われ、入道雲、時折のにわか雨、雷を伴う夕立などで、ヌードになって全容を見せることは皆無と聞いてましたが、その通りでした。2泊目の午前中に部屋から描きあげた富士がこの絵です。部屋から富士が見えるのですから絶景のホテルでした。ここは会員制ですが、ゲストはOKとかで、家族連れがうなるほどで満室でした。会員さんがセールスをしてるようなもので、お客さんが来るのでしょうか?
バイキング料理のコンベンション・ルームも一杯で長蛇の列で待っている盛況ぶり。
外はと言えば小雨の中を合宿にでも来たのか学生が列を成して走っていました。都会から、わざわざ来てこんなに人で一杯とは情けない話です。

やっと晴れ間が見え、今なら大丈夫かと噂に聞いた「忍野八海」へドライブ。途中から土砂降りとなりながら必死で探して到着。駐車場から歩いてみてびっくり。居るは居るは、人、人、人ばかり。おまけに土産店、休憩所ばかりで何が忍野八海なのか? 外から見えないように囲った狭い歴史博物館は、パンフレットもなく、300円も取られました。こんな観光地は全国どこを探してもないでしょうよ。2度と行きません。中国人が一杯居ました。どうして、中国からこんなとこに来るんでしょうかね。さすがに西洋人は居ませんでしたよ。

2011_0809blog30002 2枚目は外人さんのヌード。コンテで描く。延べ30時間も掛けましたかね。お腹周りに苦労しました。

*朝三暮四ー韓ドラに出てきた故事
目先の違いに気を取られ、実際は同じであるのに気がつかないこと。転じて人を騙すこと。朝四暮三とも。中国の春秋時代、宋の祖公という猿好きの老人が、サルの餌に窮するあまり、餌のどんぐりを減らさざるを得なくなり、「朝に三つ、夕方に四つやる」といったら、サルが少ないと怒った。そこで、今度は「朝に四つ、夕方に三つやろう」と言い換えたら、サルは大層喜んだと。

目先の利益に惑わされないようにしましょう。
鳩山総理大臣が国会答弁で、この「朝三暮四」を「朝令暮改」と同じ意味と解していたことがあった。

しかし、待ってください。今の国の赤字だらけの財政難では、年金などは「朝四暮三」で貰っておかないと危ないですよね。段々減って来るのですから。猿の方がよほど頭がいいんじゃないかな。

*杞憂(きゆう)
昔、杞の国に「天地が崩れると恐れ」、心配で夜も寝られず、食事も摂らなかった人がいた。この故事から無用の心配、取りこし苦労を杞憂という。福島原発事故はありえないと思われた「天地が崩れる」事故だったのだろうか。今後はあり得るに変わるのか?原発に対する懸念は果たして「杞憂」でしょうか?

長い歴史の中で知恵として生まれた故事や諺も変わってくるんでしょうね。

2011年8月 4日 (木)

三猿/栴檀の芳ばし

新百合で行ったパステル画「イリスの会展」。お陰様で800人以上の方のご来場を賜り盛大に終了しました。雨模様のお天気の続きの中、お運びいただき誠に有り難とう御座いました。次回は2年後になりますので、それまでに上手になっておきます。

2011_0804blog30001 展覧会場を終え駆けつけたのが2011_0804blog30003 神楽坂の甲斐清子先生の特別デッサン教室。描いた絵がこの2枚です。3ヶ月に一度の夜の講座です。ダンスをされる先生お気に入りのモデルさんで、このようにひねった難しいポーズを取ってくれます。この姿勢で20分は大変ですよ。
20分x4回で右の絵を、2回で左の絵を描きました。左の絵のときなどは、手を伸ばせばモデルさんに届くほどの近い位置でした。こんなアングルで描けるチャンスはめったにありません。

*韓ドラに出てきた諺 二つ:
その1-「見ざる、聞かざる、言わざる」
深い意味は知りませんでしたが、「論語」のなかに「礼にあらざれば視るなかれ。礼にあらざれば聴くなかれ、礼にあらざれば言うなかれ、礼にあらざれば行うなかれ」があり、中国、朝鮮半島においては、結婚前の女性・妊娠中の女性に胎教の観点から「見ても見ぬふり、聴いても聞こえないふりをして、言いたくても言うな」と教育されているそうです。インドの聖人マハトマ・ガンジーは3匹のサルの像を身につけていたそうで、「ガンジーの3猿」として有名だったとか。
日光東照宮の3猿像は見たことがありますが、こんな使われ方をしているとは知りませんでした。
日本の現在のマスコミも何でもかんでも言わないで(報道しないで)、この3猿を少し見習ってはどうでしょうか? 興味本位の枝葉末梢なことは、私も、知りたくもないです。

その2-栴檀は双葉より芳し(せんだんはふたばよりかんばし)
栴檀(せんだん)は中国語で、日本では白檀(びゃくだん)です。ジャワ島原産のよい香りを出す樹、香木ですが、
白檀が発芽した頃から早くも芳香を放つように、大成する人物は、幼い頃から他と違って人並みはずれて優れたところがあることを示す喩え。こんな子がいますよね。反対語が「大器晩成」

私の例で見てみましょう。生まれてしばらくはー「この子は天才に違いない」、小学校に入る頃ー「末は博士か大臣か」、中学校でー「野口英世かエジソンか」、高校でー「村長さん?」と変わり、大学受験でー「なんだただの人か」と急変でした。1年浪人して入学・卒業・就職。23歳で結婚ー「やることだけは早いじゃないか」
半年は船に乗り家にいないのに、二人の子供が矢継ぎ早に誕生ー「やっと食って行ってる人」。海外勤務で「英語が少し出来る人」-髪が抜け白髪が多くなって「ストレスに弱い人」、60歳前に退職して-「人並みに働けない」。(でも、髪は元通りになった)。趣味の絵を始めてー「下手の横好き」、「下ネタ好きな人」・・・が現在です。これからー「恍惚の人」になりー「割と早く逝った人」となるのでしょう・・・。栴檀の芳ばし・・・は生まれて3年くらいでしたかね。おまけに大器晩成でもなかった。

贅沢は望みますまい。ここまで生きてこられたことに感謝してます。

2011年7月30日 (土)

バレーをやってる人

2011_0724blog30007 先週あったヌードクロッキーのモデルさん、小柄で胸も、オッパイも、腕も細い。顔も小柄で可愛い。でも、描くとなるとちょっと食指が動かないタイプでした。
ポーズが始まりました。腰から下の下半身がしっかりしていて脚がとってもきれいじゃないですか。先生格の人が「モデルさんはバレーをやってる人?」「そうです」

道理で均整がよく取れた腰、脚でした。鍛えることで綺麗に育つのですね。よく見ると寝ポーズのときの足の指が中側に曲がってるのです。「知らない間にこうなんるんです」という返事でした。
「ダンスで、いくらか稼げるの?」とぶしつけな質問。これは私の発言。明るい声で、「赤字です。モデルではいくらかでも頂けるのですが、バレーでは1銭も稼げません。」と。やはり大変な世界なんですね。昔から、バレーはパトロンがいなくては存在できない職業でしょうかね。(パトロンって響きが悪いです)

自分の体で何かを表現するダンス。絵のモデルをしてるときもポーズを取る瞬間から目つきが変わって一生懸命なのが伝わってきます。モデルに言わせるとポーズを開始して、次第に、自分の中の自分なりのイメージが拡がってくるのだそうです。

2011_0724blog30011 2011_0724blog30012 あまりいいクロッキーが描けなかった午後でした。

2011_0724blog30015

2011年7月27日 (水)

描いたことを忘れていた絵

2011_0726blog30007_2  訳あって押入れに在った在庫の額をチェックしていたら、額の中にクッション代わりに入れてあった絵が2枚出てきました。日付は、なんと平成14年。絵を始めた頃の未完成作品でした。
「へえ!こんな絵を描いていたんだ」~懐かしくなり、改めて手を入れてます。

奥から大き目の絵筆2本。これはもっと大きな筆で描いたらどうでしょうと先生に言われたのでしょう。次が西洋式のタバコを吸う人形。長ーいキセルで煙をたなびかせています。確かオランダで買いました。熟れた赤いほうづき。子供の頃女の子はこれを舌で上手く鳴らせるなら自慢できました。

アメリカのギンコという化石の発掘で有名な場所で買った石の板。一時ブックエンドとして使ってた記憶があります。
愛用のタバコのマイルドセブンーこの頃は確か一箱240円。今は400円もします。喫煙は嫌われるだけでなく、税金も沢山払わされる羽目になってます。

最後が伊豆高原で買ったお土産の灰皿。灰皿は訪ねた先でよく買いました。要らないのですが、捨てられなくて・・・、50個もあるでしょう。
身の回りに在るものを並べて描いた静物画です。
床面に固めのキャンバス地の布。この頃から背景をどうするか、床面に何を描くか・・・など悩み始めた頃でしょうね。「布の表現」なんて書いてあった本も思い出されます。

画面に直線が5本も入っていて、今なら決してやらない構図でしょう。直線は画面を切ってしまうから避けましょうと教えられたのはこの後でしょう。加えて、背景は、今なら、もっと薄い色にするでしょう。モチーフの並べ方も変わるかな。

こんなことを思い、一人ニヤニヤしながら描き加えてます。これも描く人だけが味わえる絵を描く楽しみ方です。

もう1枚は、アヤメのようです。花が6種もあって珍しいです。日本画風に平面的な描き方です。こちらも手直ししてみたく思ってます。2011_0725blog30003

2011年7月23日 (土)

アート・ビューティー

裸の女性の写真は、若い頃は入手が困難で、たまに手に入ると、友達同士で回し見、それはそれは大変でした。嬉しいのに、後ろめたいことをしてるような罪悪感がついてまわるのでした。
今はどうでしょう。ネットのお陰で、ごまん(5万以上です)と見れるんですよ。白、黄色、黒はもとより、天然色の陰毛、ご丁寧に剃ったもの、更に陰唇までも映ってます。モザイクもなく、ありのまま。

でも、きれいなものとなると、そんなにはないです。ならば、どんなものが綺麗なんでしょうかね。見る人の感性次第で決まるのでしょうか?それだけではなさそうです。基本となる何かがあるように思われます。
モデルのポーズはだらしない。陰影はおかしい。憂いある顔でない。裸を見せるだけでなく、裸で何かを表現してくれる、それに魅せられるアート・ビュティーとなると数はグット少なくなります。何を意図して載せた写真なんだと疑いたくなるものが殆どなんですから。モデルのせいじゃなく写真家の力量にあるのでしょうか?どちらにも責任があるんでしょう。

2011_0722blog30002 2011_0723blog30002 5分で描きあげるクロッキーの練習にネットから写真を得てそれで練習に余念がありません。
写真であっても練習にはもってこい。助かっています。同じくテレビの録画から映像をデジカメで撮ってパソコンに入れて印刷する方法もやってます。

1枚目はミス・インドの絶世の美女。残念ながら絵は駄目。

お陰で、顔も描けるようになりまた。あとは、手と足がまだ不十分です。

2011_0723blog30004 これからあと2年も努力すれば、5分でクロッキーが描けるようになるのではと期待してます。出来るかな?

2011年7月22日 (金)

パステル画作品展/イリスの会展

小田急新百合駅の傍にある「麻生文化センター」で、月2回のパステル画教室(イリスの会)が、石井清先生を招いて開かれてます。私は入会して2年。真面目な生徒ではないのですが、楽しく学んできました。先生の奥様と太極拳の習い事で一緒になり、そのご縁で、ご主人のパステル画を見る機会を得て、入会させてもらったのです。

今回、2年振りに 「第9回イリスの会展」が7月29日~8月3日、同センターの「市民ギャラリー」で開かれます。(AM10:00-PM5:00)。先生の作品をはじめとして、生徒18名が約40点を展示します。ご来場を賜り、ご教示をいただければ幸いです。

*私は3枚2点の絵を出します。ここに紹介しましょう。

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まず自画像と頭骸骨です。この2枚を並べ、一つの額に入れて展示します。頭骸骨は15年後くらいの私の将来です。なかなかハンサムじゃないですか?遺影にしてもいいかも。
今は火葬が義務付けられていますので、このような頭蓋骨は、一般では、どなたもご覧になれませんから、貴重な作品でしょう。きわめて珍しい絵です。3

もう1点は風景画。長池公園の見付け橋と教会です。多摩センターから一駅の「堀の内駅」から瀟洒な遊歩道を散策しながら歩いて13分。細長い池(長池)を中心とした自然豊かな長池公園があります。その池の上に、四谷赤坂見附から移築された「見付け橋」があります。レンガ色が周りの白と緑に映えています。
これに教会と来れば、なんだか外国のような風情です。この教会で結婚式を挙げるカップルが多いとか。私なら金婚式でも挙げましょうかね。

橋下の水が川でなく長池の水なんですよ。

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