2012年1月28日 (土)

卯建が上がらない

2012_0123blog30007 2012_0123blog30013 韓国ドラマ「九尾狐(クミホ)伝」:人間の夫との間に授かった娘ヨニ(字幕ではヨニと出てきますが台詞はヨナと聞こえます。スケートのキム・ヨナが連想されますが)が殺され肝臓を取られ、人間の子供に与えられます。

それを知ったクミホ(母親)も殺される羽目になり、追いかけられ、高い岩山の天辺から身を投げ青く深い深い海底に沈んでしまいます。それこそ哀しいクミホ物語でした。
これで終わりかと思ってたらあと6話が残ってました。クミホの復讐劇が待っているようです。悪い人間をやっつける場面がないと満足できません。どうなるか期待してます。

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*次なる1枚はアメリカのアクションもの。男勝りの女警官がにっくき悪漢をやっつける場面。その形相が凄かったので描きたくなりました。でも、ちょっと目が藪にらみで今一です。「画竜点睛」と言いますがこんな睛(瞳)ではいけませんね。

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*うだつが上がらない:
意味は「立身出世が出来ない」普通の奴って所でしょうか。うだつ(正式な字は梲と書く)「卯建」とか「宇立」とも書くそうです。うだつをご存知ですか。
類焼を防ぐために造られた防火壁で、その上部の屋根に取り付けられた小さな柱のこと。見事な瓦が乗ってます。次第に装飾的な梲になり、うだつがある家は裕福な家ということになりました。梲が立ってるような家の持ち主は立身出世した人の家ということに。

小諸市にある「布引観音」から長野市「善光寺」までの信州街道の旅番組を見ました。その中で「海野宿」に今尚うだつが残っている屋敷町が出てきました。そこで解説があって知った言葉です。

布引観音といえば「牛に引かれて善光寺参り」で有名なお寺さん。ここから、強欲な婆さんは洗濯したばかりの布を角に引っ掛けて逃げ惑う牛を追って善光寺まで来てしまうのです。「思いがけないことが縁でいい結果が」と言う意味だそうです。
何事もいい縁になることがあるんですね。人から声をかけらたような時は、何事にも興味を持ってやってみましょうね。これがボケの始まりを防ぐ何よりの方策です、と思います。

2012年1月25日 (水)

キャサリン・ロス/画竜点睛

2012_0123blog30002 Photo 先に画き掛けであった女性の顔を完成させ、水彩でも画いてみました。出来映えは、厳しい目つきで根性が悪そうで怖いです。
この女性、1940年生まれのアメリカ人女優キャサリン・ロスです。1968年の映画「卒業」(ダスティー・ホフマン、ミセス・ロビンソン役のアン・バンクロストと競演)-テーマ曲 サウンド・オブ・サイレンス(サイモンズ&ガーファンクル曲)で大ヒットでした。ラストシーンでホムマンが結婚式を挙げようとしているキャサリンを奪って逃げる場面が皆さんの脳裏に残ってますよね。

翌69年の「明日に向って撃て」も大ヒット。ポール・ニューマンのブッチ・キャシディー、ロバート・レッドフォードのサンダースキットの銀行強盗にお付き合いしてボリビアまで旅するモダン・ウエスタン。キャサリンは学校の先生で60年代の良きアメリカのどこにでも居そうな女性を演じて高感度でした。自然体の彼女が気に入ってました。テーマ曲「雨にぬれても」(バート・バカラック)もいい曲でしたね。こちらもラストシーンは二人の強盗が雨の如く降ってくる玉にやられて死んでしまう名場面でした。

この絵のネタあかし。この映画がテレビで放映され、その1シーンで撮った映像がこれです。さっぱり似てません。顔の表情は、どう表現すればいいのか、とにかく難しい。まだ、まだ修行が足りません。

*画竜点睛:
意味は「最後に大切な部分に手を加えて仕上げること」ですが、意外と詳しくは知らずうろ覚えでした。

特に「睛」と言う字が「晴(はれる)」ではなく「睛(ひとみ辺)」で(ひとみ、目玉、大切なところ)2011_0419blog30012 と言う意味でした。実は今年の干支「辰」を見事に描かれていて、「画竜天晴」と描いてある年賀状を頂きました。よく見ると竜の目玉が描かれてないのでした。さすが美大出身だな!竜の迫力は相当なものでした。
しばらくして「画竜天晴」の文字が気になりネットで調べて「画竜点睛」が正しいと判ったのです。
彼女は、これを知っていて、わざともじって「画竜天晴」と書いたのかもしれませんが?

高名な画家がお寺の壁に4匹の白い竜の絵を画きました。今にも天に昇っていきそうな勢いがある竜でしたが、不思議なことに瞳(睛)が画きいれてありません。不思議に思った人びとが尋ねると「もし、瞳を入れると竜が天に飛んでいってしまうからだよ」

こう言われると描いて欲しくなります。人びとは是非瞳を書き入れるように(点睛)求めました。仕方なく4匹のうちの2匹に瞳を入れると、たちまち稲妻が走って、壁が壊れ、2匹の竜は雲に乗って天に飛び去ってしまったのです。後には瞳を入れなかった2匹だけが残っていた。

私のキャサリンの絵、まさに「瞳」が勝負ですかね。再度挑戦しましょう。

2012年1月23日 (月)

九尾の狐

*九尾の狐:中国神話の生物で狐の妖怪。9本の尾っぽを持つ妖狐。韓国ドラマ「九尾狐伝(クミホ)-愛と哀しみの母」を見ています。再々放送でしょうか?
人間の夫が約束の10年を迎える前の晩に、ふと、「自分の妻は狐である」と漏らしてしまいます。そのため妻である九尾の狐は人間になれなくなってしまいます。その夫とのあいがに出来た女の子を連れて出て行きます。その子供は、たった3ヶ月で狐に戻ってしまう運命を背負っていると言う悲しい物語です。
母の子を思う愛と人間の欲望に翻弄される哀しみの物語です。

日本でも狐にまつわる話は「人を化かす霊的存在」として妖怪ものが多いですが、九尾の狐は「絶世の美女へ化身して」人間社会へ現れてますから、悩まされます。そこが味噌なんですね。江戸時代の歌舞伎、浄瑠璃の題材に取り上げられたり、北斎、国芳の版画に画かれたり、岡本綺堂の小説「玉藻の前」が有名ですね。でも、私は読んだことがなく、映画も見たことがありませんでした。まさか、韓国版 九尾の狐を見れるとは幸運です。

ドラマでも九尾には長顔で狐目をしたハン・ウンジョンさんが怪しげに綺麗です。その子供・半人半妖のヨニを名子役のキム・ユジョンが演じます。子供ながら惚れ惚れする演技と目つき。思わず嵌ってみてしまいます。韓ドラの子役はみなピカイチですよ。

2012_0123blog300112012_0123blog30012ここに載せたヌードクロッキーは
その九尾の怪しげな妖艶って感じじゃないですか?
そう思ってみると艶めかしいですよね。コンテンポラリーダンスをやる人でホーズが素晴らしいです。昨日のクロッキー会で描いたものです。2012_0123blog300142012_0123blog30005  2012_0123blog30007

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2012年1月20日 (金)

初めての、そして、多分最後の砂かぶり

2012_0120blog30026今年はじめての木炭画 ”新芽会”。載せた絵はトリミングしてあります。木炭紙倍版に横書きでスタート。途中で「高口さん、もう少し下げたほうが・・・」と先生に指摘されましたが、そうする気力はなく仕上げて仕舞いました。案の定、紙への収まりが悪くトリミングして調整しました。

2012_0114blog30003 2枚目はいつもの練習描き。不出来で修正したいのですがその気力なしです。

*砂かぶり:
生まれて初めて、そして多分最後の砂被りでの相撲観戦が出来た日の事を書きましょう。

*大相撲1月場所10日目の1月17日、「砂かぶり(溜り席)」で相撲を見る幸運に恵まれました。小型座布団1枚分の狭い場所でしたが、なんと!最前列。テレビが映す真正面の席。次の行司が待機する行司溜りの真後ろでした。両脇には勝負審判が二人。目の前を懸賞金立て札を運ぶ人、懸賞金を行司に渡す人、常に土俵の砂を掃く人・・・と賑やかでした。砂かぶりと言う言葉通り、しょっちゅう砂が飛んできました。その都度掃いてくれました。
目の前へ力士二人が土俵を割って落ちてくることが2度もありました。危険がある席です。何でも「傷害保険がかけてある」そうです。つい先日、行司さんが力士にぶつかられて頭を打ち病院に運ばれてました。失神しましたが大事に至らず幸いでした。
あっという間に「制限時間いっぱい」となり、「手を付いて・・・」に始まり、ドスンと言う音とともにすさまじいぶつかりの勝負。「のこった、のこった!!!」の掛け声。行司さんも、衣装といい立ち振る舞いと言い格好がいいですよ。
この砂かぶりは後援会、維持会員でないと手に入らないらしいのですが、新潟の社長さんから送って頂いたものでした。
大一番は白鵬が負けた勝負。
彼に20連敗している鶴竜が打ち止めの一番で白鵬を破る番狂わせ。目の前で白鵬が食いしばって寄りを堪える姿が横綱の粘りでした。見事な粘りでした。持ちこたえられず土俵を割った瞬間、座布団が山ほど飛んできました。ざわめいた場内の騒がしさを感じる臨場感、砂かぶりならではの迫力でした。座布団は若衆が前に立って必死に叩いてくれました。幸い、私には当たりませんでしたよ。
証拠写真をお見せしましょう。帰ってから見たテレビ相撲ダイジェスト版の映像から撮ったものです。この席では食事、酒、カメラ、携帯などが一切駄目でした。(写真をご覧に入れても私の顔をご存知ない方には意味ないかも)
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1.鶴竜の快挙に私は思わず拍手をしていますね。
目の前で待機していた弓取り式をする祥鳳が立ち上がろうとしています。

2.こちらの映像は二人の力士がどどっとこちらへ落ちてきて、一瞬危うしの場面です。出番を待っている行司さんの横で体を横にして避けようとしています。あたり一面に砂が落ちてきました。親切にも、審判員の一人が私の靴の中の砂をとって呉れました。「かたじけないです・・・」と礼を言いましたよ。2012_0118blog30007
3.3枚目は立会い後すぐのバルトの豪快な上手投げです。
人生で初めてのいい相撲観戦をしました。
これも長生きのお陰でしょうか?いや、幸運だっただけのようでした。

2012年1月16日 (月)

イザベラ・バード「日本奥地紀行」

今日の顔の二人の女性、何の関係もありません。右がイギリス人女性旅行家イザベラ・バード(1831-1904)で、左はアメリカ映画が一番良かった1950-60年代の女優さん。描き掛で誰だかわからないでしょう。出来上がったら名前を書きましょう。

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花の絵は女性にふさわしい絵としてサービスです。

*古き日本の、日本人の良さ:

NHKの「にっぽん 微笑の国の物語ー時代を江戸に巻きもどせば」を見て心温まりました。明治の初めのころ外国人が日本を旅して、驚きをもって賛辞を贈った物語。自分のことのように嬉しかったです。そして現在の自分を考えさせられました。

外人さんいわく、「この民族は笑い上戸で 心のそこまで陽気である」
「この日出づる国ほど安らぎに満ち、命をよみがえらせてくれ、古風な優雅にあふれ、和やかで美しい礼儀が守られている国は、どこにもほかにはありはしないのだ。彼らは礼儀正しく親切で勤勉だ。

イザベラは「日本奥地紀行」の冒頭に「土地を耕し、雑草を取り出来上がった美しい庭園の国。決して浪費はせず、足るを知る。質素で無駄なく暮らしている。どんなに貧しくても人びとは暮らしを楽しんでいるのです」と書いています。彼女は各地で鉛筆画のスケッチをして挿絵にしています。

明治11年、シティ・オブ・トーキョー号に乗って来日。東京から東北・青森・北海道まで3ヶ月間の旅を、横浜で雇った若い通訳だけのつつましい旅でした。「私はひたすら”未踏の道”を進み、いにしえの日本を旅することになりました」

彼女は、旅の中で人びとの不潔さと貧しさ、自我のないことに衝撃を受けます。しかし、彼女は次第に日本ならではの”美徳”や”幸せ”があることに気づくのです。

最後には日本を「アルカディア」(桃源郷)、「エデンの園」とまで言い出したのでした。

江戸時代、人びとが見つけていた幸福感、時代が変わっても捨ててはいけないものです。「昨日と同じ今日に感謝し、今日と同じ明日を願う」・・・と番組は締め切られてます。

綺麗な映像をここに載せましょう。

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2012年1月15日 (日)

コインの誕生が個人を誕生させた

2012_0114blog30002 この絵の女性、なんと女性らしいなだらかな曲線で一杯でしょうか。顎とエラが角ばってますが、後はみな見事な曲線。何度も修正しながら描きました。

花も曲線が多いです。ゆり、スウィートピー2012_0114blog30008 も見事な曲線。曲線を見ると思わず表現してみたくなります。不思議です。
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*コインは副産物として、人間に「果てしない欲望を持たせてしまった」
 ー「人間進化 はるかな旅」から
と言う内容の話です。

「コインほど人間にとって災いな代物はない。コインが人間を邪悪な道に誘い込むのだ」(ギリシャ神話「アンディゴネ」より)
コインと言えば、ギリシャ、ローマ時代の銀貨にはアート性もあり、郷愁のようなものを感じ欲しくなります。トルコ旅行の際、10万円した骨董品、ギリシャコインを衝動買いしました。今も大切に持っています。仮に鑑定してもらったら「偽者」と言われるかもしれません。旅行者に売りつけるものでしたから。(”なんでも鑑定談”に見てもらおうかな?その勇気もありませんが)孫へ形見のやりましょうかね???

物々交換から、貝や石の貨幣が発明され、それが金、銀、銅のコインとなり、(今から3千年位前)最も信用が置ける価値あるものは硬貨となり、瞬く間に国を超えて広がりました。交易は拡大され、経済は大いに発展するのでした。コインは永遠に長持ちする不滅の冨、安定した将来を約束するものとなったのです。それまでの顔なじみに限定されていた協力の和よりも、遥かに頼りがいがあるものでした。
古代アテナイの「パシオン伝説」では奴隷少年パシオンが事業家となり、富を築き、市民権を得るまでになります。自分の力で富を築いたのです。お金が個人を作り出し、すべて個人の責任でことが進む時代になりました。集団からの開放が実現したのです。

コインの誕生は人間進化の中で大きな変換点、個人の誕生を生んだ。それは果てしない欲望を個人の心の中に持たせることとなり、邪悪な道に誘い込まれる悲劇の誕生でもありました。ギリシャ悲劇にはその多くが書かれています。

人間の物欲はコインが生まれてから始まったのですね。これも物事(コインもその一つ)の両刃の剣なんでしょうか。げに恐ろしきなり・・・。

2012年1月12日 (木)

農業(栽培)が闘いの始まり

この女性のポーズって言うか、うしろ姿には惹かれるものがあって、見ていると描きたくなります。もう3,4回描いてますが、うまくなってるかどうか(?)です。

2012_0112blog30005 もう1枚はシクラメンの模写です。西丸式人(さいまるのりと)の「やさしい水彩画」に載ってる絵です。時々水彩画入門書を紐解いてます。

2012_0112blog30003*人間は農業をはじめるようになってから「闘う」ようになった。
「人類進化 はるかな旅」から、

農業、栽培と言えば、  最も平和的で生活の安定がもたらされた人類にとって大きな進化ですが、反面、「栽培は闘いの始まり」と言う負の側面を持った進化でした。それ以来、今でも戦争と言う難問に直面しています。1万年の長きに亘って・・・です。
グループ内では和(協力的)の分かち合う精神で苛酷な環境を乗り越えてきた人間でした。1万年前くらいに、農業を始め、一ケ所にとどまって暮らせるようになって、更に安定した食料の確保が出来たのです。ですが、これが争いを招く火種にもなったのです。

秋の実りを守り、これからの収穫を保障してくれる土地を守らなくてはなりません。縄張りに隣の部族が入ってきたら、これを排除するため、闘うようになったのです。グループ内では和を保ち、他の勢力には敵対的になって身を守る。この攻撃性は自分の遺伝子を守り生き延びる人間の本能にまでなってしまいました。
進化とは「環境への適応」であって、必ずしも「進歩」を意味しないのですね。

*あらたな人間らしさの誕生:
この争いの垣根を越える工夫が「神の存在を意識させる」宗教的なことでした。人間は「神は自分の行動を見ているんだ・・・」と意識するようになると「分かち合いの心」が強化されるんだそうです。そして、より協力的になる。

人類最古の宗教的な儀式が行われたであろう場所がトルコの「ギョベクリ・テペ遺跡」で1995年発見された。11,000年前の人類最古の巨大遺跡とか。

「戦いを避け融和を計る」は人類にとって大きな進歩ではありましたが、人間中心の思想であり、それまでの「自然はすべてに平等である」と言う考えから、「人間がすべての動物の最高に位置している」と言う間違った思想の始まりでもあったようです。

何事にもプラス面、マイナス面がありますね。そして、それに気付くのが遅すぎると言う時差がある。そんな事例が多いですよね。

2012年1月 9日 (月)

模写

仲間のサークル、サロン・アカデミーで2回目の模写をした日でした。この色はどうやってつくるの?枯れ枝はどんな筆で、筆運びは?などわからない点がたくさん出てきました。勿論、答えを知ってる人はいませんでした。

2012_0109blog30003 2012_0108blog30002ひたすら真似て、何かを感じ取ればそれで十分でしょうと判ったような屁理屈を並べて皆が一生懸命描きました。

私が模写したのはこの3点です。とにかく「色数が多い」、が私が受けた印象で、今後、真似したい手法でした。3枚目の絵は似ても似つかぬ絵となっています。

次なる模写では、「グラデーションが作り出す美しさ」を真似てみようとなりました。グラデーションの美しさなら田中一村の作品でしょうね。晩年暮らした奄美大島の熱帯植物画、いつ見ても魅了されます。

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*芸術についての格言の数かず:

「芸術とは」で検索した折、目にとまった「芸術について」と題した記事に「珠玉の格言集」が27個載っていました。その中から気に入った格言を5個書きましょう。

1.モデルの瞳に感動したら瞳から描け。首筋に感動したら首筋から描くのだ。そのとき、手や髪や足が画面からはみ出してもいいのではないか。左手が右手より長くなっても、ちっとも構わない。画面から感動が伝わってくるのは初心の感動があるかないかである。(藤田嗣治 画家・彫刻家)

2.芸術とは鑑賞するものではない。共に生き、共に語らう人生の友である。(小林秀雄)

3.芸術とは目に見えるものを写すことではない。見えないものを見えるようにすることなのだ。(クレー)

4.芸術に独創はいらない。生命がいる。(ロダン)

5.芸術は悲しみと苦しみから生まれる。(ピカソ)

2012年1月 7日 (土)

芸術の源は人のコラボ

2012_0107blog30001 2012_0107blog30002_2 暇に任せて、描きかけの絵に手を加えてます。秋の鹿沼公園と多摩川台公園です。多摩川は台風のあとの翌日で川いっぱいの汚れた水が流れてました。絵は爽やかな水彩から油絵のように濁ってきてます。この辺で止めなくちゃ・・・です。

2012_0107blog300033枚目は秋の果物。真ん中の靴の形をしたガラスの花瓶 を描かなくてはなりません。

芸術の源は人のコラボ:

NHKの「人類進化 はるかな旅」を何回となく見ています。面白いです。今回は「人間の協力の輪が生んだもの」、「芸術の源は人のコラボ」の下りに興味を持ちました。
ネットで「芸術とは」も検索してみました。絵を描くことが趣味の私ですが、「芸術とは?」なんて、さっぱり判ってませんから。しかし、ネットにある記事は難しすぎて分からないことでいっぱいでした。

*人類は食べ物を求めてアフリカを出て約5万年かけて地球の裏側にまでグレートジャーニーを果たします。厳しい環境を生き延びれた源は「人びとの協力による集団生活」でした。協力は、特に氷期の寒い時期(4万年―2万年前)、比較的暖かかった南フランスあたりの狭い地域に人口が集中した頃必要でした。協力の輪は拡大して行きました。
集団同士が密集して暮らす為に、必然的に協力して良い関係を保って暮らしていかねばならないのでした。この時、芸術は協力を作り出すための手段として大きく発展したのです。

その証拠はフランスの「ショーヴェ洞窟の壁画」に描いてある300を越す動物の絵です。3万7千年も前のもの、ラスコーやアルタミラのそれより遥か昔です。

    芸術は、わかりやすく言えば「人の心を思わず動かす“感動”を人に与えて(伝えて)やる」ことなんですね。「芸術は言葉によって伝えづらい・伝えられない事柄(感情や感覚的なもの)を伝えるコミュニケーション手段」なんだと。芸術をこのように言ってもらうと非常に判りやすいです。
そこには「より多くの人に関っていこうと意欲する(協力を得るための)」意図を持って創り出された人工物がある。それが芸術の価値である。」と。

私の絵が人に感動を与え、見た人が心を(思わず)動かされ、何か行動を起こす。その行動が人類が必要とする協力や分かち合いに繋がれば、・・・もう何をかいわんや・・・ですね。

2012年1月 4日 (水)

ネアンデルタール人

2012_0103blog30010 お正月も何もしない私、暇に任せて目の前にある写真で人物画を描いてます。コンテと練りゴムだけで描ける手軽さがいいですよ。
この女性、帽子と影になった顔、「夜目、遠目、傘の内」ですね。ひねった腰も粋でいい。気に入ってます。2度目の挑戦です。

2枚目は下から仰ぎ見たアングルで脚が非常に長い。描くのを敬遠してきましたが、正月だからやってみるかと。長い脚を上手く表現したかったのですが。2012_0103blog30008

ネアンデルタール人:

名称は知ってました。「我々の祖先ではないか」、確認が取れた現生人類の最も昔の祖先、その骨が発見された地域から名前がつけられた、くらいの間違った知識でした。

NHKの「人類進化 はるかな旅」でネアンデルタール人のことが出てきました。残念ながら絶滅してしまったのですが。

1856年、ドイツのデュッセルドルフに近いネアンデル渓谷(タール)で発見された人骨を研究・調査して知られた人類でしたが、その後の調査で現生人類の直系祖先ではなく別系統の異なる人類で、約50万年前に人類共通の祖先から枝分かれ、2万8千年前に絶滅するまで主にユーラシア大陸で生きていた。我々ホモ・サピエンスがアフリカを出てグレートジャニーに出た6万年前頃からは共生していたのでは?混血があったかどうかは「あった、なかった・・・」と見解が分かれています。

身長1メートル60センチ、体重80キロ、筋肉質でずんぐり。曲がった下肢でかがみの姿勢で歩く原始的なスタイルでしたが、脳の大きさは我々より大きく、赤毛、色白、大きな肺と体力的には優秀アスリート並みだったようです。大型の動物を槍で一撃できる力があり、火を扱う、石器を作るなど技術レベルも決して劣ってなかった。言葉も操っていたとか。

そのネアンちゃん、どうして絶滅したか? 環境の変化に適応できなかった。地球が寒冷化した時期、食糧確保が出来なったのだとか。我々ホモちゃんは投げやりを遠くに飛ばす道具・技術を持って、男女が分業して効率的な狩猟をして。集団の大きさが適当に大きく、言葉を使う、芸術を介して協力し合う、分かち合いの心を持っている等で生き延びてきたようです。

現生人類の化石としては1862年フランスのクロマニョン洞窟で発見されたクロマニョン人―白色人種、アルタミラ、ラスコーの壁画で有名が良く知られています。

    インドネシアの「フローレス人」:

インドネシアのフローレス島で2003年に発見された身長1メートル、小型の人類で1万8千年前まで生きていた。これもはじめて知りました。

ここ50年くらいで化石を分析・調査する技術が格段に進歩、過去に学んだ知識がすぐに古くなってしまいますね。

それにしての「環境への適応」如何に大切で、どんな仕組みで解決できるか?などを学びました。温暖化、原子力の問題なども必ずや解決策が描かれるでしょう。

2012年1月 1日 (日)

あけましておめでとう御座います

平成24年が幕明けました。明けましてお芽出とう御座います。(お芽出とうは変換では出てこないようです。もう使わなくなったのでしょうか。太陽暦になってから、元旦になっても芽は出てこないので、芽出とうではないのですね。)

お二人の女性から年末と年始のご挨拶です。
嫌いな紅白を見ないで絵を描きました。

*日本女性からのご挨拶。
「うしろ姿でごめんなさい。前をお見せするのは恥ずかしいです。平成23年の1年間本当にご苦労様でした。大きな災害があって、ご苦労された年でしたが、くじけずに粘り強く頑張って下さいませ。心から応援いたしております。」

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2012_0101blog30010*外国の女性からご挨拶。 A Happy New Year !

ヨーロッパから新年のご挨拶です。
「裸でごめんなさい。モデルをしてますので、つい、自慢したくなってしまいました。
平成24年が、日本にとって、世界にとって、いい年でありますように、お祈りいたしております。
ヨーロッパも経済不安が蔓延していまして、何かと落ち着きませんの。日本人を見習って、勤勉に働くように変革しなくてはと思っております。どうかよろしくお導き下さいね。イスラム教徒の国も政情不安でいっぱいでしょう。ここは仏教徒の皆さんに教わらなくちゃ・・・です。」

1枚目は23年中に、2枚目は、8チャンネルでやってた「東急シルベスターコンサート2011-2012」で「ラヴェルのボレロでカウントダウン、24年に幕開け」してから完成した作品です。

2011年12月30日 (金)

グレートジャニー

2011_0724blog30003 2011_0724blog30005 2011_0928blog30009

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*グレートジャニー:
NHKの「人類進化 はるかな旅」から。
5万年に及ぶ人類の世界中への旅を称して「グレートジャニー」と呼ぶ。
この頃の人類に関する話には、上にある人物クロッキーが似合いませんか?

アフリカの草原で常に危険にさらされながら生き抜いて人間。「多産」と言う戦略で凌いできたそうです。分かち合いの心をすでに持っていた彼らは、夫、両親、果てはおばあちゃんにまで子育てを手伝ってもらって数の優位性で存在し続けますが、やがて増えた人口を養うための餌が足りなくなり、また、氷期や乾期を迎え餌が足りなくなり、餌を求めて遥か彼方への旅に出かけます。
これが約6万年前。生まれ故郷のアフリカを脱出して中近東、ヨーロッパ・アジアへと。そしてそれぞれの地に根を下ろしました。
5万年かけてチリーにまで達し世界制覇をするのでした。まさにグレートジャニーですね。

では、何故この旅が出来たのか?
知恵を使って「道具」を発明したからだそうです。今で言う技術革新でしょうか。特に飛び道具が有力でした。これで遠くからでも餌をとったり、敵を倒したりが出来たのです。

進化とはなんと素晴らしいことでしょう!!! でも、注意しなければならないことは、「進化」とは、必ずしも「進歩」を意味するのではないと言うことのようです。あくまでも環境に適応するための進化です。地球環境が悪化しているのなら、それに即する為の単なる「進化」は破滅を意味するかもしれませんね。

わからなくなってきました。この辺で・・・。

今年もお世話になりました。どうか、良いお年をお迎えください。

2011年12月29日 (木)

フリーライーダー(ただ乗り野郎)の蟻

2011_1227blog30018_2 2011_1229blog30001韓国女優さんユジンを描き始めた右の絵(前回載せました)が修正後左になりました。どうでしょうか?これなら女優さんと言えますでしょう。
大きく変わった箇所は顔の輪郭でした。顔が細くなり、鼻も短くなって ます。整形ではできない修正でした。

2011_1228blog30004  2枚目は「模写」、同じ絵の2回目です。空を描き、地上のアースカラーをおいて、全体の雰囲気はこれでいいか?と言った段階です。注意しながら、丁寧に丁寧に描いてます。暮・正月にたっぷり時間を掛けて描きあげます。

*フリーライーダー(ただ乗り野郎)と称されるアミメアリの仲間:

NHKの「人類進化 はるかな旅」と言う2時間番組を見ました。サルから猿人に枝分かれしたのが700万年前。そして、やっと20万年前に今の人間「ホモ・サピエンス」がアフリカの地で生まれ、分け合って6万年前、世界中に向って移住を開始、5万年かけて南米のチリーにまで広がったという途方もない時間の流れの中のドラマ。
この20万年の内の最新の6万年を中心に、人類がどのように生きてきたか、どう進化したかを、「人間らしさとは?」「人間とは心の生き物だ」とう観点からまとめられたドキュメントでした。
人間は、厳しい環境を乗り越えるために、動物には見られない「分かち合う心」を持って集団で暮らす営みを行って生き延びてきました。
しかし、この集団で暮らすためにはー「集団生活の掟」-を守る、「和」の心が大切です。
おきて破りが如何に怖いか?アミメアリのこんなエピソードが・・・。

アミメアリの中には、この和を乱す不届きな蟻がいます。アミメアリは女王蟻がいない珍しい蟻で、餌の採取、産卵、子育てのすべてを「働きアリ」がおこないます。しかし、この中に何もしないアリ、「寄生アリ」と呼ばれる変なアリが突然変異で生まれたりします。働かない、餌をとることもしない、ただ子作りだけに精を出すアリです。そして、生まれる子供も寄生アリだけです。
しかして、寄生アリの数は増え続け、そのうちすべてのアリの集団(コロニー)は滅んでしまうのだそうです。

人間の世界では、このフリーライダーを放っておかない、許さない仕組みが進化の過程でてきました。

フリーライーダー・・ねえ。一見良さそうだが、どこが楽しいのかな???存在する価値がない生き物じゃないですか。なりたくないです。

このドキュメント番組、面白いこと、知らなかったことがいっぱい。続きを次回書きましょう。

2011年12月28日 (水)

何とかして欲しい紅白

2011_1213blog30019 12月9日は今年最後の”新芽会”でした。美大の体格がいいモデルさん。講評で、先生に言われた「どうでしたか?」に、「今日は場所がよくなかった!」と屁理屈を言ってしまいました。もう少し右か左にアングルを変えるべきだったと4回目のポーズの時に気がついたからでした。描きにくかったと言うより画けなかったのです。
倍版木炭紙に脚をカットした構図にして、顔を実物くらい大きく描いた絵にしたいと挑戦したのですが。

2枚目は韓国ドラマの女優さん。今年の有終の美にすると描き出しました。見とれるほどの美人に描きあげたかったのです。が、平凡な人になってしまってます。年内に修正して完成させなくちゃ・・・です。乞う、ご期待。

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*何とかして欲しい紅白歌合戦:

恒例の大晦日のNHKの「紅白」、変化させてくれませんかね。見てつまらない。前と違ってさっぱり心が躍りません。
1951年にラジオ放送で始まって今年は第62回とか。映画の予告編みたいにPRしてますが、それを見ても相変わらずの内容。少々食傷気味です。まして、今年は5,6歳の子供カップルを出演させる。何事でしょうか。可哀想に、子供をダシに使って視聴率を稼ごうって魂胆ですか?大人がやることではないですよね。子供に気の毒とは思いませんか。

1957年、大宅壮一が「テレビと言うメディアは非常に低俗なものであり、テレビばかり見ていると、人間の想像力や思考力を低下させてしまう」と言った「1億総白痴化」は現実にそうなった?とは言いませんが、テレビ局自体の良識は完全に白痴化してるのでは?と思わざるを得ません。

所得倍増、日本大改造、経済のバブル的発展の時期ならいざ知らず。未だに変わらぬ紅白。続ければ好いってもんじゃないでしょう。
温暖化防止、資源保護、エネルギー源の安定確保、低成長の経済、高齢化社会、止められない社会保障の充実、多額の国の借金など、すっかり変わった現状ですから、紅白も変るべきですよ。   ・・・と思いませんか?

視聴率が往時の60-70%から40-30%台に下がっているとか。気にすることはないです。NHKさん、是非、英知を絞って新しい時代に即した素晴らしい番組にして下さい。それでなくてもNHKまでが吉本みたいなお笑いを狙った番組になってしまってますよ。民間と代わりがないじゃないですか。
コマーシャルで運営する民間じゃなくて国営テレビでしょう!!!、

2011年12月26日 (月)

アルプス風景画家 セガンティーニ

年の瀬も迫り、今日など寒さが厳しくなってました。昨日のクリスマスの日に最後のヌードクロッキーでした。マリア様のような女性モデルさんが来てくれるのかと期待しましたが??

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背丈もあり、がっしりとした骨組みの堂々たる女性でした。もと、水泳をやってたとか。さもありなんて感じでした。特に、太ももが素晴らしかったです。また、描いてみたくなる体でした。今年は17,8人の女性を描いたことになります。

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*”アルプスの画家”セガンティーニの展覧会:
損保ジャパン美術館でやってますよと紹介を受け、今日行ってきました。明日で終わり。寒さにもかかわらず、結構人がきてました。彼の絵は、美術誌や写真で見てましたが、生を見るのは初めて。
タイミングよく、昨晩、NHK日曜美術館で7月31日に放映した「光を色を!もっと高い山へ セガンティーニのアルプス」の再放送をやってくれました。大変役立ちました。
7,8月に滋賀県の佐川美術館であった展覧会の内容を基にしていましたので、損保にはそこから廻ってきたのでしょうかね。佐川美術館は佐川急便㈱が40周年記念事業として建設したのです。

セガンティーニは小さい頃両親を亡くし、一時は孤児となる不遇の人でした。が、絵の才能に恵まれ、21歳の時に画家になります。大自然、そこに住む動物や人に暮らしのにおいを感じた人で、アルプスの自然の美しい大パノラマをバックに人と動物を入れて、生・死・母性・自然を表現していました。まさにー光と山ーでした。
高い山の上から自然を眺め、その雄大さ、一方自分のちっぽけさ、人生のはかなさ、素朴に暮らす平凡の素晴らしさ・・・を描きたかったようです。

2700Mを越す山の上で製作中に急性腹膜炎を起こし、医者が来るのが間に合わず、41歳の若さで亡くなったのです。
何も考えることなく、じっと見ていられる作品そろいでした。

私も、アメリカの内陸で見た大自然、特にアラスカの自然、を見たとき、その雄大さ、ゆったりした時の流れ、自分が如何に小さい生き物かを思い知らされた経験があります。人間の偉大さなんて微塵も感じず、足下に動く虫と同じ生き物なんだと・・・。
医者がいない時の病、アラスカの小さなビレッジで魚の仕事に従事していた時、出来たての筋子を食べすぎて、食あたり。体中にジン麻疹が出来て大騒ぎ。もう死ぬかと思いました。医者が近くに居ないのでしたから。
セガンティーニのように死んでいたら38歳の若さでこの世を去ってたことになります。

   

2011年12月23日 (金)

模写と飛ぶ鳥後を振り返らず

1241  仲間で作ったサロン・アカデミー教室で、冬場に「模写」をやって春先のスケッチに役立てようとなりました。模写する絵はネットから拝借、風景画に限定して。、
我々の力量ではそっくりに描ける筈がありません。模すべきは何か、模写する狙いをいくつかに絞りました。
1.空の描き方。頭上の近い空から遥か彼方の遠い空、立体感がある空はどう描けばいいか?
2.作家は遠景、中景、近景をどう描き分けているか?
3.樹木の表現。もっこりした茂みは?立体感がある樹の描き方は?
4.色つくりー特に中間色と黒く見える影の色。作れる色の種類が少ない我々です。絵を見ながら作者の色がどれだけ幅広いかを知ることが出来ます。それを作ってみる。そして自分の色のレパートリーを広げる。・・・などが目標です。
筆のタッチや、色つくりは写真では判りません。模写の方が遥かに優れた学習手法です。

この絵は、その模写第1号です。F6。 ,狙いの最終目標「自然の空間(空気)を表現する」に今一でしょうか?特に色の種類が非常に少ない出来映えです。もう1枚描いてみましょう。これより良くなるはずです。
模写から何かを会得すれば、4月からの屋外スケッチが楽しみになります。

*飛ぶ鳥は後を振り返らない:
韓ドラの現代版、若いカップルの恋がメインストーリーです。そこには必ず三角関係が存在する。となると一人が振られ役。彼女から別れを告げられ、男性がどんな態度を取るか?これが見所です。学歴がなく、貧しいから振られることは、まず、ないですよ。
振られる羽目になった彼が、友達から言われた言葉が、「飛ぶ鳥は後を振り返らない」(後を振り向かないで、新しい道を前進アルのみ)でした。
「女は男と違って薄情。別れを決意したら、永久的にさよならだ。未練がましいことは言わず、綺麗さっぱり去るのがいい。立つ鳥あとを濁さずとも言うだろう。」 「一度こわれた恋に未練を残さず、新しい恋を見つけたほうがいい」でした。
ところがドラマとなると、それでは面白くないのですかね。大の男が、ぎりぎりになって「捨てないでくれ。お前なしには生きていけない・・・」なんて哀願するのですよ。すると、女性の気持ちがぐらつきはじめ、見てる私はやきもきしてきます。そして、結果がどうなるのかって、つまらないドラマを見てしまいます。

やれやれ・・・です。

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2011年12月22日 (木)

年賀状、クリスマスカード

2011_1216blog30020 今年最後のサークル”気楽にスケッチ”のスケッチは12月16日神宮外苑の「銀杏並木」でした。絵画館へ向う約300Mの参道の如き両側にある銀杏並木、見物客で一杯だから描けないだろうと、この日にずらしたのですが、案の定黄葉はもう8分どおり終わってました。素晴らしい銀杏並木は描けそうにないと、天邪鬼の私は、終点の池と紅葉を描きました。出来映えはいまいちでした。

2011_1218blog30007 2011_1218blog30008 久しぶりにヌード人物をコンテでじっくり仕上げました。背中、お尻、脚と続く後姿には前からとは違った色気がありますよね。動物の雌は発情信号は後ろから発します。動物の人間も当然色気を後ろから発するのでしょうか?生殖器がある位置から判断して、後ろは重要です。
人間は進化によって前からも交尾することが出来るようになって、前も重要になり、お尻に似た形の二つのオッパイを前に、しかも高くて触りやすい位置に着けたそうです。愛のハート型は心臓の形ではなく、このお尻の形から来ているという説を知りました。その通りでしょうね。
誤解しないで下さい。私はお尻フェチではありません。強いて言えば女性フェチでしょうか?

*年賀状とクリスマスカード:

毎年12月末は年賀状書きで四苦八苦です。退職して、時間は山ほどあっても切羽詰らないと気分が乗りません。現役時代は三が日、コタツで朝から晩まで掛けて書いてました。「返り年賀」と言って、来たものに返事の年賀を出すと言う奴も作戦の一つでした。だって、「あけましてお芽でとう」や「来年もよろしく」でなく「今年も宜しく・・・」って書くでしょう。少なくともクリスマスが過ぎないとその気が出ません。クリスマスカードは25日を過ぎると縁起が悪いと嫌われますからクリスマスの前に着かせないと駄目ですが、年賀状は新年になってから着けばいいのですから。届いたクリスマスカードを年内いっぱい、部屋中のいたるところに飾っておく風習を外国の家で良く見ました。

年賀状、日本、韓国、中国、台湾などで盛んです。日本では奈良時代から「年始回り」の風習が生まれ、平安時代に文書による挨拶が始まったそうです。が、今のような形は1900年頃から。印刷、郵便事業が全国に普及してからのようです。戦後の1949年「お年玉つき年賀状」が発売されてから急速な拡大をしたのですね。

今頃までに来る「喪中の挨拶」、(今年はどうした訳かやたらと多く来たのですが)、これには年賀状を出さないのが普通などと言われてます。が、喪中の人に賀状を出しても失礼にならないそうですね。喪中の挨拶は先方が年賀を出せませんと言う欠礼の挨拶ですから、出しませんと言うものであって送らないでと言うものではないからと。喪中の人には出さないで済むという勝手な解釈をしてませんかね。そんな人は、代わりに出すべき「寒中見舞」も失礼しておられるように思えますが・・・?。

クリスマスカード、注意が必要なことは欧州、米国には多くのユダヤ人がいて、クリスチャンでない彼らは「Season's Greeting」としか書かないグリーティングカードを呉れます。彼らは「Merry X-mas」(聖なるキリストのミサ)などは祝ってないのですから。また、「Happy New Year」とも書いてくれません。彼らの正月は1月1日ではないのです。

2011年12月17日 (土)

クロッキー

今回はクロッキーで描いたものを一挙公開しましょう。20分、10分、5分、3分とあるのですが、5分、3分ではかけません。仕方なくほんの一部分のみ描きます。

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この辺が5分くらいで描いたもの。

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このあたりは3分かな。

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この辺は10分。

描いたその時より、

しばらくたってから見るのが面白いです。2011_1217blog30005

最後に韓ドラから。

この女優さん、結構年のようでした。2011_1217blog30008

2011年12月14日 (水)

四苦八苦

2011_1213blog30020 仲間の絵の勉強会でモチーフを持ち寄り果物を描きました。柿とみかんは町田に住んでる仲間の自宅に成った物、りんごは私が長野から贈ってもらった物です。13人が、一人ひとりテーブルに置けるくらいの量が集まりましたよ。店で買ったものと違って愛着がわきますから不思議です。
水彩で描き、色鉛筆で仕上げました。おいしそうに見えますか?

2011_1213blog30012  こちらはほぼ2ヶ月ぶりのヌードクロッキーです。モデルさんはクラシックバレーをやってる人で、手足の指先まで神経が行き渡たってるポーズです。自然とそうなるのだそうです。
しばらく描かないと手が動きません。四苦八苦して描きました。

*四苦八苦:

韓ドラ現代もので仏教用語の「四苦八苦」の解説までしてくれるとはびっくりデした。人間の根源的な苦しみ「生・老・病・死」を四苦と言います。これに「愛別離苦」、「怨憎会苦(おんぞうえく)」、「求不得苦(ぐふとくく)」、「五陰盛苦(ごおんじょうく)」の四つの苦しみを加えて四苦八苦となります。

愛しい人と別れる苦しみ(これはかなり苦しいでしょう?)。恨み憎む人と合う苦しみ(恨み憎んでいるとそれが相手にもわかったしまいます)。欲しいものが手に入らない苦しみ(欲求は尽きることなく続き、終わりがありません)。意識の不均衡から来る苦しみー元気をもてあます苦しみ(過剰な健康も苦しみになる)のだそうです。

五陰盛苦(五蘊盛苦とも書きます)が一番難しい解釈ですが、要は、肉体と意識の不釣合いから来る苦しみのようです。若者にいろんな乱暴な行いがあるのは、精力が盛んで元気をもてあましているから起こる苦しみ。過剰な健康がもたらす苦です。

五蘊とは色・受・想・行・識の人間を形作る5つの要素です。般若心経に出てきますね。
色:身体に代表されるような物質的要素。
受:その物質を感じ取る作用。
想:感じ取った物質を心の中でイメージする作用。
行:物質に向って働きかける意志。
識:受・想・行を統括する作用とか判断のこと。

仏教では苦の原因は12あり(12縁起)、迷いの現実が苦であると。その苦は、我々がそれをどう受け取るかで変わってくるものであるから、苦は克服できるものである。これがお釈迦様の教えなら、苦があって初めて人間なんですね。動物が感じる「苦」にはどんなものがあるのでしょうか?

2011年12月 8日 (木)

三四郎池

2011_1208blog30001何のスケッチ画かお分かりでしょうか?なんだかさっぱり判りませんよね。
12月7日、生まれて初めて東大の本郷キャンパスへ出かけました。赤門をくぐり、正面の銀杏並木に圧倒され、警備の人に教えてもらった安田講堂を目指して歩くと正門から伸びたまっすぐの道も更に綺麗な銀杏並木でした。でも、人が多く、ざわついた様に描く気になりませんでした。
広い学園内を歩き回りましたがどれも今一。やっと腰を下ろしたのが池のほとり。歩いた後で体温は高くなっていました。
光を背に受けた日影、池の淵の岩に腰掛けて描き始めました。森に囲まれた溜池のような静かな池。正面には陽が当たってる散歩道とベンチ、水面に映える紅葉をじっくりと描きあげる予定で・・・。奥のベンチには若いカップルがカワセミが見せる求愛の様に似て餌を分け合っていました。
時はすでに12月、2時間もしたら寒くなって手が震えるようになり、丁寧さはどこへやら。時間内に何とか形にしたいと焦り、描きなぐりました。
出来上がった絵は静寂とした昼下がりの五色豊かな自然の佇まいから一転、落ち着かない絵になってしまいました。イギリスのターナーの水彩のように。

これは、決して夏目漱石の「三四郎」に出てくる純朴な若者の心情を描いたものではありません。九州の田舎豊前の生まれ、熊本五校を卒業して上京、東京帝国大学で初めて都会の世界を知る無垢な小川三四郎の気持ちを表したつもりではないのです。でも、彼が美弥子に抱いた恋慕の情、実りなき心の悩みはきっとこの絵のようだったかもしれないなんて思ったりしています。

そうです、東大の「育徳園心字池」、漱石の「三四郎」の舞台となった所です。この小説にちなんで呼ばれるようになった「三四郎池」です。池の形が「心」という文字をかたどっているとか。気がつきませんでした。でも、東大ともあろう場所にある池が、こんな手入れが行き届いていない池なのかが第1印象でした。
1615年大阪夏の陣の戦功として幕府から加賀藩前田家が賜った敷地で、池は自然に湧出する泉。前田家3代利常が造園した当代随一の庭園でした。大火や大地震など幾多の被災で一時は無残な姿になってしまったよし。そんな歴史を知るよしもなく、学園の中にこんな鄙びた池があるのかと絵にしたくなったのです。

漱石もこの池が好きだったのでしょう。そして小説の舞台にしたのでしょうね。

2011年12月 7日 (水)

野生の動物が持つ豊かな感情

2011_1121blog30005 2011_1121blog30009 ダーウィンの進化論、人間はどんな進化をしたか?人間の進化では、肉体的なものより、人を愛する、他人の子でも慈しむ、そして動物にまで愛情を注ぐ・・・という点だと知りました。

南アフリカ・クルーカー国立公園保護区の野生のヒョウを17年間撮り続けたドキュメント番組を見ました。野生のヒョウが示した子供に対する豊かな感情を見ました。これも進化の一端でしょうか?そう言えばチンパンジーが他の動物の子供を育てる話を聞いたことがあります。

メスのヒョウ、マナナは狩に出かけた隙にニシキヘビにたった1匹だった子供を呑み込まれて失くしてしまいます。
これを知ったマナナ、ニシキヘビをあきらめることなく執拗に追いかけ、攻撃を加えます。ニシキヘビは手負い、身軽になるため子供を吐き出して逃げていきます。マナナは蛇を追いかけることを止め、死んで横たわっている我が子を取り返し、一生懸命舐めてやるのです。マナナの狙いは子供を助け、取り返すことだったのです。ニシキヘビに制裁を加えることではなく。
更に、驚く事にマナナは、我が子はもう生き返らないと悟り、食べてしまいます。そうすることで子の死を弔ってやり、4日間も死んだ我が子を呼び続けるのでした。その様にはジーンと胸を突くものがありました。なんと豊かな感情を備えた動物なんでしょうか。ネットには、このシーンに涙した人が多かったとありました。

11月26日、NHK地球ドラマティック「野生ヒョウのマナナー絆を深めた17年間」という番組でした。17年も長生きをしたマナナ、狩を覚え、仲間との戦いに勝って勢力を築き、樹に登れる最大の敵ライオンから身を守り、必死に生きてきます。でも、老いには勝てず、やがて若い雌ヒョウに勢力を取られ、自分で狩をする体力もなくなり、チーターが捕ったインパラを横取りしたり、ハイエナが食べた後の残さいを漁り、おこぼれの小骨や血の塊を食べて生き延びます。人間のように老後を看取ってくれる子供や孫は居ないのです。もう先は見えています。17歳で姿が見えなくなってしまうのでした。

自然の厳しい環境を必死に生きたマナナの一生を写したドキュメントでした。野生の動物の生き様を見ると、いつも考えさせられ、多くを学んでいます。ただ長生きするのが人生ではないと・・・。

2011年12月 3日 (土)

言葉の不思議/いい加減さ

2011_1124blog30009_2  師走に入ったとたん、あちこちがポインセチアでいっぱいになりました。鉢植えのセチアを描いてみました。
2日に、相模原県立公園の温室グリーンハウス、ここなら熱帯植物で満たされているだろうと・・・。お昼前に65歳以上無料の入場でお邪魔しました。「今日初めてのお客様です」と歓迎されました。寒い日でしたからお客様が居なかったようです。ここは「サカタのタネ」が飼育管理している温室植物園で、好きなんですよ。

室内はガラッとして花も少ない冬景色。閑散としてました。熱帯植物だから年中咲いてるわけではないのです。当然でした。代わりに係りの人が盛んに出入りされ、落ち着いて絵を描けません。ハイビスカスのデッサンだけ何とかしました。
折角来たからと写真に収めましたが、その中でいつか描いて見たいと思った植物はバナナの葉です。2011_1202blog30017ここにもポインセチアがあたり一面を覆ってました。2011_1202blog30025

*人間の言葉の世界は不思議なもので、真意でなくても言わざるを得ない表現が山ほどあるみたいです。韓ドラ時代物では、王様に叱られると、必ず「お言葉、肝に銘じます」と恭しく頭を下げますが、場面が一変すると「肝にまで銘じたはずのこと」がさっぱり守られていない。ケロっと忘れてます。いい加減です。でも、叱られた場面ではこう言わないと振り上げた王様のコブシが下ろせないのですね。
更に激しくなると、「王様のためなら命を捧げ忠誠を誓います」と固い約束を・・・。死を覚悟してまで果たしますというのですが、これも実現したことがないのです。言葉通りに期待できないし、事はそのように運びません。

ですから、恋愛でも、死ぬほど好き、死んでも別れない、死ぬほど嬉しい、などは嘘に決まってますよ。信じてはいけません。その場をなごませる役割の言葉なんですから。ところが、これを聞くとなんとなく安心出来て気持ちが治まるから不思議です。(骨まで愛してるは、これはいい加減すぎますが。)

近頃の政治家の言葉もこれらに似てませんか?「真摯に受け止め・・・」とよく言いますが、言った矢先に何が真摯だったのか判らず仕舞い。

もう一つわからない言葉が「思います」です。思うで終わることなく行動を伴わなければならないことに「思います」を使ってる人が多すぎませんか。思うだけなら簡単ですから。
どうして「こうこう・・・します」と行動を表すしっかりした意志を表現しないのでしょうか。「します」と行動言葉で断言すれば、自分の信念もしっかり固まって、必ず行動につなると思うのですが。
時々大臣の失言で辞職にまで追い込まれる勇敢な(?)人が居ますが、その人ほど正直な人ではなかろうかって感じたりします。

その場をなんとなく言葉で取り繕うことが評価される世の中になってしまったら日本の今の難局は切り抜けられないでしょう。俗に言う「世も末」ですね。

我々、「思います」を安易に使わないようにしたいものです。
ほら、綺麗な女性がちゃんと見てますからね。下の文字には「嘘ばっかり言わないで!・・・」とあるようです。

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2011年11月25日 (金)

代理出産

2011_1124blog30003 昭和記念公園へスケッチ。イチョウの黄葉がいいか、水面に映えた紅葉がいいか迷いましたが、公園入り口の前に広がる「水鳥の池」にしました。生憎水鳥は見えませんでした。もう冬篭りしてるのでしょう。
紅葉も例年より綺麗ではなく、枯れ葉に近いくすんだ色でした。でも、カラフルな自然の配色は素晴らしかったです。広々とした公園内、でも殆ど歩かず、3時間この場所に坐ったまま、おにぎりを食べながらの力作です。半額で買えたラングトンのF6水彩紙 、透明水彩。

*代理出産:
韓国ドラマでは、父親が倒産、加えて肝硬変で肝臓移植が必要と、娘が代理出産してお金を稼ぎ急場を凌ぎます。これが後ほど大きな問題となりドラマは苦悩の連続です。「代理出産」についてネットで調べてみました。

代理出産とはある女性が子供が欲しいが産めないので、代わりの女性に出産してもらい、生まれた子を特別養子縁組にすることです。代理母とは遺伝的につながりのない受精卵を子宮に入れ出産する、借り腹、ホストマザーと呼ばれる。多くの問題やリスクを持っているので、日本では規制する法的な制度はなく、自主規制され、原則として実施されていない状態。
この制度の不備をつく形で米国やタイ、インドでの代理出産例が増えている。インドでは貧しい女性がビジネスで子宮を貸し出して居るような格好にまでなっている。
通常の養子縁組で子供を得るシステムでは、遺伝的なつながりを求める夫婦の要求は満たされないからだそうです。

問題点として、
*宗教上・文化的見地から。*遺伝的見地。*契約上の問題。*契約違反時の起こる問題(代理母が生まれた子の引渡しを拒否する。生まれた子が障害を持っていたために引取りを拒否するなど)。法的親子関係に関する問題(依頼した夫婦が離婚するような時、子供の親権はその子を分娩した代理母に在る)*家族関係に関する問題(計り知れない問題があるようで、代理出産の事実を知らされてなくても、父親と遺伝的なつながりがないのではと子供が感じるとの研究結果もあるとか)*妊娠・出産に対するリスクの問題。*子の出生を知る権利に関する問題。

子供がほしいと言う欲求はどこまで行くのでしょうか?子宮移植、男性でも妊娠可能など科学は進んでいるようです。
「子供が欲しいと思う感情は、人間の本能ではないので、克服可能であろう。だから高度な生殖医療は必要ないのでは」との意見もあるそうです。

幸いなことに子供に恵まれ平常に暮らせている私にはわからない問題ばかりです。ただ言えることは、もう少し自然のママ生きていく術をもつのがいいかと思うくらいです。

2011年11月20日 (日)

私怒ってます

風邪と花粉症に1ヶ月を無駄にしました。無駄ではなく、これからも生きていくための大切な時間だったのでしょう。お陰で治り生きておりますから。

その間絵を描く気力も少なく、クロッキー会も2回休んでしまいました。
2011_1120blog30002_2 でも、今ではこんな絵を描けるように元気になりました。裸で万歳と見事な肢体ですが、気に入ったところは肋骨がはっきり見えるポーズでした。なかなか肋骨がはっきり見えるチャンスはありません。

*怒って女性は怖い:
韓ドラ「千万回愛してます」から撮った「夫の浮氣に怒った顔の奥様」です。こんな女性と対面したら、私ならすぐ逃げ出してしまいますよ。
熱烈な恋愛を学生時代から始め、結婚しようと言うことになるのですが、彼氏は財閥の御曹司。貧しい育ちの彼女との結婚が認められるはずはないのです。でも、そこはドラマのこと、愛の力で親の反対を乗り越えて結婚した二人でした。

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ところが、子供が出来ないため、姑の母親と企み、夫に内緒で代理出産で男の子を手に入れ跡取を設けた役目を果たします。これに気付いた会社の常務役の夫は、妻に不信感を持ち、会社の女の子と浮氣をしてしまいます。
それが3年も続いた時、浮気の現場を見て仕舞います。猛烈に怒って離婚すると反抗する場面です。こんな夫人を演じるこの女優さん、見事なものです。

韓国ドラマ、例によってタイトルが好きでないです。「千万回愛してます」-なんと情緒がないタイトルでしょうか。加えて「代理出産」と言う、当事者でなければわからないテーマを選ぶのもどうかしてませんかね。
更に更に、貧しいためにお金が稼げる代理出産を引き受けた女性が、常務の弟の嫁になるのですから、それはないよ・・・。つまりこの怒ったる女性の義理の妹となって同じ屋根の下で暮らす。そこには自分が代理出産で産んだ子供が居るじゃないですか。そのことには気付かないのですが。なんとなくその子が好きになるのです。
そのうちわけあって、自分が産んだ子だとわかり、その子への母親としての愛情はピークに達するのですから尚複雑です。

いくらフィクションドラマとは言えここまでやるかって感じの筋書きです。

これを毎日楽しみに目てる私のほうが、よほど頭がおかしいのですね。

2011年11月16日 (水)

しなやかな体が創る美

2011_1116blog30016 先日終わったNHKフギュアースケート選手権、あまり興奮できませんでした。前回はフィンランドの「欧州の妖精」と言われるキーナ・コルビーにすっかり魅せられて絵を描いたりもしました。となると、思い出すのが2006年のトリノオリンピックの荒川静香です。当時25歳の彼女、鍛え上げた柔軟な体と技で、スパイラル、スピン、そしてその年の流行語大賞にまでなった得意の「イナバウアー」で・・・、綺麗でしたね。そのときの様子を絵に描いてみました。

同じ視点で、最高の美を見せてくれ、今でも記憶に残っているのがチェコのチャフラフスカです。

11月3日のテレビ番組で69歳になった彼女が東日本震災見舞で日本に来て、安藤優子アナのインタビューを受けた番組を見ました。「ライフストーリーインタビュー チャフラフスカ 華やかに、苛酷に」と題するドキュメントでした。

1964年(S39)の東京オリンピック  想い出がいっぱいです。日本は高度成長期の始まり、アメリカは60年代の全盛期時代、私は結婚の翌年で、始めて娘が生まれたのです。
一方、この年の11月にはケネディーが暗殺されたニュースが全世界を震撼させ、びっくりした年でもありました。振り返ってみるとアメリカはこの暗殺から衰えが見え始めましたね。

それはともかく、東京オリンピック、市川昆監督の「記録映画」ースポーツ映像に革新をもたらしたアングルで撮られたものでした。マラソンの裸足のアベベ、チェコの人間機関車ザトペック、オランダの日本柔道を破ったヘーシンク、3位銅メダルを取りながら自ら命を絶った円谷、そして「体操の名花」チェコのチャフラフスカ、忘れられません。
ヘーシンクさんにはオランダに居た時、日・蘭協会の会長で、何度か逢えました。兎に角大きかったのを覚えてます。これなら技も利かないなって・・・。彼以来オランダの柔道は欧州では強いのですよ。

ドキュメントを見て彼女を描いてみました。

2011_1116blog30014ベラ・チャフラフスカはスポーツの世界で祖国チェコスロバキアに栄光をもたらし国民的英雄となります。しかし、チェコの民主化運動に賛同する活動を始めてから東欧社会主義政府、ワルシャワ条約機構による軍事介入(プラハ侵攻)に翻弄され約20年間も苛酷な人生を送ったのです。
68年の「プラハの春」と称されるチェコの民主化運動では「2000語宣言」に署名して政府に睨まれてしまいます。68年のメキシコオリンピックにかろうじて参加出来、不十分な準備にもかかわらず、圧倒的な強さを見せ個人総合優勝を勝ち取りました。

しかし、祖国は歓迎してくれなく、政府は「2000語宣言」への署名撤回を迫りました。要求を拒否続ける彼女は苛酷な人生を送り続けなければなりませんでした。時代の荒波の翻弄されながら自分の生き方を貫き通そうとした女性、人生はあまりにも不道理でした。
そのため、職にも就けず、偽名を使って掃除婦の仕事などをして暮らしてきました。11年後の89年「ビロード革命」によって共産党体制が崩壊、民主化がなされてやっと陽が当たる場面に出られたのです。
新大統領のアドバイザーやチェコ・日本協会の名誉総裁に就任し、その後チェコオリンピック委員会総裁も務めている。

誠に見事な二人の女性です。頭が下がります。

2011年11月14日 (月)

新たな産業革命が待たれる

2011_1113blog30001 風邪と花粉症で、かれこれ1ヶ月調子が出ません。絵も殆ど描きませんでした。やっともとに戻ってきて久しぶりに「 新芽会」で人物木炭画です。倍版の木炭紙に木炭で。

2011_1113blog30004 もう1枚はB2サイズのクロッキー用紙にコンテで。こんなポーズのモデルさんは描くチャンスがありません。ネットから得た写真です。

新たな産業革命(エネルギー革命)が待たれる:

NHKの「世界のドキュメンタリー」番組で、アメリカ製作の「地球の気候変動を科学は解決できるか?」を見ました。ご参考にまとめてみました。

70億人に達した世界人口、19世紀中ごろの産業革命で一挙にエネルギー使用量が急増。私たち70億人が必要なエネルギーを確保するために、年間90億トンの炭素を(炭酸ガス325億トンを炭素量に換算)排出してしまっている。エネルギーの大半を化石燃料の石炭、石油、天然ガスを燃やすことで確保しているからです。その結果、毛布のように地球外環を覆ったガスは、地球の気候変動につながっている。過去100年の気温の上昇がこれを物語っている。

現状のままでは21世紀末のエネルギーの使用料は今の3倍に達する。となると、ガスの排出量も3倍となるわけで、3500万年前の地球と同じとなり、ワニが地球を牛耳る世界となろう・・・と。

ならば、どうすればいいのか?

当面の目標として、今後50年間に「削減しなければならない炭酸の量は70億トン」そして、これを削減してくれる「環境を守るための産業革命が必要で、それは可能ではなかろうか。」と見通しているのでした。

解決につながるテクノロジーは15種が想定され、これを4つのカテゴリーに分類。より実現に近い7種の解決策でおのおの10億トンの削減をめざす。

1.            省エネ。2.原子力発電。3.ガスを封じ込める技術。

4.自然エネルギーの活用。に分けて解説していた。

a。省エネー最も少ない努力で大きな成果が得られる。そのための設備投資費用は5年で元が取れる。例えば自動車の然費の改善。

b。原子力―ガスを出さないこのエネルギーは有力である。800
  箇所の火力発電を原子
力に変換。50年で数を3倍に増やす。

c。炭酸ガスを取り除くーCo2を回収し圧縮して1600メート
  ル以上の深さの地下に閉じ込める。
  また、植物と同じ方法で二酸化炭素を吸収する素材をもみの木
  の葉のようにして吸収することも出来る。天然の樹の1000

  倍もの能力が出る。また、石炭から二酸化炭素を取り除く技
  術。

d。クリーンエネルギーと称される自然の力―太陽光(ソーラパネ

  ル)、バイオ燃料、風力、波力、地熱力などの利用。

これらa,,,dの集合で解決すると。

テレブ番組を見ただけの文章です。間違い、勘違い、誤解などがあるかもしれません。どうかご勘弁を。

我々の限りない欲を満たす生活がどれだけエネルギーを使うか、いくら地球を悪い環境にしているのかを数字で把握、解決に奇跡的な科学革命が求められていることを知ることで、いくらかでもお役に立てばと思いました。

 

2011年11月 8日 (火)

花粉症

体内に入ってきた風邪に止めの抗生物質を差し上げて、これで終わりとばかり楽を考えてましたが、とんでもない。喉がもやもやして咳が止まりません。喘息みたいに咳き込んで、夜寝られず、起きて囲碁の録画を見たりして夜長を過ごしてきました。
もしや、花粉症?と気がつき、医者に処方してもらった「抗ヒスタミン剤」でアレルゲンとの戦いに入りました。

私と花粉症について書きましょう。

スギ、ヒノキの春の花粉症は日本人の6人に一人が罹ってるそうですが、秋の花粉症は少ないとか。私はご丁寧に秋の「ブタクサ」花粉にもやられます。花粉が入ってくると私の体は、くしゃみ、水っぽい鼻水そして涙で花粉を追い払おうとする反面、鼻づまり、目が痒い、喉が痛い、咳が出ると柔らかい皮膚の部分がやられます。花粉が器官に入って喘息を惹き起こしたりするのです。
これらの対応が過剰すぎて起こる現象が花粉症。アレルギーを惹き起こす異物ーヒスタミンを和らげるために「抗ヒスタミンを呑む」のです。抗ヒスタミンは体に良くないとかで先生を強いものは呉れません。ゆっくりした戦いとなります。

「花粉症」を知る前に北米で知った言葉が「Hay Fever ヘイ・フィーバー」でした。当時ジョーン・トラボルタがかっこよく踊った「サタデイナイトフィーバ」なる映画に人気があって「フィーバーに熱以上の意味がある」言葉と思いました。35歳、37年前、北米のシアトルに駐在していた時でした。

日本にないような変な風邪だと案じていた時、「ヘイ・フィーバー(枯れ草熱)じゃないのか?」と外人さん。干草が原因の花粉症でした。時期は秋。道路脇に変な臭いがするブタクサががいっぱい花をつけていました。ブタクサは北米原産で、あちこちに山ほど自生してました。こんな病も有るのかと驚いたのですが、原因と病名がわかって、一安心。薬も飲まずやり過ごしてきました。

Photo 気にも留めず7年後に帰国。日本では罹らず、オランダでも平気で花粉症をすっかり忘れてました。

早めの退職(59歳)の後、犬の散歩が出来ないほどひどい花粉症に悩まされはじめ、春、秋2度、マスクと抗ヒスタミンのお世話になってました。その後ワンちゃんのマイキーが死して随分軽めで収まっています。一時は花粉症めがねまで掛けて徹底抗戦状態、それが、今では軽度の花粉症でしょう。厄介な私の体の過剰反応です。

絵はブタクサじゃなく、ねこじゃらしです。

2011年11月 6日 (日)

浅茅が宿

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メル友のお嬢さんから、「どんよりした空のした、我が家は「浅茅が宿」化してきました。

庭は草ぼうぼう!!!中々綺麗に出来ません。植物の力には負けます。」

と言う文章を貰いました。

浅学の私、「浅茅が宿」とは? なんとなくわかる綺麗な表現です。浅茅は「あさぢ」と読むのかな?そう言えば浅茅陽子という女優さんを思い出した。率直な物言い、爽やかで明るいお色気がある現代的な顔立ちです。

ネットで調べました。「浅茅」とはイネ科チガヤ属の多年草で、まばらに生え背丈が低い茅を言う。「浅茅が宿」となると、浅茅がいっぱい生えた荒れ果てた家、荒涼とした風景となるのです。

江戸時代の作家 上田秋成の「雨月物語」に収められている9編の怪異小説からなる短編集、そのなかに「浅茅が宿」があることを知りました。

「上田秋成」は高校の頃知った名前でしたが、そのころの時代の人の名前でなく隣に住んでる人みたいで親しみを持った記憶があります。残念ながら、本など殆ど読まない私にはその印象だけ残っていました。それこそ50年ぶりに出会った名前です。

1776年に発行された「雨月物語」これはなんとも奥ゆかしい漢字のタイトルで、これだけで内容が想像できます。いまさらながらですが、「上田秋成と浅茅が宿」で興味を感じた部分をまとめて見ました。

「浅茅が宿」は日本や中国の古典からヒントを得て書かれたもので、時は鎌倉時代。場所は下総国葛飾郡真間の里。下総の国にしばしば通う商人が、聞き伝えて語った話が基になってるのだそうです。

男の夢と野望、女の夢と愛そして貞操。人間の美しさと愚かさ、戦いの虚しさ。人間の果てしない夢とこの世の無常さを描いた物語で、暗く悲しく、儚く消える内容です。

とは言え、詠む方は段々引き込まれ、無常で悲しい中に癒しが得られるから不思議です。今で言う癒し系の物語だと私は感じました。人はひとの不幸な話を聞いて癒され、喜ぶのでしょうかね。

*秋には帰ってくると下総から京に出た夫、勝四郎。それを信じ、けなげにひたすら待った妻、宮木。約束は果たされず7年が過ぎた。妻は、この戦乱の中、もう生きては居ないだろう、ならば墓を造り弔ってやらねばと思いながら5月のある日故郷へ帰るのでした。

妻、宮木はすれ違う人が振り返って見るほど美しく、気立てが良く賢い女。男どもがその美貌に惹かれ言い寄ることも、しばしばあったが、これを退け、心細くも気丈に一人で夫の帰りを待ちわびたのでした。7年後に帰郷した勝四郎は、目は落ち窪み、髪はぼさぼさで、昔の美しさはなく、ひどく歳をとった妻の声でしたが、元気な妻に逢えて小躍りして喜ぶのでした。

積もる話に二人は涙しながら一夜が過ぎた。夜が明けて見れば、そばに居ない宮木、昨晩の妻は約束の秋が来て次の年の8月10日に死んでいた宮木の幽霊でした。浅茅がいっぱい生えた荒れ果てた家で、夫の帰りを待ち続けた女の悲しい愛の果てであった。

哀しい愛の、まさに「廃墟の美」です。

近所の老人が見取り、塚を作ってくれたのですが、そこには、宮木の辞世の句、

 「さりともと 思う心に はかられて 世にもけふまで いける命か」

(約束した秋にはきっと帰っていらっしゃると信じ、いかにも今日まで この世に生きながらえた我が命であることよ。生きていたいと思い続けてきましたが・・・・)

とあるのでした。

勝四郎は間違いなく妻は死んだと知り、塚を抱き、大声を上げて泣き伏したのでした。

老人から宮木の話と土地に伝わる「てなご」の話を聞き、勝四郎も句を詠んだ。

「いにしへの 真間の手児奈を かくばかり恋てしあらん 真間のてごなを」
(昔いたという真間の手児奈(てごな)を、私が宮木を愛したように、昔の男も愛したのだろう)

上田成秋:1734年、私生児として生まれ、5歳で天然痘に罹り指が不自由になる。医者もやっていた。晩年失明し片目をなくす、不遇に生きた天才です。

2011年11月 4日 (金)

風邪と私

やっと天候が落ち着き秋らしくなりました。ボジョレ・ヌーボのワイン、沢山の果物が勢ぞろい体調も整います。
三ッ池公園の絵のような光景も始まりました。

私は恒例の風邪。ここ3週間ばかり絵を描いてません。その気にならないのです。
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*私と風邪;

私と風邪さんは大の仲良しです。でも、年3回のデートは楽しいものではありません。風邪族の平均寿命は短いようで、2度目の出会いはなく、その子供、孫、ひ孫さんと会ってることになるようです。年3回として、72歳の私、今の風邪は216回目です。では、初代から数えて216代の風邪さんでしょうか?そうじゃないようです。風邪さんにもいろんな部族が居ますから判りません。今度、お邪魔される時には、「何族の何代目の誰です」と挨拶してもらいましょう。それが、ワクチンなどで侵入を止めることもせず、快く受け入れる私に対する礼儀と言うものです。でも、私は風邪さん216人をすでに殺してることになるのです。風邪さんにとってはあだ討ちの相手が私で、それがまだ成就してない。誠にお気の毒です。

風邪さん、私の体内が本当にお好きなようで、手土産一つない手ぶらで、予約もせずにお見えになります。若い頃は、三日もすれば、お暇をされるか討ち死にされるか・・・で済みました。ただ一度の例外があります。6歳の頃、風邪をこじらせ肺炎に。母親に言わせると奇跡的に助かったそうです。成人して肺のレントゲンが撮れるようになってから、必ず医者に言われる言葉が「肺に影がありますが・・・再検査しましょうか?」です。自慢げに「6歳の頃肺炎をやってます」と答えて再検査しないですんできました。
その三日が今では1ヶ月となり、風邪さん随分ゆっくりされるんです。困り果てますが、私の体内はそれに抗議が出来ないほど弱ってるようです。

その間、勿論何のお構いもしませんが、風邪さんは鼻水と咳で、「俺にも何か寄こせ」と催促されます。貧乏人の私、体以外は何もない。困ってしまいます。その無心にいい加減頭にきて、彼が嫌いな抗生物質とやらを与えます。

「これは前も食べた。美味くもなんともない」とご機嫌斜めですが、少し大人しく成られます。仕方なく「好きなだけ居て下さい」とほったらかすと1ヶ月の長期となるわけです。今回もお帰りになったか、討ち死にされたかはわからないまま元のように静になりました。

その内、いずれの日か、遠からず、風邪さんと一緒に三途の川へと手に手を取って道行となるのでしょう。どうか優しく導いて下さいね。よろしくお願いしておきます。

2011年11月 1日 (火)

御節

1451 みなと横浜の「港の見える丘」のイギリス館。毎日山ほどのアマチュア絵描きさんが一生懸命描いてます。遅く行くと描く場所がないのです。バスで絵描きさんの団体まで来てます。

*御節:
美味しい日本の伝統正月料理おせちは如何ですか。私は新潟県のある惣菜会社の御節の販売のお手伝いをしています。特に新潟地震のあと、おせちだけは何とか継続したいと願い工場の復旧を急ぎ間に合いました。私も協力して東京方面のお客様に販売を・・・とはじめたわけです。絵や、囲碁、太極拳のお友達に「支援ください」とお願いして・・・。これまでのご支援誠にありがとう御座います。

魚を使った惣菜をメインに、地元の味噌、酒粕、野菜、などの特産物を生かして造られています。

ご紹介しましょう。宅配おせちです。2011_1101blog30016

1.商品案内:写真がパンフレットです。ちょっと写りが悪いです。ご希望ならパンフレットをお送りできます。
2.商品と価格 
a 特性3段重 16,500円(送料・税込み)
            お重3段に30品目の伝統的なおせち品。
b特性2段重 11,500円(送料・税込み)
            お重2段に27品目のおせち品。 
3.お届け日:平成23年12月30日または31日 ご希望の日を指定下さい。
4.ご注文締め切り:平成23年12月10日
5.お支払:ヤマト便代金引換(コレクト手数料420円)

安くて美味しいと好評です。

6.ご注文やお問い合わせ:
195-0043  東京都町田市成瀬台3-38-10
高口禎之 電話&Fax:042-728-8089
パソコンメール:dzt05662@nifty.com

直接のご注文を希望される場合は生産者をご紹介します。

近頃は和風おせちに加え、中華おせち、フレンチおせち、イタリアンおせちと盛りだくさんですが、なんと言っても伝統的な和風がいいです。奇抜さを狙ってみてもすぐに飽きます。

出世魚のぶり(出世する)、鯛(目出度い)、海老(長寿)、昆布巻き(よろこぶ)、数の子(子沢山)、里芋(子沢山)、レンコン(よく見える、先見性がある)、お多福豆(福が多い)、栗きんとん(黄金)などの古い慣わしが見事です。そして重箱に入れるのは「目出度さを重ねる」となるから愉快です。
今のままでは忘れ去られて仕舞うかもしれません。子供さんたちに、お正月のおせちで、ご先祖様の英知と食文化を教えてあげて下さい。

 

2011年10月29日 (土)

兄死娶嫂婚

2011_0715blog30002 2011_0715blog30001 町田市立国際版画美術館友の会の絵画講座で描いた人物、コスチュームです。終わって指導者と皆なで講評でした。毎年4回、今年で5年目です。皆さん上手くなりました。私の絵はどれだかわかりますか?

*兄死娶嫂婚:
こんな日本語はなさそうです。多分中国語?でも意味は分かるように思いませんか?最も今の若い人には無理かも。
韓ドラ「百済の王」に出てきた台詞。高句麗、百済が覇を競い合う頃です。
意味は「兄の死後、兄嫁と弟が結婚すること」です。高句麗時代の風習で、匈奴にもあった風習だった。
ネットで調べてみましたが中国語の記事ばかりで日本語では書き込みがありませんでした。しかし、
振り返って、子供の頃、この種の結婚の話を耳にしてきました。昔は稼ぐ術を持たせられなかった女性です。兄婿がなくなると生きていけませんから、弟が責任を持って面倒を見ると言う人間味あふれる風習でもあったわけです。働き盛りの男が若死にすることは通常のこと。戦争で死ぬなど当たり前でした。これを女性蔑視というなかれ。結婚とはそれほど責任ある重大なことでした。お嫁さんの一生は家族が面倒を背負ってたのです。とは言え、ドラマではこれを政略的に利用するしたたかな家系の安泰を図る術でした。

今日のテレビは世界人口が70億人に達したと報道してました。中国が14億弱、インドが13億弱でした。(正確には覚えてません)ただ、中国では「一人っ子政策」があり、人口は伸び悩み。すでに労働人国が経済成長に追いつかないで困っていると。
5年後にはインドに追い越され、40年後にはインド人口は20億人にもなると・・・。そのインド、お嫁に行くための持参金が高すぎて、親は破産する。そのために女の子を堕ろして男だけを出産する風潮があり、政府は躍起になって持参金は必要ないと指導しているそうです。

世界の人口は今世紀末には100億人に達する。これだけの人口が喰っていくためには必要なエネルギーは原子力に頼らなくてはやっていけないのではと思ったりします。これからの原子力発電は中国、インドで進められそうです。

2011年10月23日 (日)

ダーウィンの進化論 その2

2011_0803blog30010 2011_0724blog30012 先のブログ、「ダーウィンの進化論 その1」に

コメントが載りました。放射能、放射線についての大変貴重な情報でした。放射線、ただ恐ろしがってはいませんか?と言う内容でした。皆さんにも見ていただけるよう、ここにWebサイトを書きます。ご覧下さい。

http://www.ustream.tv/recorded/17862990です。

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*七沢温泉:
丹沢大山国定公園の七沢温泉にある老舗旅館「元湯玉川館」に初めて1泊しました。案内文には「アクセスも悪い、携帯も通じないところがある田舎」とありましたが、100年くらいタイムバックした雰囲気のところでした。名物の「しし(猪)鍋」-野生のイノシシの肉の鍋料理と檜の香り漂う温泉お風呂、それが農家つくりの建物の中で味わえました。聞けば大晦日はもう予約で一杯とのことでした。
パステルの先生がここで小、中学生の頃大きくなられたとか。この度、玉川公民館で個展を開かれたのでした。玉川館のご主人は先生の後輩で、「いい旅館だから勧めるよ」と言ってもらったのです。温泉の手前にある大きなリハビリセンターは有名。周りには森林公園、森の里、七沢センターとスケッチポイントが一杯あって、スケッチ仲間と何度か行ったことがあり土地勘もありました。

*ダーウィンの進化論 その2
生物学として発展してきた進化論が、今、科学の分野で活用されている。番組では二つの実例が。

その1:新幹線の先頭車両の形状、N700系。
人が考える以上に素晴らしい形が、進化論に基づいて描かれた。「進化計算」と言うのがあるんだそうです。新幹線の過去の形、数種を掛け合わせ、いいものを選び、また掛け合わせと植物の種を掛け合わせるのと同じことをコンピューターで繰り返す。いい物を作り出すために「突然変異」を作り出して、コンピューターでまた掛け合わせるのです。自然界では何万年もかかるような種の配合を繰り返して生まれたのがN700 だそうです。そんなことをして出来上がったN700 だったんだ!知らなかった。

その2:進化分子工学ーバイオ科学ー石油に代わるバイオ燃料の開発。燃料の基になる植物を効率よく分解する酵素の開発に進化論が。10億分の一の確率で起こる進化をコンピューターで行わせるのだそうです。やり方は上記新幹線と同じく掛け合わせる方法です。

「進化のスピードを人が操り始めている。自然界では何百万年掛かる進化も、試験管の中で僅か数ヶ月で行われる」と科学者は言ってました。

どうでしょうか?驚きでしょう?
クローン動物、この進化分子工学といい信じがたい研究なんですね。これもコンピュータが出来てから急速に進んでいるのですね。

2011年10月20日 (木)

進化論 その1

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何時描いたのかもわからなくなったクロッキーです。クロッキーは描いたすぐでなく半年くらい寝かせておくと良くなります。ワインのように熟成が必要なのでしょうか?
ダーウィンの進化論で言えば、私の絵にも「突然変異」を取り入れ、生まれてくる悪いものは削除して、優秀なものを選び進化される方策を採らねばならないようです。とは言え、この突然変異をどのように作るか、まさに「偶然性の論理」に適ったものでないと駄目だそうですから、難しいようです。突然変異を探してひたすら励みます。お待ちください。

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ダーウインの進化論 その1

NHK「大発見史 疾走する進化論」と言う番組を興味深く見ました。知らなかったことが一杯あり、生物学としての発見が今では科学分野で活躍してることなどには驚きました。

一つの発見、「種の起源、進化論」が人類の歴史を変えた。進化の「偶然性の論理」(良いものか悪いものかもわからない突然変異的に生まれた変異が環境に適して残っていく)は、いまや、科学の分野に応用され「進化計算」や「進化分子工学」にまで拡がっている。(詳細はその2で書きます)

では、人間はどんな面で進化したのか?
それは、なかでも、知的能力の向上で光っていると。

1871年,「種の起源」の12年後にダーウイン(1809-1882)が書いた「人間由来」では、人の進化について「仲間を助けたいと言う気持ち、他者への共感」をあげている。「人間は知的能力が徐々に上がるにつれ、他者への思いやりの心を、すべての人種、障害があって働けない人、最後は動物にまで適用するようになって来た。この心の水準は、ずっと向上し続けている」と書かれている。納得できます。

いまや、我々の心の水準は自然環境の保護に向っていませんかね。そして将来は、放射線に強い人間にまで進化するかもしれませんね。これからも人口は爆発的に増えるでしょう、原子力なしに、その大人口を養えるエネルギーはないと思われませんか?

150年前の1859年ダーウインが発表した「種の起源」では-この世の生物の進化―わかりやすく言えば、「人間もお猿さんも、すべての生きものの祖先はみな同じ。環境に適したものが生き残り、現在にある」と言う自然界の事実です。
進化論の核となる考え方は「自然選択説」ー生物には変異があり、ある自然環境の中で、有利な変異を持ったものが世代を重ね、より多くの子孫を残していくーであると。

しかし、この時代のキリスト教社会では、聖書にある「神は自分をかたどって人を創造した。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地をはうもの、すべてを人間に支配させよう」と言ったとする「創造説」(すべては、ひとつひとつ神がお創りになった。)が信じられていました。この創造説が常識であった時代、ダーウインの進化論を信じるわけに行かないのでした。紙の否定にほかなりませんから。
現在でも進化論を信じない人びとが世界には多く存在しているそうです。

ダーウインは20年近くも発表をためらいました。公にすれば殺されるようなものだったからです。それでも彼をして発表せざるを得ない気持ちにさせたのは「奴隷制度の廃止・反奴隷制度(人間は白人も黒人もみな同じ)」と言う強い動機でした。

 

2011年10月17日 (月)

ゆうゆう版画美術館まつり終了

10月15,16日の町田市立国際版画美術館の「ゆうゆう版画美術館まつり」が無事に終了いたしました。沢山のお客様のご来場を賜り誠にありがとう御座いました。私は催事「チャリティーアートバザールの担当者」としての大役を果たすことが出来ました、これもひとえに皆様のご支援の賜物です。心から御礼を申し上げます。

15日は前日からの大雨、その日の予報も「曇り雨」と案じられましたが、幸い雨が上がりました。翌16日は雨も降らず・・・。神様も味方してくれたのでした。東日本震災支援金も出展者の協力で出来ましたこと嬉しい限りです。厚く御礼申し上げます。

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*水彩画:

2枚の水彩画、少し大きいサイズで20号を描きあげています。

1枚は、これからシーズンとなるシクラメン。販売用に鉢植えされた整ったシクラメンでなく、前年咲いたものが自然のままにほったらかされ、自由に育った花です。のびのびしてますね。絵の方は最後の手入れが必要です。

もう1枚は相模原公園の温室「グリーンハウス」の中にあったインドネシア製のイスの背の神様(悪魔?)の絵です。熱帯植物とのコラボが私の気をひきました。70%くらいの完成度です。これからの完成が待ち遠しいです。

2011年10月12日 (水)

韓国女優イ・シヨン

2011_1012blog30022 Mukuge 韓ドラ「千万回愛してます」を一目見たとき、気に入った女優さんです。20代の後半に認めらた人とか。ドラマでは主役でなく脇役、出てくるシーンが少ないので待ち遠しい限りで見ています。妻がいる常務さんに切ない恋をする不幸な家庭の娘役です。だから、尚愛おしくなるんですよ。他のシーンは飛ばしてみてないです。
29歳、整形をしている、有名になってから告白したり、女性ボクサーの役で覚えたボクシングに嵌り、韓国アマチュアボクシングで優勝している強者です。今では主役をこなし売れっ子スターだそうです。頷けます。

頑張って描いてみました。線のデッサンを入れないで陰影を先に描きそれらしい立体感が出てから目鼻立ちを描く方法で、初めて、やって見ました。相当グラデーションにこだわりコンテ鉛筆を何回も研ぎました。添えた花は韓国の国の花「むくげ」です。庭に木があり今も咲いています。もう小振りの花しか咲きませんが。

*ビーナス:お風呂に入れて綺麗にしてやったビーナス像。背中の美しさをもう1枚。そして顔が見える正面を、少し上から見下ろす角度で挑戦しました。見事な腹筋も見え、今で言うアスレティック・ウーワンです。腰のひねりが入った難しさには疲れました。5度くらい修正してやっと出来上がったのがこの絵です。この二日間家から一歩も出ず、絵を描いてばかりいました。出来上がったのがこの3枚と20号の水彩画に手を入れる作業でした。

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*ゆうゆう版画美術館まつり:
年に一度のまつりが町田市立国際版画美術館で15,16日に行われます。私は「チャリティー・アートバザール2011」と称するアート作品の展示・販売の係りです。明日から事前準備と当日の2日間忙しくなります。
いろんな催事があり、退屈しませんよ。遊びに来てください。

Vision design社のWebサイト
http://vita.tc/hangafes2011/

をクリックして内容を確認されてからお見えになるといいですよ。

 

2011年10月 8日 (土)

ミロのビーナス

2011_1008blog30004 パステル画の先生をしておられた方からミロのビーナスの石膏像を頂いてから、もう4年になりましょうか?65cmのサイズ。実物が203cmですから3分の1ながら、見事なフォルムと端正な顔立ち。ルーブルの実物には欠けている部分や傷などなって骨董的な美しさもありますが、この石膏像も負けてはいませんよ。

2,3度鉛筆で描いてみましたが、上手く行かず途中で止めてました。結果として、窓際に飾って眺めてばかり、描く勇気が出ませんでした。可哀想にタバコのヤニで黄色くなっていました。
昨日、年に2度の部屋掃除の際、ビーナス像をお風呂に入れてあげ、綺麗に洗ってやりました。黄色人になっていたビーナスは白人にかえり元通り。

そして今日描いてみました。顔がある前からでなく後姿を。なんと今流行の半ケツ。艶やかな、艶めかしい腰のひねりが絵になります。造られたのが紀元前120年頃ですから2100年前に半ケツの気品と優雅なファッションだったのですから驚きです。

この絵では石膏像でなく生身のビーナスさんじゃないですか?
ルーブル美術館に寄贈したルイ18世は、著名な彫刻家に両腕をつけるように命じたそうですが、どれも良くなく取りやめたとか。今になれば、腕がない方が想像を掻きたて、よかったのですね。
ルーブルのミロのビーナスはたったの1度だけ外に出たそうですが。それがなんと日本へ。1964年国立西洋美術館と京都市美術館だったそうです。何百万人か観にいったそうです。

*こちらは日本のビーナス。7.5頭身くらい?胴が長い、と言いめさるな。綺麗じゃないですか。我々が好む 色気があります。8頭身とか、黄金分割とか、いろいろと言われますが、先入観を持たず、綺麗なものはきれいと感じましょう。赤ちゃんなんて5頭身くらいなんですから。

2011_1008blog30001 2007_1101

2011年10月 7日 (金)

ヌードの寝ポーズ

今日は甲斐先生の木炭画教室「新芽会」。年1度のヌードでした。「ヌードの寝ポーズです」と先生。さて、どうしようか??幸い固まりになったポーズで助かりました。皆真剣に取り組みました。これが立ちポーズになるともう大変なんですから。2011_1007blog30016

木炭紙サイズのクロッキー用紙にコンテ鉛筆で20分x3ポーズで1枚、計2枚を描きました。2011_1007blog30015
今日は傑作揃いでいい作品が沢山ありました。来年10月に作品発表会が決まりましたので、これから出品作品を狙って励まなくちゃ・・・です。

2011_1007blog30018 2011_1007blog30018_2 *顔の練習;
相変わらず描いてます。彼女たちに捧げる花は?202

2011年10月 4日 (火)

これが抽象画?

2011_1004blog30001 これが抽象画ですか?と言われますよね。「そうです、私のはじめての抽象画です」 かなりけばけばしいですね。

仲間でやってるサロン・アカデミーで、今回の企画は「抽象画に挑戦」でした。10名が好き勝手に描きました。これが私の作品。
どんどん絵の具をのせられる様に乾きが早いガッシュ(不透明水彩絵の具)、アクリル絵の具を使って。
渦巻きから始まりました。イメージはオーム貝でした。螺旋の美しさを表現したかった。何の構想もなく、描きながらこの色にはこの色を添えて見るか、とか、できた絵からヒントを貰って手を加えていった結果がこれです。成り行き任せの絵です。
面白いのが出した絵の具を使い切ってしまうこと。貧乏性ですから、パレットに出ている色が余ると、勿体無いから使ってしまえとばかり、その絵の具をまた使うのでした。赤が全面にちりばめてあるのはそのためです。

絹谷幸二の絵みたいにけばけばしくて、私としては好きな絵ではないです。嫌いな人の絵に近いものが出来るとは不思議です。
さて、タイトルをどうしましょう? 「恋に悩む男の心の中」なんてどうでしょうか?

*まぶたを閉じてる女性の顔、初めて描いてみました。500 2011_1004blog30002_2 2011_0928blog30009 

2011年10月 3日 (月)

グスタボイソエ(磯江毅)

2011_1003blog30036 グスタボ・イソエ展を練馬美術館でやってると紹介を受け、久しぶりに西武池袋線に乗りました。美術館は記憶にない「中村橋」と言う駅で下車、徒歩3分の所にあった。都内ではじめての「LED照明」は彼の「マドリード・リアリズム」画風の作品をシュールに照らしてくれてました。多くのことを感じさせる作品で一杯。

結婚して初めて上京する家内とこの路線の「ひばりが丘」駅で降りた東側の埼玉県新座郡、田んぼの中、雨の日は長靴を履き、駅で革靴に履き替えて会社に行くような不便なところでした。貧乏してた私達は、一部屋6畳を借りて、1年強をここで過ごしたのでした。西武池袋線は毎日使う路線で、池袋から丸の内線で東京駅に出てました。
家主さんは体格がいい太っちょな気がいいおばさん。ガラッパチでよく喋る人でした。一人暮らし。旦那さんは結構な地主さんで、若い女でも出来たのか別居中、その為に家を建ててもらってるんだと知りました。よりが戻っていたようで、時々、旦那が来て楽しそうでした。おばさんに比べて小さい旦那マサ、本当に「蚤の夫婦」です。旦那様はとても浮氣をするような人には見えませんでした。

2011_0928blog30005 1年後に子供が生まれ、会社に泣き付き、やっと、少し広い借り上げ社宅をあてがってもらい、中央線の武蔵境へ引っ越しました。そして1年8ヵ月後に二人目が誕生。今度も泣きつき三鷹の深大寺の近くに越しました。このときは庭もついてて家らしい住まいでした。今から47年前の25歳の頃の話です。横道にそれました。

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磯江毅の作品は?
1954-2007年53歳でなくなる。工芸高校を卒業後単身でスペインに渡り30年余りの長きに亘って活躍。スペインで高い評価を受けた写実主義の画家。今回の展覧会が「磯江毅の没後初となる本格的な回顧展」だそうですから、日本ではやっと広く知られるようになった画家ではないでしょうか。

人物を描いている私の好奇心は彼の人物画、そして多くの人物の鉛筆デッサンでした。素晴らしいです。どうして写真以上に細かく表現できて、人に深い感動を与えるのかと不思議でしょうがないです。
「描いては消し、消しては描き・・・2年もかかったでしょうか?」とあった彼のコメントを読んで「俺には出来ない執念」と感嘆しました。厭きることなき美の追求なんでしょうか?
「対象をよく見て描くんですよ」と先生に教えられるのですが、はじめは見ても判りませんでした。それが、今は「描いた絵と対象を比べるとどこかが違う・・・」とわかるようになってきました。でも、消して描き直す気力が出ないのです。

描き直しても大して良くはならないだろうと諦めているからでしょうか?「これで完成、次の絵を描く時にもっと追求しよう」と先送りしてしまうのです。

説明書きには「彼のリアリズム表現は文字通り事物の細部にまで深く入り込んで具象的に描ききるだけでなく、現実世界が内包する神秘的なものまで捉えようとしているような精神の深まりを感じさせます。その根底には生死を抱え込む生きものへの深い洞察と諦観が見て取れるのです」とあります。
そんなに難しく言わないでよ。私にはもっと単純に完成度を高めようとする飽くなき追求の結果が神秘的な作品になる・・・としか思えないのですが。
彼に負けずに、私も、試みて見ます。Photo_2 Photo_3 

2011年10月 1日 (土)

剖棺斬屍

2011_0930blog30010 2011_0930blog30011 顔の表現は描けば描くほど難しく、表情が思うように出てきません。形は正確に描いてると思うのですが陰影、グラデーションがちょっと違うだけで別の表情に変わるのです。

2011_0928blog30002 代わりにクロッキーで体裁を整えます。2011_0923blog30003 *剖棺斬屍(ブグアンチャムシ):

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日本語ではなんと読むのでしょうか?(ぼうかんざんし)ですかね。

1500年の初めの頃の韓ドラ時代物で出てきました。「墓を暴いて死体の首を斬り、さらし首にする刑で、生きている人間に科する以上に残酷な刑罰」
こんな刑罰が歴史の過去に有ったとは知りませんでした。

ネットで調べたら秀吉の死後、家康が朝鮮と国交の回復を願ったら、朝鮮からの条件が「秀吉の剖棺斬屍」であったとか?
また、イギリスの「王政復古」ではチャールズ2世が戴冠式の前に、クロムウェルを国王殺しの罪で剖棺斬屍、市中にさらし首にしたとか。

むごたらしい仕打ちがあったんですね。死んだ人もさることながら、その度に家族、子孫一族が不名誉な処罰を受けたのです。2011_0928blog30008

2011年9月27日 (火)

慎言牌(シノンペ)

いろんな角度からの顔の練習です。加えて、今回はコンテ鉛筆で柔らかく、色も薄く2011_0927blog30003 描いてみました。女性の優しい印象が表現できたかな?2011_0927blog30001 2011_0927blog30003_2 下の2枚は今までどおりの描き方。力強さは感じますが。上を見上げた角度になると顎から後頭部までの長いこと長いこと描いててびっくりデした。日本の漫画で人物が如何に巧妙に描かれているかいまさらながら驚かされます。上手いものです。2011_0921blog30008 *シノンペ(慎言牌):
韓国ドラマ時代物で出てきた言葉です。王様が口うるさい内官(ネシ・宦官)に「口は禍の門であり舌は身を斬る剣だ」(口を閉じ、舌を深くしまっておけば身を守ることが出来る)と言う文字を書いたお札(牌)を常に首からかけて置くように命じます。口を慎めと。真意は言う事を聞かない無能な大臣たちへのあてこすりなのでした。

野田新閣僚大臣の不用意な発言、特に地元へ帰ってからの大臣就任お祝いの席などで。これをマスコミが鬼の首でもとったように面白おかしく報道するから、世の中政治不信になるばかり。野党は重要な案件の審議はそっちのけで、貴重な国会討論会の時間をこんなくだらないことに使って平気。
「あぁ・・・」とため息が出ます。今日のNHKの国会討論会中継でもこの有様でした。

新大臣様、韓ドラの「慎言牌」を首から下げて慎重を期されてはいかが。それが身のためであり。日本国のためのようですから。

*面従腹背(めんじゅうふくはい):同じく韓ドラから。
「人の面前では従うが、腹は心の中にあってそむくこと」を言う。腹黒いとか裏がある人、二心ありな人と いい意味ではない事のようですが。
でも、何でも正直に言えばいいってものでもないようです。世の中を上手く回すためには面従腹背も「一種の潤滑油」、必要な時もありますね。この使い分けがポイントですね。
新大臣様、思ったことをみな言わないでもいいのですよ。

2011年9月22日 (木)

多摩川台公園

2011_0922blog30005 上手く描けませんでしたが、高台から見た台風一過の多摩川です。台風のあとの今日、土色の水が一杯のせわしい多摩川でした。大田区田園調布の多摩川台公園に8名が集まりました。散策にはよくてもスケッチになりそうなスポットは少なかったです。描いた場所には、わざわざ看板があって、眼下の多摩川、その奥に大山、丹沢連峰、富士山が見える位置でした。川の向こうにはコンクリートの建物がびっしり。かすかに見える富士山も描いてありますが、低く垂れ込めた入道雲とまぎれて見えませんね。

武蔵野台地の南に位置し、多摩川から急に高台となり眺望がいいところです。亀甲山古墳はじめ多くの古墳があって昔を忍ばせます。さくらの名所でもあるそうです。
帰路、東急東横線多摩川駅周辺にはコーヒーショップも見当たらず、駅の反対側の「せせらぎ公園の休憩所」で自販機で済ませた安上がりの休息でした。

*帰宅してから2枚のデッサンをしました。人物ー顔も、体もはやく描けるようになりましたよ。

これに合う花は?168 2011_0922blog30006_2

*馬の耳に念仏:
馬耳東風、犬に論語、猫に小判、のれんに腕押し、牛の角に蜂、ぬかに釘でしょうか。
「上の空で人の忠告に従う気がない」などの意味でしょう。私にも念仏、小判、論語、どれも通用しません。「自分の利益にならないことなので関心を示さない」と言うわけですが、私が興味を示す話題でひきつけてみてください。いちころです。

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2011年9月19日 (月)

ブログ

4年前の今頃、バラの花だけを撮り続けていた友達が「高口さん、ブログをやってみませんか?」とNHKの解説雑誌を見せてくれました。私のメールのプロバイダーniftyの「無料のココログ」と言うブログサービスのお世話になって始めました。2011_0917blog30005  2011_0917blog30006

ブログ(Blog)はWeb場に記録する(log)と言う意味でWeblogと呼ばれ、Weを省略してBlogが通用語になったとか。結構はまってやっています。
第1号がネットに現れたときは小躍りしてしまいましたが、よく見るとアダルトサイトの広告が載ってるじゃないですか。「なんだ、なんだ・・・」と言うわけで、説明書を読み返し、「トラックバック」をONにしてるからだとわかり、OFFに切り替えました。トラックバックはネット場の誰でもが私のブログにリンクしてくるものでした。ネットでも悪いことを平気デする人が多いようです。困ったものです。

3年10ヶ月でアップ件数が600件、掲載した絵の数が1100個。アクセス数が67000です。画面の動きがとろいので件数を400件削除、絵の数を700個削除して縮小しました。少し早くなったようですが???
目標の1000件まで後400件。今のペースを維持できれば3年9ヶ月。頑張ってみます。

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*JAG(日本芸術家協会)というNPO法人が横浜、町田、相模原地区の絵描きさんの組織としてあります。10月10-16日、あざみ野の横浜市民ギャラリーで行われる「第34回JAG展」に一般として公募に応じることにしました。作品の一つがこのシクラメンです。
昨年11月に訪れた修善寺の菊屋旅館で見たシクラメンです。こんなに自由奔放に四方へ花が咲いてるシクラメンは初めてでした。11月頃から街中で出回るシクラメンは綺麗に整理され花はまとまってびっしり咲いてますでしょう。この絵のシクラメンは、なんでも出入りの花屋さんがほったらかしておいたら、自然に育ってこうなったんだそうです。

バックの色にもう一工夫して完成させましょう。
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2011年9月16日 (金)

アマゾネス美人

2011_0916blog30001 どうでしょうか?このアマゾネスの女戦士の如き美人。
二の腕など私より遥かに大きいようです。腕を組んでますが、男性の組み方と違って威嚇的ではないので救われます。フィットネスで鍛えてるのでしょうね。
写真で見たときはあまり描く気はしなかったのですが、描き出したら、写真より遥かに可愛くなってきました。一気に描きあげました。これならスカウトされるんじゃないでしょうか!でしょう!!

もう一枚は、素晴らしいモデルさんで、どの写真を見ても見事なポーズです。それだけに描く時、気が入りすぎて上手くかけないで失敗ばかりです。写真に、遥かに及ばない不出来です。そのうちに立派に描いてあげましょう。待ってて・・・2011_0915blog30020

1172 このアマゾネスお嬢さんに似合う花は?
相模原県立公園に在る温室「グリーンハウス」の熱帯植物ならいくらかいいかな。グリーンハウスには冬場によく行きます。無料で、中で絵を描いてもいいと言ってくれますから。

2011年9月15日 (木)

鹿沼公園/でいらぼっちの伝説

2011_0915blog30026今日は気温30度を越す残暑の中 、JR横浜線淵野辺駅から3分の「鹿沼公園」で、「日本芸術家協会(JAG)]のスケッチでした。友達と二人、ゲスト参加しました。「2時まで描いて集合」でしたが12時半に「お先に失礼します」と引き上げてしまいました。暑さと蚊に喰われる痒さに負けてしまったのです。
この絵は未完成もいいところです。濃い緑を使ってかんかんと照る太陽の光に冴える樹木を描きたかったのですが思うように行きません。

*でいらぼっち伝説:
この「鹿沼公園」は「でいらぼっちの足跡」と言われる白鳥の池がありました。大きな動物の足跡の形をしていました。白鳥、かも、鯉、亀が飼育されています。相模原民話伝説集によると、「大男でいらぼっち」は富士山を背負って相模つはらにやってきました。疲れた、一休みと大山にどっかと腰掛ました。一息入れたあと、「どっこいしょ」と立ち上がろうとしましたが、どうした訳か富士山はびくともしません。綱が切れてしまいました。綱の代わりにと藤蔓を探したが見当たりません。あきらめて富士山を置いたままどこかへ行ってしまいました。
置き去りにされた富士山は未だに大山の向こうに聳えています。立ち上がろうと踏ん張って出来た足跡が淵野辺の鹿沼と菖蒲沼です。ほかにもでいらぼっちが歩いた足跡が沼やくぼ地になって沢山残っているのだそうです。微笑ましい伝説ですね。

2011_0915blog30021_3   2011_0915blog30022 クラシックバレーを踊ってる女性を描いてみました。形が上手く描けると綺麗なフォームになり美しいです。

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2011_0915blog30019 この黒人系女性に合う花として私が見立てたのはチュッリップです。いかがでしょう?17

2011年9月14日 (水)

人物画(色鉛筆)

2011_0911blog30004 相変わらず人物画です。薄手のクロッキー用紙にコンテで描き始めましたが、うわっとした感じ、また、少しカラフルにしたいと途中から色鉛筆で試みました。肌色の陰の部分に緑、ブルーなどを使うと全体の肌が綺麗に見えます。そこで緑を。肌はやや赤めの色を。
ところが途中から色鉛筆の色がもうのらなくなってしまい,塗られた色の上を鉛筆が滑ってしまってもうどうにもなりません。やむなくここで止めました。残念なところは目が黒すぎて、きつい感じの人になってしまったことです。

*人物画講座。

友の会の絵画教室、5回目の今日は人物画デした。今年はこれで終わり。気に入ったモデルさんにまた来てもらって、コスチューム20分X2回、ヌード4回で2枚を仕上げました。このモデルさんは続けて3回来て貰ったことになり、お陰で、お互いすっかし親しくなりました。終わって4人でお茶、話が弾みました。「教室にアップルケーキを焼いて持ってくるつもりで作っていたのですが、失敗しちゃって・・・、時間がなくなり、やめて冷蔵庫に入れてきました」と無念そうでした。こちらは残念でした。次なるチャンスは今のところないのです。
11月に、また、ダンスに出ますとチラシを呉れました。観にいきましょうかと話しております。

ヌードの絵、頭のところで紙がつないであるのがわかりますか?ある先生は、何度も、「頭から描きなさい」と言われるのですが、私はからだの曲線を上手く描くのが楽しく、頭は3回目頃から描き始めます。ところで、今日は頭が入らなくなって・・・。困った挙句紙を継ぎ足して描きました。それでやっと頭と体のバランスが取れました。可愛いモデルさんでしょう?

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最後は写真を見て描いた外人さん。時間はたっぷり掛けてます。何回も手直ししたりして。出来はこちらの方がいいかも?でも、描いてる時は、やはり、「目の前にモデルさんを置いて」には敵いません。20分間全員がしわぶきひとつしないで集中して描く、なんともいい雰囲気です。
脚は短く、胴は長くても、やはり日本の女性が綺麗です。近頃、特にそう思います。

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2011年9月11日 (日)

よみうりランド

夏休み2ヶ月が終わって、久しぶりに13名がスケッチ。場所は「よみうりランド」。何を描くんだろう?来たのには訳があって、20枚の無料入場券をゲットした仲間の女性が提供してくれたからです。入場料まで払って入る人は仲間にはいません。入場口で、「絶叫マシンが沢山ありますが、年齢の上限制限がありますか?」とチャ化したら、「十分お若いように見受けました。問題ありません」と上手く切り返されました。

「皆さんお久しぶり。生きておられたようですね。よかったよかった」が会長の私の挨拶でした。絵になりそうなところとして「聖地公園」があるとの情報をもとにそこへ。夏草がびっしりで、蒸し暑く、風が通らない。とても描ける状態ではなく諦めました。代わりに2枚の写真でご勘弁を。
2011_0909blog30006 やっと選んだスケッチ場所は少し高いところで日陰、風が通る、そして遊園地の雰囲気がする眺めのところでした。

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2011_0909blog30012 垂直・上昇・落下機のクレージヒューストン、ウォーターシュート、ロープウェイくらいしか知りませんが、マシーンは山ほどありましたよ。私はこの種のマシーンには全く興味がなく、人生72年で、2度の体験があるだけです。何とかランドと言うような遊園地はキャアキャア喜んで呉れる彼女と行くところなんでしょうね。そんなタイプの女性とのデイトは一度もありませんでしたよ。

初めて行ったのは、結婚して、九州の片田舎から東京へ出てきたすぐの1964年「豊島園へ」でした。よみうりランドもこの年に開園してます。二人とも乗るでもなく、手をつなぐでもなく、話が弾むこともなく、何の感動もなく、帰ったのでした。「また、行きたい」とはその後一度も耳にしませんでした。2度目は、1977年、なんとロスのディズニーランド。シアトル駐在中、子供にせがまれて、家族でドライブ休暇の途中でした。
ここでも、子供は別ですが、私たちは何の執念もなく、ただ暇つぶしに乗った安物マシーンだけでした。夕刻になって腹が立ってきました。勧められたセットになった割安のチケット綴り。格安ゲットとばかり喜んだのですが、面白そうな人気マシーンは長蛇の列に並ぶのでした。これでは折角のチケットも使い切れません。すぐ乗れる安いチケットだけ消化して、代金の7割は残ってしまいました。翌日はサンディエゴへ南下。チケットはとうとうゴミ箱行きでした。これじゃ詐欺みたなものですよね。それ以来東京のDisney ランド+シーへは行ってません。
今日来た4人の女性は、ご立派、ちゃんと「大観覧車」に乗ったそうです。

「お父さん、観覧車からはなんにも見えないじゃない。天気が霞んでる?それとも私の目が霞んでる?」、「だから乗っても仕方がないぞと言っただろう」、しばし静か。「あとどれくらいで付くのかな」、「どこえ?」「乗ったところよ、決まってるじゃん」・・・「ねえ、あとなんぷん?」、「しらないよ。どうして?」、「おしっこ・・・」、「ダから行っとけって言っただろう」、「あの時は大丈夫と思ったの」

以上は、私たち二人、合計144歳が乗ったと仮定して、想定される問答集でした。これから見ても3回目の遊園地行きはありえませんね。

最後にこの2枚の絵、丸出しじゃないが、おっぱいが見えてる。上の写真の3人のお坊さんの銅像、その一人、日蓮上人さんが見たら、叱られるかな?それとも「よく出来てるじゃないか!」と褒めてくれるかな。

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2011年9月 8日 (木)

2011_0908blog30012 蝉が部屋の中で腹ばい状態で動かない。昼間網戸がないほうのガラスを開けてたからだって気がつきました。ご苦労様、葬ってあげるからと摘み上げたら、ジ・ジツと鳴き、羽ばたいたのでびっくり。思わず床に落としてしまいました。
悪かったな!絵に描いてあげるから缶の中で安眠しなさいと。7時間後には死後硬直状態でカチカチになってました。
これを3態に分けて描いたのがこの絵です。蝉だかアブだか判りませんが。

なんという蝉でしょうか?多分「ヒグラシ」かな?オスだかメスだか?ただ、ジ・ジと言う音だけしか聞いてないので判らない。鳴いてくれたらオスですが。

日本では、古来、蝉は独特の鳴き声、短期間で死んでゆく儚さ、「感動と無常観を呼ぶ”もののあわれの代表」として扱われてきました。蝉の抜け殻を「空蝉(うつせみ)」と言い、「現身(うつしみ)」と連して考えられました。うつせみとはいい響きですね。
それなのに、欧米では蝉を知らない人が多く、夏を現す蝉の声が妙なノイズと思われるそうです。日本の夏のドラマの蝉の声は消されて輸出されるのだそうです。なんとも勿体無い話jじゃないですか。哀れの感情がない。

*「蝉しぐれ」:
藤沢周平の代表作。2003年のNHK金曜時代劇、内野聖陽演じる牧文四郎、水野真紀演じる”ふく”、「カナカナカナ・・・」のBGMで大層良かった。二人の実らぬ恋は、蝉の幼虫が長い間地中にもぐってるように、長い間二人の心の中にだけあって、地上に出られない。でも終わることなく続くのでした。殿様に嫁いだふく、殿様が亡くなり出家をすることに。ふくはこの世の最後とばかりまだ独り身の文四郎を呼ぶのでした。二人はたった一度の契りを交わし、永遠の別れとなるのでした。それからどうなるのか誰もわかりません。あなたならどう脚色しますか?
蝉の鳴き声の如く激しいせわしい二人の恋も、実らず、儚く暮れて行くのでした。

「蝉しぐれ」といえば一斉に鳴く蝉の声が時雨の降る音に似てると見立てて呼ぶ夏の季語ですが、「カナ、カナ、カナ、・・・」は、わたしには秋としか感じられず、秋だからこそ、儚く、もののあわれと通じるんですよ。

I Photo ふくに似てる感じの女性の顔を探してここに載せました。ゆりを添えて。12

2011年9月 7日 (水)

純真無垢な鹿の目/ひよどり越え

 新芽会で美大の彫刻科を専攻してるモデルさんを描きました。「高校までバスケットをやってました」と聞き、うなずいたのですが、がっしりした骨格がポーズを生き生きとさせてました。「いいモデルさんです」と先生も。
残り時間が少なくなって、先生が「頭部が小さいみたい?頭の奥行きは前面に比べ結構長いですよ」と言われ、慌てて修正しました。そう言えば、黒人の頭などは後頭部がやたらと長いですね。耳は頭部の中心にあって、両耳に竿を入れてぶら下げると重心が取れているんだとか。普通、前から見ると耳は前面の横についてるような錯覚を持ちますが・・・。
そう描くと顔が平坦になり立体感が出ません。
とはいえ、この絵の顔はモデルさんに気の毒なくらい出来が悪いです。ごめんなさい。鼻の下から顎までがよくないのです。

2011_0904blog30011韓ドラの台詞から:

*一蓮托生(いちれんたくしょう):
悪い結末が予想される時に使う4文字かと思ってましたが、「死ぬも生きるも皆一緒。結果はどうなろうと行動や運命を共にする」と言ういい意味に使うのが本来の意味なんですね。仏教用語で「死後浄土で同じ蓮の上に生まれ変わる」から来てるんだそうです。
この世では一蓮托生でも、あの世では別の人と一緒がいいなあ。2011_0907blog30006_3

*純真無垢な鹿の目:
「どんな極悪人も。鹿の目を見ると改心する」ものだそうです。確かに鹿は純真で無垢な感じがするいい目をしてます。
鹿革は薄く柔らかく滑らかで、鹿革の靴に憧れがありました。今では革靴は窮屈でめったに履きません。鹿肉は淡白でくせがなくヘルシーとか。一度だけ食べたことがあります。鹿肉は「もみじ」と呼ばれ、「鹿にもみじ」の花札、「もみじ鍋」がある。馬肉は「さくら」、イノシシは「ぼたん」と呼ばれます。
百人一首に「奥山にもみじ踏み分け 鳴く鹿の声聞くときぞ 秋は悲しき」とありましたね。覚えてますか?
花札の「猪鹿蝶」になぞらえ「イノシシの肉、鹿の肉、鶏の肉のセットで「猪鹿鳥」と言う料理まであるそうです。

おとなしくひ弱そうな鹿ですが、峻険な山岳地帯でも平気で登り降りする剛健さもあり、こちらは賞賛されます。義経の「鵯越(ひよどりこえ)の逆落とし」と言われた「一の谷合戦」で、彼が背後から奇襲攻撃し、見事に平家を破った快挙。これは「鹿がこの急坂を駆け下りてます」と言う住民の情報から判断したのでした。素晴らしい状況判断です。見習わなくちゃ!!2011_0904blog30010_2

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2011年9月 4日 (日)

ノーサイドにどじょう

2011_0904blog30003 2011_0904blog30002 暇さえあれば?、失礼、暇は山ほどあります、気が乗れば人物を描いてます。木炭、コンテ、鉛筆、そのときの気分で。でも、やはり木炭紙程度の大きな紙に手を大きく動かして描く方が気持ちがいいです。

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21143_2 前回同様花の絵を添えて載せると画面が和ごみますね。

*ノーサイドとどじょう:野田新総理大臣が放った言葉ですが、

ノーサイド:イングランドで使われたラクビー用語で「No side」、終了(フルタイム)で試合が終わったら、敵味方なし。仲良くする精神で・・・。まさにside by side(仲良く手を繋いで)です。今は日本で使われる程度の言葉だそうですが「ノーサイドの精神」日本から改めて発信してみてはと多くのサイトに書いてありました。ノーサイドより「サイドバイサイド」の方が響きがいいですが。

*どじょう
江戸の昔は「どぢゃう」と言った。これが「どぜう」となり、今では「どじょう(泥鰌)」。中国では「解毒作用」があると言われて来たそうです。思い出すのが中学2年の時。皮膚が弱い私は蚊、虫に刺されるとよくまける(かぶれる)のですが、森の中で雨宿りにうっかりはぜの木の下を選んだから大変。はぜ負けになって、体中に湿疹が出来て痒くて痒くて。今のように薬はなく、ただひたすら自然治癒を待つのみでした。運よく夏休みでしたがどこへも行けず1ヶ月も家に居ました。ハゼ負けにはどじょう(同情でなく)がいいと、50匹ばかりを持ってきてくれた近所の人がいました。これを体中に擦り付けると治りましと。
「藁をも掴む」思いで擦り付けました。どじょうは体の色が赤くなってとても食べられませんでしたが、私の発疹はその後治ったのです。中国が言うどじょうの解毒作用のお陰でなく自然治癒の時だったのでしょう。これから以後、どじょう鍋(柳川鍋)は苦手です。

泥鰌の「地獄鍋」ご存知?豆腐と一緒に泥鰌を弱火から煮えたぎらせる料理で、泥鰌が熱さから逃れるため豆腐にもぐってもがきます。やがて静かになって美味しい味を出してくれると言う残酷な料理法です。一度生きたカニをこれと同じ方法で茹でたら子供が泣き出してしまいました。そんな子供に育てたつもりはないが・・・と私も泣きたくなりました。

「2匹目の泥鰌はいない」、「柳の下にいつも泥鰌はいない」とか。泥鰌は頭が良いんです。

*夫婦喧嘩:
「犬も食わない夫婦喧嘩」と言いますが、今では弁護士さんが金儲けのネタとして仲裁役に。犬は雑食で、人糞でも食べる(昔は良く見ました)。何にでも鼻を突っ込み、臭いを嗅いで。それでも、おかしなものは食べない能力を持ち合わせている。その犬でも食べない夫婦喧嘩ってわけです。いい事いいますね。「誰のお陰で飯が食えるんだ・・・」の夫の一言が奥さんが一番嫌がる言葉ナンバーワンだそうです。

離婚にまで及ぶ夫婦喧嘩をテレビ番組でやってましたが、私に言わせるとどれも正解無しでした。犬も食わないと教えられた昔の先輩に、マスコミは少しも教わってないじゃないですか。放つて置くのが一番なんです。
発端は、理性がない感情優先にパニックになった女性の一言から始まる喧嘩ですから。
こんな時は2階へ逃げるが一番。大切なのは日頃から女性を感情的にさせない工夫が大切なんですよ。

2011年8月31日 (水)

ピンク色/終活

2011_0827blog30025 女性のヌードだけではエロイと言われるので花を添えてみました。少しはなじみましたかね。
今回はコンテでなく、水彩画用紙に色鉛筆3色くらいで描いてみました。

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*ピンク:
よく見る韓ドラで「ピンクのリップスティック」と言うのを今見てます。韓ドラのタイトルには、どうもしっくり感じないものが多いのですが、このタイトルもわかりません。ピンクとは韓国でも日本と同じ意味合いがあるのでしょうか?
日本ではピンク(桃色)といえばエロイ、卑猥を意味する色に定着してますね。ピンク映画、ピンクサロン、ピンクちらしなどエッチなことでしょう。ピンクレディーは例外?近所にピンクの色の家がありますが、これには驚きが。落ち着きません。よくピンク色と毎日生活が出来るなあって。

でも、他の国では事情が変わります。駐在したアメリカではピンクでなくてBlue(青)が秘め事を連想させる色でした。Bkue Film(ポルノ映画)、Blue joke(下ネタ)ですし、オランダでは確か赤でした。中国では黄色。「黄色電影」はポルノ映画、「黄色録像」がエッチなビデオ、「黄色書簡」がポルノ雑誌です。
スペインに行けば緑(Verde)がその色。「Cine Verde)は緑の映画、「Libro verde」はポルノ関連の本となります。
Jリーグの東京ベルディーは緑色(Verde)です。

紫は万国共通に高貴な色といわれますが、またエロイ色とも思われているとか。色もいろいろです。

*終活、エンディングノート:
人生の最終章を迎え自身の思いや希望を家族に伝えるものとして、文章にして書き残すエンディングノートなるものをテレビでやってました。終活は就活をもじって作られた造語のようですがなんとも不愉快は言葉ですね。婚活ー離活などもパソコンは変換し切れません。おかしな世の中です。
死んだ先のことまで案じなければならない人生なんて?残った人たちが自由に葬って呉れればそれで十分じゃないですか。
マニュアル化してしまわないと気がすまないのでしょうかね。
お母ちゃんに言ってるんですよ。「俺が死んだ時くらいは、遠慮なく自分で何から何まで考えて対応して欲しい」と。出来る範囲でいいのだから・・・。

近頃のテレビ、世の中、何から何まで教え過ぎ、おせっかいやき過ぎです。

2011年8月27日 (土)

コラージュ(貼り付け、糊付け)

2011_0827blog30020_2  この絵はなんだ?ですよね。

友の会の絵画講座で始めて「コラージュ(貼り絵)」を体験しました。紙ボードにちらし、広告、雑誌の写真や15色の両面折り紙を切り取って糊で貼り付け完成させる絵画技法でした。
私の狙いは「色面構成」と言う色の勉強をしたいと言うものでしたが、意に反して思うように行かず戸惑いました。アングラ劇場で貰った沢山のちらしを切り取って貼っていくうちに、こんなものになったのです。
劇場で講演する出し物のチラシで、ドラマ、踊り、ダンスの様が一杯埋まって、結構楽しいものになりましたかね。最後に強い色、黒で締めてやっとポスターみたいになりました。真ん中のグリーンの枠の中に私のサインが入ってるんですよ。残念ながら読めませんね。

コラージュは「主観的構成の意図を持たない”意想外の組み合わせ”・・・」だそうですが、その通り何の意図もなく、途中からこうしてみようと考えて出来上がったものです。

*二日目の今日は一転して「石膏デッサン」。マルクス・ブルータスの胸像を木炭紙に木炭で描きました。シェークスピアが書いた「ブルータス お前もか!」で有名になった彼です。2011_0827blog300241540年頃、メディチ家の依頼でミケランジェロが造った 彫刻のレプリカ石膏です。木炭画の美大受験のテストに出てくる代表的な石膏。
私は日ごろから顔を描く練習のしすぎで、この絵も生身の顔みたいになってしまいました。石膏の質感が出てません。何でも難しいものです。

ブルータス胸像にはもう1点、「青年ブルータス胸像」と言うのがあって、こちらは「デキムス・ブルータス」だそうです。マルクスの従兄弟で、カエサルの信任が厚かった。そのテキムスがカエサル暗殺に加わっていたので、カエサルは思わず「ブルータス、お前もか!」と言ったとか。今となってはどちらのブルータスがそう言われたのかよくわかっていないようです。

2011年8月24日 (水)

やらずの雨

2011_0824blog30003 相変わらずヌード写真の女性を描いています。精進の甲斐あって、少しづつ正確に早く描けるようになってます。「オッパイが大きい、腰はくねっている、お尻も大きく・・・お父さんの好みですね」ってからかわれてますが、意に介しません。ひたすら描いてます。

デフォルメはまだ出来ません。ただ、日常から少し外れた特徴ある人物に興味を持って描いてます。普通の大きさを描いても面白くないですから。 2011_0824blog30001 サイン:絵のサインに「Y.Guchis」を使ってます。Yoshiyuki TakaguchiやY.Takaguchi どちらも長すぎるので短縮しているのです。高口の「口」だけです。Gucchiは有名なファッションブランドですが、私のブランドはGuchisで「s」がついてます。sが付くと「高口家」の意味にもなります。誰かが「高口さんの絵はブランド化してるんだ」って言ってくれました。ならばロゴマークが必要だと「木の葉マーク」(枯れ葉マークじゃないです)を考えてます。まだ最終的ないい形が出来上がりませんが。この絵にも入ってるでしょう。

2011_0824blog30002

*遣やらずの雨(やらずのあめ):
聞いたような言葉でしたが意味を知りませんでした。40歳の頃上司が、外人さんに向って言ったのです。そして、通訳してくれと。意味も知らない私が出来るはずがない。気まずい雰囲気になって仕舞いました。今でも忘れられない苦い失敗。上司の私への評価が下であったこというまでもありませんでした。

折角の上司の博識は何の役にも立ちませんでした。東大は法科出の上司、やたらと難しい日本語を使う人で、我々はどこに真意があるのかわからず困ったものでした。ちょうど日本語の法律文書のように、一度読んだだけでは判らないのです。ましてや通訳しろとなると・・・。

「やっと会えた恋人との合瀬のひと時が過ぎて、別れの時が来た。帰したくないなと思っているその時、タイミングよく降り出す雨」のこと。
なんとも奥ゆかしい表現ですよね。古き良き日本語のいいところ。
今では天気予報が正確すぎて、こんなことは起き得ませんね。加えて、ポータブル傘があるし、文明の利器タクシーが呼ばれてしまう。おまけに携帯が邪魔したり・・・と男女の睦ことも味も素っ気もありませんでしょう?この種の粋は歌謡曲の世界にしか存在しない現代です。

つまらない!!!その年で何を言ってます・・・か、ですか。まだまだ恋心は残ってますよ。

2011年8月22日 (月)

キューバ人は笑いながら生まれてくる

NHKの番組で日本語がぺらぺらのお笑い系キューバ人の女性が言った。「キューバ人は無邪気で明るく、常にポジティブ・・・赤ちゃんは笑いながら生まれてくるんですよ」にすっかりうけて大笑いしました。本当にそうだろうかと「キューバ人気質」で検索したら、キューバにはまってる人が結構居るようでした。
Photo_2  この絵はネットから拝借したものでキューバの街角で見たアマチュアの絵だそうです。見事ですね。
日本人が描いたこの種の絵となると、やたらとけばけばして派手なだけ。人が描かないような目立てば芸術だ、くらいの気持ちで描いた物しかないのですが。
私はキューバについては何も知らないに等しく、革命家チェ・ゲバラ、未だに元気なフィデル・カストロ、ケネディの「キューバ戦争の危機回避」、映画で見た「キューバの砂糖産業の繁栄」位です。

15歳で成人式、身だしなみがいい女性、とにかく花が好き、ダンスが好き、と底抜けに明るい人たち、人種差別がない。普通に生まれて普通に暮らしていれば生活に困ることはない、と、我々のように欲張りではないそうです。今あるものでやっていけば良いではないかと。
観光で行っても治安がいいのに驚くくらいだそうです。笑って生まれてくる赤ちゃんの国ですか?最高にいいですね。

*話は急に変わりますが、近頃のNHK 民放と変わりませんね。やたらお笑い系、賑やか、どたばたな内容で。落ち着いて見れる雰囲気が全くない。そして余計なことを言い過ぎます。「午後から雨でしょう、傘を持ってお出かけください」、「今日は洗濯日和です」の天気予報。おせっかいもいいとこです。雨にぬれても死にはしません。熱中症「水分補給に努め、エアコンも適度に使って・・・」。ここまでいちいち言わなくても、後は個人の判断で・・・十分なのに。その結果、人は皆他人任せで自己判断をしなくなる。おまけに予報が狂ったら他人が悪いと責任を擦り付ける。学習能力は少しも向上してません。

そんなことより、もっと世界のいい話を運んできて頂戴。

2011_0822blog30001 2011_0822blog30003

*見事な放物線に螺旋:

人物が持っている美しさを感じる線ーそれは放物線、螺旋ですよね。この絵のような女性の形には美しい線が一杯あって、描いては消し、消しては描いて、やっとたどり着いてます。昨日は「これでよし」と思った線が、今日は「間違っているな」と気がつきます。1週間もして「これで良し」となるんです。その時は歓喜を覚えますよ。「やっと完成だ!」
どちらの絵も生で見れるチャンスはまずありませんから、これこそ写真があるお陰です。右のしゃがみこんだ形での脚・足、お尻、腰の大きさと螺旋の線はどうでしょうか。

お気に召される哉???

2011年8月20日 (土)

磨斧作針(まふさくしん)

2011_0819blog30007_2 相変わらず女性を(写真から)描いております。飽きもせずに。どうして?と聞くのですか?

*「磨斧作針(まふさくしん)」って言うでしょう。あまり聞きなれない4文字熟語ですが。斧を磨いて針を作るが如し。「忍耐強く努力すれば、必ず実を結ぶ」のだそうじゃないですか。唐の李白のお話とか。まあ、騙されたと思って頑張っておりますよ。

とはいえ、顔を描くのは難しいです。形は似てきても、表情が上手く描けません。でも、出来た顔が、意図しないのに、自分の好みになってくると嬉しいことこの上なしです。このお嬢さん、皆さんの好みに合いますでしょうか?

*雌鶏が鳴くと国が滅びる:
古代中国の諺。フランスでもこういうそうですが。女性がでしゃばって雄鶏より先に時を告げると「不吉なことが起こる前兆」と忌み嫌われたとか。
雌鶏が鳴いて国が滅びた例は、歴史上ごまんとありましたよね。
動物の世界ではあまり例がないようですから、それこそ国が滅びるような大事件かもしれません。
女性が強い現在、男性である私はおとなしくする手段で凌いでおりますが、容認してるわけではないです。解決策は、雄鶏である私が先に鳴けばいい話でしょう。そうするように心がけてます。

でも、「雌鶏が勧めて 雄鶏 時を告げる」と言われないようにし2011_0819blog30010なくちゃ・・・です。歳をとっても、相変わらずおかあちゃんはうるさい。「雨が降るそうですよ。傘を持ってますか?・・・」なんて玄関で雌鶏(おかあちゃんが)鳴く。
それに従っていては「雌鶏が鳴くと国が滅びる」諺のとおりとばかり・・・です。そこで、雨に降られても死にはしないわ・・・と苦虫をかんで出かけます。このリスクをとっての行動見上げたものでしょう。

絵の女性は「先に鳴くようなタイプの女性じゃないようですよね。自分の魅力を見せ付けれれば満足って感じじゃないですか。そんな感じで描きましたから。男性が若い女性を好むのは「若い雌鶏は先に鳴かない」からかも?

この辺で、
議論するのも疲れました。

2011年8月13日 (土)

白人の顔

2011_0813blog30013_2  この蒸し暑さ、どうにかしてくれないかな!私は、もう、人間をやめて、イモリになってエアコンにしがみついています。ジットして凌いでおります。「ご飯ですよ」と呼ばれるときだけ下へ降りていきます。ご案じめさるな、節電のための温度28度は守って居ますから。

28度と言えば、一時よく言われてましたが、「熱中症」が出てきたら、温度はいわず「適度にエアコンを使って・・・」と言うようになりました。お陰で元気ですが、イモリは昼寝て夜になると元気が出る動物のようです。私も夜になると元気が出て、こうしてブログを書いているんですよ。

絵の外人さん、写真より美人に描けてます。外人さんは横顔が綺麗ですね。写真ではそばかすが一杯で今一でした。途中で、母ちゃんが、「お父さん、よく出来てるじゃない。知性的な美人じゃない」と褒めてくれました。それならばと、大事に大事に仕上げました。手で擦る方法からティッシュでコンテを伸ばしました。そばかすはすべて削除しました。

2011_0813blog30016 ならば、もう1枚と描いたのが次の絵。もっと若く可愛い金髪の白人さん。「あら、また1枚描いてるの。今度は随分ブスなんだ・・・」と散々貶されました。そうか!「それならやってやろうじゃないか、美人に描くぞ」とあちこち消して修正してやっとここまで。次第に色が濃くなって、ちょっと怖いお嬢さんになっちゃった。ごめんなさい。
もう一度描き直して上げますとは言いません。2度描く気はしませんから。描くなら別の人です。

絵を見て、よく「写真みたい」と言う人が居ます。褒めてくれてるのか、写真があるんだから絵にしなくても、と貶しておられるのかわかりません。
お願い、褒めていただけるなら、「写真より遥かに好い絵ですね」といって欲しいです。

2011年8月12日 (金)

七去(しちきょ)

2011_0806blog30002 7月の教室が台風のため中止になり、久しぶりの甲斐先生の新芽会でした。美大の彫刻科選考のモデルさん。我々には初めてでした。彫刻のモデルさんのようにがっちりした骨格で描きやすかったです。そんな感じがする絵でしょう。

*七去(しちきょ)ー韓ドラの台詞から。
儒教全盛時代の昔の中国で「礼」として教えられた7つの戒めで、日本でも江戸時代に流行した「女大学」と言う本にも書かれていたそうです。

妻を離婚できる7つの事由として、
1.不順去ー舅、姑に従わない。
2.無子去ー子供が生まれない。
3.多言去ーおしゃべり。
4.窃盗去ー盗心がある。
5.淫乱去ー
6.妬去 -ねたむ。
7.悪疾 -悪い病気。の7項目があった。日本でも「令」に定められていた。(七出という)

今なら信じられない内容ですが、古代中国の頃は社会の慣習としていわれてたのでしょうか?もっとも、殆ど機能してなかったそうです。反対に「3不去」として1.帰るべき家がない。2.夫の父母の3年の喪に服している時。3.結婚後豊かになった場合。つまり妻への恩義を忘れない。妻の努力を評価する。人徳を裏切らないと言う調整弁があったのですね。あわせて「七去三不去」と言われます。結婚後豊かになれば例外とするとは、不可思議。ここでも経済優先だったのでしょうか?豊かになれば許されるとは。

「七去三従」となると嫁は「幼い頃は親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従う」の三従があるとなります。
「老いては子に従う」とは、歳の取り方としての教訓で、男女の区別なく、よく使われる言葉ですね。私もそのように心がけているつもりです。

加えて嫉む、浮氣をするはやめましょう!

2011年8月 9日 (火)

山中湖からの富士/忍野八海

2011_0808blog30056 絵の仲間10名で山中湖へ行きました。私にとっては5年ぶりくらいです。夏場の富士は朝もやに覆われ、入道雲、時折のにわか雨、雷を伴う夕立などで、ヌードになって全容を見せることは皆無と聞いてましたが、その通りでした。2泊目の午前中に部屋から描きあげた富士がこの絵です。部屋から富士が見えるのですから絶景のホテルでした。ここは会員制ですが、ゲストはOKとかで、家族連れがうなるほどで満室でした。会員さんがセールスをしてるようなもので、お客さんが来るのでしょうか?
バイキング料理のコンベンション・ルームも一杯で長蛇の列で待っている盛況ぶり。
外はと言えば小雨の中を合宿にでも来たのか学生が列を成して走っていました。都会から、わざわざ来てこんなに人で一杯とは情けない話です。

やっと晴れ間が見え、今なら大丈夫かと噂に聞いた「忍野八海」へドライブ。途中から土砂降りとなりながら必死で探して到着。駐車場から歩いてみてびっくり。居るは居るは、人、人、人ばかり。おまけに土産店、休憩所ばかりで何が忍野八海なのか? 外から見えないように囲った狭い歴史博物館は、パンフレットもなく、300円も取られました。こんな観光地は全国どこを探してもないでしょうよ。2度と行きません。中国人が一杯居ました。どうして、中国からこんなとこに来るんでしょうかね。さすがに西洋人は居ませんでしたよ。

2011_0809blog30002 2枚目は外人さんのヌード。コンテで描く。延べ30時間も掛けましたかね。お腹周りに苦労しました。

*朝三暮四ー韓ドラに出てきた故事
目先の違いに気を取られ、実際は同じであるのに気がつかないこと。転じて人を騙すこと。朝四暮三とも。中国の春秋時代、宋の祖公という猿好きの老人が、サルの餌に窮するあまり、餌のどんぐりを減らさざるを得なくなり、「朝に三つ、夕方に四つやる」といったら、サルが少ないと怒った。そこで、今度は「朝に四つ、夕方に三つやろう」と言い換えたら、サルは大層喜んだと。

目先の利益に惑わされないようにしましょう。
鳩山総理大臣が国会答弁で、この「朝三暮四」を「朝令暮改」と同じ意味と解していたことがあった。

しかし、待ってください。今の国の赤字だらけの財政難では、年金などは「朝四暮三」で貰っておかないと危ないですよね。段々減って来るのですから。猿の方がよほど頭がいいんじゃないかな。

*杞憂(きゆう)
昔、杞の国に「天地が崩れると恐れ」、心配で夜も寝られず、食事も摂らなかった人がいた。この故事から無用の心配、取りこし苦労を杞憂という。福島原発事故はありえないと思われた「天地が崩れる」事故だったのだろうか。今後はあり得るに変わるのか?原発に対する懸念は果たして「杞憂」でしょうか?

長い歴史の中で知恵として生まれた故事や諺も変わってくるんでしょうね。

2011年8月 4日 (木)

三猿/栴檀の芳ばし

新百合で行ったパステル画「イリスの会展」。お陰様で800人以上の方のご来場を賜り盛大に終了しました。雨模様のお天気の続きの中、お運びいただき誠に有り難とう御座いました。次回は2年後になりますので、それまでに上手になっておきます。

2011_0804blog30001 展覧会場を終え駆けつけたのが2011_0804blog30003 神楽坂の甲斐清子先生の特別デッサン教室。描いた絵がこの2枚です。3ヶ月に一度の夜の講座です。ダンスをされる先生お気に入りのモデルさんで、このようにひねった難しいポーズを取ってくれます。この姿勢で20分は大変ですよ。
20分x4回で右の絵を、2回で左の絵を描きました。左の絵のときなどは、手を伸ばせばモデルさんに届くほどの近い位置でした。こんなアングルで描けるチャンスはめったにありません。

*韓ドラに出てきた諺 二つ:
その1-「見ざる、聞かざる、言わざる」
深い意味は知りませんでしたが、「論語」のなかに「礼にあらざれば視るなかれ。礼にあらざれば聴くなかれ、礼にあらざれば言うなかれ、礼にあらざれば行うなかれ」があり、中国、朝鮮半島においては、結婚前の女性・妊娠中の女性に胎教の観点から「見ても見ぬふり、聴いても聞こえないふりをして、言いたくても言うな」と教育されているそうです。インドの聖人マハトマ・ガンジーは3匹のサルの像を身につけていたそうで、「ガンジーの3猿」として有名だったとか。
日光東照宮の3猿像は見たことがありますが、こんな使われ方をしているとは知りませんでした。
日本の現在のマスコミも何でもかんでも言わないで(報道しないで)、この3猿を少し見習ってはどうでしょうか? 興味本位の枝葉末梢なことは、私も、知りたくもないです。

その2-栴檀は双葉より芳し(せんだんはふたばよりかんばし)
栴檀(せんだん)は中国語で、日本では白檀(びゃくだん)です。ジャワ島原産のよい香りを出す樹、香木ですが、
白檀が発芽した頃から早くも芳香を放つように、大成する人物は、幼い頃から他と違って人並みはずれて優れたところがあることを示す喩え。こんな子がいますよね。反対語が「大器晩成」

私の例で見てみましょう。生まれてしばらくはー「この子は天才に違いない」、小学校に入る頃ー「末は博士か大臣か」、中学校でー「野口英世かエジソンか」、高校でー「村長さん?」と変わり、大学受験でー「なんだただの人か」と急変でした。1年浪人して入学・卒業・就職。23歳で結婚ー「やることだけは早いじゃないか」
半年は船に乗り家にいないのに、二人の子供が矢継ぎ早に誕生ー「やっと食って行ってる人」。海外勤務で「英語が少し出来る人」-髪が抜け白髪が多くなって「ストレスに弱い人」、60歳前に退職して-「人並みに働けない」。(でも、髪は元通りになった)。趣味の絵を始めてー「下手の横好き」、「下ネタ好きな人」・・・が現在です。これからー「恍惚の人」になりー「割と早く逝った人」となるのでしょう・・・。栴檀の芳ばし・・・は生まれて3年くらいでしたかね。おまけに大器晩成でもなかった。

贅沢は望みますまい。ここまで生きてこられたことに感謝してます。

2011年7月30日 (土)

バレーをやってる人

2011_0724blog30007 先週あったヌードクロッキーのモデルさん、小柄で胸も、オッパイも、腕も細い。顔も小柄で可愛い。でも、描くとなるとちょっと食指が動かないタイプでした。
ポーズが始まりました。腰から下の下半身がしっかりしていて脚がとってもきれいじゃないですか。先生格の人が「モデルさんはバレーをやってる人?」「そうです」

道理で均整がよく取れた腰、脚でした。鍛えることで綺麗に育つのですね。よく見ると寝ポーズのときの足の指が中側に曲がってるのです。「知らない間にこうなんるんです」という返事でした。
「ダンスで、いくらか稼げるの?」とぶしつけな質問。これは私の発言。明るい声で、「赤字です。モデルではいくらかでも頂けるのですが、バレーでは1銭も稼げません。」と。やはり大変な世界なんですね。昔から、バレーはパトロンがいなくては存在できない職業でしょうかね。(パトロンって響きが悪いです)

自分の体で何かを表現するダンス。絵のモデルをしてるときもポーズを取る瞬間から目つきが変わって一生懸命なのが伝わってきます。モデルに言わせるとポーズを開始して、次第に、自分の中の自分なりのイメージが拡がってくるのだそうです。

2011_0724blog30011 2011_0724blog30012 あまりいいクロッキーが描けなかった午後でした。

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2011年7月27日 (水)

描いたことを忘れていた絵

2011_0726blog30007_2  訳あって押入れに在った在庫の額をチェックしていたら、額の中にクッション代わりに入れてあった絵が2枚出てきました。日付は、なんと平成14年。絵を始めた頃の未完成作品でした。
「へえ!こんな絵を描いていたんだ」~懐かしくなり、改めて手を入れてます。

奥から大き目の絵筆2本。これはもっと大きな筆で描いたらどうでしょうと先生に言われたのでしょう。次が西洋式のタバコを吸う人形。長ーいキセルで煙をたなびかせています。確かオランダで買いました。熟れた赤いほうづき。子供の頃女の子はこれを舌で上手く鳴らせるなら自慢できました。

アメリカのギンコという化石の発掘で有名な場所で買った石の板。一時ブックエンドとして使ってた記憶があります。
愛用のタバコのマイルドセブンーこの頃は確か一箱240円。今は400円もします。喫煙は嫌われるだけでなく、税金も沢山払わされる羽目になってます。

最後が伊豆高原で買ったお土産の灰皿。灰皿は訪ねた先でよく買いました。要らないのですが、捨てられなくて・・・、50個もあるでしょう。
身の回りに在るものを並べて描いた静物画です。
床面に固めのキャンバス地の布。この頃から背景をどうするか、床面に何を描くか・・・など悩み始めた頃でしょうね。「布の表現」なんて書いてあった本も思い出されます。

画面に直線が5本も入っていて、今なら決してやらない構図でしょう。直線は画面を切ってしまうから避けましょうと教えられたのはこの後でしょう。加えて、背景は、今なら、もっと薄い色にするでしょう。モチーフの並べ方も変わるかな。

こんなことを思い、一人ニヤニヤしながら描き加えてます。これも描く人だけが味わえる絵を描く楽しみ方です。

もう1枚は、アヤメのようです。花が6種もあって珍しいです。日本画風に平面的な描き方です。こちらも手直ししてみたく思ってます。2011_0725blog30003

2011年7月23日 (土)

アート・ビューティー

裸の女性の写真は、若い頃は入手が困難で、たまに手に入ると、友達同士で回し見、それはそれは大変でした。嬉しいのに、後ろめたいことをしてるような罪悪感がついてまわるのでした。
今はどうでしょう。ネットのお陰で、ごまん(5万以上です)と見れるんですよ。白、黄色、黒はもとより、天然色の陰毛、ご丁寧に剃ったもの、更に陰唇までも映ってます。モザイクもなく、ありのまま。

でも、きれいなものとなると、そんなにはないです。ならば、どんなものが綺麗なんでしょうかね。見る人の感性次第で決まるのでしょうか?それだけではなさそうです。基本となる何かがあるように思われます。
モデルのポーズはだらしない。陰影はおかしい。憂いある顔でない。裸を見せるだけでなく、裸で何かを表現してくれる、それに魅せられるアート・ビュティーとなると数はグット少なくなります。何を意図して載せた写真なんだと疑いたくなるものが殆どなんですから。モデルのせいじゃなく写真家の力量にあるのでしょうか?どちらにも責任があるんでしょう。

2011_0722blog30002 2011_0723blog30002 5分で描きあげるクロッキーの練習にネットから写真を得てそれで練習に余念がありません。
写真であっても練習にはもってこい。助かっています。同じくテレビの録画から映像をデジカメで撮ってパソコンに入れて印刷する方法もやってます。

1枚目はミス・インドの絶世の美女。残念ながら絵は駄目。

お陰で、顔も描けるようになりまた。あとは、手と足がまだ不十分です。

2011_0723blog30004 これからあと2年も努力すれば、5分でクロッキーが描けるようになるのではと期待してます。出来るかな?

2011年7月22日 (金)

パステル画作品展/イリスの会展

小田急新百合駅の傍にある「麻生文化センター」で、月2回のパステル画教室(イリスの会)が、石井清先生を招いて開かれてます。私は入会して2年。真面目な生徒ではないのですが、楽しく学んできました。先生の奥様と太極拳の習い事で一緒になり、そのご縁で、ご主人のパステル画を見る機会を得て、入会させてもらったのです。

今回、2年振りに 「第9回イリスの会展」が7月29日~8月3日、同センターの「市民ギャラリー」で開かれます。(AM10:00-PM5:00)。先生の作品をはじめとして、生徒18名が約40点を展示します。ご来場を賜り、ご教示をいただければ幸いです。

*私は3枚2点の絵を出します。ここに紹介しましょう。

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まず自画像と頭骸骨です。この2枚を並べ、一つの額に入れて展示します。頭骸骨は15年後くらいの私の将来です。なかなかハンサムじゃないですか?遺影にしてもいいかも。
今は火葬が義務付けられていますので、このような頭蓋骨は、一般では、どなたもご覧になれませんから、貴重な作品でしょう。きわめて珍しい絵です。3

もう1点は風景画。長池公園の見付け橋と教会です。多摩センターから一駅の「堀の内駅」から瀟洒な遊歩道を散策しながら歩いて13分。細長い池(長池)を中心とした自然豊かな長池公園があります。その池の上に、四谷赤坂見附から移築された「見付け橋」があります。レンガ色が周りの白と緑に映えています。
これに教会と来れば、なんだか外国のような風情です。この教会で結婚式を挙げるカップルが多いとか。私なら金婚式でも挙げましょうかね。

橋下の水が川でなく長池の水なんですよ。

2011年7月16日 (土)

人物画/ダンスをするモデルさん

2011_0716blog30012 町田版画美術館友の会の「アートスクール 絵画講座」の担当の一人として、昨日、今日と人物を描くをアレンジしました。縁あって前に描いたモデルさんが気に入ってたので、指名して来てもらいました。

初日はコスチューム。ダンスをされるモデルさん、そのときの衣装の一つに粋な帽子を被ってもらって、「ハイ、ポーズ」。その瞬間、人が変わったようにきりっとした緊張みなぎる姿に変身するのでした。
20分、6回で、じっくり1枚を描きましょうとひたすら集中。顔が上手く決まらず、4回も修正、てこずりました。案の定出来映えは今一、満足できません。終わってぐったりするほど疲れました。

二日目の今日は、同じモデルさんが脱いで坐りのポーズ。2,3枚書きたくて別のポーズはいかが?と提案しましたが、1枚をゆっくり仕上げたいとの希望者が多く、一つのポーズを6回に決まって仕舞いました。そこで私は、20分2回毎に場所を変え、同じポーズを別の角度から3枚描きました。2枚目の背中を描いたものがいいと言われました。

2011_0718blog30001 2011_0718blog30010 

2011_0718blog30007 最後の3枚目は、床に座り込んでかぶりつきで陣取って描いたのです。周りには他の人が描いていて割り込む余地がない。「失礼」とその前の床に画板を置いて、座り込んで描いたのです。
「高口さんは、若い頃からかぶりつき専門でしたか?」とからかわれました。若い頃は、前に行きたくても恥ずかしくて行けなかったショーの舞台前。被りつきが、この年になって実現したのでした。近くから、下から見上げてる感じが出てますよね。こんな近くから描かれるとモデルさんも緊張するのでしょうね。ごめんなさい。

モデルさんから7月23日にダンスで踊りますから見に来てくださいと案内を受けました。4つのグループが踊る中、その中の一つで 女3人で踊るのだそうです。「人、カラダ、生物、粒、繋がり、ぶつかりなど」を表現するのだそうです。

さて、どんな踊りなんでしょうね。楽しみにして行ってみます。

2011年7月14日 (木)

暑さに負けないで

Photo_4  2011_0710blog30005

深大寺で描いた灯篭の絵、手直ししたらこうなってしまいました。今流行のスレンダーな女性に見習ってこうなったのでしょうか?灯篭さん、ちょっと頼りないですよ。
お父さん、お母さん、そして子供の灯篭一家。お母さんのお腹には赤ちゃんが出来てるようですね。それを見守ってくれているご先祖まさ灯篭が手前に鎮座ましましてます。。幸多かれとお祈りいたします。

一枚は、深大寺のお店の玄関にある修行僧の石彫り。実際は、もっと、笑顔なんでした。

Photo_3  こちらの一枚も手直しした絵。相模川の「3段の滝公園」。緑に恵まれた低地をゆったりと流れる相模川。遠くの大山も神々しいです。相模川の水に町田市の水道はお世話になってるのです。ありがとう御座います。

2011年7月11日 (月)

梅雨明け

116 128東北地方も今日梅雨明けを迎えました。

昨年より1週間、例年より2週間も早い梅雨明けだそうです。沖縄では4月30日に梅雨入り、6月9日に梅雨明けで観測史上最も早い梅雨明けでした。梅雨は、昔と比べると、確実に様相を変えてきてますね。

梅雨、五月雨、露、倍雨、黴雨(ばいう)などと言われますが、梅雨の語源は明確でないようです。

子供の頃の梅雨は、いわゆる「女梅雨」で雨がしとしとと降り、体はべたべた、洗濯物は乾かない、押入れはもとより、いろんなものがカビだらけでした。梅雨明けとともに一斉に梅雨干しをしてました。食あたりに注意するよう繰り返し言われ、このころ熟する生梅を食べるんじゃないよ・・・とね。
近頃の梅雨は「男梅雨」でしょうか、降る時はどっと降って、後はからっとした空模様です。幸い集中豪雨の大きな災害もなく、食中毒もなかった。

2011_0710blog30003

五月雨を集めて早し 最上川 (松尾芭蕉)

北海道、小笠原諸島には梅雨がないこと知ってましたか?

私もお陰様で、梅雨の鬱陶しさは感じず、せっせと人物画を描いて来ました。今日は外国人と韓国の女優さんでした。

2011年7月 9日 (土)

深大寺/絶世の美女

2011_0708blog30027 3年ぶり、10名が調布の深大寺にスケッチに行きました。着くが早いか「蕎麦、そば、そば」とスケッチより「ビールともり蕎麦」で頭は一杯。「あなたの傍が好い」なんて洒落た「おち」を言える人はもういません。

10時過ぎ、境内はがらんとして、「今日は平日だから・・・ゆっくり出来るじゃない」と喜んでいましたが、どうしてどうして、お昼時にはどの蕎麦屋さんも満席状態でした。「雀のお宿」と言う洒落た名前の座敷席にやっと座れて「もり蕎麦大盛」を堪能しました。
台湾から30名くらいの団体さんが隣に来て、機関銃でも撃ってる響きの賑やかなぺちゃくちゃに蕎麦をすする音も聞こえないくらいでした。

「どうも?台湾人だな」って思い、小母ちゃんに声をかけました。「台湾からですか?」、「イエス」と何故か英語で返事が来ました。「暑いでしょう?」、「イエス・・・」。話が通じる。「気をつけて・・・」と言ったら、「おイしいデした」と答えてくれました。なんだ、この小母ちゃん日本語がわかってなかったのか・・・。言葉は判らなくてもちゃんと答えてくれる、その度胸は天晴れ天晴れでした。

深大寺:東京では浅草に次ぐ古い歴史を持つ奈良時代に創建された名刹。水路や池がある水に囲まれ、春のだるま市、深大寺そばが有名です。30歳前後の若かりし頃、5年間近くの三鷹市大沢に住んだことがありますので深大寺は思い出の場所のひとつです。

悩んだ末に描いたのが4個の灯篭がひしめいていた一角。ご覧のように未完成。でも、灯篭がこの世のものじゃない感じ?怖ーい感じがしませんか?

石灯篭の部分名称は上からー宝珠、笠(下の火袋の屋根、6角形が多い)、火袋、中台、竿(最も長い柱の部分、「奉納と書いてあった」、最後が「基礎」と言うのだそうですが、絵でそれがわかりますか?名称はともかく灯篭は不思議な印象を与えてくれる代物じゃないですか。

描いた絵を見て「怪談 牡丹灯篭」を思い出しました。落語家三遊亭円朝の噺で庶民の知られましたが、もともとは明の時代に書かれた中国の物語で、一目ぼれで恋焦がれた女性が、毎晩、牡丹の美しい絵柄の灯篭をぶら下げた女中を伴って訪ねてきてくれるのでした。この女性、実はすでに死んでいて、彼は、ドクロと話をしているのでした。ある時、牡丹と灯篭に飾られた彼女の墓を見て愕然とするのでが、時すでに遅し。やせ細って死に果ててしまいます。
このように灯篭は男女が絡む怪談によく出てきます。

スケッチからの帰路、永山で小田急に乗り新百合の電車の中、はっとするような美人が前の席にいました。年のころなら21-22の世にも美しい娘さん。是非モデルになってもらって描きたい、とふらふらと近づこうとしたその瞬間、牡丹灯篭の怪談を思い出し、足がすくんでしまいました。それで、よかったのです。命拾いしました。彼女は牡丹じゃなく百合のようでしたが。

嘘だろう、この話???   あなたのご判断におまかせします。

私はドクロとお話をすることもなく、こうしてブログを書いております。

2011年7月 6日 (水)

いろはカルター世渡りの知恵

2011_0705blog30013_2 クロッキー用紙にコンテで人物画の練習です。バレーのドキュメント番組のシーンから動きの一瞬を描いてみました。人体の動きのなかの美しい形です。雰囲気がある絵にするのが大変です。

2枚目はグラビア写真から。逆行気味の絵はいまだ未熟です。2011_0706blog30002

*いろはカルタの諺:
韓ドラの台詞にアフリカの諺がでてきました。
「早く行きたければ 一人で、遠くに行きたければ 一緒に行け」と。言いえて妙です。
ネットを見たら他にもたくさんのアフリカ諺が載ってました。西洋、東洋とは違ったアフリカ世界の諺。人間を含めた動物から学ぶ自然体の諺が多いと感じました。             

「ライオンであろうと、シマウマであろうと変わりはない。日が昇ったら、走り始めた方がよい」
「メンドリは窮屈な場所でさえ、卵を産む」
「象たちが戦ったら、草地が被害を被る」
「母親の近くにいる雛は バッタの脚をもらう」
「おぶってもらった人に 臭いと言ってはいけない」
「祈る時には足を動かせ」(祈るだけでなく行動を起こしなさい)

子供の頃いろはカルタ遊びで諺の意味もよくわからずに覚えてました。今の子供はいろはカルタを知ってるのでしょうか?ゲーム遊びで手一杯ですかね?
改めてチェックしますと、今では使えそうにないカルタ言葉があるようですね。

「憎まれっ子世に憚る」-にくまれっ子も、今ではいじめで処理されかねないでしょう。「下手な長談義」-皆さん忙しくて長談義など、はじめから聞いてくれません。「律義者の子沢山」-子沢山では喰っていけませんね。「老いては子に従え」-子も孫も近くにいないです。
「旅は道連れ世は情け」ーおれ俺詐欺に要注意。むしろこちらがいいですかねー「縁は異なもの味なもの」。
「楽あれば苦あり」-楽して楽知らず。「無理が通れば道理が引っ込む」ー多様化で道理が多くなっちゃって、道理は引っ込みません。「臭いものには蓋」-カラスやマスコミが蓋をあけてしまいます。「頭隠して尻隠さず」-お尻は見られても平気な世の中、お尻を向けることも気にしてません。「3遍廻ってタバコにしよう」-あちらこちらが禁煙場所。3遍廻っても吸う場所が見当たらない。「油断大敵」-外に出ても油断してる人ばかりです。

お粗末でした。許して!!!

2011年7月 4日 (月)

筆で直接花を描く

2011_0704blog30002 仲間の「サロン・アカデミー」教室、前回の続きで、鉛筆デッサンなしで写真の「花を描く」でした。「庭に雑草のように一杯咲いてました」と ある女性が生花を持ってきてました。その美しさは写真など到底敵いません。見せてもらって描きました。
花の名前が「判りません。家を新築した時に持ち込まれた土に種が入っていたようです」・・・と。「この花は、小さい球根で咲くんじゃないですか?」と別の女性。結局花の名前は判らずじまいです。
デッサンしないと早いですよ。1時間ばかりで完成です。

2011_0704blog30003 2枚目は写真から。バックまで入れて、時間切れで未完成、終了です。何の花だかよくわかりませんね。ピンクと白の 椿です。つつじのように見えますね。未完成ですが完成させる意欲はわきません。

*3枚目はコンテデッサン。脚、特に膝の練習になると描きました。ところがモデルさんの右足が今一です。

顔も今一?、これも認めます。

2011_0702blog30006

2011年6月29日 (水)

相模川と大山

2011_0627blog30006 2011_0627blog30002 2011_0627blog30013 2011_0627blog30005 先に載せたクロッキーの残りです。そうです、彫刻モデルさんじゃないかと勘違いした堂々たる勇姿ですよ。不思議と自分でも気に入ってるクロッキーです。

*相模原「下溝三段の滝公園」スケッチ:
JAGと言う絵画会のスケッチにゲストとして参加しました。35度を越す今年最高の暑さのなか30名以上が集まりました。日陰と風通しがいい場所を選び、「今日は何事。絵描きさんが一杯じゃん」なんて、散策の人に言われながら、懸命な努力の成果がこの絵です。2枚も描いたのですから褒めてください。

2011_0629blog30024 2011_0629blog30026 絵の右手には釣りを楽しむ人が一杯。暑いなか大きな傘をさして、何が楽しいのか、だただた静かに魚が食いつくのをじっと待ってる人たちでした。
緑一色に染まった相模川の両岸はゆったり流れる水に「緑の影を落とし」もう梅雨が明けた感じでした。
遠景の大山には、前日金時山に一泊して、翌日延々と歩きやっと着いた記憶が思い出されました。会社のハイキング部で連れて行ってもらったのですが、当時若かったはずの私、すでに年長者で、若い人に負けられないと歯を食いしばって付いて行った事だけが記憶に残っています。今は、残念ながら出来ない相談です。
次にやってきたチャンスの時は、丹沢方面からケーブルで大山神社までで済ませました。

2011年6月27日 (月)

彫刻モデル

久しぶりの「絵夢デッサン会」ーヌードクロッキーでした。心なしか東日本大震災の後、参加者が少なかったのですが、今回は多くなりました。15枚描いたうち4枚を載せます。
今日のモデルさん、それはそれはがっしりとした体格でした。肉付きも2011_0627blog30014 2011_0627blog30010 2011_0627blog30007 2011_0627blog30015 よくどっしりとした「頼れる母」ってイメージです。絵をご覧になるとわかりますでしょう?
現代は痩せるために必死の「私、綺麗でしょう・・・」と主張するタイプが多いですが、モデルさんのような、「そんなの関係ない」タイプの、おおらかな人も居るんですね。好感が持てました。
ポーズとポーズの間に5分の休憩がありますが、このときモデルさんが何をするか?これが人様々。モデル台で本を読む人。この場合声を掛けづらく場内はお通夜みたいに静かです。外にでてしまう人。手持ち無沙汰に目をきょろきょろさせる人など。
こんなタイプの人には声を掛けやすい。

「彫刻のモデルもやってるのですか?」と聞きました。「絵を描く皆さんが、よくそんな質問をされますが・・・私はやってません。一度やったことがあるんですが、それからは声がかからないんですよ。」と自信をもっておっしゃる。
よく見る彫刻になる女性にぴったりのモデルさんでした。

*韓ドラ「19歳の純情」:
ドラマの中で流れる音楽が気に入って、ネットで調べ、CDを申し込みました。どうも韓国から発送される様ですが15曲が収録してあって2,300円です。着くのを待ってるところです。

ドラマのテーマ曲は「愛の歌」、ハイテンポの明るい曲。主役が歌います。でも、私が好きな曲は「19歳の純情」の方で、スローバラード。19歳の少女に恋心が芽生えますが、相手の家族は結婚など絶対に認めてくれない、いわゆる不釣合いな相思相愛で思うように行きません。遂に挨拶もせず身を隠してしまいます。その切なさを表現するバラードです。翻訳の歌詞がいいですよ。

♪最後の挨拶もせずに 別れたのいつだったかしら
 あの日で終わりになると なぜ気づけなかったの
 夢を語りあうだけで 幸せだと言ってくれた
 いったい いつまで 忘れられないでいるの
 いつになれば終わるの 忘れる日が来るの
 
 なぜ忘れられないの 愛することに疲れたわ
 もう 追っかけないわ 愛することに疲れたわ♪

皆さんにも心当たりがあるでしょう?

2011年6月21日 (火)

いきなり筆で描く

2011_0620blog30004_2 2011_0620blog30005  仲間で作っているサロン・アカデミーで「水彩でいきなり描く」-水彩クロッキーをやってみることになりました。モチーフは各人が人物写真を持って来たもの。鉛筆でデッサンをしないのでいきなり筆で描くのです。2時間強で3枚描きました。クロッキーだから10枚くらい描かなければ・・・・です。この3枚は、すでに描きすぎですね。もう少し慣れれば描けるようになるでしょう。

次回は同じく水彩クロッキー。課題は「花」です。花のほうが描き易くないかな。

*乙女の恋心の歌 その3:

韓ドラ「19歳の純情」から、2011_0620blog30006

♪最後の挨拶もせずに 別れたのはいつだったかしら
 あの日で終わりになると なぜ、気づけなかったの
 夢を語り合うだけで 幸せだといってくれた
 いったい いつまで 忘れられずにいるの

♪どれほど恋しくても もう逢えないのね
 愛していたから 大切にしてきたけど
 もう、追いかけないわ 愛することに疲れてしまったから

♪また 逢えるのかしら 私が追いかけなければ
 どれほど恋しくても もう 逢えないのね
 愛していたから 大切にしてきたけど
 もう、追いかけないわ 疲れてしまったから

この歌詞のように19歳の彼女は、彼のために「どれほど恋しくても逢わない、追いかけない」涙、涙の決意をするのでした。
この後ドラマはどう展開するのでしょう・・・???。

サークル「気楽にスケッチ」の仲間展を版画美術館内の喫茶”けやき”で3週間に亘ってやってます。今日は最後の第3週目の作品の飾り付けでした。すでに多くの皆様に見ていただき、誠にありがとう御座います。

2011年6月16日 (木)

上絵付け(ブルーベリー)

2011_0616blog30008_2  有田焼白磁、15x20cmの楕円の皿にブルーベリーを描きました。始めて3ヶ月もかかったでしょうか?何よりデザインをどうするかに苦労しました。中の絵が終わって周りをどうするか?さっぱり構想が生まれませんでした。
中身を描き終え、最後に、余った絵の具が勿体無いなって思ってた時、それを使って絵のような模様を入れて終了でした。このけちな根性から出来た飾り模様いかがでしょうか。

「好いじゃない」って母ちゃんが言ってくれたので、堂々と食卓で゙使ってもらえそうです。そういえば、楕円形の皿は初めて使います。
パンの朝食で、好きなハム、ソーセージ、チーズなどをそれとなく盛り付け、バター、オリーブ油、更にコーヒーで・・テレビの朝ドラを見ながら、のんびりと・・・いいものです。

*韓ドラ「19歳の純情」の純愛の歌詞:
今日は始めて二人がキスをするシーンがありました。韓ドラのキスシーンは、なかなか出てきません。そして、それはそれは控えめですよ。好感が持てます。それなのにドキドキしますから不思議です。

♪夢を語るだけで 幸せと言ってくれた
 いったいいつまで 忘れられずにいるの
 いつになれば 終わるの 忘れる日が来るの
 もう追いかけないわ 疲れてしまうから
 いつになれば 終わるの 忘れる日がくるの
そうですね、恋は疲れますね。

*加えて、こんな含蓄ある台詞も出てきました。
「曲がった木は趣があるが、ひねくれた人間というのは醜いだけ。」
「男のくせに、すねる」、「男のくせに いじけて・・・」とね。
「男のくせに・・・・」は子供の頃よく言われた母の躾の一環でした。

今は、この言葉死語になってるのでしょうか?

2011年6月15日 (水)

天国へ連れて行ってくれる花/グロリオーサ

2011_0605blog30136_2 2011_0605blog30137 2011_0605blog30096パステルの教室でキツネユリのグロリオーサを描いてる人が居て、懐かしくなりました。生憎、私は7月末からの生徒展のため、他の作品を仕上げなければならず、眺めているだけでした。
そこで、過去に描いたグロリオーサをパソコンで探したら7枚がでてきました。が、2枚は容量が大きすぎてブログに載らず、5枚を、ここに一挙公開です。

2007_1125blog20072_2 11121_2   

初めてみた時は、「なんじゃこれは???」でした。ひょろひょろした茎に豪華な花。葉っぱが少なく構図がうまく決まらないのでした。3年過ぎた頃やっと描ける様になったのです。
グロリーとはラテン語の「栄光」と言う意味。燃える炎のような花は華麗、壮観です。茎がつる状に伸び先端が巻き付いて拡がっていきます。ですから、クライミング・リリーとも言われます。
天国へ行くは(go to gloly)と言いますので、この花がお供してくれるんですね。そう言えば彼岸花に受ける印象と似てますかね。球根をヤマイモと間違えて食べ死亡した例があるそうですから、まさに天国へ行くですね。ご用心。綺麗なものには毒がありますよ。

*韓ドラの再放送「19歳の純情」に出てくる主題歌の恋の歌:
恋人同士の二人のシーンで、そのシチュエーションに応じて、主題歌の歌詞が変わって流れます。これが良くて次のシーンは何時来て、どんな歌詞かなって楽しみです。まだ恋の始まりのドキドキする頃の歌です。

♪好きだと言うのかしら 胸がどきどきする気持ち
いつも落ち着かない  この幸せな気分
恋の始まりかしら   すぐ 笑顔になってしまう
何をしてもステキなの ただ あなたが好き♪

♪恋してるみたい    恋しちゃったみたい
あなたしか見えない 聞こえない
あなただけを待ってる 二人で居ると幸せなの
きっと運命の人 この瞬間がすべて 

いま あなたに夢中になる♪

好き、ドキドキ、笑顔、ステキ、幸せ、夢中などはいつ聞いてもいいフレーズですね。他の歌詞もまた書きましょうか・・・。

2011年6月12日 (日)

カラス その2

2011_0612blog30001 木炭画の新芽会、久しぶりにパステルで描きました。美大の学生さん。サッカーをやってるそうです。男性は殆ど描きませんので、どうしても女性のようになってしまいますね。色が綺麗ですよと褒めてもらいました。

*カラス その2:
白い鷺に対し黒いカラスと対比されますが、頭の良さでは圧倒的にカラスに軍配が上がります。南極以外のすべての地に生息してるカラス、絶滅の危機になんて聞いたことがありません。
宝飾品やガラス製品を収集したり、硬いものは高いところから落として割って食べる、さらにクルミを自動車にひかせて殻を割る、しかも念入りに信号機のあるところで。食べ物を蓄える、電線にぶらさがったり、滑り台を滑って遊ぶなど、遊戯行動もするそうです。

神奈川県でレールの上にカラスが石を置くという事件が頻発。「JRの人間に巣を撤去されたことに復讐するために、列車を転覆させようとしたのだそうです。(事実は違うようです)  これで思い出しました。
小学校1,2年の頃、大き目の5寸釘を線路に置き、列車にひいてもらう事を密かにやってました。釘は見事に平たくなってナイフのようになるのを期待して。あるとき、線路下に隠れて見ていたら、列車が~ごとごと~と大きな音を立て揺れました。脱線はしなかったです。それから怖くなって、2度と出来ませんでした。今はこんな悪戯が出来るところはないですね。

自宅の2階の書斎、ここはタバコが吸えて私の好き勝手が出来る唯一の場所です。絵を描いたり、テレビ・ビデオ、パソコン、加えて居眠りと1日中居る独房みたいなところです。東側に窓があり、1階の屋根が見えます。この屋根に時々「がさごそ」と音をたて誰がが来るのです。また、あいつだな・・・って、そうです、カラスの黒ベーです。
「少し絵が上手になったようだね。でも、本質的にお前さんはアホー、アホー」とあざ笑うのですよ。
「ガア、ガー」と言って追いやります。餌などやる気持ちは湧きません。どうも、カラスには愛情がわきませんね。きっと「カラスの勝手でしょう」とあちらもそっけないようです。

カラスは鳥獣保護法により無許可で捕獲することは禁止されています。

2011年6月11日 (土)

♪ カラス なぜ泣くの

110 梅雨の小雨時、紫陽花は最高です。日が当たる紫陽花は頂けませんが。この絵は昨年のもの、騙されないで・・・。

♪カラス~なぜ 鳴くの:

子供の頃歌で覚えた「烏、なぜ 鳴くの」は「何故、泣くの」だと思ってました。だって、歌詞はその後「可愛い 7つの子があるからよ・・・」って続き、カラスのむつまじい親子の心情でしたから。

「鳴くと泣く」は英語でも区別がはっきりしないのです。両方ともcry (声を出してなく)と言いますから。でも、以下のドキュメントを見て、カラスは決して「泣く」様な弱虫ではないことが解りました。

NHK地球ドラマティックー「カラスの知能を大研究―記憶の達人、道具も利用」を見ました。アメリカ・シアトルのワシントン大学の生物学者がカラスの生態を徹底的に追跡調査したドキュメントでした。海外駐在で7年居たシアトル。想い出の地で、懐かしい景色が映って楽しく拝見しました。ワシントン大学は全米でも知名度が高く、シアトルでは、ワシントン大学出身と言えば、ボストンのスタンフォード大学出見たいな誇らしい顔をしてましたよ。
その大学のフットボールチーム「ハスキー」は大層強く、正月2日にロスで行われるローズボールと言う西海岸地区のタイトル戦で毎年活躍してました。
11月末のサンクスギビング頃から始まる地区予選、クリスマス頃決まる選考決定戦、そして正月のローズ・ボール、これらをターキー料理とターキーサンドイッチを食べながら、仲間が集まってテレビ観戦。忘れられない冬の夜長の風物誌のようでした。子供たちはマッシュドポテトにたっぷりのグレイビーをつけて・が大好きでした。

子供の頃のカラスは、「夕焼け小焼け」や「7つの子」に代表されるように親しみある鳥、髪はカラスの濡れ羽色と美しい黒髪の代名詞でしたが、今は、すっかり悪者にされてますね。気の毒に。ゴミ箱をあさる、人間でも襲う、カーカーとうるさいと嫌われています。ゴミは何日・何時に、どこへ行けばあされるかちゃんと知っています。カラス嫌いの石原東京都知事、「カラスは肉をミートパイにして、東京名物にすれば」と提唱したことがあるんだそうです。今、「自販機などは要らない」と言ってるとか。これには、私も100%同感です。まずは、日本の屋外の自販機を全部撤廃しましょう。節電になり景観が良くなります。なくても困りません。

しかし、カラスは古来、吉兆を示す鳥でした。太陽の使いとか神の使いと言う神話や伝承が世界各地にあるそうな。特に3本脚の「八咫烏(ヤタガラス)」は韓ドラ歴史ものでもよくでてきて、珍重され家紋や軍旗にされていますが、神武天皇の東征の際松明を焚いて先導したと言う神話まであります。日本サッカー協会のシンボルマークはこの八咫烏でしたね。

視力がいい、人間を覚え見分ける知能がある。危険な人物はその情報を仲間にも伝えることが出来る。寿命は約20年、一夫一婦制で離婚はしない。兄や姉が弟や妹の世話もする。この親子のカラス家族が5年以上も一緒に暮らすほどの家族主義で、人間のような家族社会を作っているそうです。

鳥の中では脳が大きく、知能は一番。道具を作る、道具を使う。まさにチンパンジーに劣らぬ能力を持っている。

一方、「死を予言するような不吉な鳥」と言われ、そう言う人間の勝手に、カラスは「俺はそんなんじゃない・・・」と文句を言ってるのだそうです。

皆さん、カラスはお好きですか?

2011年6月 3日 (金)

2億3千万年のワニ

2011_0603blog30010 外人さんでも、こんな可愛い、日本男性好みの人がたまにいます。(この文章はおかしいようですが)なんとなく分かるでしょう。暗くならないように、6H,4H,3H,2Hなどを多用して描いて見ました。これでも工夫してるつもりです。

ナイルワニ、アフリカ大サバンナの巨大ワニ

少し長い文章になってしましました。我慢して読んで。

タンザニアの世界自然遺産、セレンゲティ国立公園、(この地区の先住民マサイ族の言葉で「果てしなき平原」を意味する)は私にも忘れられない名前になってきました。四国にも匹敵する大サバンナ地帯、多くの野生動物たちが保護されながらも自然な状態で暮らしています。

今回は「ワイルドライフ、巨大なワニ、知られざる愛と知恵に迫る」を見ました。

世界最大級のナイルワニ、全長6M, 重さ1トンにも達し、まるで生きた恐竜のようです。寿命は100年も生きることがあると。

そしてワニには2億3千万年もの長い歴史を持っているのですから、高々500万年の人間様、全長1.7m、70キロ、75年の我々はその足下にも及びません。

これだけ長く生存してきた秘訣はどこにあるのでしょうか?母親が懸命に子供を守り育てていく「愛と知恵」にあるのではないかとドキュメントは締めくくりました。

しかし、人間が破壊してきた自然の激変は2億年以上も生きてきたワニでさえ絶滅させるのかと悲しくなります。2億3千万年前、世界各地に棲んでいたことを示す化石が発見され、日本でも50年前、大阪で50万年前の全長7Mのワニの化石が発見されています。熱帯から温帯まで広い範囲に分布していたのです。

セレンゲティから流れアフリカ最大の湖、ビクトリア湖に至る全長160キロのグルメティ川。乾季には川幅は狭まり、背中が見えるところまで水が減り、そこには人間も襲う獰猛な河馬もひしめいている危険な場所となる。河馬は自分の縄張りを主張するために糞を撒き散らしたりするのでした。汚いな・・・。人間だと糞の代わりに金を撒き散らすんでしょうか?これも汚いやり方と言われますね。

ワニは動くものなら何でも食べます。人間も獲物になってしまう。アフリカ全体で毎年100人以上が犠牲者になる。水の中でもちゃんと物が見える水中眼鏡と同じ役割をする瞬膜というものを持っている。日暮れ時の魚を捕獲し食べるのが主食。水に浮かぶと目、鼻、耳が水面に出る仕組みを持っているのが何よりの強み。

爬虫類として特徴的な仕組みは太陽の熱で日向ぼっこ、これで体温を保ち、また、その熱を蓄えることが出来る。従って、食べられない日が続いてもやっていける。たまに捕獲したヌー1頭で4ヶ月食べなくても平気とか。

さて、問題のメス(母親の愛情)だが、砂地に産んだ卵を孵化するまでの3ヶ月は寝食を忘れて見守る。卵が孵化する時には殻を口で割ってあげ、口に10匹の赤ちゃんワニをくわえて、水辺へ連れて行く。その後も3ヶ月以上敵から守ってやる。しかし、餌はやらない。子供は自分で餌をとらねばならない。

オスが子供を食べることがあるらしいが、これを母親は撃退する。オスも台無し、みっともないことこの上ない。

なんだか見習わなくちゃいけないことが一杯ですね。過保護はよくないですが自分で餌を取れるようになるまでは・・・ですね。これが人間が長く生存できる秘策のようですから。240pxbandera_masai_svg_2

最後にこのマーク、なんでしょうか?
マサイ族の象徴マークでした。勇敢で、プライドが高く草原の貴族と呼ばれているそうです。野生の動物から多くを学んできたのでしょう?

2011年6月 1日 (水)

声東撃西

2011_0531blog30007 庭のどくだみが咲き始めました。もともとこの地区に自生してたものでしょう。毎年抜けども抜けども少しも減りません。可憐な白の4枚の花びら、真っ白い芯が見事で、つい描いてしまいます。この絵は随分お粗末ですが。

2011_0601blog30005

*アグリッパ:先に載せたアグリッパ石膏胸像の絵を修正しました。手間隙掛けましたがやっとここまで出来ました。ローマ時代の武将の雰囲気が出ましたかね。

*戦いといえば「東に声して 西を撃つ」と言う台詞が韓ドラの時代劇に出てきました。

調べました。「声東撃西(せいとうげきせい)」、中国の兵法36計の内の「勝戦の計」、第6計にあたる戦術です。
東で声を発してそちらにいると見せかけ、実際は西を撃つ戦術。いわゆる陽動作戦。とは言え必勝の戦術ではなかったようで、失敗例がたくさんあったようです。

36のも計を書いているこの兵法は孫子の兵法と並んで中国古代の重要な兵法でした。子供の頃、講談か浪曲で「36計逃げるが勝ち・・・」と良く聞きましたが、36計の意味は分からないままでした。このことだったのかと始めて理解しました。韓ドラは勉強になることが多いです。

2011年5月30日 (月)

人工飼育のアホウドリが帰ってきた

5月20日に木炭画「新芽会」で描いたモデルさんです。体の凸凹がない、背が高く(169cm)、手足が細く長い、首も長い人でした。と言っても、この絵の首はちょっと長すぎたようですが、手直しする気力が出ませんでした。
今時には珍しく大変2011_0530blog30009姿勢が良く、背筋が真っ直ぐで、絵の通りでしたよ。その姿勢が醸し出す雰囲気に魅力がありました。この絵を見られてそう感じませんか?

* 次は、サロン・アカデミーの教室。石膏像を黒いパステル紙に白のパステルでデッサンでした。描いたのは「アグリッパの胸像」。頭部が大きすぎます。描き始め、小さすぎ、直して大きすぎになってしまいました。
アグリッパは紀元前の古代ローマの軍人さん。ローマ帝国初代皇帝アウグストウスの腹心で、彼の娘の婿になります。石膏デッサンの胸像では有名です。そんな偉い人、この絵は修正して、きちんと描きあげてやらないと気の毒です。そのうちに・・・。

2011_0530blog30007 *1951年から60年も続けられている動物の保護活動で、絶滅を免れているアホウドリ。聟島(無人島)で30名の人たちに人工飼育された10羽のアホウドリが、3ヵ月後に巣立ち、北太平洋に亘り、3年ぶりに聟島へ帰ってきた。そんな心温まる飼育活動のドキュメントを「ダーウインが来た」で見ました。

3年前、2008年2月世界初の「アホウドリの移住プロジェクト」が開始、鳥島から連れてきた10羽の雛鳥は5月に5千キロ離れたアリューシャン列島まで旅立った。そのうちの6羽が、今年の3月末に育った故郷の聟島へ帰ってきたのです。3年ぶりに。
そして目出度くカップルも誕生。カップルは半年かけて慎重な交際を重ね、求愛ダンスをし合う様になれば交尾するとか。来年春先には雛が生まれるのではないかと期待されています。(是非、そうなって欲しいです)

体が重く思うように飛び出せない不器用な姿からアホウドリと呼ばれるようになった鳥。英語ではアルバトロス。ゴルフではバーディー、イーグル、アルバトロスという言い方があり、アルバトロスは3打も少ない数でホールアウトする最も難しいショット、ホールインワンより少ない事例です。(私もやったことがありません)

アホウドリ、昔は日本近海の島々に、数千万羽もいて、伊豆諸島の鳥島は主な繁殖地であった。それが1930年頃から乱獲が始まり1949年に絶滅宣言がなられるようになってしまった。鳥島で51年偶然13羽が発見され、それから60年もの長きに亘って保護活動が行われています。今やっと2700羽に回復した状態である。明治時代からの乱獲はアホウドリの羽で作る羽毛布団が欧米に輸出され外貨を稼いだのである。

3年前にスタートした「移住プロジェクト」は、自然の繁殖地、鳥島は火山活動が活発で安心できないから、鳥島から350キロも南へ下がった小笠原諸島の聟島(無人島)に繁殖地を移そうと言うもので世界で初めてだそうです。
成功してほしい自然を守るプロジェクトです。聟島で始めて子供が生まれるといいですね。 

2011年5月26日 (木)

皇居東御苑/これでも絵?

2011_0526blog3008_2  仲間13人が25日、「皇居東御苑」でスケッチでした。前日の雨も上がって気持ちがいい日和、人で一杯でした。お昼時は、近くのオフィスワーカーがスーパーの紙袋に入れた弁当持参で来ていました。広場で食べるのでしょう。のどかな昼下がり。
間違えて桔梗門に並んだら「予約がある人だけ」ですといわれ、お隣の大手門から入場。もらったパンフレットには39箇所もの見所が書いてありました。入り口の「三の丸尚蔵館」の漆喰の壁が東日本大震災の時、剥げ落ちたままの状態で、その惨事の大きさを思わせていました。

初めての東御苑、魅了されたのは多くある石垣でした。これを何とか表現したいと挑戦。百人番所と言う長い建物を背にして描いたのがこの絵です。これは、果たして絵といえるのでしょうか?
この絵のタイトルですか?「芸術は爆発だ!」、「老いらくの失恋」、「原子炉の暴走」、などでしょうか? この絵を見て後で浮かんだ題名ですが。
どうしてこんな絵をわざわざ皇居東御苑で描くの?ですよね。

実は、この絵は意図を持って描いたものではないのです。トリミングされていて原画はこちら。絵を描く時に使った紙パレットに残った絵の具の集団なんでした。親指を入れる穴があるのでパレットとわかるでしょう。油、アクリル用の紙パレットで、絵の具を弾いてしまいました。
描く意図が何もなく出来た産物。不思議なものです。スケッチが終わって後片付けの時、綺麗じゃない・・・と写真を撮っておきました。言える事は色が濁ってない、不思議な輝きがある・・・です。2011_0526blog30006_2                           

では、描く意図を持って描いた絵はどんな絵・・・ですか?
こちらです。肝心の石垣が全く表現できてません。おまけに色が混じってしまいくすんでいます。紙パレットに出来た色のほうが遥かに爽やかです。油、パステルと違って水彩画では色を濁らせないことが決め手のようですね。良く乾いてから次の絵の具をのせると教えられてますが、スケッチのときは気が急いて、つい~。特に、石垣のような中間色を透明水彩で作り出すことは至難の業です。

人の性格、10人十色といいさまざまですが、自分として、成りたいいい性格とは、このように爽やかな色の集団、十色であって清らかでありたいです。

皆さんはいかが???2011_0526blog30003_2    

2011年5月23日 (月)

色をつけると

1111112 111111 黒に白で描いたパステル画に色をつけてみました。肌色を出すのに苦労しました。この2枚で見る限りコントラストがもっとも強い黒と白のほうが、迫力がありますね。ボディービルでもやってそうなスポーツウーマン。
ただ、女性らしい柔肌となると色が必要なようですが。その肌色が出せないんじゃ台無し。肝心の色ツケ、まだまだです。

1111131 111113 こちらの「なまけもの」になると色が付いた方がきれいかな?実物をよく知らないから似ているのかどうかが分からないから良く見える?敵をだます森の保護色グリーンに毛の色を変化させている。何でも毛に藻が生えているとか。

111112 最後の1枚は、誰?  昔好きだったアメリカの女優さん、キャサリン・ロスです。映画「明日に向って撃て」をテレビで見て、そのワン・シーンからです。こちらも肌の色が今一。夜の暗い場面のシーンでした。顔もちょっときついですね。もっと優しく好感が持てる彼女ですよね。都会的でないアメリカの片田舎のいい女なって感じさせるところが好きなんでした。

2011年5月19日 (木)

黒に白で描く

2011_0518blog30002 仲間の「サロン・アカデミー」教室でパステルの楽しみと題する時間を作りました。私が用意したキャンソン・ミタント、カラー紙黒に白のパステル、パスレル鉛筆で描きましょうと・・・。モチーフは人物、花、動物、静物など私が用意したA4の写真でした。次回は石膏像を描きます。

皆さん初めての体験と苦戦されながら、「こんなのも、いい経験になるわね」と好評でしたよ。11名の力作が並んで見事な教室の締めくくりでした。

私が描いたのがこの外人女性。顔がいまいち似てなくて・・・。胸をはだけてセクシーなポーズを取る様な顔じゃないでしょう?端正な顔立ちながらセクシーさ少ないじゃないですか。もっとセクシーな顔でないと体と合いません。

もう1枚は自宅で描いた2度目の挑戦です。こちらは顔が見えないので体でセクシーさを表現です。
黒に白で描くことに、早くも飽きが来ました。これにこれから色をつけてみましょう。どうなるでしょうか?

2011_0518blog30001_2 

2011年5月18日 (水)

ヌードクロッキー

今日は15日にあった絵夢デッサン会で描いたクロッキー6枚を載せました。10分から5分のポーズで描いたものですが、現場で描いたそのままはめちゃくちゃで、とても載せるに値しません。家で手直ししたものです。(それでも駄目かな?折角アクセスして見て下さるんだから、お気の毒ですが)

2011_0518blog30008 2011_0518blog30005 1回21枚描くのですが、その内これはいくらか脈があるなと思える絵が何枚かあって、完成させたくなります。手直しはモデルさんを見ないでやりますので、人体の構造上こうなってるのでは・・・とか、これ位のほうがカッコいいなって、記憶を基に。7年続けたヌードクロッキー、やっとここまで来ました。自分では上手くなったと思います。
一番描き慣れてなく、困るのが寝ポーズです。手前と奥の大きさの違いが、すでに頭の中にある固定観念と大差、手前がびっくりするほど大きいのです。足の裏がこんなに大きかったか?耳がこんな形?とか・・・。

2011_0518blog30007 2011_0518blog30004 クロッキーとなると日頃の日常生活では見られないポーズをとってくれます。そのときの体の各部のつながりは面白いの一語に尽きるのです。同じものがこんなにも形が違って見える・・・風景、静物などではありえません。

2011_0518blog30006 私にとっては立ちポーズの出来上がりが今一。まだ満足する絵が1枚も出来上がってません。坐る、うずくまる、寝るなどのポーズの方が用紙に上手く収まりバランスや構図が取りやすいです。2011_0518blog30003 これからの狙いはイスに腕を乗せてひねった仕草の絵のように、モデルが醸し出す雰囲気を線描でさらっと描くことです。できるかな・・・・・???そのときのポイントは、やはり顔でしょうね。これからも精進します。応援をよろしくお願いします。

2011年5月14日 (土)

トムソンガゼル

11511 11681 月2回のヌードクロッキー会へ参加してますから載せる絵はいくらでもあります。出来不出来は別として。構図は気にせず描きます。ブログに載せるときいくらでもトリミングできますからね。
ヌードの面白さは「曲線を描ける」です。同じ曲線でも石膏像は生きてないのですぐ厭きます。美人のモデルさんが描く意欲が出ていいに決まってますが、描いてるときは「そんなの関係ない」となります。雰囲気と言うかオーラと言うかを持ってる人がいいと。3-5分のクロッキーではいろんなポーズを取ってもらえる楽しみがあります。

*ワイルドライフ:
NHKの「ワイルドライフ」、いつ見ても楽しいです。今回はサバンナの素顔「アフリカの大サバンナ タンザニアのセレンゲティ平原、草食獣対肉食獣 生死と攻防」でした。四国ほどの広さの草原の雨季、11月。200キロのオグロヌー100万頭、400キロのサバンナシマウマ20万頭、トムソンガゼル30万頭が肉食動物を相手にして「知恵と群れ」で闘う成功物語でした。

肉食獣はいわずと知れたねこ科の草原のビッグキャット、250キロのライオン、孤高のハンター、ヒョウ、40キロの地上で一番早い、時速100キロで走るチーター、イヌ科の執念のハンターセグロジャッカル、しつこく醜いブチハイエナが登場します。主役は体高60-70cmと小型の一番狙われるトムソンガゼル。これが敏捷で飛び跳ねて時速80キロで逃げ回る。100キロで追いかけるチーターをクイックターンでかわす様は爽快です。思わず拍手するのでした。

自らは相手を攻撃しない草食動物は群れをなす、相手をたぶらかす体の模様、1キロ先の動物を感知する目や五感、逃げるときに上げる土煙、獣道しか歩かない安全策、移動の先頭に立つ見張り専門の有志がいるなど多くの知恵と策で肉食獣から襲われる難を逃れるのです。

それでも油断するちょっとした隙が出る。敵の発見が遅れるその時が命取りとなるのでした。これがあって肉食獣が食べ物を頂戴できて生きてゆけるのです。神が創ったなんとも絶妙なバランスでしょう。感嘆ものです。

「油断大敵」とはよく言ったものです。皆さん、外へ出たら油断しないで。
携帯をかけながら横断歩道を渡るなどもってのほかですよ。青信号でも突っ込んでくる車はいますからね。人間の場合「安全は自分で守る」が鉄則でしょう。近頃は自宅も外も分かってない人が多いです。(余計なおせっかいでしたかね)

2011年5月11日 (水)

ナマケモノはなまけ者?

東日本大震災の影響か、今年は自然の恵みの春に感謝もせずに過ごして仕舞ったようです。雨模様の気温も下がった今日、改めて緑一杯の世界に気がつきました。2011_0429blog30009 2011_0429blog30008ああ!初夏になった かと。
いたるところに今を盛りと咲き誇っていたつつじも色褪せてしまいました。
昔描いた絵2枚で春を感じてください。

明日は観音崎灯台へスケッチの予定ですが、雨の予報です。3度目の挑戦ですが、駄目のよう?どうしたのでしょうかね。5年くらい前に行った時のスケッチを載せます。これでご勘弁を。 途中から紙を左に継ぎ足し画面を広くして仕上げました。肌寒く、早々に横須賀美術館の喫茶室に逃げ込んだことを覚えています。展示中の作品も見ないで暖を取りました。112

*ナマケモノは本当になまけ者?
NHKの「ダーウィンが来た」は好きな番組です。動物の必死な生き様はいつ見ても感動ものです。今回はパナマ運河近くのナマケモノでした。いつも寝てばかり、超スローなライフ、哺乳類で一番スローな暮らしをしている動物。筋肉の量が普通の動物の半分しかなく、動かないから、まさに、省エネタイプ。観察した日は24時間で1時間しか動かず、食べた葉っぱが僅かの3枚。エネルギーとしてはこれで十分だそうです。実は動かないだけでなく、体温が低くても平気と言う特技も持ってます。変温動物といって、周りに合わせて体温を低くして過ごします。人は体温36度を保つためだけに70%ものエネルギーを使っているとか。(道理で、私などは運動は殆どしないのに、食べるのは人一倍です)2011_0511blog30005

映像からナマケモノの愛嬌ある顔を描きました。悟りを開いた聖人のようではありませんか?温厚な顔立ちです。他を威嚇はしても、決して、攻撃したり、喧嘩をするようなエネルギーのムダ使いはしないそうです。草食動物 vs 肉食動物の激しい闘いに比べ、なんと、平和な生涯でしょうか。

ナマケモノは「動きが遅いために襲われない・・・なんて」、よほどの知恵者ですよ。怠けるのは他の動物に襲われないためなんです。それにしては気の毒な名前をもらったのですね。「爪つき三つ指仙人」くらいの名前が良かったのに~。
加えて体毛に藻が生え緑っぽい保護色の外観をしてる。森の中の樹で暮らしている彼らは、動体視力はピカイチながら、動かないものを認識できる視力は人間以下の肉食動物には見つかりません。

そのナマケモノがこの時とばかり動き廻ることがあるんですよ。彼は意外にも水泳の達人で河でも泳ぎ渡り、せわしく動きまわる。どんな時か分かりますか?
ピンポン、正解です。「そうです、繁殖の時です。」 オスはメスを求めて飽きもせず、よく動くのです。人間のなまけ者の誰かさんと似てませんか?女の尻を追っかけることにだけは誰にも負けない誰かさんのように。

さらにスマートなナマケモノのオスは、ゼントルマン。決してストーカー的な行動は執りません。彼女が発情してない時は潔くあきらめ去っていくのですから。今までの血が滲むような努力も惜しまず。けなげですよ。
世の男性、見習いましょう。
そうでないと 「畜生にも劣る奴」 と言われます。

2011年5月 9日 (月)

チャリティー・バザー終了

2011_0508blog30001 2011_0506blog30002_2 急に暑くなってきました。それもそのはず、もう、5月中旬になりますから。相変わらず人物を描いてます。スケートをしてる人はフィンランド人の「キーナ・コルビー」。ファンションモデルとしても人気があるほどの美人です。

  2011_0502blog30013テレビ観戦していた私は彼女に金メダルを上げましたよ。

*御礼:

ブログでご案内しました売上を東日本大震災被災者への義援金をするアート作品のチャリティ・バザー、8日に終了しました。主催者から30万円の義援金を送れる様になりましたと報告を受けました。参加した絵の仲間5人の作品も完売できて喜んでいます。ご協力誠にありがとう御座いました。

2011年5月 7日 (土)

ニュージランドの飛ばない鳥たち

今日の花、「母の日」プレゼントとして贈られてきた本物です。絵でなく写真。日本の切花、活け花に比べフラワー・アレンジメントは、家には飾る場所がなく可哀想です。2011_0507blog30010 花柄のテーブルクロスに載せてやりました。

C 次なる花は、前回載せた椿に手を加えました。花瓶が落ち着いてよくなったでしょう。

3枚目の花は、すっかり枯れてしまった花。最後の力を振り絞って賢明に輝こうとしている花です。すでに、実を二つ作って子孫を残す大変な作業も終えました。

後は、更なる徳を積んでこの世のお役に立たなければなりません。そして、また人間の男として生まれ変わりたいと祈っています。
「似てないね・・・」とおかあちゃんの一言。グサッと来ます。絵の仲間なら「良く出来てますね」とお世辞を言ってくれるのですがね。まだまだ、練習しないと遺影用の自画像は描けません。

2011_0507blog30005生き物たちの最後の楽園(ホットスポット)「飛ぶことを止めた鳥たちの王国 ニュージランド」ーNHKドBSキュメントから

 哺乳類の天敵がいなく、飛ぶことを止めた鳥たち、飛ぶために莫大なエネルギーを消費する必要が無くなった鳥たちは、500万年~2000万年以上も掛けて飛べない鳥へと進化したのです。ペンギン、キタタテジマ・キーウイ、ハイイロミズナギドリ、カカポなど。

島の歴史は2億年前に大きな大陸―ゴンドワナ大陸があって、その一部が8300万年前に分離、ジーランディアが出来た。これがニュージランドである。気が遠くなるような年月です。
しかし、仮説ながら、この島は、その後、海底に沈んでしまいます。すべての陸上動物は絶滅してしまった。そして2400万年前に大陸が隆起して現在のニュージランドが再生された。

 新たに出来た島へは花粉のように風に乗ってきたもの(やがてたくさんの花や果実を実らせる)、漂流物に乗ってきた小動物(鳥の天敵にならず、むしろ餌になるような小動物)、空を飛んできた鳥たちが棲みついた。

哺乳類や猛禽類がいない島は、鳥たちにとっては極楽のような島だったでしょうね。天敵がいない島では飛ぶ必要がなくなったのです。そして省エネを狙って飛べないように進化したのです。

その後この楽園に人間がやって来る悲劇が、700年前頃に。それは彼らにとって最悪の悲劇でした。人間だけではなく、人間が持ち込んだネズミ、猫、犬、いたちなども天敵となり、すでに50種以上が絶滅してしまったそうです。今では、更に多くの珍鳥が絶滅危惧種に。

 興味を惹いたシーンは、意地悪そうなおばちゃんペンギン1羽が、海辺で、弱そうな下向き顔のペンギンを海へ突き落とす様でした。そこにはアシカが待ち構えています。アシカへの生贄にペンギンを突き落としたのでしょう。森にすんでいるペンギンが子供のために海の幸(餌)を求めて、行列を作り、とぼとぼと4時間も掛けてやってきました。が、そこにはアシカが・・・。しばらくは、にらみ合いますが、たまりかねて意地悪が犠牲者を突き落として、どうなるのかと、様子を見るのでした。どこにでも見られるスケープゴートって奴でしょうね。人間を含め、群れを成して生きる動物に見られる典型的な行動パターンです。

幸い、かのペンギンは犠牲にならなかったのですが、それを見て、安全とばかり、他のペンギンは一斉に海へなだれ込みました。

下を向いて生きていたら駄目です。やはり「上を向いて歩こう」でないと!!

2011年5月 6日 (金)

ゆり、つばき

B A 今日も花をお届けします。今、気分爽快です。なぜかって?上手くいかないことが多い色つけ作業、朝から晩までひたすらパステルで色付けしました。そのお陰で描き掛だった3枚が完成間近かになったからです。

「~歩く姿はゆりの花・・・」と言いますが、背筋がスーット伸びてその名に恥じません。漆黒のバックの方がいいように思います。
ゆりもカサブランカになると、大きすぎて外人さんみたいでしょう。そして値段も高すぎます。この絵のゆりくらいが私には釣合ってるかな。

C

もう1枚は八重のつばき。さすがにもう終わりですね。花びらをどうしタラいいのかと思案中で手が止まってしまいました。上手く発想が出てきません。

2枚の黒のバックの絵はグリーンや赤に似合いますね。男子が正装した時のように。ちょっと型苦しいのが傷ですが。
白の花瓶が明るすぎて、そちらに目が行って、花が生えませんね。もっと暗くして、主役の花にスポットライトを当てましょう。

ゴールデンウィークも昨日で終わって子供たちの学校が始まったようです。

2011年5月 5日 (木)

仏教王国ブータンその2

ゴールデンウィーク、私には縁がない休日です。と言いますのは、13年前、退職してからは毎日がゴールデンウィークみたいなもの。祝日は特別なものじゃないのです。365日いつでも、自由に出来る時間ばかりです。なんとも贅沢な私です。(すみません)
でも、一人では出来る事も限られます。ゴールデンウィークは他の人が忙しく、お付き合いをしてもらえませんので、自分だけで時間を潰さなくちゃ・・・なんです。今日は朝から晩まで絵を描き、テレビを見て・・・とそんな過ごし方でした。(良く飽きませんねといわれちゃった)

3枚の絵を描き、NHKアーカイブス「仏教王国 ブータン」(4月23日にブログに書いてますが)をビデオで見て「ブータン 素晴らしい仏教の国」に改めて感嘆しています。(ビデオを何度も見る番組は、NHK囲碁、ベンチャーズ、ちあきなおみ、高橋真梨子の4本。)

ここのところ春の花をお届けしてましたね。2011_0505blog30008今日は「いちご」です。まだ、ちょっと小ぶり、しかも、おすそ分けできませんが。これで我慢してください。 楽しみに大きくしているんですよ。果たして甘く熟してくれるでしょうか?

今日の絵から3枚。色をつけるのは、上手くいけば楽しいですが、そうでないと面倒です。ですからデッサンのようなものを。2011_0505blog30002

1枚は白黒逆のデッサン。黒い紙の暗いところを残して、明るいところを白で描いていく。2011_0505blog30003慣れるまで結構大変です。 睨みつけてる彼女、本当はもっと色気がある表情なんですが・・・。2011_0505blog30004

後の2枚は出来映えが今一。人物は難しいです。

仏教王国 ブータンから
「縁起」ー生きとし生けるもの、あらゆるものは互いに関係しあっている。
「無我」ー自分だけで存在するのではなく、他との関連の中にあって初めて存在できる。自我など大したことではない。
この2つの概念がブータン仏教の基本。ブータンの国の政策の最優先事項は人びとの「幸福度」を高めること。なにを持って社会の進歩を計るのか?GNPなんかではなく幸福度がそれであると。人間関係の改善度アップこそが進歩の尺度ではないかと言うのです。

では、幸福についてどのように考えるか?
幸福とは、他の人が不幸という状況の中で、自分だけは幸福と言うことはありえない。幸福は人と人との良き関係の中にこそありえる。そこで、幸福度を高めるためには「人と人との関係を改善していく」ーそれを目指すことが大切であると。これこそが自分の幸福につながると。

そして、精神的病を持ってきた日本ー自殺が多い、親子関係がおかしい、殺人が増えている、日本人に、
「自分はなにが出来るか?(自殺につながる)、他の人は自分になにをしてくれるか?(殺人につながる) などと  あまり物事を突き詰めて考え過ぎないように・・・」ーあまり先のことは考えない、悲観的に考えすぎないないー死は遅かれ早かれ誰にでも訪れる~とアドバイスしてくれるのでした。

東日本大震災が、何かを見失ってきた日本人に、いいきっかけをもたらしてくれるように感じています。私も新しい考えと行動を実行しなくちゃって!

2011年5月 2日 (月)

花と女性

2011_0429blog30011 2011_0429blog30016_2花屋さんがすっかり賑やかになりました。 いや、花屋さんだけでなく家庭の庭先、道路脇もそして公園も花で一杯です。
この2枚の絵、4,5年前のものでしょうか?ちょっと手を加え、前より良くなってるでしょう。見事な美です。花をわざわざ買うことはありませんよ。私のブログをせっせと見てください。

下の絵も見事な花でしょう?
植物が美を作り出した歴史から点数をつければ花のほうが大先輩で、女性はとてもかないません。が、我々男性にとっては女性のほうが遥かに素敵なわけで、勝負は女性が勝ちです。何より動いてくれるし、おしゃべりの相手もしてくれます。でも、うかつに手を出すと大変なことになります。花は触ってもじっと堪えて、文句一つ言いませんが、片方はそうはいきません。くわばら桑原!
待てよ、それだから、なお美しいのでしょうね。

2011_0425blog30006 2011_0425blog30011 2011_0425blog30012

2011年4月30日 (土)

チャリティ・バザー

「アートネット@まちだ」が主催する「東日本大震災 アート de チャリティ いま、アートで できること。」が

版画美術館の喫茶”けやき”で行われます。
5月3日(火)~8日(日)10:00-16:30。販売できた全額を大震災の義捐金として寄付すると言う企画です。出品してくださいと声がかかったので、私の絵がお役に立つなら光栄とばかり、私を含め仲間5人が参加することになりました。みなさま、是非、脚をお運びいただき作品のお買い上げをお願いいたします。

急な話しでもあったので、在庫品をすべてチェック、規定のサイズの絵2点を選び、きれいにお化粧してあげ、「気に入ってもらって、 お嫁に行くのだよ」と送り出しました。出戻りで帰ってこなければいいのですが???

2011_0429blog30004 2011_0429blog30005

ここに載せたつつじ2点は在庫品をチェックする過程ででてきた水彩画です。サイズがはがき2枚分(F1)くらいです。ちょっと手を入れたくなり、色鉛筆、パステルで細かい修正をしました。運良く、庭のつつじが満開です。これをあらためて見ながら・・・。

絵を描いてると途中で気乗りしなくなって、仕舞ってしまうものが結構あります。2,3年して見て、「結構イケテルじゃん!!これなら手を加えれば。。。」ってことがあって、仕上げてみるかとなります。再認識です。

女性の場合はこうはいきませんでした。若い頃、いいなーって思う女性に熱を上げ、懸命に心を燃やしますが、どうかした拍子にぽいとお蔵入りにしてしまうことがありました。
ところが2,3年して、びっくりするような美人になってる彼女に再会。久しぶりに会えて、話も弾みます。でも、楽しいどころか、不甲斐ない自分にがっかりするのでした。「俺って、何で見る目がないんだ」と悔やまれるのです。もう、再アタックする気力が出ませんでした。

その点、絵の場合は違って、「そうか、待っていてくれたんだ。綺麗に仕上げてあげるよ」と素直に気力が出て仕上げます。今回15点を仕上げました。

2011年4月28日 (木)

かわうそ/オッター

2011_0428blog30001 見返り美人ならぬ見返りかわうそ、人を騙して川に引き入れようとする「かわうそ」です。可哀想にイタチ科に属してるが為に悪知恵があって人を騙すと思われてきました。でも悪いのは人間の方です。毛皮が珍重され乱獲。絶滅に瀕してます。ラッコなら可愛いと見られるのに・・・。

例によってカラーパステル紙に白のパステル鉛筆でデッサン。感じがつかめてから色を着けました。この見事な曲線を表現してやるぞ・・・と張り切って。

このかわうそ(Otter-オッター)、サントリー美術館であった「マイセン磁器300年」の展覧会で見ました。その中で一番惹かれた作品がこのカワウソでした。マックス・エッサと言う人が1926年に制作したアールデコに分類される動物陶器です。マイセンの「ベドガー拓器(じき)」と言われる赤いストーンウエアーで創られてます。(着色ではない)。マイセンが有田焼の白磁をめざして開発した初期に作り出された拓器です。その後、やっと白磁の製造に成功するのです。しかし、マイセン・オリジナルとしてこの赤い拓器は人気があります。
24.5cmで14万円ばかりするそうですが、貧乏人の私は絵に描いて楽しんでいます。見事な曲線の造形、人を惑わすに十分な美しさです。いつか絵に描いてみせると思ったのですが、意外と早く2ヶ月もしないうちにかけました。なんとも言えぬ満足感があります。(3月5日のブログに載せてます)

オッターといえば思い出すのがオッターボード。漁法の一つに中層曳き、または底曳きトロール方と言うのがあって、大きな網を船尾につけて引っ張って(トロール)魚を根こそぎ捕まえる方法ですが、オッターボードと言う大きな2枚の板がこの漁法を完全なものにしました。網の入り口に左右に1個ずつのオッターボードが着いていて、口が大きく開いてくれるのです。

かわうそ2匹が網の入り口を大きく開いてくれるのです。魚はかわうそに騙されて集まってくるのでしょう???

2011年4月27日 (水)

弥生人それとも縄文人?

2011_0427blog30003_2  「黒のパステル紙に白のパステル鉛筆で描く」の続きです。出来上がったこの頭蓋骨、結構イケてますよ。そこで色をつけて見ることにしました。
目の穴の暗みと鼻の穴の暗みに目が眩みます。サングラス、マイケルのスリラーなどが浮かび上がりませんか?

頭蓋骨はNHKの「私たちはどこから来たのか」と言う番組に出てきた映像で、「本土の縄文人の頭」とありました。約2万7千年前頃朝鮮半島から来た渡来系弥生人の頭ではないか?と。(この頭蓋骨は2900年前の遺跡で発見された)
この番組を見たときに書いたブログが2010/6/17と6/19にありますので見てください。(「私たちはどこから来たか Bootonのいろいろ」で検索してもOKです。)

なかなかのハンサム(女性かな?ならば美人です)です。怖さは感じません。何か力強い意志までも感じますが、人骨が残っているくらいですから、優秀な人だったのでしょうね。

あの世へ行っても美しくありたいならば、脂肪や軟骨だけの整形ではなく頭蓋骨の整形もお忘れなく。今の技術を持ってすればきっと素晴らしい頭蓋骨になるでしょうから。

2011年4月25日 (月)

白黒逆の絵

2011_0425blog30001_2 仲間で作っている絵画研究会、「サロン・アカデミー」で、5月に2回、「パステルの楽しさ」と題する講座を担当する羽目になりました。なにを体験してもらおうかと考えた案の一つが、この絵のように「白黒逆の絵」-黒いパステル紙に白いパステルで描くーです。事前に描いてみたのがこの「雀と人物」です。

いかがでしょうか?結構インパクトがあるでしょう? 普通は白い紙に黒の鉛筆や木炭などで描きますが、それとは、全く逆です。
絵空事と言いますが、この絵は全くの空事になるんでしょうか?特に色に関して・・・。でも、考えてみると、木炭画なども絵空事ですよね。普通はバックの方が明度が低く、モチーフの方が明るいのでは?それがバックが明るくなってるのですから。そうであればこの絵のほうが写実的かもしれません?普通の鉛筆画に色を感じるように、この絵にも、見る人が自由に色を感じて下さればもう十分です。

こんなことをやるときにカラー・パステル紙にパステルで描くのはもってこいです。最高。水彩紙にカラーは殆どないし、カラー紙に透明水彩絵の具では描きづらいです。

この白黒の絵に色をつけたいときは、いたって簡単。この上に、パステルで色をのせれば、下地の黒は次第に消え、バックでさえ別の色に見違える変更がきるのですから。そしてステップ毎に写真を撮っておけば、いろんなカラーの絵を楽しめます。

5月の講座で皆さんが楽しんでくださればいいのですが。頑張ります。

2011年4月23日 (土)

仏教王国ブータンの幸福度とは

2011_0423blog30009 久しぶりのパステル教室、例によって真っ黒なパステル紙に白でデッサン。色をつけ始めました。赤とピンクの大きな椿の花がまだ黒で輝いています。この後どうなるでしょうか?面白さもありますね。楽しみに仕上げます。

*日本の現状に鑑み考えさせられた番組でした。

*ブータンの国民総幸福量:

経済的先進国が取る国の成長の度合いを測る尺度、国民総生産量(G.N.P.)は経済優位の計数ですが、仏教王国ブータンでは、国民総幸福度量(G.N.H. Gross National Happiness)と言う度合―人びとがゆったりと幸せに生きているか―を重要する政策が取られている。幸福度とは経済的な豊かさではなく、慈しみの心、徳を積み信じる輪廻転生(人は幾度も生まれ変わり、何度も新たな命を生きると言う仏教の教え)の定めに向き合い、解脱(ブータン仏教が目指す最高の境地)を目指すか、その精神性の高さを言うのです。このG.N.Hを高めることが国の重要政策として掲げられている。
人口70万足らずの農業の国。所得は日本の50分の1にも満たない小さな国。世界でも最も貧しい国の一つですが、インド→チベット→ブータン(7世紀)―と流れてきた仏教が人びとの暮らしの中に息づき、生活に密着、ゆったりと幸せに生きている人びとの国です。

NHKアーカイブス、5年前に放映された「五木寛之 21世紀仏教への旅 幸福王国をめざしてーブータン」と言う番組を見ました。五木氏は「多くの仏教の国を見てきましたが、初めて訪れたブータンなのに、なんともいえない懐かしいような、穏やかさのような、そんな気持ちをずっと感じ続けていました。」と言うのでした。

日々の暮らしの中に祈りがあり、これを欠かさない。祈りは仏教の教えに従い、生きとし生けるもの(衆生)に慈しみの心を持って、今を生きること。それが解脱に近づく道であると。

何をお祈りしているのですか?の問いに、

幼い子供であっても、穏やかで、にこやかな笑顔、「すべての動物や人間に災いが起こらないように・・・」、「生きとし、生けるものすべてが輪廻から抜けることが出来るように・・・」と祈りますと。

街でのインタビューでは、「今の生活に満足しています。なぜなら、家族といるだけで十分ですから・・・」「お金持ちには興味ないわーいまで十分」「欲望には限りがないから・・・あらゆるものが欲しくなるでしょう。今のままで十分です」と答えるのでした。

自分がどれほど物質的に幸福かどうかはほどほどでいい。それよりいかに多くの徳を積み、「輪廻転生」からの解脱を成し遂げるか  そこに価値を持つ人びとの国です。

輪廻転生

死して49日で生き返る。6回の生き返りを車輪のようにぐるぐると幾度も繰り返す。抜けられないのです。六道(天道、人間道、阿修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)と言って、このどれかに生まれ変わる。人びとは今よりいい生を得られるように、この世で徳を積むのです。お墓も法名もない国です。

作家五木寛之は帰国の際のコメントとして

「穏やかな、懐かしさを感じる国であった。何か後ろ髪を惹かれるようで・・・」そんな中「ある意味理想の王国ブータンにも近代化の波がひしひしと歩み寄ってくる足音を感じた。ブータンはこれをどのように受け止めていくのか????」と。

考えさせられた番組でした。

ブータンの人びとは現在の苦境の日本に、日本人にどんな言葉を投げかけてくれるでしょうか? どんなお祈りをしてくれるでしょうか?

2011年4月22日 (金)

ABさん

2011_0419blog30031 2011_0419blog30030 1週間も体調不良で、気力が出ず、軽いめまい(また余震か?って思ったり)食欲皆無の状態から、昨日、やっと峠を迎え、いくらか元気に。今日、医者へ行き「手足口病でしょうか?」と言ったら、笑われました。「総合感冒剤を処方しましょう。そしてもっと徳をなしてください」でした。いつものことですが、病気になっても峠を越すまで医者に行かず様子を見ます。良くなり掛けてから行きます。すると薬が良く利くのです。病は出来る限り自力で治すが信条なんです。

またまたヌードデッサン。右の絵が20X4回で仕上げ。モデルさんの右脚に苦労しました。ところが、よく見ると左手が短いじゃないですか。お尻のふくらみが足りないのがその原因ですね。左が20分1回。こちらの方がいいねと言われてがっかり~でした。

*ABさんの思い出:
今日はABさんの命日です。彼を偲んで書きます。

彼は仕事をテキパキとこなす、どちらかといえば働き蜂。頼まれるとしっかり応えてくれる頼り甲斐がある人でした。物言いがいつも冷たい言い方で、人を褒めたりは滅多にしない。どことなく冷めてニヒルな感じ。シニカルって言うんですかね。当然ながらひねくれ者に見られ、なにかと損もしていたかな? ですから、とっつきにくく、女性から声がかかるような恋愛のチャンスは少なかったようです。

そんな彼でも、密かに燃えやすい一面を持っていて、相手を理想化して一途に想ったりするタイプでした。その彼が、あるとき、平凡な女性に燃え、情熱的になって詩的な表現で話してくれたかと思うと、急にボケッとして、様々な空想やもの想いにふけってしまうのでした。仕事もほったらかして・・・。
でも、我を見失うようなことはなく、冷静で、燃え方は、他人の私から見ると、さっぱりして消極的でした。(このタイプは絶対心中などしない)

彼と彼女、その後どうなったか?遂に聞きそびれました。強引に聞いて上げて置くべきだったかと悔やまれます。
ABさんの、この燃えたぎる情熱も、離れ離れになると急に冷めることもある性格のようでしたから、二人の恋は成就しなかったでしょうね。

このブログを見て、ABさん、草葉の陰で笑ってるでしょうね。
ABさん、この世は放射能汚染に見舞われる心配で一杯です。そちらで素敵な女性を見つけ、ゆっくりとご静養あれ。幸多かれとお祈りいたしております。

合掌

2011年4月21日 (木)

アカカンガルー

2011_0419blog30028 2011_0419blog30029 2011_0419blog30027 東日本大震災の影響で計画停電などもため2ヶ月以上も待たされた人物クロッキーでした。参加者がいつもの半分で、「皆さん絵を描く気力もなくなったのですかね?」と幹事さんが気にしてました。原子力発電所の問題の先が見えず、人びとは平常に戻ってません。私は風邪気味でここ1週間ごろごろしていますが。

アカカンガルー:

NHKスペシャル「生き物たちの最後の楽園 ホットスポット/乾燥の大地の奇跡―オーストラリア」を見ました。(ホット・スポットとは「絶滅の恐れがある珍しい生き物が集中して生息している場所をいい、世界で2%に満たない地域のこと」

オーストラリアは大陸の4分の3が不毛の乾燥地帯。気温が50度にも達する うだるような暑さ、地球上で最も暑い地域。そのオーストラリアで大繁栄した驚くべき繁殖能力を身につけた「有袋類」-カンガル、コアラ、モモンガなど150種―の物語でした。

有袋類の歴史は1億2500万年前の化石が中国で見つかった、4700万年前の化石がドイツのメッセルで発見など、かっては世界中に生息していたが7000万円前にオーストライア大陸が分裂して大きな島になったとき変化があった。有袋類はその後のオーストラリアの厳しい環境に合わせ進化して、生き延びてきた。同じ哺乳動物の有胎盤類が乾燥に負け絶滅していったのに・・・。

苛酷な環境に奇跡的な進化を図り生き延びてきた彼らのうち、私の目を惹いたのは、2つの事例でした。

    フクロミツスイ:
肉食だった彼らは花の蜜と花粉で命を繋ぐように変わり、歯はなくなり長い舌を持った。オス同士が争ってメスを求める繁殖方法ではなく、オスの精子を大きく力強くして子孫を残す戦略を採った。メスはすべてのオスと交尾し、メスの体のなかではたくさんの精子が競い合うのです。他の精子を振り切って卵に受精した精子のみが子孫を残す。そのためオスのフクロミツスイの睾丸は人間で言えばスイカ2個分に相当する大きさで、精子は人間のそれの3倍、クジラよりも大きいそうです。
こんな動物がいたなんて、驚きでしょう!!たくさんのオスと交尾できるなんて幸せ・・・なんて羨ましがらないで下さい。一方、これだとオスはなにを目標に頑張るのでしょうかね。駄目なオスばかりにならないのかな?また、誰の子かなどと案じたりはしないのでしょうね。皆があの子は俺の子と思えるでしょうから。

    アカカンガルー:
究極の進化を遂げた有袋類アカカンガルー、いま全土に1000万匹以上います。100万年前に現在のような形になった。雄は1.6m、90kgに達するが、後ろ脚2本でのジャンプは一番省エネ型の跳躍で長い間走り続けられるとか。10日に一度は水を必要とし、乾燥地帯を200kも移動するそうです。
メスの妊娠期間は1ヶ月、2cmも満たない赤ちゃんは袋の中で4ヶ月、外へ出た後、母親とともにジャンプしながら水を求めて長期の旅に出るさまは健気でした。子供の50%は過酷な条件に死んでしまうのです。この条件下を生き延びるために母親が持ってる3つの驚くべき進化とは、
驚きその1
母親は一度に3匹の子供を育てる、宿す。外に出た1匹、袋の中の生まれたばかりの赤ちゃん1匹、そしてお腹の中で誕生を待つ受精卵1個の3匹です。
体の中に保存している受精卵は休眠状態を保てる仕組みで、生まれでる環境が整うまで待つのだそうです。(人間では受精卵を冷凍保存する方法がありますが)
驚きその2
次に袋の中の乳首は4つあり、大きい2個は外に出た子供の離乳食期のため、小さい二つはお腹の中の赤ちゃんのために。それぞれ必要な栄養素が入ってるミルクが出るそうです。
驚きその3
母親は渇水の時期は「尿を出すのをやめ腎臓でリサイクルして体内の水分を補う。そしてミルクを与えられる」ようにする。

なんとも巧みな戦略を作り出してます。

番組の最後に、ここ50年で1度上昇した温暖化は2ヶ月の乾燥期間の延長と多くの山火事で山林が消失する事態を招き、有袋類にとって温暖化がもたらすこの急激な環境変化に進化がついていけなく絶滅する可能性が危惧されると締めくくっていました。残酷な人間の行いでしょうね。

  

2011年4月14日 (木)

アリューシャン・マジック

2011_0413blog30006 鉛筆でデザインしたブルーベリーです。来年4月に決まったスタジオ・アンジュの上絵付け展に出品する作品の制作開始。楕円形の白磁にブルーベリーを描きたいと思ってます。濃い青紫色の果実にはアントシアニン色素がたっぷりで目に良いとか、ガンの発生を抑えるとか、多くの効用が噂されジャムも人気がありますね。さて、食べたくなるようなブルーベリーが有田焼白磁に上手く描けますかどうか?1年掛けて挑戦です。

*アリューシャン・マジック:

BS「ワイルドライフ」で「アルーシャン・マジック 鯨と海鳥 驚異の大集結」と言う番組を見ました。アリューシャン・マジックとは原住民アリュートに伝説のように語り継がれてきた現象です。夏に起こる驚くべき自然現象、「生き物の大集結」なんです。10km四方に1千万羽以上の海鳥、あたりは真っ黒。ヒッチコックの鳥が襲ってくる映画がありましたね。それに、ニシンの大群、500頭以上のザトウクジラが集結して動物性プランクトンの海老の仲間「オキアミ(3cm)」を、この時とばかり貪り食うのです。(南氷洋の鯨もオキアミが主食です)

アリューシャン列島は大小150もの火山島が東のアラスカから西のカムチャッカまで東西2千kmに渡って繋がり、ちょうどお椀の底の様な形をしています。

その中央部の島と島との間の海峡で起こる寒流と暖流がぶつかる潮目の所が5箇所ある。そこには大量の植物性プランクトンが大発生。それを食べるオキアミをはじめとする動物性プランクトンが集結。食物連鎖の始まりです。(この植物性プランクトンは多くの火山から生み出されるミネラルと太陽のエネルギーによって生まれるのだが)

ここに遥か彼方のオーストラリアのタスマニア島の南の無人島で生まれた「ハシボソミズナギ鳥」-体調40cm-が4月下旬に旅立ち、12,000kmの旅をして、6月下旬にオキアミを食べにやってくる。また、ザトウクジラはメキシコ沖、ハワイ沖から回遊してここへ。ニシンはアラスカ西海岸から大挙して・・・と多くの動物が集まってくるのです。

ザトウクジラのお母さんは暖かい海で子育て、5ヶ月間何も食べないで、体重を3分の2に減らして、赤ん坊に乳を与え続けて育てます。(まさにメスの威力です)

ニシンや鯨はオキアミ捕獲のために、オキアミを取り囲み、下から上へと海面に押し上げます。そして一口でたくさんのオキアミを食べる集団行動を取るのです。このおこぼれをちゃっかりミズナギ鳥も頂く寸法です?

これら動物たちの生きる知恵と言うか、必死の努力と言うか、感動せずにはおられません。

アリューシャン列島には、延べ2年くらい滞在したことがありますが、こんな情景は一度も見たことはありませんでした。冬の極寒のアリュ-シャン海域へも加工船で何度か行きました。「低気圧の墓場」と言われ、嵐のような風と大きな波、時化る日が何日も続くのでした。嵐の日は、操業どころではありません。「船をつかせる」と言って風に向って30度くらいに舵を取り、ゆっくり前進して安定を保つのですが、どこまでも進むわけに行きません。そこで、「反転」と称して180度向きを変え、元に戻るのです。この時が最悪。テーブルに皿は置けず、食事は出来ない。ベッドでも体がころころと動き、寝ることも出来ないのです。今思うと「よくも生きて帰れたものだ」です。

生きていくのは大変!!!

このアリューシャン列島の北の水域ー北太平洋は自然が作り出す「海の宝庫」で、世界一の漁場です。そこへ近代化した船と、網と、設備で魚を捕りにいくのでした。資源は一網打尽、枯渇が危ぶまれるところまできてしまいました。やがて海洋法―200マイル法が国際的に制定され、日本を始め外国の漁船は排斥されました。今はアメリカの国籍の漁船のみが漁業管理をしっかりやって操業しています。そして製品が日本へも。近年は高級魚が中国へ流れています。
考えてみると、私もこのアリューシャンのお陰で生計を立てて来れたのです。

2011年4月10日 (日)

子供の国

2011_0409blog30008 名前の普遍性から「子供の国」は全国に山ほどあるようですが、7日に仲間15名がスケッチに行ったのは、横浜市青葉区(一部町田市)にある1959年の天皇陛下と美智子妃殿下のご成婚を記念して、65年5月5日に開園した「こどもの国」です。私の家からは歩いて18分です。元日本陸軍の最大の弾薬庫があったところだそうです。
この日は最高の日和で桜も綺麗でした。
この絵がこどもの国?どこが・・・・って言いたくなりませんか?そうですよね。すみません。

2011_0409blog30003 嘘でない証拠が下の写真です。屋外プールの奥にある2基のウォータシュート(スライダー)なんです。それに温室にある熱帯植物をコラボレートさせたものです。

こどもの国には憲法があって、シンボルマーク、歌、キャラクター(野鳥のエナガ)もあります。憲法は7ケ条あり「正しい国」、「美しい国」、「世界につながる国」、「平和な国」、「楽しい国」、「活気がある国」、「知性がある国」です。すべて全国の子供たちが応募して決められたようです。いずれも素晴らしいですね。

Symbol_2 Juruchichi

業務委託を受けている雪印の園内牧場で飼育されている乳牛から生産されるグリーンミルク、ソフトクリームに人気があってお客が一杯。ミルクラーメンまであるそうですがそれは食べたことがありません。
桜もいたるところにあって 7分咲き位でした。私は描く気力はありませんでした。桜って描くのが難しいでしょう。何より構図が大きな決め手。漠然と桜を描けばいいってもんじゃないでしょう。

*韓国のタバコ事情:
日本とほぼ同じでしょうか?空港では建物の外に小屋があってそこだけOK。女性も入ってきました。後で知ったのですが韓国女性は道徳上でも吸わない人が多いとか。ならば、吸ってた女性は外国人ですかね。禁煙の場所が多く、その都度「タバコはどこで吸えますか?」「外のあそこです」。屋内は、特別な部屋は別として、殆ど駄目でした。路上はどうかと知らぬ顔して吸ってみました。捕まりませんでしたが、ちらほら吸ってる人が目に入る。しかし、韓国人か外国人か分からない。
今回のソウル訪問中は、日本から行った人は誰も吸わない、韓国人も吸わない人ばかりで、寂しい限りでした。

最も、韓国では、年長者を大切にする儒教の精神がありますから食事もタバコも年長者が食べ始めてからしか食べませんし、吸いません。韓ドラでもタバコを吸ってる場面は一度も見たことがないです。
言われた言葉は、「高口さん、この際タバコは止めましょう」でした。なんと答えればいいのでしょうかね。

2011年4月 6日 (水)

韓国あれこれ

2011_0406blog30001 庭の椿です。山茶花でない証拠を落ちた花と葉っぱで示したつもりです。先生から「よく落ちた花を描いて構図に変化をつけますが、落ちた花は昔から嫌われますから描かないように」と言われていた禁を破って入れました。
たまーに庭の草木を眺めますが、水仙、山茶花、沈丁花が終わって、次は海棠だな、まだ先の話。ふと下から椿の枝を覗いたら、可憐に咲いてるピンクの花を発見。20年以上もそこにあるのに始めて見ました。そこで描く気になって・・・。椿も日陰で咲いたいる様がいいですね。

ところで、前の家の垣根にそれは見事な椿が毎年赤と白色の大きな花をつけます。白のほうが好きですが。お願いしてもらって描きたいなあ・・・って。今年もチャンスはなさそうです。来年、時を見計って頂くことにしようかな。きっと!

*韓国あれこれ
 オンドル:

「温煙」と言う字からして暖かそうです。日本と同じように四季がある韓国ですが、大陸性気候のため、刺すような冬の寒さ、これを凌ぐため、室内暖房と言えば言わずと知れた「オンドル」。朝鮮半島、中国華北北部、東北部で普及している床暖房です。三国時代の大昔から使われていた痕跡があって、日本でも飛鳥時代に知られていたが受け入れられなかった。本来の姿は台所の竈で煮炊きした時に出る煙を床下に通し床を暖める方式で、いわば省エネ型である。かっての薪や藁から、1960年ごろに練炭を燃料にしたが、中毒死する事故が多発して中止、現在は灯油や、ガス、電気など。温水を室内に配置した温水床暖防に変わっている。

一時エアコン完備のマンションが建てられたが、その人気は長く続かなかった。日本の民家が畳や縁側、襖など蒸し暑い夏の気候に対応した開放的な造りに対し、朝鮮半島ではオンドルを用い窓や出入り口を小さくするなど寒冷な冬の気候に対する閉鎖的な造である。オンドルは暖房だけでなく梅雨時の湿気を取る役目も果たす。

台所に近い方が上座、布団や座布団は薄い、2階は暖めにくいために造らないのが特長だった。

ビジネスクラスのホテルになるとベッド式と温ドルが入った床式部屋がありました。勿論オンドルの部屋に泊まったものでした。今回は場末の食堂で床式テーブルの床がオンドルでした。こんな店に限ってウマイディッシュがたくさんでしたよ。

BSテレビでは1969年の「明日に向って撃て!」をやってます。実存したならず者のブッチとサンダンスの夢を追い求める自由奔放な生き様をユーモラスに描いています。ポールニューマン、ロバートレッドフォード、キャサリンロス、それぞれに華がありますね。

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